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第二部 歌姫と夢想家

17 二つの死

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 やわらかな肌の感触に包まれ、ひそやかな寝息の中で目が覚めた。

 ペールはリサのふくよかな胸の中にいた。

 ハッとして身体を起しかけたが、彼女の甘くて濃い女の香りが彼を引き戻した。そしてもう一度リサのゆたかな胸に顔を埋め、そっと抱きしめた。

 燃え盛る冷たい炎のようなアニキに背中を焼かれるようにしながら何度も国境を越え、やっと目当てのチナの女首領にコンタクトできた。極度の緊張から解放された気の緩みが密入国している情況への警戒とノラへの罪悪感とを和らげていた。

 そしてなによりも、リサのカラダはサイコーだった。比べてはいけない。そう思いつつも比べずにはいられなかった。どちらかというと骨ばっていて胸も小さいノラよりも、リサはずっと肉感的で魅力的だった。何よりも、その心映えがあっさりしていて重くないのだ。リサは気安かった、ペールにとって。

 彼女の長い腕が彼を抱きしめ、長い脚が彼に巻き付いた。

「うふふ。・・・起きたのね」

「・・・ああ」

 見上げている彼女の瞳の中に自分を見つけた。リサの頬にかかったブルネットを指で梳いてやった。

 そして自然に口づけを交わした。甘く柔らかい唇が、ペールの芯を再び熱くさせた。彼女のうなじの中に鼻を突っ込み、リサの甘い、濃い香りを求めた。

「くすぐったい」

「・・・ごめん」

「ピーター、あんたって、可愛いわ」

 と、リサは言った。

 

 ゆうべ。

 彼女の仕事が終わるまで待ち、まだやっていた居酒屋に繰り出した。

 最初は一方的に彼女の愚痴を聞いていた。

「ピーター、聞いて! も、サイアクよお! ボルドーに帰ったらね、勤めてた店が潰れちゃってるし、実家に帰ってもボーイフレンドに夢中なママから追い出されちゃうしさ。で、仕方なく知り合いを頼って帝都に出て来たってわけ。ヒドイと思わない?」

 彼女の話を聞きながら、彼女の胸元から覗いていた深い谷間に目が釘付けになっていたことは認める。

「で、あんたは? 知り合いには会えた? ねえ、ピーター。お願い、もう一軒付き合ってよ!」

 そんなふうにして、最後には宿にリサを連れて帰り、男と女の仲になった。リサの豊満な身体に、ペールはたちまちに溺れた。


 

「あたし、良かった?」

 リサが彼の耳を甘く噛んだ。

「サイコーさ」

「あんたも、すごくよかった。

 ね、思ったんだけど、あたしたち、身体の相性、いいと思わない? どう?」

「慣れてるな、とは思ったよ」

 実際、親の定めた相手としか結ばれてはいけないという掟の中で生きて来た彼にとって、リサは眩し過ぎた。

「ぼくで何人目?」

「5、6人目? そのぐらいじゃない」

「そんなに!」

 帝国人というのはなんと奔放なのだろう。

 羨ましさでいっぱいになったが、帝国人と偽っている手前、あまり根掘り葉掘りも訊けない。

「そう? 普通じゃない? ピーター、ライプチヒだっけ? 東は違うのかな。

 あたしのトコではさ、小学校出るとだいたいみんな済ませちゃうわね。リセとか、働きに出てからとか。あたしはそんなアタマ良くなかったんで働きに出てからだけど。

 でも、あんた、サイコー。正直に言うね。今までの男で、あんたが一番よかった」

 何を衒うでもなく、リサは自然にそう言った。アケスケというよりは、家にも聖書にも誰にも縛られていない、ごく普通の言葉。今までで飲んだスープの中で一番、とか、今までで見た景色で一番、とか。そんな感じ同じトーンで、ごく自然に。

「ねえ? 思ったんだけどさ・・・」

 と、リサは言った。それが彼女の口癖みたいだった。

「あんたはこれからどうするの? 東に帰るの? 徴兵は終わったんでしょ?」

「う、うん・・・。まあ・・・」

「あのね、あたしたち、きっと合うと思うの。どうかな、これから一緒に暮らさない?

 それとも、今付き合ってる人、いるの? 」

 一年中陰鬱な曇り空の下で雁字搦めの生を強いられてきたペールには、リサが、帝国が、眩し過ぎた。この世の中に、こんな魅力的な提案、誘惑に、抗いきれる男がいるのだろうか。もしいるなら、ソイツは男じゃない。そう、思った。

「ね、ピーター。とりあえず、もう一回、しよ?」


 


 


 

 列車が終点に近づくほどに潮の香りと腐った魚の匂いが石炭の煤煙と共に風に乗ってやってくる。

 マルセイユは港町だ。軍艦と魚の街と言ってもいい。

 半年前、最初にこの街に来た時は見るもの聞くものすべてが物珍しく楽しかった。

 しかし今日は、そんなことは気にかけていられない。いや、チナ人の少年二人、初めて訪れる帝国本土、見るもの全てが物珍しい。そんな風を装わなければならないので忙しいのだ。

 二人のうちの体格が大きい方。コンイェンはコンパートメントの向かいに座ったもう一人の悪ガキグンロンと談笑するフリをしつつ、車窓から見える景色に物珍しさを示しているように見せつつ、絶対に凝視しないようにしつつ、3つほど離れたコンパートメントの、その人物を見張り続けた。

「尾行するときは、相手に尾行されていることを気づかれないようにしなきゃいけない」

 やり方は「マーキュリー」から教わった。

 考えてみれば当たり前なのだが、あらためてやってみるとこれが結構気の張る難儀だ。

 アルムの街でフェイロンや他の悪ガキたちとつるんで悪さばかりしていた頃とは違い、今は「責任」という重いものを背負っている。それが、コンイェンを衝き動かしている原動力だった。


 

 半年前。

 明日というものも知らずに毎日を自堕落に過ごしていた親無し子の彼らの前に、文字通り、帝国の兵士たちが空から「降って来た」。

 盗みばかりの毎日よりも面白そうだ。

 フェイロンの言葉にコンイェンたちは乗った。帝国の空挺部隊の小間使いのようなことをして彼らに気に入られた。帝国とかチナとかなんてどうでもよかった。チナ軍の目を掻い潜って帝国軍の使いをするのはスリルがあって楽しかった。退屈な毎日が刺激にあふれた時間に変わった。戦争は、面白かった。

 極めつけはあの帝国の女指揮官だった。

 仲間内で最も体格の大きかったコンイェンは、明らかに自分より年上なのに小さくて、華奢で、キュートで、可愛かったその女指揮官に興味を持ち、イタズラしようとした。

 が、いとも簡単に投げ飛ばされ、組み伏せられてしまった。

 高い空から飛び降りてきた命知らずたち。お気楽極楽な帝国人の中にはこんな魔人のような強い女もいたのか・・・。

 投げ飛ばされてハートを射抜かれただけではない。帝国とはなんて奥の深い国なのだろうか、と思い知らされた。

「ヤヨイ」という名前の女指揮官は、コンイェンのそれまでの自堕落な生き方におさらばするチャンスをくれた。

 空挺部隊員たちの養子になってチナから帝国本土にやってきた彼らに、「ヤヨイ」の友達だという「マーキュリー」という男が声をかけて来た。仕事を手伝って欲しい、という。もしフェイロンの誘いが無くてもコンイェンは受けていたと思う。養父になってくれた「大工」大隊の曹長には、

「アイゼネス・クロイツのお仲間から協力を頼まれたので」

 それで納得してくれた。

 未だに肝心のヤヨイにはまだ再会できてはいない。だが、こうして彼もまた「ウリル機関」の協力者になった。


 

 旧チナの豪族ミンの残党を監視するのかフェイロンたちに課せられた任務だった。同じ元チナ人。しかも子供と大人の間の少年たちだ。だから彼らの警戒も緩い。

 特にミン一族の指導者の一人である、ミン・レイは最も興味を惹く対象、「要注意人物」だった。彼女がミンの地に帰って来る、あるいは帝都のアジトに行く。その度に彼女は誰かと会う。会った人物の素性、住処を突き止めるのがフェイロンたちの役目だ。

 今尾行けている男がどこの誰かは知らない。チナ人ではなく帝国人と思われる。それは珍しいことだった。どこの誰なのか。レイとはどういう繋がりなのか。レイは帝国の中に深く浸透しようとしてるのだろうか。それを突き止めるのだ。だからこうして後を尾行けている。

 一等車二等車と違い、三等車はコンパートメント間の仕切りが無いのが幸いした。だがその分相手からも見られているわけで、そこが難しいのだ。アルムの街で商店や家人の目を気にしながら物を盗むのを繰り返していたのに比べると、格段の困難があった。まだ通りを歩いているヤツを追尾する方がラクだなとさえ思える。

 相手は一人だ。

 黒髪に濃い眉の西洋人の男。

 テュニカを着てはいるが、その身体全体から発するただならぬ緊張感と殺気は、能天気で開けっ広げな市井の帝国人にはない特徴だ。だから、尾行はしやすかった。

 だが、油断は禁物だ。

「おい、そろそろ終点だぞ」

 相手に背中を向けて目を合わせずに済むグンロンの方が緊張しまくっている。

「まだいい。相手がソワソワし始めてからでも遅くない。周りに合わせて自然にするんだ」

 どのコンパートメントの車窓も開け放たれている。絶対に聞えるはずはないのだが、コンイェンはなるべく低く声音を抑え、作り笑顔で早口で喋った。

 列車が速度を落としはじめた。

 カーキ色の軍服の多い乗客たち。気の早い者が座席から立ち上がり荷物を確認し始めた。

「どうすんだよ!」

 黒髪の男が席を立った。

「ほんじゃ、行くか。おい、楽しそうに笑え」

 グンロンは素直だ。む、む、にかっ!

「それでいい」

 コンイェンも席を立った。

 マルセイユの駅舎が見えてくると一緒に魚の匂いも漂ってきた。

 列車はスピードを落とし、駅舎の近くで止まった。田舎駅だからプラットフォームなどというものはない。粗悪な石炭の煤煙と水蒸気の立ち込める中、乗客たちは次々と車両から吐き出され歩いて線路を横切り、乗り換えの帝都行き上り列車に乗り換える者、駅舎に入って駅馬車に乗り換える者、そのまま歩いて港に向かう者、近くに住んでいるのだろう駅を離れて歩き去ってゆく者とに別れ散り散りになってゆく。

 人の波が途切れると尾行は難しい。

 男は帝都行きの上り列車ではなくレンガ造りの駅舎に入って行った。

 駅馬車か。駅で誰かと合流するのか。それとも、駅の食堂で腹ごしらえでもするのだろうか。

 高いドームの天井は高価なガラスがはめ込まれた天窓のおかげで眩いほど明るい。その下の広いコンコースには待合のベンチを中心にして切符売り場や軽食を出す売店やシシカバブーをブロットに挟んで売る出店や1パイントのジョッキでビールを飲ませるスタンドバーがある。

 男はそのスタンドに取り付いた。警戒している風は全くない。極めて自然に金を払い、ジョッキを傾け、南国の駅舎のしばしのひと時を愉しんでいる風に見えた。

 コンイェンとグンロンはスタンドバーを望むベンチに腰掛けた。

 いつも二人でいると目立ってしまうかもしれない。それに、緊張が続いて少しもよおしてもいた。

「おれ、小便行ってくる」

「え」

「おしっこ」

「汽車の中でしてくりゃいいのに」

「すぐ戻る」

 少し怯えた顔をふくれつらで隠したグンロンの肩を叩き席を立った。

 マルセイユの駅には前にも来た。だから勝手は知っていた。

「行動中はいつも『万が一』を考えるんだ」

 マーキュリーが言っていた言葉を想い出す。

 まずトイレに入る前に何気に背後を振り返り、追って来た黒髪の男や彼を見ている者がいないかを確認する。遠目になったが男はまだスタンドバーにいてビールを飲み、グンロンは落ち着かなげにベンチで脚を組み替えたりしていた。

 それからトイレに入る。中にいる人物を確認する。背嚢を背負った軍人が二人、大きな袋を抱えた壮年のチナ人が一人。こいつらは、大丈夫だ。

 それからやっと用を足す。

 へへ。早く戻ってやらなきゃな。アイツは怖がりで寂しがり屋で臆病だから。

 グンロンはフェイロンたちと知り合う前からの最も古い友達だった。

 互いに物心つくころに親に捨てられ、アルムの城壁の穴ぼこで震えていた。ひもじい時も盗みも楽しい時もいつも一緒だった。兄弟以上の繋がりが、アイツにはある。落下傘の軍曹の家に引き取られ、二人とも学業に就けるほどのアタマもなく、靴屋のマイスターの家に修行に出されたがやはり辛抱の必要なまともな稼業が性に合わず、フェイロンの誘いに乗って「探偵」を始めたのも一緒だった。

 それからいつもこうして二人一組でミンの残党の尾行をしていた。これが何の役に立つのかは知らないが、マーキュリーはいつも十分な小遣いをくれた。それに、楽しい!

 アイツはまだ、その楽しさがわかってない。

 まあ、そのうちわかるだろう。

 トイレを出る時もまた注意して辺りを窺う。

 うん、問題ない。

 遠目に見えたベンチのグンロンは首を前に落としていた。

 あ、あの野郎! 居眠りしやがってるな!

 スタンドバーの男はもういなかった。

 ちくしょう! ここまで追って来たってのに。グンロンのやつドヤしつけてやる!

 ベンチに駆け寄って古い友達の肩を掴み、起した。

「おい、何してるんだ、ヤツが居なくなってるぞ!」

 引き起こされたグンロンの頭は後ろにガックリと折れ、見開いた両の目は空間の一点を虚ろに見つめたまま動かなかった。すでに瞳孔が開き切り、口からはヨダレを流していた。

「グンロン、おい! どうした? どうしたんだっ!」

 コンイェンの呼びかけにも、古い友達が応えることはなかった。たった十数年間しか動いていない彼の若い心臓はすでに鼓動を止め、再び動き出すことはなかった。


 


 


 

 開けっ広げっていうか、奔放っていうか・・・。

「お腹空いちゃった」

 丸裸のままベッドから飛び降り、大きなお尻をプリプリさせながらテーブルの上のブロットにハムを挟んで立ったままムシャムシャ食べてる。

「ピーターは? 食べる?」

 リサには屈託というものがまるでなかった。

 いいなあ・・・。

 ノラを裏切っていることへの罪悪感はだいぶ薄れていた。その代わり、ノールが持つ「陰」から帝国の「陽」への素直な憧れが張り裂けんばかりにペールの中に充満していた。

 もし、このまま帝国に住み着くことが出来たら・・・。

 幼馴染のノラを自分の運命に巻き込んで故郷を捨てさせておきながら、無責任にもそんな夢想を抱いた。サンサンと降り注ぐ陽光の下で育った帝国娘のリサと再会してからは、彼女と身体を重ね合わせる毎に、アニキに託された任務とその重圧が自分の中から抜け出て行くのが抑えきれなくなっていた。

 一緒に暮らさないか、とリサは言う。

「なあ、リサ・・・」

 その話をもっと掘り下げるべく、彼女に声をかけた時だった。

 コンコン。

 ドアがノックされ、無防備にもカギを掛けていなかった扉が開いた。

「きゃあっ!」

 悲鳴を上げてペールのベッドの中に逃げ込むリサ。

「おわおっ! あれっ、ここピーターの部屋じゃなかったかい?」

 ドアを開けたらいきなり素っ裸の女がいて面食らっているらしい。素っ頓狂な声を上げている能天気そうな金髪の男が目をそらせつつ尋ねてきた。

 だが、ペールにはその金髪の男が誰なのか、すぐにわかった。

「やあ、ヘルマン! 驚かせて済まない。この子はついさっき知り合った友達なんだ」

 そう言ってズボンを穿きながらリサに説明した。

「リサ、彼が俺が会いに来た知り合いのヘルマンなんだ」

 そしてドアの許に駆け寄った。

「悪いな、お邪魔だったようだ。すぐ済むからちょっとドアの外に出て来てくれないか」

 ペールはドアの外に出て後ろ手に扉を閉めた。

 ホテルの廊下に佇んでいる金髪の男は、能天気な帝国男の演技を止め、元の冷酷な表情を浮かべていた。そしてペールの耳元に小声で囁いた。

「迂闊だぞ、ペール。任務を忘れ女遊びとは!」

「申し訳ありません、アニキ」

「用は済んだ。

 あのミンの残党は当てにならん。当初の想定通り、自力でやる」

 と彼は言った。

「もう会ったんですか?」

 それには答えず、アニキは用件だけを言った。

「ノールに戻るぞ。途中、ハーニッシュの部落に立ち寄る。先に行って村長(むらおさ)に話をし段取りをつけておけ」

「・・・わかりました」

「それから、あの娘だが・・・、」

 アニキは顎をしゃくってドアの中を示した。

「顔を見られた。始末しておけ」

 いともアッサリと言ってのけた。

 そして刃渡りの長いナイフを取り出し、ペールに握らせた。その冷たい重さに、戸惑った。

「教えた通り、一撃で、ひと突きで殺るんだ。そして、絶対に痕跡を残すな。いいな?」

 アニキは風のように去った。

 そう言えば、この安宿の名前は「ひまわり」亭だったな。

 束の間の、ひまわりのように明るい帝国娘との安穏としたお気楽な逢瀬は、一瞬のうちに暗澹たるノールの空のように冷たい寒々とした現実に戻った。

「あたし、わからないわ。ペールがあの人の言うなりになるたび、あなたがあたしの腕の中からこぼれおちて行くような気がするの」

 今更ながらにノラの言葉が想い出された。

 頭を振って感傷を追い出し、現実に、今彼が為さねばならない義務に向き直った。

 こんなものを持っているのを見られるとマズい。

 まず彼女を、リサを警戒しないようにせねば。努めて笑顔を心がけた。

 ナイフを左手に、背中に回して隠し部屋に戻った。

 急に知らない男の来訪を受けて裸を見られたのが恥ずかしかったのか、リサは口をモグモグさせつつ、ベッドのブランケットの中に包まれていた。それがせつないほどに可愛かった。

「ああ、ビックリした。カギ掛け忘れてたのね」

「ああ、ごめんね」

 そう言ってベッドに寄り、まだモグモグをしている彼女の柔らかなブルネットを掻き上げ、耳元に囁いた。

「口直ししよう。もう一回、いい?」

 ウフフッ!

 リサは笑った。

「ピーターも好きなのね」

 恐らくは彼女の人生最後になるだろうキスは、濃厚なハムの味がした。

「今度はちょっと変わったのしてみようよ。あっち向いてくれる?」

 リサはまた笑った。

「いいよ」

 リサはくるりと身体を翻し、ペールに背中を向けた。ブランケット越しなのがありがたい。返り血を浴びずに済むから。

 彼女の豊かでやわらかなブルネットを右手で掻き分け、うなじに触れ、ついでその掌を彼女の顔に回した。リサの口を抑えるや、渾身の力を籠めて左手のナイフを彼女の背中に突き立てた。

「むっ・・・」

 軍隊で鍛え上げたらしい大柄な女も、一瞬のうちに身体を硬直させ、やがて力を失っていった。一人の女の命の焔が消えてゆくまでのその忌まわしい感触が、ペールの掌に黒い痣のようにこびりついて消えなくなった。
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