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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。

34 3つのニュース

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 王宮差し回しの馬車から降りて来たのは両手で抱えるのも大変なほどの盛大で豪華すぎる花束だった。小さな花屋ならばその店先で鬻ぐ花々を全て束ねたのかと思われるほどの。

 その花束を抱えてゴルトシュミット子爵の屋敷に入って来たのがこれまた見上げるほど背の高い、しかも目が覚めるような美しい好男子。

「ノール国王よりバロネン・ヴァインライヒ閣下に宛てたメッセージをお届けに参りました」

 大きな花束をゴルトシュミット家の執事エリックに託した王宮の長身侍従は、ヤヨイの前で華麗なバウをして片膝着き、彼女の手にキスを捧げ、国王のライオンの紋章で封蝋された一通の封書を手渡した。

「バロネンに置かれましてはご機嫌麗しゅう。

 陛下は昨日の貴殿王宮訪問を殊の外お喜びになり、また一日中宮中にお引止め致したことで貴殿の体調を慮っておられます。

 そして、またご都合の宜しき折にでも親しくご歓談されたいとの思し召しでございました」

 ヤヨイはその金箔でレリーフしてある贅を尽くした手紙を手にし、辛うじて返礼した。

「これは・・・。

 宮中へお招きいただき謁見を賜りました上にこのようなご丁寧なお手紙まで・・・。このヴァインライヒ、望外の喜びにて・・・。

 陛下には体調はおかげをもちましてすこぶるよろしゅうございます、と。ぜひまた拝謁を賜りたく、王宮におじゃまするのを楽しみにしております、とお伝えくださいませ・・・」

 


 

 起き抜けに思いがけないサプライズに遭遇し、その対応策を話し合うために朝食もそこそこに遠駆けに出たヤヨイとアクセルは、旧市街を取り囲む古い城壁沿いに南周りで緩やかに並走した。道行くオスロホルムの市民たちにはトリコーヌを被った二人の紳士が朝の散策に出ているもののように見えたことだろう。

 屋敷を出かけにゴルトシュミット卿には、

「なんと! よほど馬がお好きなのですな!」

 と目を丸くされた。

「ただし、なんども申すようですが、くれぐれもお気をつけ下さい。貴女はもうこのゴルトシュミット家だけのお客様ではないのです。国王陛下の、このノール王国の賓客であられるのですから・・・」

 

 

「子爵も心配性よね」

「そりゃそうだよ。彼はキミが『本気でお家再興を願っているノルトヴェイト家の末裔』だと信じてるんだから。そして、キミという存在をテコにして現王家を廃し、ニィ・ヴァーサ朝の復活を目論んでいるんだから。だからグロンダール卿は彼に白羽の矢をたてたのさ。キミの『伝説』の補強用にね」

 誰が聞いているかわからないため、ゆるやかなトロット、速歩での騎行中と言えども会話は英語を使った。帝国の一方言であり帝国軍の命令用語だから、まず漏れ聞こえても一般のノール人にはわからないだろう。

「ところでアクセル。あの背の高い侍従さん、知ってる人?」

「国王の近侍だろう。なんでも、スヴェン27世とは幼馴染の間柄らしいよ」

 アクセルは、スヴェンの近侍クリストフェルもまた彼の秘密警察のボス、グロンダール卿の使命を帯びた者であることを知らなかった。グロンダール伯爵は、配下のスタッフにも組織の全容を知らせるのを極力抑えていた。それが彼のやり方なのだろう。『もぐら』を誘き出して最終的には抹殺するアタック部隊であるアクセルとヤヨイには、グロンダール卿の組織の全てを知る必要はなかった。

「で、どうする? あのシャイで元気のいい国王陛下のお誘いに乗る?」

「まあ、無視することは出来ないよな。でも、ハーニッシュ訪問の日が決まってから返事してもいいだろう。今のところ、『もぐら』にとって一番魅力的な餌はキミとハーニッシュの会合だろうからね」

「でも、彼が、国王陛下があんなに『ホット』になるなんてね」

 その「ホット」の対象が自分であるにもかかわらず、ヤヨイは他人ごとのように感想を言った。

 いにしえのノール貴族の血をひく絶世の美女。

 こんな姿は一時の方便。任務が終わるまでのかりそめであることを誰よりも自分が知っていた。

「一目惚れってヤツだろうね。予期しなかった副作用だけど、でもオレ個人的にはもし国王がキミのイビキと寝相の悪さを知ったらどう思うかのほうがキョーミあるけどね」

「ちょっと!」

 ヤヨイはあやうく手にしたムチでアクセルの軽口を窘めるところだった。

「でもまあ、そのショックはキミの正体を知った場合ほどじゃないと思うけどね」

 ったく・・・。

 軽口を叩くのを止めないアクセルにいささかムカついたが、彼のイヤミはカラッとしていて根が浅いから憎めない。

「あ、あとね。ハーニッシュたちはどんな反応を示すかしらね。歓迎して、歓談して、それで終わりかしら」

「そうだな。ノールに帰って来てくれ、ぐらいは言われるだろうな」

「その時はテキトーに話を合わせておいてもいい? むしろ積極的に再興を祈願していますぐらいは言っといたほうがいいかしらね」

「まあな。そのぐらいはいいだろう」

「作戦が終わったあと、失望して反乱になったりしないかしら」

「そのあたりはすでに考えてある」

 アクセルは言った。

「仮に『伝説』の上で将来的にはノール貴族の一員として帰参しノルトヴェイト侯爵家再興を約束したとする。でも、このままノールに居続けるわけじゃない。だってキミは『帝国貴族』なんだから。

 一度は帝国に戻っていろいろ手続きして・・・。している間に急な病に倒れて、そのまま『バロネン・イングリッド・マリーア・ノルトヴェイト・フォン・ヴァインライヒ』にはこの世から消えてもらう。今回のために我々が用意した『帝国貴族ヴァインライヒ男爵家の相続人』にして『ノール貴族ノルトヴェイト公爵家の末裔』の伝説はそこで終わる。

 ゴルトシュミットもハーニッシュも大きく落胆するだろうけど、相手が帝国じゃ仕方ない。そしてキミは晴れて、もとの『帝国陸軍ヤヨイ・ヴァインライヒ少尉』に戻る、ってわけさ」

 すました顔をして、アクセルは言った。

「だから、なんとでも言っておけばいいよ。むしろできるだけハデに煽りまくって『もぐら』を惹きつけるべきだ」

「確認だけど」

「・・・うん」

「もし、『もぐら』と接触したら、その時はわたしに任せてくれるのよね? 生かすも殺すも。全部」

「まあ、基本的にはね」

 気が付けばオスロホルムの街はずれ、遠く西の彼方を望む低い丘の上まで来ていた。もちろんそこからは見えないが、さらに西の彼方にハーニッシュの里がある。

 ヤヨイは道の傍に馬を止めた。

「『基本的』じゃ、ダメよ。『絶対的』に任せてくれないと。それがそもそもの約束だし、『その時』がいつ、どういうシチュエーションで来るか、全く分からないんだから。二度も三度もチャンスがやって来るとも限らないし。あれこれ考えてるヨユーなんてないかもしれない」

 彼女の傍らに「従者」も並んだ。

「まあ、そうだね。でもなあ・・・。『もぐら』の出自とか、マレンキーとの関係とか。それを探るのもミッションの目標だろ? キミのボスからもそう指示されてるはずだよな。最終的には殺すけど、まず調査してからだ、と」

「いまさらそんなこと言われても。それはアクセル、あなたの担当よ。わたしはわたしの任務を果たすだけ。わたしは殺すのが専門なんだから! そのために呼ばれたんだし」

 焦りは禁物。それはわかっているのだが、あまりにも準備期間が長く、待ち時間が長すぎたせいか、ヤヨイは自分がいささか性急になっているのを感じてはいた。だが、もうすぐ獲物が餌に食らいつく。その予感が否が応にも彼女をかきたてて止まなかったのだ。

「わたしは助っ人。なんでもかんでも助っ人に甘えるのはいい加減にしてくれないと!」

 言ってしまってからあまりな言葉だったと思い直し、こう付け加えた。

「出来るだけのことはする。でも、調査程度のことはそっちで責任もってやって。わたしはその時が来たら、殺るだけよ! いいよね?」

 トリコーヌの下の灰色に偽装した碧眼に鋭い光を孕みながら、この後に及んでグダグダ言い始めた「従者」を、ヤヨイはキッと睨みつけた。

「お~怖! 

 作り物だってわかってても、その眼で睨まれるとさすがにビビるね」

 緊張しきってしまった雰囲気を変えようというのか、アクセルはそんな風におどけてみせた。

「ま、その辺りは微力を尽くすと致しますですよ、お嬢様」


 


 

 ゴルトシュミット卿の屋敷に戻った二人を、もうふたつのニュースが待っていた。

 そのひとつは。

「おお! バロネン!

 先ほど内務省の使いの者が参りました」

 昂奮したゴルトシュミット卿は、ヤヨイたちが馬から降りる間も惜しむように駆け寄って来た。

「お喜び下さい! ハーニッシュ訪問が明日に決まったそうにございます!」

 そして、ヤヨイが厩番に手綱を預け、意気盛んな子爵に抱えられるようにして屋敷に入ろうとするところにもう一つのニュースがやってきた。

「はじめまして! ペールと申します!」

 馬格の大きな黒毛に跨り、トリコーヌを被って目の覚めるような鮮やかなブルーのア・ビ・アラ・フランセーズに身を包んだ堂々たる紳士の顔は、昨夜ノラの屋根裏部屋に忍び込んでいた若く初々しくもたくましい体つきの若者のものだった。
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