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第三部 歌姫は悲しい歌を歌う
23 ヤヨイ、若き国王に見初められる? そして、ノラの背信
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おや?
東の空を舞っていた大鷲は、ここしばらく見かけなかった二つのオーラ、すなわち、夏の向日葵のような明るい光を放つ西のオーラと、春の雪解けの間から顔を出すふきのとうのようなか弱いが芯の強い東のオーラとが、一つところから立ち上って来るのを感じた。
不思議なことに、西のオーラは少しく見目かたちが変わっていたが、彼女から立ち昇る鮮やかなオーラの色までは偽れない。
同じように、目立たない地味な色ではあるが東のオーラからもすこぶる強い忍ぶ力を感じる。
彼が見初めたこの二つのオーラが、今日は一つところから、人間どもが馬車と呼ぶ馬の曳く車の中から立ち上っていことに、大鷲は強い興味を惹かれた。
そして、その馬車が、彼にすれば邪悪な負のオーラを放つ場所へと向かっていることに、大きな危惧も抱いた。
愛すべきこの二人の若い女。西の陽と東の忍の、異なるオーラを放つ娘たちの行く末を心配した大鷲は大きなその翼を翻してふたたび高度を下げ、どんよりと垂れこめた厚い雲の下に降りていった。
旧市街のくねくねとしたくすんだ街路を抜けると急に視界が広がった。
いくつもの尖塔を持つ城が、旧文明の中世を思わせる重厚な古城が、隣接する大聖堂の尖塔とあわせて目の前に現れた。
「まあ、ステキ! 見てごらんなさい、ノラ。お城が見えて来たわ」
ヤヨイは可愛い民族衣装のノラを顧みた。だが、純朴な娘は何故か浮かない顔をしてチラと窓の外に目をやっただけでまた俯いてしまった。
どうしたのだろう。
昨夜までは恥じらいつつも王宮に行くのを楽しみにしている様子だったのに。
ヤヨイ自身も重要なミッションの佳境に差し掛かっている身ではあったわけだが、期せずして知り合った美しい歌姫の身を案じる余裕はあった。若干21歳の女エージェント、泣く子も黙る帝国最強の殺し屋は、早くも円熟味を兼ね備えたベテランのアサシンとなっていた。
浮かない顔のノラに一抹の危惧を抱きつつ、なおも童心に帰ったような好奇心を剥き出しにして窓の外に首を出すと、目指す王宮の尖塔のてっぺん、十字架の上に一羽の大鷲が羽を休めているのが見えた。
「ノラ! 見てみて! 大鷲よ!
帝国で何度か見たの。ノールで彼に会えるなんて、感激だわ!」
「ほお! 見事な鷲ですな。オスロホルムでは珍しい。さぞかし、バロネンを追いかけて帝国からお供して参ったのでありましょうな」
あまりなヤヨイのはしゃぎように、ゴルトシュミット子爵までもが空を見上げウィットの効いたジョークで応じた。だが、肝心のノラは依然浮かぬ顔のままだった。
王宮差し回しの豪華な6頭立ての馬車はいましもはね橋を渡り王宮の中庭へと進んでいった。従者であるアクセルもゴルトシュミット卿の従者と共にキャビン外の後部に同乗している。
「鉄十字章」の授章式で広大な元老院広場に敷かれた緋毛氈の上を歩いたのを想い出す。
あの時と同じ、高らかに吹奏されるファンファーレの鳴り響く中、王宮のエントランスまで伸びる鮮やかなレッドカーペット、緋毛氈の道の端に馬車は止まった。
元老院の時と違うのは、カーペット両脇に居並ぶ儀仗兵が金筋の入った黒のトラウザーズに深紅のジャケット、金色に光り輝くヘルメットの上に派手な羽飾りを着けていることか。ノールの王宮は帝国に比べ様々なところで秀麗で華美だ。帝国の「質実剛健」のローマ風味とは違う、旧文明近世欧州の華麗な伝統というものなのだろう。
ヤヨイ扮するヴァインライヒ女男爵は、彼女に3歩下がって付き従うゴルトシュミット卿と共に馬車を降り、エントランス前に敷かれた緋毛氈の上を歩いた。その先に出迎えてくれている、凛々しい赤の軍服にサッシュをした正装で直立しているのがノールの若き国王だろう。
「ノール国王、スヴェン27世陛下であらせられます」
背後に控えるゴルトシュミット卿が小声で言う。
「国王自ら出迎えに臨まれるとは、最大級の礼遇ですぞ、バロネン」
男装ながら女性らしく軽く膝を折り、バウをして面を上げた。
「ヴァインライヒでございます。
初めて御意を得ます。此度(こたび)はお招きいただき大変光栄に存じます、陛下」
そういって初々しい国王の尊顔を仰ぎ見た。
が、儀仗兵と同じ派手なヘルメットを小脇に抱え、胸にいくつもの勲章を着け、光輝くサーベルを腰に差した、初々しいという表現がまことに似つかわしい眩しい若さを持つ国王は、ヤヨイと顔を合わせるなり、押し黙ってしまった。
後ろに控えていた侍従らしき長身の男が何事かを囁きようやく口を開いたのだが、
「こたびは、遠路はるばる・・・。遠路はるばる・・・」
その後の言葉が続かなかった。
ヤヨイの若き国王とのファーストコンタクトは、そのようにして行われた。
出迎えの儀が終わり、ゲストであるヴァインライヒ女男爵ことヤヨイは一度控室に入った。先に控室に入っていたノラはやはり浮かない顔をして窓の外の庭を眺めていた。それがちょっと気になる。
「この後、大広間で国王陛下と皇太后陛下の謁見を賜ります。ただし、そこではお互いに正式名を紹介し合うのみ。再びこの控室に戻り、実際の懇談はもっとこじんまりした国王の応接室で行われるでしょう。懇談の後に国王陛下主催の歓迎晩餐会となります」
そう、子爵は教えてくれた。
まるで異質な、仰々しいまでのしきたりだ。貴族も平民も、結婚式の正装でさえ純白のテュニカやトーガにショールの端を頭に被せるだけの、万事簡素な帝国に比べるべくもない。
だが、郷に入りては郷に従え。これも任務だ。何事にも鷹揚な帝国貴族を演じ続けねばならない。
「陛下のファーストインプレッションはいかがでしたか、バロネン」
ゴルトシュミット卿から差し出されたコーヒーのソーサーを受け取りながら、ヤヨイは当たり障りのない言葉を探した
「お若くて、お美しくて、とても凛々しいお姿であられました。でも、なにか困惑なさっておいでだったような・・・。なにか、陛下のお気に障ったのでなければよいのですが」
「それは・・・、お考えすぎと思いますよ」
ゴルトシュミット子爵は穏やかな笑みを漏らした。
「陛下は、貴女のお美しさに見惚れておいでだったのかもしれませんよ、バロネン」
「まあ・・・」
開かれているドアの外に王宮の侍従の一人が立った。
「お待たせいたしました、バロネン。謁見の準備が整いましたので、ご案内申し上げます」
するとノラはようやく顔を綻ばせ、お辞儀をした。
「行ってらっしゃいませ、旦那様。イングリッド様」
国王陛下との謁見のために大広間に向かうバロネンとゴルトシュミット卿を見送った。
後は晩餐会まで、ノラには出番はない。
また曇り空を見上げた。あでやかな可愛いノール伝統の衣装を身に着けているというのに、ノラの心はこの曇り空のようにどんよりと、重かった。
昨夜、屋根裏部屋の小窓から入ってきたペールは可愛そうなほど凍え震えていた。季節は夏に向かうというのに。
「ペール! まあ、どうしたの? こんなに震えて・・・」
震える愛しい恋人の冷たい身体を思わず抱きしめた。そして・・・。貪るような、キス。
「・・・なにか、あったの?」
すると、ペールはようやく身体を離した。そしてノラの肩を抱き、彼女の瞳を覗き込んだ。なんと哀し気な目をしているのだろう。
「ノラ、オレを愛してるか?」
「ええ! もちろんよ」
一日たりとも、一瞬と言えども愛する男を忘れたことなどない。ノラは力強く被りを振った。
「あまり時間がない。長くはいられないんだ。お前に頼みがあって、来たんだ」
「どうしたの?」
ペールはゴクリと唾をのんだ。
「今、この屋敷に帝国の貴族が来ているな」
「え、ええ。バロネン・ヴァインライヒ様がご滞在されているわ」
「これから毎晩、オレは来る。その時、その貴族の様子とか予定をオレに教えるんだ」
「どうして? なんでそんなことを」
「いいから!」
ペールは恐ろしい顔をしてノラの細い肩を掴み、揺すった。まるで悪魔が乗り移ったかのように。
「言うとおりにするんだ! いいな?」
「イヤよ! 怖いわ。なんでそんな・・・。あの人ね? あのアニキとかいう・・・」
「黙れ!」
きゃ!
ペールはノラの頬を張った。
「ゴルトシュミットやその帝国の貴族に余計なことは言うなよ。わかったな?」
ノラは頷くしかなかった。
するとペールはやっと表情を緩めた。
「・・・殴ってゴメン。痛かったか?」
打たれたノラの頬を優しく撫でるペールの手に掌を重ねた。
「明日、ヴァインライヒ様は王宮に行かれるの。ゴルトシュミット卿も。あたしも、お供するの」
「王宮へ?」
「国王陛下の謁見と晩餐会にご招待されているの」
愛する恋人、ペールの瞳がまた冷たく光った。
「ありがとうノラ。愛してる。また来る」
そして、冷たいキスを残し、ペールは去った。
恋人のあまりな変貌。そして、今世話になっている奉公家と、その客である貴人の内情を通報するという、背信への畏れと戸惑いがノラを苦しめていた。
もちろん、神に祈り、許しを乞うた。
だが、それだけではノラの心は晴れなかった。
なんてことかしら。これから歌を披露するというのに・・・。
ノラは無理やりにでも気持ちを切り替え、胸の上で手を組み、心の平穏を神に祈った。
東の空を舞っていた大鷲は、ここしばらく見かけなかった二つのオーラ、すなわち、夏の向日葵のような明るい光を放つ西のオーラと、春の雪解けの間から顔を出すふきのとうのようなか弱いが芯の強い東のオーラとが、一つところから立ち上って来るのを感じた。
不思議なことに、西のオーラは少しく見目かたちが変わっていたが、彼女から立ち昇る鮮やかなオーラの色までは偽れない。
同じように、目立たない地味な色ではあるが東のオーラからもすこぶる強い忍ぶ力を感じる。
彼が見初めたこの二つのオーラが、今日は一つところから、人間どもが馬車と呼ぶ馬の曳く車の中から立ち上っていことに、大鷲は強い興味を惹かれた。
そして、その馬車が、彼にすれば邪悪な負のオーラを放つ場所へと向かっていることに、大きな危惧も抱いた。
愛すべきこの二人の若い女。西の陽と東の忍の、異なるオーラを放つ娘たちの行く末を心配した大鷲は大きなその翼を翻してふたたび高度を下げ、どんよりと垂れこめた厚い雲の下に降りていった。
旧市街のくねくねとしたくすんだ街路を抜けると急に視界が広がった。
いくつもの尖塔を持つ城が、旧文明の中世を思わせる重厚な古城が、隣接する大聖堂の尖塔とあわせて目の前に現れた。
「まあ、ステキ! 見てごらんなさい、ノラ。お城が見えて来たわ」
ヤヨイは可愛い民族衣装のノラを顧みた。だが、純朴な娘は何故か浮かない顔をしてチラと窓の外に目をやっただけでまた俯いてしまった。
どうしたのだろう。
昨夜までは恥じらいつつも王宮に行くのを楽しみにしている様子だったのに。
ヤヨイ自身も重要なミッションの佳境に差し掛かっている身ではあったわけだが、期せずして知り合った美しい歌姫の身を案じる余裕はあった。若干21歳の女エージェント、泣く子も黙る帝国最強の殺し屋は、早くも円熟味を兼ね備えたベテランのアサシンとなっていた。
浮かない顔のノラに一抹の危惧を抱きつつ、なおも童心に帰ったような好奇心を剥き出しにして窓の外に首を出すと、目指す王宮の尖塔のてっぺん、十字架の上に一羽の大鷲が羽を休めているのが見えた。
「ノラ! 見てみて! 大鷲よ!
帝国で何度か見たの。ノールで彼に会えるなんて、感激だわ!」
「ほお! 見事な鷲ですな。オスロホルムでは珍しい。さぞかし、バロネンを追いかけて帝国からお供して参ったのでありましょうな」
あまりなヤヨイのはしゃぎように、ゴルトシュミット子爵までもが空を見上げウィットの効いたジョークで応じた。だが、肝心のノラは依然浮かぬ顔のままだった。
王宮差し回しの豪華な6頭立ての馬車はいましもはね橋を渡り王宮の中庭へと進んでいった。従者であるアクセルもゴルトシュミット卿の従者と共にキャビン外の後部に同乗している。
「鉄十字章」の授章式で広大な元老院広場に敷かれた緋毛氈の上を歩いたのを想い出す。
あの時と同じ、高らかに吹奏されるファンファーレの鳴り響く中、王宮のエントランスまで伸びる鮮やかなレッドカーペット、緋毛氈の道の端に馬車は止まった。
元老院の時と違うのは、カーペット両脇に居並ぶ儀仗兵が金筋の入った黒のトラウザーズに深紅のジャケット、金色に光り輝くヘルメットの上に派手な羽飾りを着けていることか。ノールの王宮は帝国に比べ様々なところで秀麗で華美だ。帝国の「質実剛健」のローマ風味とは違う、旧文明近世欧州の華麗な伝統というものなのだろう。
ヤヨイ扮するヴァインライヒ女男爵は、彼女に3歩下がって付き従うゴルトシュミット卿と共に馬車を降り、エントランス前に敷かれた緋毛氈の上を歩いた。その先に出迎えてくれている、凛々しい赤の軍服にサッシュをした正装で直立しているのがノールの若き国王だろう。
「ノール国王、スヴェン27世陛下であらせられます」
背後に控えるゴルトシュミット卿が小声で言う。
「国王自ら出迎えに臨まれるとは、最大級の礼遇ですぞ、バロネン」
男装ながら女性らしく軽く膝を折り、バウをして面を上げた。
「ヴァインライヒでございます。
初めて御意を得ます。此度(こたび)はお招きいただき大変光栄に存じます、陛下」
そういって初々しい国王の尊顔を仰ぎ見た。
が、儀仗兵と同じ派手なヘルメットを小脇に抱え、胸にいくつもの勲章を着け、光輝くサーベルを腰に差した、初々しいという表現がまことに似つかわしい眩しい若さを持つ国王は、ヤヨイと顔を合わせるなり、押し黙ってしまった。
後ろに控えていた侍従らしき長身の男が何事かを囁きようやく口を開いたのだが、
「こたびは、遠路はるばる・・・。遠路はるばる・・・」
その後の言葉が続かなかった。
ヤヨイの若き国王とのファーストコンタクトは、そのようにして行われた。
出迎えの儀が終わり、ゲストであるヴァインライヒ女男爵ことヤヨイは一度控室に入った。先に控室に入っていたノラはやはり浮かない顔をして窓の外の庭を眺めていた。それがちょっと気になる。
「この後、大広間で国王陛下と皇太后陛下の謁見を賜ります。ただし、そこではお互いに正式名を紹介し合うのみ。再びこの控室に戻り、実際の懇談はもっとこじんまりした国王の応接室で行われるでしょう。懇談の後に国王陛下主催の歓迎晩餐会となります」
そう、子爵は教えてくれた。
まるで異質な、仰々しいまでのしきたりだ。貴族も平民も、結婚式の正装でさえ純白のテュニカやトーガにショールの端を頭に被せるだけの、万事簡素な帝国に比べるべくもない。
だが、郷に入りては郷に従え。これも任務だ。何事にも鷹揚な帝国貴族を演じ続けねばならない。
「陛下のファーストインプレッションはいかがでしたか、バロネン」
ゴルトシュミット卿から差し出されたコーヒーのソーサーを受け取りながら、ヤヨイは当たり障りのない言葉を探した
「お若くて、お美しくて、とても凛々しいお姿であられました。でも、なにか困惑なさっておいでだったような・・・。なにか、陛下のお気に障ったのでなければよいのですが」
「それは・・・、お考えすぎと思いますよ」
ゴルトシュミット子爵は穏やかな笑みを漏らした。
「陛下は、貴女のお美しさに見惚れておいでだったのかもしれませんよ、バロネン」
「まあ・・・」
開かれているドアの外に王宮の侍従の一人が立った。
「お待たせいたしました、バロネン。謁見の準備が整いましたので、ご案内申し上げます」
するとノラはようやく顔を綻ばせ、お辞儀をした。
「行ってらっしゃいませ、旦那様。イングリッド様」
国王陛下との謁見のために大広間に向かうバロネンとゴルトシュミット卿を見送った。
後は晩餐会まで、ノラには出番はない。
また曇り空を見上げた。あでやかな可愛いノール伝統の衣装を身に着けているというのに、ノラの心はこの曇り空のようにどんよりと、重かった。
昨夜、屋根裏部屋の小窓から入ってきたペールは可愛そうなほど凍え震えていた。季節は夏に向かうというのに。
「ペール! まあ、どうしたの? こんなに震えて・・・」
震える愛しい恋人の冷たい身体を思わず抱きしめた。そして・・・。貪るような、キス。
「・・・なにか、あったの?」
すると、ペールはようやく身体を離した。そしてノラの肩を抱き、彼女の瞳を覗き込んだ。なんと哀し気な目をしているのだろう。
「ノラ、オレを愛してるか?」
「ええ! もちろんよ」
一日たりとも、一瞬と言えども愛する男を忘れたことなどない。ノラは力強く被りを振った。
「あまり時間がない。長くはいられないんだ。お前に頼みがあって、来たんだ」
「どうしたの?」
ペールはゴクリと唾をのんだ。
「今、この屋敷に帝国の貴族が来ているな」
「え、ええ。バロネン・ヴァインライヒ様がご滞在されているわ」
「これから毎晩、オレは来る。その時、その貴族の様子とか予定をオレに教えるんだ」
「どうして? なんでそんなことを」
「いいから!」
ペールは恐ろしい顔をしてノラの細い肩を掴み、揺すった。まるで悪魔が乗り移ったかのように。
「言うとおりにするんだ! いいな?」
「イヤよ! 怖いわ。なんでそんな・・・。あの人ね? あのアニキとかいう・・・」
「黙れ!」
きゃ!
ペールはノラの頬を張った。
「ゴルトシュミットやその帝国の貴族に余計なことは言うなよ。わかったな?」
ノラは頷くしかなかった。
するとペールはやっと表情を緩めた。
「・・・殴ってゴメン。痛かったか?」
打たれたノラの頬を優しく撫でるペールの手に掌を重ねた。
「明日、ヴァインライヒ様は王宮に行かれるの。ゴルトシュミット卿も。あたしも、お供するの」
「王宮へ?」
「国王陛下の謁見と晩餐会にご招待されているの」
愛する恋人、ペールの瞳がまた冷たく光った。
「ありがとうノラ。愛してる。また来る」
そして、冷たいキスを残し、ペールは去った。
恋人のあまりな変貌。そして、今世話になっている奉公家と、その客である貴人の内情を通報するという、背信への畏れと戸惑いがノラを苦しめていた。
もちろん、神に祈り、許しを乞うた。
だが、それだけではノラの心は晴れなかった。
なんてことかしら。これから歌を披露するというのに・・・。
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