【新版】優しい狩人 【『軍神マルスの娘』と呼ばれた女 1】 ~第十三軍団第七旅団第三十八連隊独立偵察大隊第二中隊レオン小隊~

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30 軍曹とハンスの死

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 目の前、もう至近と言えるほど近くにハンス。そして、左方北側、声の大きさから2、30メートルもないと思われるあたりに、軍曹。

 背後のリーズルの射線に入ってはいるが、リーズルの「連隊一」という銃のウデを、信じた。

「軍曹っ! ハンスっ! 降伏してっ! ムダなことは止めてっ! 」

 その時。

 すぐそばで顔を抑えて蹲っていたはずの一分隊の兵の手が、草の間に転がっていた小銃に伸びたのが見えた。

 持っていたナイフを彼の背後から首に突き刺した。ナイフは彼の脳髄深くを刺し、小脳を破壊した。頸椎や両眼。鳩尾、、心臓、腎臓などと並んで、人体の急所であることをクィリナリスで学んでいた。

「ぐあっ!」

 これで、同じ帝国人、「戦友」を2人、殺した。

 と・・・。

「ヤヨイ、伏せてっ!」

 ダンンッ! 

 すぐ背後で一発の銃声がした。

「うぐっ!」

 目の前の大きな影がたじろぎ、投げ出された銃がドサッと落ち、彼の巨体が倒れたのを知った。

 この暗闇で、小雨模様の曇天と鬱蒼とした木々を透かした微かな光だけを頼りに、数百メートルも後方から、射線にいるヤヨイを誤射することもなく、リーズルの放った一発の銃弾はヤヨイの戦友、ハンスの胸を、直撃した。

 前評以上の、驚くべきリーズルの凄腕に感嘆するよりも、ヤヨイは、短い間だったけれど生死を共にした戦友の死に、深く、胸を痛めた。

「ハンス・・・」

 これで、3人・・・。

 ヤヨイは、手にした血塗られたナイフを、捨てた。

「軍曹! 」

 その時、

 シュルルルっ!

 背後からランチャーの発射音が響き、暗闇だった森が一挙にぱあっ、と照らし出された。

「中隊! 散開せよっ!」

「Jawhol!(ヤーボール、了解)」

「Jawhol!」

 ケイン大尉の命令に続き、背後左と右からそれぞれ小隊長らしき呼応が響き渡り、多数のブーツの靴音と装備がカチャカチャいう音とが、静かだった森の中を交錯した。

 ヤヨイたちが揚げた信号弾と、それに続く銃声を聞き、部隊を前進させて来たのだ。もう行動を秘匿する段階ではなかった。戦闘は始まってしまっていて、反乱部隊に包囲されているとわからせるために、ことさらに大部隊であることを誇示していた。

 暗闇に慣れた目には照明弾の光は眩し過ぎた。すぐ目の前にヤヨイのナイフによって絶命した第一分隊の兵の目を見開いた骸が横たわり、そして、十数メートルほど離れたところにハンスの、「レオン小隊のマイスタージンガー」の巨体が、静かに横たわっていた。

 暗闇の中で起こった、夢であって欲しかった事実が、照明弾の眩い灯りの下に、煌々と晒されていた。

「ヴァインライヒ! ルービンシュタインッ!」

 ケイン大尉の安否確認の声が、響いた。

「ルービンシュタイン、ここです!」

 リーズルが応える声が上がった。

 ヤヨイもまた、軍曹が潜んでいると思われる木々の奥を注視しつつ、応答した。

「ヴァインライヒ、健在ですっ! 指揮はレオン少尉ではありませんっ! 3名無力化を確認! 重火器携帯と思しき残敵1名ないし2名、まだすぐ近くにいますっ」

 軍曹に自分の言葉が届いていることは承知していた。感傷に囚われないために、つかの間の「戦友たち」と決別するために、敢えて「残敵」という言葉を選んだ。

「ヤヨイ!」

 軍曹の声が響いた。

 最前線の河原をパトロールしていた時、なぜ帝国だけが銃を持っているのかというヤヨイの素朴な疑問に答えてくれた、あの落ち着いた声音で、彼は言った。全てを悟り切ったような、男の声だった。

「さすがだな、ヤヨイ。お前は必ず来ると思っていた」

 照明弾の光が、パチパチと爆ぜながらゆっくりと舞い落ちてくる。その辺りの森全体を照らしていた光が、徐々に軍曹がいるであろう辺りの背後に、スポットライトのように変わっていった。

「この小隊は、俺の家族だった。兵たちは皆、俺の息子だった。お前も、俺の娘だと、思っていた」

 と。

 木陰から一人の影が飛び出し、暗闇の森の奥、東の方向に駆けだして行った。

 とっさにその影を追おうとした。だが、太い木の後ろからサッと姿を現した大男のシルエットに、身を潜めた。

「軍神マルスの、神の技を持つお前が、共に立ってくれなかったことだけは心残りだが、俺に悔いはない」

 軍曹の身体には多数の手榴弾のようなものが括りつけられているのがシルエットでもわかった。

「大尉! 注意してくださいっ! 指揮官は自爆しようとしています! 出来るだけ離れてっ!

 軍曹っ! 無茶は止めなさいっ! 諦めて降伏してくださいっ!」

 ムダとは知りつつも、ヤヨイは言わねばならない。

「少尉は、俺の女房だった。女房の意思を支えるのが、夫としての、俺の、最後の義務だ。

 短い間だったが、マルスの娘を持てたことは俺の誇りだ。お前に会えてよかった。

 お前も、離れろ。では、さらばだ」

「軍曹っ!」

 まだ照明弾の光は生きていた。背後を見回し、朽ちた大きな倒木があるのを見つけた。

 ヤヨイは身を翻し、そこに走り込んだ。

 そして、飛んだ。

 ドッ、グワーンッ! 

 森一帯を揺るがすほどの、大爆発。

 続いて誘爆したグラナトヴェルファーのいくつもの弾体が数十匹の炎の竜のように爆発の中から生まれ、辺りに舞い、弾着して爆発した。

 森は、一瞬にして、火の海になった。
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