30 / 34
30 軍曹とハンスの死
しおりを挟む目の前、もう至近と言えるほど近くにハンス。そして、左方北側、声の大きさから2、30メートルもないと思われるあたりに、軍曹。
背後のリーズルの射線に入ってはいるが、リーズルの「連隊一」という銃のウデを、信じた。
「軍曹っ! ハンスっ! 降伏してっ! ムダなことは止めてっ! 」
その時。
すぐそばで顔を抑えて蹲っていたはずの一分隊の兵の手が、草の間に転がっていた小銃に伸びたのが見えた。
持っていたナイフを彼の背後から首に突き刺した。ナイフは彼の脳髄深くを刺し、小脳を破壊した。頸椎や両眼。鳩尾、、心臓、腎臓などと並んで、人体の急所であることをクィリナリスで学んでいた。
「ぐあっ!」
これで、同じ帝国人、「戦友」を2人、殺した。
と・・・。
「ヤヨイ、伏せてっ!」
ダンンッ!
すぐ背後で一発の銃声がした。
「うぐっ!」
目の前の大きな影がたじろぎ、投げ出された銃がドサッと落ち、彼の巨体が倒れたのを知った。
この暗闇で、小雨模様の曇天と鬱蒼とした木々を透かした微かな光だけを頼りに、数百メートルも後方から、射線にいるヤヨイを誤射することもなく、リーズルの放った一発の銃弾はヤヨイの戦友、ハンスの胸を、直撃した。
前評以上の、驚くべきリーズルの凄腕に感嘆するよりも、ヤヨイは、短い間だったけれど生死を共にした戦友の死に、深く、胸を痛めた。
「ハンス・・・」
これで、3人・・・。
ヤヨイは、手にした血塗られたナイフを、捨てた。
「軍曹! 」
その時、
シュルルルっ!
背後からランチャーの発射音が響き、暗闇だった森が一挙にぱあっ、と照らし出された。
「中隊! 散開せよっ!」
「Jawhol!(ヤーボール、了解)」
「Jawhol!」
ケイン大尉の命令に続き、背後左と右からそれぞれ小隊長らしき呼応が響き渡り、多数のブーツの靴音と装備がカチャカチャいう音とが、静かだった森の中を交錯した。
ヤヨイたちが揚げた信号弾と、それに続く銃声を聞き、部隊を前進させて来たのだ。もう行動を秘匿する段階ではなかった。戦闘は始まってしまっていて、反乱部隊に包囲されているとわからせるために、ことさらに大部隊であることを誇示していた。
暗闇に慣れた目には照明弾の光は眩し過ぎた。すぐ目の前にヤヨイのナイフによって絶命した第一分隊の兵の目を見開いた骸が横たわり、そして、十数メートルほど離れたところにハンスの、「レオン小隊のマイスタージンガー」の巨体が、静かに横たわっていた。
暗闇の中で起こった、夢であって欲しかった事実が、照明弾の眩い灯りの下に、煌々と晒されていた。
「ヴァインライヒ! ルービンシュタインッ!」
ケイン大尉の安否確認の声が、響いた。
「ルービンシュタイン、ここです!」
リーズルが応える声が上がった。
ヤヨイもまた、軍曹が潜んでいると思われる木々の奥を注視しつつ、応答した。
「ヴァインライヒ、健在ですっ! 指揮はレオン少尉ではありませんっ! 3名無力化を確認! 重火器携帯と思しき残敵1名ないし2名、まだすぐ近くにいますっ」
軍曹に自分の言葉が届いていることは承知していた。感傷に囚われないために、つかの間の「戦友たち」と決別するために、敢えて「残敵」という言葉を選んだ。
「ヤヨイ!」
軍曹の声が響いた。
最前線の河原をパトロールしていた時、なぜ帝国だけが銃を持っているのかというヤヨイの素朴な疑問に答えてくれた、あの落ち着いた声音で、彼は言った。全てを悟り切ったような、男の声だった。
「さすがだな、ヤヨイ。お前は必ず来ると思っていた」
照明弾の光が、パチパチと爆ぜながらゆっくりと舞い落ちてくる。その辺りの森全体を照らしていた光が、徐々に軍曹がいるであろう辺りの背後に、スポットライトのように変わっていった。
「この小隊は、俺の家族だった。兵たちは皆、俺の息子だった。お前も、俺の娘だと、思っていた」
と。
木陰から一人の影が飛び出し、暗闇の森の奥、東の方向に駆けだして行った。
とっさにその影を追おうとした。だが、太い木の後ろからサッと姿を現した大男のシルエットに、身を潜めた。
「軍神マルスの、神の技を持つお前が、共に立ってくれなかったことだけは心残りだが、俺に悔いはない」
軍曹の身体には多数の手榴弾のようなものが括りつけられているのがシルエットでもわかった。
「大尉! 注意してくださいっ! 指揮官は自爆しようとしています! 出来るだけ離れてっ!
軍曹っ! 無茶は止めなさいっ! 諦めて降伏してくださいっ!」
ムダとは知りつつも、ヤヨイは言わねばならない。
「少尉は、俺の女房だった。女房の意思を支えるのが、夫としての、俺の、最後の義務だ。
短い間だったが、マルスの娘を持てたことは俺の誇りだ。お前に会えてよかった。
お前も、離れろ。では、さらばだ」
「軍曹っ!」
まだ照明弾の光は生きていた。背後を見回し、朽ちた大きな倒木があるのを見つけた。
ヤヨイは身を翻し、そこに走り込んだ。
そして、飛んだ。
ドッ、グワーンッ!
森一帯を揺るがすほどの、大爆発。
続いて誘爆したグラナトヴェルファーのいくつもの弾体が数十匹の炎の竜のように爆発の中から生まれ、辺りに舞い、弾着して爆発した。
森は、一瞬にして、火の海になった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―
優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!―
栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。
それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。
月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。

イリス=オリヴィエ戦記・外伝 ~アラン・フルーリーは兵士になった~(完結)
熊吉(モノカキグマ)
歴史・時代
アラン・フルーリーは兵士になった。
軍服を着たいと思ったことなどなかったが、それが、彼の暮らす国、イリス=オリヴィエ連合王国での[義務]なのだから、仕方がない。
マグナ・テラ大陸の南側に突き出た半島部と、そこに連なる島々を国土として有する王国は、[連邦]と[帝国]という二大勢力に挟まれた永世中立国だった。
王国に暮らす人々には、誰かに押しつけたい思想も、誇示したい権威もない。
ただ、自分たちのありのままの姿で、平穏に暮らせればそれでよかった。
だから中立という立場を選び、連邦と帝国が度々、[大陸戦争]と呼ばれる大戦を引き起こしても、関わろうとはしなかった。
だが、一口に[中立]と言っても、それを維持することは簡単ではない。
連邦、あるいは帝国から、「我々に味方しないのであれば、お前も攻撃するぞ! 」と脅迫された時に、その恫喝を跳ねのけるだけの力が無ければならない。
だから、王国は国民皆兵を国是とし、徴兵制を施行している。
そこに暮らす人々はそれを、仕方のないことだと受け入れていた。
国力で圧倒的に勝る二大勢力に挟まれたこの国が中立を保ち、争いに巻き込まれないようにして平和を維持するためには、背伸びをしてでも干渉を拒否できるだけの備えを持たなければならなかったからだ。
アランは故郷での暮らしが好きだった。
牧歌的で、自然豊かな農村での暮らし。
家族と、愉快で愛らしい牧場の動物たち。
そこでの日々が性に合っていた。
軍隊生活は堅苦しくて、教官役の軍曹はしょっちゅう怒鳴り散らすし、早く元の生活に戻りたくて仕方がなかった。
だが、これも義務で、故郷の平穏を守るためなのだからと、受け入れた。
幸い、新しく配属になった分隊は悪くなかった。
そこの軍曹はおおらかな性格であまり怒鳴らなかったし、仲間たちもいい奴らだ。
この調子なら、後一年残っている兵役も無事に終えられるに違いない。
誕歴3698年、5月22日。
アランは、家に帰ったら母親が焼いてくれることになっているターキーの味わいを楽しみにしながら、兵役が終わる日を待ちわびていた。
これから王国と自身が直面することになる運命など、なにも知らないままに……。
※本作の本編、「イリス=オリヴィエ戦記」は、カクヨム、小説家になろうにて掲載中です。長編であるためこちらに転載する予定は今のところありません。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

風を翔る
ypaaaaaaa
歴史・時代
彼の大戦争から80年近くが経ち、ミニオタであった高萩蒼(たかはぎ あおい)はある戦闘機について興味本位で調べることになる。二式艦上戦闘機、またの名を風翔。調べていく過程で、当時の凄惨な戦争についても知り高萩は現状を深く考えていくことになる。
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
超克の艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」
米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。
新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。
六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。
だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。
情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。
そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる