42 / 83
第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。
41 アクセルのライター
しおりを挟む話は再び前夜に、逢引旅籠のヤヨイとアクセルに戻る。
どうやって手に入れたのかは知らない。この資料、似顔絵がどの程度信憑性のあるものなのかも、知らない。それを評価するのはヤヨイたちの役割ではない。
突然出現したこの状況に、当然ながら、今ヤヨイたちが進行させているミッションの見直しを迫られた。
当初の予定通り、このまま王宮とハーニッシュへの露出を継続してよいか?
ペールとノラへの対応は?
そして、何よりも。
この黒髪、もしくは金髪の、黒や青の目の色の違いもあるのだろうが、いずれもその眼を見た者を掴んで離さないような、まるでメデューサのような恐ろしさを秘めた男。この男への対応。それをどうするか、だ。
「この似顔絵は帝国から提供されたって話だ。ということは、ペールも帝国に行っている。帝国で何かやらかし、顔を見られ、御尋ね者になったってわけだな。この『もぐら』と一緒に」
つい先刻、別れたばかり。
「そのうち、いえ、もうすぐ、イングリッド様にもわかると思います」
そんなペールの言葉がにわかに現実となって目の前にあった。
「こんな男、これまで会った?」
「変装しているとしても、会ってはいないな。見かけてもいない。それに、それならもうオレらに食いついて来ていてもおかしくない」
「ペールは知っているわ。それに、ノラも」
「そうだ。ヤツはオレらのことを知ってる。今日のハーニッシュ訪問もだ。少なくともオレらの行動は逐一報告されていると見るべきだな。恐らく、ペールとノラを使ってオレらに接触を図ろうとしている、ってのが今の段階なのかも。恐ろしく用心深い、慎重なヤツなんだろうな」
アクセルの黒い瞳の奥が、深くなった。
「ペールがゴルトシュミットの屋敷に出入りしてることはこれを置いていったヤツにはすでに伝えてある。
ペールの後を尾行すれば、ヤツのアジトがわかる。でも、前もそれで失敗して取り逃がしてるからなあ・・・。こっちも慎重にやってくれないと。もし尾行が発覚したらこのミッション自体、オジャンになる。まあ、あとはグロンダール卿次第だけれどね」
「でも、ノラがそんな・・・。悪事を働くような子には見えないんだけどな」
「ハーニッシュの出だと言ったな」
「ええ。わたしたちより何日か前に追放されて都に来た子、って」
「で、ペールとはラブラブの仲、か・・・」
「屋根裏部屋で愛し合ってるのを見ちゃったわ」
「もしノラも『もぐら』のしもべなら、そんなマヌケなことはしないだろう。もっと緊張しているはず。ハーニッシュの出なら、間違いない。ノラはしもべじゃないよ。
彼女とこのペールとの関係をもっと知りたいな。訊けるかい? それとなく、だけど。うまくいけば逆情報を流して、利用できるかも」
「やってみるわ」
「そう言えば、国王からラブレターが来てたっけな」
「ええ」
「それ、使おう!」
アクセルはパチンと指を鳴らした。
「ノラに、国王からお誘いを受けてるって、漏らしてみよう。
その情報がどうやって誰に伝わるか。キミが今度王宮に上がる時が、正念場だな。
アジトを突き止め、『もぐら』がノコノコ出てきたところを捕縛するか、それとも、王宮でキミに接触してきたところを・・・」
アクセルは、片手で首を掻き切るジェスチャーをした。殺る! という意味だ。
ふいに彼はウェストコート、チョッキのポケットから茶色の小さな四角い箱のようなものを取り出し、クン、とふたを開けてシュボッ、と火をつけた。香ばしいオイルの匂い。ライターだ。つけたと思ったらまたパチン、とふたを閉め、また、クン。シュボッ! 。何度かそれを繰り返しつつ、似顔絵に食い入るように魅入りながら、なにか作戦を練っているらしかった。
ヤヨイの視線に気づいたのか、彼はふと顔を上げた。
「あなた、タバコ吸ってたっけ」
「ああ、コレか」
まるで無意識に手にしていたとでもいうように、しげしげとライターを見つめていたと思ったら、ポイッと放って寄越した。
真鋳製だろうか、手のひらに収まる、小さいけれど確かな重み。帝国のワシがレリーフになっている。
「へえ、帝国の紋章みたいね。初めて見たわ。ノールってこんなのも売ってるのね」
「なんだ、知らなかったのか」
と、彼は言った。
「それ、帝国製だぜ。帝国軍標準支給品。確か、今年からだって話だ。ガソリンを精製する時に出る副産物のナフサとかいう油の再利用らしいよ。風の強い時も火がつくスグレもんだ」
「そうだったんだ・・・。でもどうしてあなたがこんなものを? 兵役に行ったの?」
「いいや。帝国生まれには違いないけど、オレ、国籍は放棄したから」
と、アクセルは答えた。
「付き合ってたヤツから貰ったんだ。タバコは吸わないけど、なんとなく、捨てそびれててさ・・・」
ああ、なるほど・・・。
彼はゲイだったっけな。
「気にいったのなら、やるよ」
「大事なものなんでしょ。いいの?」
「・・・オレにはもう、必要ないから」
ボソッとつぶやき、再び彼は似顔絵に戻った。
「しっかり見て、記憶するんだ。こんなもの、ゴルトシュミットの屋敷に持って帰るわけには行かないからな」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

初恋の呪縛
緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」
王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。
※ 全6話完結予定
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる