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31 雷の丘へ
しおりを挟む爆圧の強さは爆心からの距離に反比例する。距離によっては通常の気圧の数十倍にもなる。その際、人体で外気に触れる最も弱い部分、耳と目を守り、口は半ば開く。圧力で肺を圧し潰されないようにするためだ。これもクィリナリスで学んでいた。
倒木の陰に飛び込み身を隠し、目と耳を塞いで体を丸めた。
爆発の規模は大きかったが、距離はあの前哨陣地の丘の上で誤爆された時よりも遠く、爆心から最も近い所にいたにもかかわらず、ヤヨイは、無事だった。
むしろ、誘爆して飛び散ったグラナトヴェルファーの弾体や飛散した油脂を浴びた木々の近くで無防備状態だったケイン大尉の中隊に軍服を焦がしたり若干の火傷を負った兵が若干でた。
リーズルもアランも無事だった。
心の中は複雑だったが、ヤヨイは礼を言った。
「ありがとう、リーズル。おかげで助かったわ」
でも、ヤヨイの顔を読んだ彼女が勝ち誇ることはなかった。
同じ帝国人同士。しかも、同じ小隊に属していた戦友を4人も。それも、自らの手で。
リーズルも、同じ連隊に所属する同じ偵察兵を殺していた。「同類」同士の憐みが、リーズルの言葉には、あった。
「まあ、あんたが無事でよかったわ・・・」
リーズルは、ヤヨイの手を、握った。
部下の兵たちに周囲の警戒と遺体の確認を命じた後、ケイン大尉はヤヨイたちを招いた。
当然ながら、ヤヨイは詫びた。
「その場の成り行きとはいえ、勝手に戦闘を開始してしまい、申し訳ありませんでした」
「ふうむ・・・。だが、やはり、スゴいな。銃を持った兵を素手で、しかも二人も殺ったとは・・・」
大尉は叱るよりも畏敬の目でヤヨイを見つめた。
「では、この後は前進あるのみ、だな? レオンはいなかった。彼女は東に、包囲網の中にいる。あとはその網を絞ってゆく一手だ」
「はい・・・。そうなれば、いいのですが・・・」
大尉、よろしいでしょうか。ヴァインライヒ、ちょっと。
打ち合わせ中、ヤヨイはリヨン中尉に呼ばれた。
「なんでしょうか」
周囲をケイン大尉の第六中隊の兵たちが警戒する中、リヨン中尉はヤヨイとリーズル、そしてアランにこんなことを語り出した。
「あのね、こんな時に何なんだけれど、レオンとぼくのリヨンはYとE、たった一文字の違いなんだよ。知ってたかい」
「はあ?」
リーズルが素で素っ頓狂な声を上げた。
まさに、これからレオン少尉を追い込んでいこうという接所に、何をノンキなことを! とでも言いたげに。同じ女ながら第十三軍団一のスナイパー、最前線のベテラン兵であるリーズルの顔には明らかにおかしなことを言い出した士官への不信が浮かんでいた。
「以前聞いたんだが、ゲルマンの言葉で『レオン』は『雷』を意味するんだってねえ。
ちなみにぼくの『リヨン』は元々ケルトの言葉で『神の丘』という意味なんだよ。ケルトもゲルマンも、元はローマにとっての敵国。野蛮人の部族なのさ。野蛮人繋がりなんだよ、レオンとぼくは。おもしろいだろ」
「はあ・・・」
当然、ヤヨイも思った。
こんな時に、のんきに言葉遊びとは・・・。
この人はいったい何を考えているんだろう、と。
「『ルグドゥヌムLugdunum』が訛って、リヨンになったのさ。街の名前なんだよ。元はね」
こういうのを禅問答というのか。中尉は、まるで話に聞く東洋のお坊さんのように見えた。
「雷と、神の丘、ですか・・・」
仕方なく、ヤヨイは中尉に合わせた。
「そう。ま、学者たちに言わせれば、カミナリってのは高い所に落ちるっていうけどねえ・・・」
「ええ。カミナリは巨大な静電気の放電ですから。電気は、より伝わりやすいところを選んで高い木の梢や高い建物とか。水や金属などに伝わりやすい性質を持っています。電信や電波にとってはいささか厄介なものですけど・・・」
「ねえ! こんな時にいったい何を言ってるの?!」
上官である将校に対してのタイドではなかったが、さすがにしびれを切らしたリーズルが、吼えた。
だが、リヨンはそれには構わず、さらに続けた。
「ほう。さすが電波を研究してるだけ、あるねえ・・・。だけど、カミナリってのはどこに落ちるか、学者にもライオンにも誰にもわからないからなあ・・・」
だが、ヤヨイはリーズルとは違った。
いつも無口な彼にしてはやけに長い無駄話だ。それに、彼がこのような非常時に無用にこんな話をするのはいささか奇妙だ。
「ライオン?・・・」
ライオンは、レオン少尉が持っていた旗に描かれていた紋章にあった。
「雷と、神の丘・・・。丘は高い。だから、電気が、カミナリが落ちやすい。彼女が、レオン少尉が西へ向かうには、南は通りにくい。
通りやすい、場所・・・」
そうか!
ヤヨイの中で何かが閃いた。
「地図を!」
大木の側に寄り、アランが取り出して広げたたマントの影でカンテラを灯し、地図を広げた。リヨン中尉はニコニコしながら地図に見入るヤヨイを眺めた。地図は、まだ燻る枯れ枝の炎とカンテラに照らされて明るくハッキリと見ることが出来た。
「そうです、中尉! カミナリは、わざわざ電気を通しにくい所には落ちませんし、通りません! カミナリは、高い丘の上に落ちるんです!」
「ふふふ。そうなんだよ、ヤヨイ・・・」
リヨン中尉は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「ねえっ! 一体何言ってんの? あんたまでこんな時に。バカじゃないのっ?」
リーズルはヤヨイとリヨン中尉とを不思議そうに交互に見比べた。
ヤヨイは再びケイン大尉に上申した。
「なに?」
ヤヨイの提案を聞いた大尉は目を大きく剥いた。
「では、貴官は、レオン本人はすでに我々の包囲網を抜けているかもしれない可能性がある、というのだな」
「はい」
と、ヤヨイは答えた。
「第五宿営地からここまでの間に、レオン少尉の小隊は7名を失いました。奴隷を除けば残りは8名。彼女のこれまでのやり方から考えて、その8名全員がこの包囲網の中にいるとは、思えないのです。地図を」
ヤヨイは地図を示しながら、大尉に説明した。
「我々掃討部隊の包囲をすり抜けて西へ向かうことのできる唯一の道があるのです。
この、国境の川の対岸、北の野蛮人の土地を通って、レオン少尉は西に向かおうとするはずです。必ず!」
あの威力偵察作戦で焼野原にした前哨陣地のある丘を、ヤヨイは示した。
「ここにはもう、野蛮人の勢力は皆無です。思えば、このことあるを想定して行った威力偵察だったのです。彼女は何の妨害も受けない道をすでに作っていたのです。
それを、忘れていました。もっと早く気付くべきでした。
この包囲網の中にも残る8名の内何人かはいるでしょう。ですが、それは囮(おとり)の可能性が高いのです。
レオン少尉の小隊の結束は、帝国全土の陸軍のどの部隊よりも強いです。
彼女は、部下さえも囮(おとり)にし、この丘を通って包囲網をすり抜け、誰にも妨げられることなく、北の野蛮人の土地からこの南岸の工兵隊の陣営地に入るつもりなのです! 先ほど自爆した軍曹を見て、わたしは、確信したのです。
もし彼女がリンデマン大尉と合流すれば、事態はもっと複雑化深刻化し、長引くでしょう。長引けばそれだけ彼らの意図を助長することになり、第十三軍団だけでなく、全陸軍と帝国にとって大きな損害を生むでしょう」
「・・・う~む・・・」
「少なくとも、今現在においてレオン少尉の存在が確認できない以上、大尉におかれてはこれ以上の東進は避け、この地点でもっと広範囲に捜索の網を広げるべきかと思います。
丘へは、わたしとリーズル、そしてアランだけで行きます」
ケイン大尉は無精ひげの浮いたよく張った顎を撫で、黙り込んでしまった。
彼の逡巡は理解できる。大隊からの命令で遊撃部隊を指揮している身で、一兵卒に過ぎないヤヨイの言を真に受けて大隊命令に背くなどはできない。それが軍人の、軍隊の限界なのだ。だが、この事態の変化を無視、放置すれば・・・。
無線通信機が無い以上、前線指揮官が決断せねばならなかった。これが今の現場の現実なのだ。
彼の思考の中身がヤヨイにはわかった。
「丘の周りの森は先日の威力偵察で焼き払われ、丘からは河の北側が丸見えです。彼女たちより先にこの丘に到着し、この丘の線で彼女たちを捕捉したいと思います。
ウリル少将とポンテ中佐からはレオン少尉を必ず生かして捕らえよと命令を受けました。
出来るだけ早く、レオン少尉を捕捉しなければ。もう、一刻の猶予もないのです。
ご決断を、大尉!」
「わかった!」
ケイン大尉はヘルメットを脱いで額の汗を拭い銀髪に手櫛を入れた。
「わが中隊はここに留まり、大隊に伝令を送り、大隊からの命令を待つ。貴官は川を渡河しこの丘に進出、レオンを捕捉しろ。発見次第信号弾で知らせろ。我々も命令を受領後、急行する。それで、いいな?」
「結構です、大尉。ありがとうございます。伝令役はこのリヨン中尉が、あら?・・・」
ヤヨイが言うより先に、リヨン中尉が馬を曳いてそこに立っていた。
「よし!」
大尉は、気合を入れ直すようにヘルメットを被り直し、命じた。
「では行け、ヴァインライヒ! 武運を祈るぞ」
「はいっ!」
ヤヨイは大隊司令部のポンテ中佐の許に向かうリヨン中尉を見送った。
「では、わたしは直行します」
「わかった。ぼくは南に向かい大隊司令部に行く。遊撃隊の、第六中隊への命令を変更して作戦目標を変え、北に動かしてもらう。ヤヨイ! 」
「はい!」
ヤヨイはこの、重要な示唆をくれた不思議な中尉の青い目を見つめた。
「がんばれ!」
育ちのいい端正な金髪が、およそ軍隊とか戦場という非常で非情な環境にそぐわない、むかし学校で声がけし合った市井の平易な言葉で微笑んだ。中尉が給仕してくれたレモネードの、冷たい美味しさを、思い出した。
こうしてヤヨイはケイン大尉の部隊と別れ、再び新たな「戦友」2人を馬に載せて騎行することになった。
「ヤヨイ・・・。あんたって一体、何者なの?」
だいぶ馬に慣れたリーズルは、お尻を突き出した不格好な姿ながらちゃんと手綱を取り、深夜そぼ降る雨に濡れる、騎乗のヤヨイの背中を凝視し続けた。
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