【新版】優しい狩人 【『軍神マルスの娘』と呼ばれた女 1】 ~第十三軍団第七旅団第三十八連隊独立偵察大隊第二中隊レオン小隊~

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27 暗闇からの攻撃

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 あの威力偵察で川の南岸から大いに吼えた大口径の迫撃砲。

 第四軍団の西端の宿営地はその大口径砲を何十発も打ち込まれ、蓄えていた弾薬に誘爆し防護柵が炎上し土塁ごと崩れ、少なくない死傷者を出し大混乱に陥っていた。

 この戦闘での最初の被害は当の第13軍団ではなく隣の第4軍団に出てしまった。予想されたこととはいえ、これで事態を軍団内だけで処理できる目途は消えた。レオン少尉は確実にその「デモンストレーション」の効果を上げつつあった。

 その混乱の最中、というか、その混乱に乗じて、というか。

 宿営地の中に奇跡的に被弾を免れた厩を見つけ、乗って来た2頭の馬を入れ、代わりに4頭の替え馬を、どさくさ紛れに、リヨン中尉の階級を使って半ば強引に、借りた。

「ええっ! あたし、馬、ムリっ!」

 リーズルは常の高飛車な態度に似合わず、馬を怖がった。

「この先どうなるかわからない。機動力は必要になると思うねえ」

 修羅場にもかかわらずノンキそうに言う中尉に加えてヤヨイも、

「歩いてちゃ、間に合わないかもしれないの! 大丈夫。ギャロップさせないから。怖がると馬は余計に神経質になるよ。怖かったら首にしがみ付いてなさい」

 出来るだけ身軽な方がいい。馬に積んできた弾薬はそれぞれ持てるだけを持ってゆくことにし、残りは第4軍団の厩係の新兵に、まるで馬を借りる担保のようにして預けた。

 

 ぽつぽつ。

 燃え上がる宿営地に照らされた夜の軍用道路に小雨が降りはじめた。


 

 ヤヨイと中尉の乗る馬の鞍からリーズルとアランの乗る馬の轡にそれぞれロープが伸び、繋がれていた。駈歩と速歩の中間ほどの速度しか出せないが、それでも歩兵の最大行軍速度よりは段違いに早い。

 馬を繋いだロープはピンと張られずに垂れていた。リーズルたちを乗せた馬は、自分が載せているのは荷物だと思っているのだろう。ヤヨイと中尉の馬に従ってちゃんとついてきてくれている。馬が慣れているのが救いだった。偵察部隊の馬だから戦闘にも慣れているだろうし、不意の攻撃で血相変えた兵たちが大わらわで騒然とした宿営地に繋がれているよりも、気持ちがよさそうだった。

「ねえねえっ! そろそろ教えてよっ! いったいどこに向かってるのっ」

「すぐ遊撃部隊と出会う。その時話を聞いてればわかるわ」

「ちょっと、あんた何様っ?!」

「ひゃあああ!・・・」

 馬に慣れていないアランの情けない声が少しヤヨイの緊張を和らげた。

 遊撃部隊はレオン少尉たちに出会(でくわ)すために前進している。夜間、真っ暗闇から撃たれることも想定しているだろう。暗闇で撃たれるのは怖い。当然、ヤヨイたちを誤認し、撃ってくることだってある。もし彼らが銃を暴発させて指を失ってしまうような野戦部隊の新兵なら、その可能性は高い。だが、配置されているのはレオン小隊と同じ、野蛮人に夜襲され、交戦した経験もある偵察部隊だ。そこに僅かながら誤射を免れる望みはあった。

 ヤヨイより先に馬が気配を察して前足を緩めた。後ろの二頭を宥め馬を降りて呼び笛を吹いた。

 やがて、笛の応じるのが聞こえた。

 友軍の遊撃部隊だろう。

「リーズル、アラン。降りて」

 轡を取ってその笛の音のする方に歩きかけた時だった。

 軍用道路の左側、南の森の奥に微かな閃光。

 先刻の第三分隊の初年兵たちのことが頭をよぎった。ヤヨイは、とっさに叫んだ。

「みんな、伏せて!」

 雨音を掻い潜ってシュルルル、という空気を裂くいくつもの音を聴いたと思う間に、

 ドガ、ドガーンッ!

「敵かよ!」

 すぐ目の前の道路で立て続けに爆発が起き、火球が辺りの暗い森をパアッと照らし出した。馬が驚き、激しく嘶き、ヤヨイの馬に繋がれたアランの馬が驚いて駆けだそうとして思い切り手綱を引っ張り、ヤヨイの馬も動揺した。

「わわわわっ!」

 馬から降りようとしていたアランが、道路の上に強かに振り落とされた。

「みんな、馬を曳いて右の森の中に!」

 声を張り上げた。

「どうっ! どうどうっ!」

 暴れる馬をなんとか宥めつつ、リーズルもアランも無我夢中で馬を曳いて森の中に逃げ込んだ。が、ご丁寧にもグラナトヴェルファーはその森の中にも撃ち込まれた。

「うわっ!」

「みんな、止まらないで! 西へっ!」

 軍用道路に続いて森の中に打ち込まれた弾体の爆発は雨夜の鬱蒼とした森を明るく照らし、火薬の中に含まれた油脂が濡れた木々に付着して枝葉や幹を焦がし、燃やした。

 背後の爆発の炎に照らされた森の中を、4人と4頭は、ただひたすらに、駆けた。

「あれ、敵の本隊じゃないのっ?!」

 駆けながら、リーズルが叫んだ。「少尉たち」がいつの間にか「向こう」になり、いつの間にか「敵」と呼んでいた。自分たちを攻撃してくるヤツは「敵」。

 ヤヨイも駆けながら、答えた。

「そう思うよ!」

 あれは第三の残りじゃない。レオン少尉の、本隊だ!

 きっと少尉たちは、第四軍団の宿営地を攻撃した後、軍用道路南の森の中を、南の防衛線を避け、それと軍用道路との間の森の中を西進して来たのだ。

 でも、ならば少しヘンだ。

 レオン少尉なら、西に向っても待ち伏せされることは、掃討部隊と出くわすことはわかっているはず。それなのに、あまりにも当たり前過ぎ、無思慮すぎる。

 おかしい・・・。

 だが今は、とにもかくにも、ひとまずはそこを離れる一手だ!

 4人は鬱蒼とした夜の森の中を馬を曳きつつ、駆けた。左手に月明りを浴びてぼうっと浮かび上がる軍用道路を見ながら。馬の躾がいい事だけは幸いした。馬たちは嘶くことも抗うこともなく、大人しく曳かれてくれていた。

 程よく離れたところで軍用道路に戻り、背後の様子を窺った。この辺りまで来れば十分にグラナトヴェルファーの射程外になるはず。

「アラン?」

 藪睨みの小男の反応を待った。

 乱れた息を整えようと何度も唾を呑み込みつつ、道路の上に片膝着き、耳を澄ませるアラン。

「・・・武器のカチャカチャは、まだ聞こえるよ。複数。たぶん、4、5人いる。でも・・・、それ以外の音はないな。追撃は、して来ないみたいだ」

「次弾を装填してるんだな」

 リヨン中尉はこんな時でも冷静に状況を読んだ。

「また近づけば、ぶっ放す! ってことよね」

「でも、それで彼らに何のトクがあるのかしら? 時間と共に包囲する兵はドンドン増える。リンデマンの第四にも行けず、陣営地もない森の中で持久戦になるのは少尉たちに不利になるだけよ」

 ヤヨイはリヨン中尉を顧みた。

 う~む・・・。無精ひげの浮いて来た顎を撫で、沈思する中尉。

 と・・・。

 ピチューンッ!

 夜の虚空を弾丸が切り裂いた。間髪入れずに、

 ダアーンッ!

 乾いた銃声が響いた。
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