ソルヴェイグの歌 【『軍神マルスの娘』と呼ばれた女 4】 革命家を消せ!

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第三部 歌姫は悲しい歌を歌う

25 帝国から来た女男爵と各者各様の思惑渦巻く宮廷。そして帝国からの暗号電。

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「け、卿は、馬が好きか? あ、女性に『卿』は、おかしいな・・・」

「よろしゅうございますわ、国王陛下。亡き養父ヴァインライヒ男爵も元々はわたくしを男子として知らしめたくて公の場ではこのような姿をせよと遺言なされたのです。陛下のよろしきようにお呼びいただいて構いませんわ。そして、わたしは馬が好きですわ」

「そ、そうか! それはなによりだ。・・・あの、卿は、そなたは、ダンスが好きか?」

 ノール王国の若き君主は落ち着きがなかった。あい対する帝国貴族の、終始落ち着いた雰囲気、佇まいに比べると、その差は歴然としていた。年若にしては鷹揚とした君主であることを評価していた臣下たちも、若き国王のいつにない動揺に、ある者は眉を顰め、またある者は、

「これは国王陛下もそろそろお年頃であられるのだ」

 と寛容な眼差しを送っていた。


 

「謁見の儀」に続いて場を改めて行われた「歓談の儀」では、国王は親しく玉座を寄せ膝突き合わせるようにして帝国貴族と言葉を交わした。まだ若輩の故かいくぶんぎこちないのは否めぬとも、遠来の賓客をもてなし友好を深めようという国王の意図そして誠意は、その場に陪席していたノール政府を代表した閣僚たちや高級官僚、そして帝国貴族を招いた当人であるゴルトシュミット卿にも十分に伝わった。

 そして、若き国王と美貌の女男爵との親しくも睦まじいやりとりとその取り合わせは、その場に陪席した多くの者の目におおむね好意的に映った。

「若き独り身の国王陛下に美貌の女性貴族。これはなんとも、先の楽しみな、微笑ましい画ではないか」

「これは・・・。帝国とのさらなる友好の鎹(かすがい)ともなるやもしれぬのう」

 と。


 

 とりわけ、バロネン・ヴァインライヒを招いた本人であるゴルトシュミット子爵にとっては、望外の光景であった。

 なぜ、これに気付かなかったのか、と。

 もし仮に、近い将来王家とヴァインライヒ女男爵家とが婚儀を結べば・・・。

 我が悲願であるノルトヴェイト公爵家の再興は労せずして成るではないか!

 そして、さらにもし、世継ぎでも生まれれば・・・。

 いにしえのニィ・ヴァーサ朝の復活も夢物語などではなくなる。しかも、代々の王家にとり目の上のたんこぶ、喉奥に突き刺さった魚骨のごとくであったハーニッシュたちの恭順をも自然に勝ち取ることができるではないか! ノールは盤石の王国となる!

 そしてその栄えある新生ノールの宰相にはこの・・・。

 ゴルトシュミットは睦まじく懇談を続ける若い二人の姿に自己の栄達を重ね合わせ、飽くことない夢想を呼び、ほくそ笑むのを禁じえなかった。


 

 そして、もう一人。

 ゴルトシュミット卿と同じく国王と帝国から来た女男爵との睦まじい画に注視し、そのありうるべき将来を予想する者がいた。ただし、ゴルトシュミットとは全くの正反対に、そこに忌むべきものを重ねつつ、ではあるが。

 それはやはり国王と玉座を並べた皇太后ソニアだった。

 この、不肖の息子めが!

 帝国から来たどこの馬の骨とも知らぬ女狐などに心を奪われおって・・・。

 と、華やかで美しい外見とは裏腹に、彼女の内心は修羅であり、邪悪な色合いを帯びていた。

 だがもし、スヴェンがこの女を娶ることにでもなれば・・・。

 この女は後宮に入り、妾(わらわ)と覇を競うことになるのは明白。しかも、この女狐には帝国という巨大な後ろ盾がある。さらにハーニッシュだ。彼らは今も亡命したクラウスを神の次に崇めておるという。その末裔に全幅の信頼を寄せるのは必定。そうなれば、あの女狐の後宮での力はゆるぎないものとなろう。その上さらに世継ぎなど生まれれば・・・。

 このわらわの地位は、早晩砂上の楼閣よりも脆く崩れ去ってしまうやもしれぬではないか! この、ゴルトシュミットめが! 余計な者を招いてきおって・・・!

 除くなら、早い方がよいな。

 グロンダールか、大司教か。いずれの手の者がよいか・・・。

 ここが思案のしどころではあるようだ・・・。

 それゆえなのか、国王と並んで玉座を占めた皇太后も二言三言、帝国の女男爵に問いかけはした。だが、その言葉にはささやかな棘があった。

「そなたはおなごの身であると聞いた。しかるに、なぜそのようなものを身に着けておるのか」

「そなたはかつてのノール貴族ノルトヴェイト公爵家の血筋であるとも聞いた。そこで尋ねるが、そなたはノールの貴族として復籍したい希望を持っておるのか」

「・・・母上、皇太后陛下。それはこのような場で質すにはいささか穏当を欠く儀ではありますまいか?」

 皇太后のあまりに冷淡な、欠礼ともとられかねない言葉に、さすがの国王も慌てて窘めた。彼の終始落ち着かない佇まいはその狼狽のせいでもあろう、と見る者もいた。

 ソニアは控えている腹心の女官長、ヴェンケを顧みた。察して額を寄せて来た女官長に、囁いた。

「つむりが痛む。中座したい」

 と。

 女官長がこの場を取り仕切る侍従長に、侍従長が歓談中の国王に。言葉が伝わった。

 そして、

「バロネン、皇太后陛下がご退席になられます。恐れ入りますがご起立ください」

 侍従長に促され、バロネン・ヴァインライヒはにこやかに席を立った。

「バロネン・ヴァインライヒ殿。悪いが中座をいたす。バロネンにあってはなにとぞわがノールと国王陛下をよしなに、の。こたびは大義であった」

 退席する皇太后をバウで見送り、そして国王も、

「バロネン。卿と親しく話が出来て嬉しかった。母上がいろいろと申し上げたが、どうかお気に触られぬことを希望する。ではまた、後ほど」

 国王もまた懇談の間を去った。

 プラチナウィッグに黒の官服の侍従長が言った。

「この後、主だった貴族方がたとのご挨拶をいただき、一度控室におさがりいただきます。しばしのご休息ののち、国王陛下主催の晩餐の儀にお望みいただくことと相成ります」

 陪席した主だった閣僚、及び主だった貴族たちと一人ひとり言葉を交わし、そうして国王との懇談の間、老いた、だが熱い視線を送っていた老人と言葉を交わした。侍従長が丁寧な紹介をした。


 

「こちらがハーニッシュ族の長老であられるイサイ・ハンヴォルセン殿であられます」

「はじめまして、ハンヴォルセン殿。お会いできて、光栄です」

 ヤヨイは、今日いくどとなく繰り返したセリフを今また使った。

 白のシャツ以外は全て真っ黒の白髪の老人は、広いまびさしの帽子をとるや、うやうやしくヴァインライヒ卿に扮するヤヨイの手を取り、キスをした。そして面を上げて彼女をみつめるや、にわかにくちびるを震わせ濁った目に涙を溜めた。

「おお! ありがたや!

 まさか我が生ある間に言い伝えのクラウス様のご末裔にまみえることが出来ようとは! これも神のお導きであろうか!」

 声を震わせ、喉が渇くのかしきりにつばを飲み込みつつ、長老は感激の涙が流れるに任せていた。

「この老体。今生の間際にあなた様にお会いできたことはこの上もない喜びであり、深く神に感謝いたすものであります!」

 そこで、ヤヨイは仕掛けた。

「わたくしこそ、光栄ですわハンヴォルセン殿・・・。

 あの、そこでひとつ、お願いいたしたいことがあるのですが・・・」

「おお、何なりとお申し付けください!」

「あの、ご迷惑でさえなければ、滞在中一度貴殿のお里をご訪問させていただきたく思うのですが。このたびのノール訪問は先祖の足跡を辿り思いを馳せるものでありますれば・・・」

「そんな、迷惑などと! 」

 長老は老いた顔を輝かせて言った。

「むしろ、望外の喜びにございますれば、是非ともおいでいただきたい! ただひたすら神にのみ捧げる日々を送る我々でありますれば、ろくなおもてなしも叶いませぬが、一族挙げてあなた様を歓待申し上げたく・・・」

「それでは、近いうちに必ずや・・・」

「再会の日までご壮健に。御身に神の恩寵とご加護があらんことをお祈り申し上げまする」

「アーメン」

「アーメン」

 そうしてヤヨイはハーニッシュの長老ハンヴォルセンを見送り、ゴルトシュミット子爵に促され控室に引き上げた。表向きはあくまでも華麗な男装の帝国貴族令嬢。だがその心の内は・・・。

「やっぱ、アーメン最強!」

 ついに懸案だったハーニッシュへの仕掛けに成功した高揚を抑えつつ。


 

 そして、ヤヨイの国王との懇談と貴族たちやハーニッシュの長老との挨拶の一部始終を冷たい視線で見守るものがもう一人いた。

 言わずと知れた秘密警察のグロンダール伯である。

 彼は件の帝国貴族との挨拶もせず、同僚閣僚との用談を装いそっと場を離れた。

 必要がないだけでなく、本作戦の指揮官である自分が公の場で余分なアタック要員との接触を行うのは好ましくないからだ。

 彼が廊下に出るとそこへ宮廷の侍従の一人がそっと近寄って来た。

「グロンダール卿、お役所の方が見えられましたが・・・」

 同僚閣僚に会釈し、侍従の案内で宮廷の中庭に通じるドアの外に出た。

 そこに、かつらの無いトリコーヌを被った黒い官服の男が立っていた。

「なんだ、このような場へ」

 グロンダール卿は冷たい眼を部下の男に向けた。

「閣下、帝国のウリル閣下より、至急電が入りましたのでお届けに上がりました」

 男は小さく折りたたんだ紙を伯爵に手渡した。チョッキの内ポケットから片眼鏡を取り出した卿はすぐに紙片を開いた。

「宛 ノール王国特別警察長官伯爵グロンダール閣下

 発 帝国特務部隊司令官陸軍少将ウリル


 

 記


 

 先般わが帝国国内で発生した2件の殺人事件に関し、容疑者と思われる一人が貴国調査中の革命扇動分子と推察される所見あるにつき通報す。件の容疑者は、本殺人事件に前後し、先のチナ戦役後に地下に潜った旧チナの豪族首領に密会したものと認む。

 当該容疑者及びその協力者一名の似顔絵を作成したるにつき貴国に手交す。至急照会されたし。担当官を高速巡洋艦にて差遣するにつき、速やかに適当なる名目にてオスロホルム港入港の手配を求む。入港は明後日早朝の予定。

 以上」


 

「本日の暗号で、つい一時間前に入電しました!」

 トリコーヌのスタッフは息を整えつつ小声で言った。急いできたのだろう。

「で?」

 目を通した紙片を畳み、マッチを擦って燃やしつつ、グロンダール卿は男に尋ねた。

「は?」

「なにが、は? だ! アンドレ。貴官はこれに対してどういう手を打ったのかと聞いておる!」

「いや、その、ご命令を頂けるものと・・・」

 グロンダール卿は瞑目して深く吐息をついた。

「内務省と港湾局に連絡してこの帝国巡洋艦の入港をアレンジする。名目は何でもいい。親善でも、緊急避難でもなんでも。そしてこの担当官と人目につかぬように接触する段取りをつける。それに似顔絵入手後の複写のための絵師の手配。作戦中のアタック部隊への連絡の手配・・・。

 やることはいくらでもあるではないか!

 何のためにここまで周到な準備をしておると思っているのか。貴官は何年わたしの下にいるのだ。この程度のことは指示を待たずにサッサと済ませてしまいたまえっ!」

 小声で叱責されたアンドレという男は無言で会釈し駆け出して行った。

 使えないスタッフの後姿を睨みつけつつ、グロンダール卿は改めて帝国の同業者、ウリル少将の手腕に舌を巻いた。

「さすがだ、ウリル少将。昨年の『もぐら』発覚以来、我らが血眼になってもしっぽさえつかめなかったヤツを見事に捕捉した。発見したスタッフといい、『アイゼネス・クロイツ』の女アサシンといい。いったい彼はどれほどの人材を抱えているのか。羨ましい・・・」

 さて、こうしてはいられね。自分からも内務卿に内々に依頼しておこう。

 そう考えてシェルデラップ侯爵を探しに廷内に戻ったところに後宮の女官長が歩み寄って来た。

「グロンダール卿、恐れ入りますが、皇太后陛下がお召しになっておられます」

「大変恐れ入るが、たった今、またぞろ不穏分子が活動し始めたとの連絡がありましてな。その対応後に伺候いたす旨お伝えあれ」

 あの、後宮の女狐めが! おおかた帝国の女男爵を内々に葬れとでも言いだすのだろう。

 そんなことができるか!

 グロンダール伯爵は踵を返して懇談の間に戻って行った。
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