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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。
41 アクセルのライター
しおりを挟む話は再び前夜に、逢引旅籠のヤヨイとアクセルに戻る。
どうやって手に入れたのかは知らない。この資料、似顔絵がどの程度信憑性のあるものなのかも、知らない。それを評価するのはヤヨイたちの役割ではない。
突然出現したこの状況に、当然ながら、今ヤヨイたちが進行させているミッションの見直しを迫られた。
当初の予定通り、このまま王宮とハーニッシュへの露出を継続してよいか?
ペールとノラへの対応は?
そして、何よりも。
この黒髪、もしくは金髪の、黒や青の目の色の違いもあるのだろうが、いずれもその眼を見た者を掴んで離さないような、まるでメデューサのような恐ろしさを秘めた男。この男への対応。それをどうするか、だ。
「この似顔絵は帝国から提供されたって話だ。ということは、ペールも帝国に行っている。帝国で何かやらかし、顔を見られ、御尋ね者になったってわけだな。この『もぐら』と一緒に」
つい先刻、別れたばかり。
「そのうち、いえ、もうすぐ、イングリッド様にもわかると思います」
そんなペールの言葉がにわかに現実となって目の前にあった。
「こんな男、これまで会った?」
「変装しているとしても、会ってはいないな。見かけてもいない。それに、それならもうオレらに食いついて来ていてもおかしくない」
「ペールは知っているわ。それに、ノラも」
「そうだ。ヤツはオレらのことを知ってる。今日のハーニッシュ訪問もだ。少なくともオレらの行動は逐一報告されていると見るべきだな。恐らく、ペールとノラを使ってオレらに接触を図ろうとしている、ってのが今の段階なのかも。恐ろしく用心深い、慎重なヤツなんだろうな」
アクセルの黒い瞳の奥が、深くなった。
「ペールがゴルトシュミットの屋敷に出入りしてることはこれを置いていったヤツにはすでに伝えてある。
ペールの後を尾行すれば、ヤツのアジトがわかる。でも、前もそれで失敗して取り逃がしてるからなあ・・・。こっちも慎重にやってくれないと。もし尾行が発覚したらこのミッション自体、オジャンになる。まあ、あとはグロンダール卿次第だけれどね」
「でも、ノラがそんな・・・。悪事を働くような子には見えないんだけどな」
「ハーニッシュの出だと言ったな」
「ええ。わたしたちより何日か前に追放されて都に来た子、って」
「で、ペールとはラブラブの仲、か・・・」
「屋根裏部屋で愛し合ってるのを見ちゃったわ」
「もしノラも『もぐら』のしもべなら、そんなマヌケなことはしないだろう。もっと緊張しているはず。ハーニッシュの出なら、間違いない。ノラはしもべじゃないよ。
彼女とこのペールとの関係をもっと知りたいな。訊けるかい? それとなく、だけど。うまくいけば逆情報を流して、利用できるかも」
「やってみるわ」
「そう言えば、国王からラブレターが来てたっけな」
「ええ」
「それ、使おう!」
アクセルはパチンと指を鳴らした。
「ノラに、国王からお誘いを受けてるって、漏らしてみよう。
その情報がどうやって誰に伝わるか。キミが今度王宮に上がる時が、正念場だな。
アジトを突き止め、『もぐら』がノコノコ出てきたところを捕縛するか、それとも、王宮でキミに接触してきたところを・・・」
アクセルは、片手で首を掻き切るジェスチャーをした。殺る! という意味だ。
ふいに彼はウェストコート、チョッキのポケットから茶色の小さな四角い箱のようなものを取り出し、クン、とふたを開けてシュボッ、と火をつけた。香ばしいオイルの匂い。ライターだ。つけたと思ったらまたパチン、とふたを閉め、また、クン。シュボッ! 。何度かそれを繰り返しつつ、似顔絵に食い入るように魅入りながら、なにか作戦を練っているらしかった。
ヤヨイの視線に気づいたのか、彼はふと顔を上げた。
「あなた、タバコ吸ってたっけ」
「ああ、コレか」
まるで無意識に手にしていたとでもいうように、しげしげとライターを見つめていたと思ったら、ポイッと放って寄越した。
真鋳製だろうか、手のひらに収まる、小さいけれど確かな重み。帝国のワシがレリーフになっている。
「へえ、帝国の紋章みたいね。初めて見たわ。ノールってこんなのも売ってるのね」
「なんだ、知らなかったのか」
と、彼は言った。
「それ、帝国製だぜ。帝国軍標準支給品。確か、今年からだって話だ。ガソリンを精製する時に出る副産物のナフサとかいう油の再利用らしいよ。風の強い時も火がつくスグレもんだ」
「そうだったんだ・・・。でもどうしてあなたがこんなものを? 兵役に行ったの?」
「いいや。帝国生まれには違いないけど、オレ、国籍は放棄したから」
と、アクセルは答えた。
「付き合ってたヤツから貰ったんだ。タバコは吸わないけど、なんとなく、捨てそびれててさ・・・」
ああ、なるほど・・・。
彼はゲイだったっけな。
「気にいったのなら、やるよ」
「大事なものなんでしょ。いいの?」
「・・・オレにはもう、必要ないから」
ボソッとつぶやき、再び彼は似顔絵に戻った。
「しっかり見て、記憶するんだ。こんなもの、ゴルトシュミットの屋敷に持って帰るわけには行かないからな」
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