【新版】優しい狩人 【『軍神マルスの娘』と呼ばれた女 1】 ~第十三軍団第七旅団第三十八連隊独立偵察大隊第二中隊レオン小隊~

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25 演習?

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「今の閃光の位置! アラン、リーズル、行くよ!」

 足音を忍ばせて森の中をひた疾った。

 アランを先頭にヤヨイ、リーズルが続く。アランの言葉を信じて。

 この辺りの敵はあの閃光の許にいるたった一人であることを信じて。

 風が追い風なのがマズいと思った。こちらの足音が運ばれてしまう。しかし、迂回している余裕はない。時間を与えれば敵は迫撃砲を抱えて逃げてしまうだろう。出来るだけ素早く肉薄してしまうことだ。

「気づかれると撃ってくるかもしれない。身を低くして!」

 と、アランが止まり、大木の陰に身を伏せた。ヤヨイとリーズルもその隣の木の幹に隠れた。

 アランが指をさす方向をそっと盗み見た。

 いた!

 顔は暗くてわからないが、茂みの中に頭が動いているのがわかる。追い風にもかかわらず射出したばかりのガスの匂いが微かに漂ってきた。

「リーズル。風下に回って。でも、合図するまで撃たないで。撃っても脚だけを狙って。わかる?」

「了解」

 彼女は短く言うと南側を迂回して敵の背後に回った。リーズルが配置についたころ合いを見計らって、ヤヨイは声を張り上げた。

「武器を捨てて! 手を挙げて立って! あなたは包囲されてる。もう、逃げられないよ!」

 もう一度相手を垣間見た。

「返事がなければ抵抗する意志があると見なすよ! 死にたくなければ、返事しなさい!」

「わかった! 撃つな、ヤヨイ!」

 ・・・驚いた。

 何故相手は自分がここにいることを知っているのだろう。

 薄闇の中に両手を上げて降伏の意思を示している人影を見た。銃を構え、アランに合図して、ヤヨイは木の陰を出て姿を曝した。

「ゆっくり、3歩前に出て膝を付きなさい!」

 相手の兵が言う通りに前に進み出てきて膝を付いた。

「リーズル! もういいわ。敵は降伏した」

 引き続きアランには銃を構えさせて警戒させ、ヤヨイは相手に近づいた。近づくにつれてわずかな明かりに敵の兵の顔が浮かんできた。あの威力偵察が終わった翌朝、すっ裸でテントから出て来た一年兵の一人だった。

「ナイフを鞘ごと外して投げなさい。おかしなマネをすると、殺すよ。わたしの蹴りは銃より速い。あんたも、知ってるよね!」

「もういいだろう、ここらで。まだ続けるのかい」

 は?

「・・・何を言ってるの」

「え、だってこれ、演習だろう? 俺たちの小隊が敵役になって、それを撃退するため、っての。・・・違うのかい」

 あまりにも呑気なそのいい様に、嘘の匂いは嗅ぎ取れなかった。


 


 

 周囲を警戒するアランの横でリースルが信号弾を上げた。弾は上空で3回、ドンッ、ドンッ、ドンッ、と大きな音を立てた。これで西にいる遊撃部隊がここまで東進してくる。予定通り、第五宿営地の線までは確保した。

 信号弾はレオン少尉たちにも見えただろう。彼らが警戒して東に寄ってくれれば、それだけポンテ中佐の防御線に追い込むことができ、ひいてはリンデマン大尉らとの合流が困難になる。


 

 彼は第三分隊の兵だった。

 彼を尋問した結果、次のことがわかった。

 少尉とヒッピーは第三分隊の4人だけを集めてこの「演習作戦」を説明したという。4人に携帯用の小口径のグラナトヴァルファーを持たせ、軍用道路沿いに配置したと。

 彼が持っていた弾体は全て信管を抜いてあった。

「おれが一番西の端の配置だった。宿営地に動きが見えたら攻撃しろと言われた」

「みんな信管抜きの弾を持たされたの? 実弾はあるの?」

「と、思うよ。みんな目の前の箱から弾を持ってきただけだから」

 彼にも事態の重大さと深刻さが次第に呑み込めて来たらしく、さっきまでの呑気な態度が改まり、カンテラに照らされた顔には、怯えと冷や汗が浮かんで蒼白になっていた。

 ヤヨイはリヨン中尉の表情を窺った。

「それで?」

 中尉はなおも尋問を続けた。

「レオン少尉は、小隊の他の兵は今どこにいる?」

「し、知らない。第三だけ、先にあそこを出たから・・・」

 彼はまだ松明が燃えている宿営地を指して言った。

「確かに。ここまで南に入ると道路は見えないな。第三の他の兵もこの軍用道路沿いに配置されたのだな。攻撃のタイミングについて何か指示があったか」

「自分は宿営地に敵軍が入ったらグラナトヴァルファーで攻撃して牽制しろと。他の3人も軍用道路を敵軍が進撃して来たら撃てと」

 ヤヨイはもう一度迫撃砲弾の弾体を手に取った。先端の信管は外され、そこに穴が開いていた。が、よく見るとその穴の中に何かが詰まっていた。

 木の枝に吊るしたカンテラの灯りの下に持って行ってその穴の中を覗いた。ナイフを取り出し、その穴に詰まったものを注意深く抉り、取り出した。

 それは、一片の紙だった。

「中尉!」

 ヤヨイはその紙片を中尉に示した。彼は黙ってそれを読んだ。そして第三の兵にそれを示した。

「弾の中にこれが入っていた。知っていたか?」

 怯えている第三の兵はその文面を読んだ。


 


 

「Ave CAESAR!(敬愛なる皇帝陛下!)

 全ての帝国軍兵士に告ぐ! 

 我々は帝国と軍の上層部に蔓延(はびこ)る腐敗を看過出来ず義憤に駆られて立ちあがった義士である!

 見よ! 今や帝国と軍は職を穢し私利を貪る高官どもに侵されようとしている!

 諸君はこれを無視するか。いつまでこの腐敗を放置するのか!

 真に帝国と軍を愛する者は共に立て! 今一度真に国を愛する軍人の手に帝国を取り戻そうではないか!

 集え、有志よ! 戦士たちよ! 我々は諸君ら勇気ある帝国軍兵士の参集を待っている!

 Ave CAESAR!」


 


 

 中尉は言った。

「これは、檄文だ。お前がやろうとしていたことは、帝国に対する反逆だ。これは反乱なのだ。知っていたか?」

「し、知らない!  反乱なんて! オレは何も知りませんっ!」

 第三分隊の初年は、慌てて叫ぶように首を振った。

「本当に自分はただ、小隊長の、少尉の命令で連隊の演習のために敵軍役を務めろと・・・」

「他の第三分隊の兵との連絡法は? この地点を選んだのはきみか? それとも指示があったのか」

「連絡は取り合うなと。この地点は指示されました」

「誰に?」

 ヤヨイは尋ねた。

「ヒッピーに。他のヤツも同じだと思います」

「中尉、第三分隊のモリソン伍長のことです」

 ヤヨイが補足した。

「そうか」

 と、中尉は言った。

「攻撃すれば必ず反撃される。攻撃の後の指示はあったか? その後の指示があっただろう」

「はい。

 演習だから攻撃後は反撃されるから、その後はグラナトヴェルファーの発射地点に留まっていろと。攻撃側がお前を取り囲んだら、そこでお前の役目は終わりだから攻撃側の指示に従え、と。

 ヤヨイ、本当なんだ! 信じてくれっ!」

 中尉はヤヨイを顧みて首を振った。もう、これ以上彼から聞き出すことはない。そういう意味だ。

「ねえ、教えて。なぜわたしが鎮圧部隊にいると知っていたの?」

「少尉が言ったから」

 気の毒な第三の新兵は震えながら、答えた。

「ヤヨイは演習の連絡のために帝国軍の先鋒部隊に参加しているはずだ、って」


 


 

 結局、少尉と他の小隊の兵たちと奴隷たちが何処へ行ったのかは訊きだせなかった。

 あの結束の強いレオン小隊でも第三はいつも後方にいた。威力偵察でも一番危険な前哨陣地に籠り、川の中まで腰に浸かって敵を援護したり真っ先に上陸していたのは第一と第二の兵だった。思えば第三は年次の若い兵ばかりだった。恐らくはヤヨイと同じ初年兵だったろう。彼らは初めて威力偵察を行い、動揺していた。だから少尉はその後の宴会で彼らに付ききりだったのだ。彼らの心をケアし、少尉好みの「レオン小隊」の兵に育てようとしていたのだろう。

 そう考えると、残りの第一、第二の10名は全て少尉の同志と見た方がよさそうだった。

 ジョーも、同じだと思った。

 ヤヨイは、大木の幹に第三の兵を縛り終えた中尉に自分の考えを話した。

「そうだな。そう考えるのが妥当だ。となると、これからはいささかキツい出迎えも覚悟しなきゃならないだろうな。次に飛んでくるのは実弾だと思っていた方がいい」

 中尉はリーズルにも、辺りを警戒して背中を向けているアランにも聞こえるように声を励まして言った。

「望むところよ。最初からそのつもりだったもん。ね、アラン」

 アランは周囲を警戒しつつ、フン、と鼻を鳴らした。

 リーズルはレオン少尉に心服しているのではなく、少尉の周辺から伝わってくる派手で華々しい武勇伝が羨ましかっただけなのだ。

 今はむしろその少尉を相手に自分の持てるスキルを存分に発揮できるのが嬉しい。

 小銃を握る彼女からは猛然と闘志を感じた。

「中尉、急ぎましょう。もうじき日付が変わります。少尉たちはこの道の先で攻撃を開始するでしょう」

「そのようだ。すぐに出発しよう」

 威力偵察の際に前哨陣地の上で咆哮したグラナトヴァルファーは分解し、撃針だけ外して置いて行った。こうしておけばもう武器としては使えない。持ってゆくには荷が重すぎるし、ヤヨイたちの任務には必要のないものだったからだ。

 あわれな第三分隊の兵も他の兵の居所を知らないのでは連れて行っても役に立たない。この場に置いてゆくことにした。

「しばらく震えて待ってな。今に東から遊撃部隊が来る。そうしたら解いてもらいなね」

 大木に縛り付けられたレオン小隊の第三分隊の兵の頬をペチペチ叩いたリーズルは、その首にリヨン中尉の書いたメモをぶら下げた。メモには反乱部隊の一員である旨が書かれていた。


 

 そうして一行は、夜の道を出発した。

 アランを先頭にし、彼から5、6メートルの距離を置いて軍用道路を歩いた。

 彼は時々立ち止まり、風に耳を澄ませ、真上に上ってきた月明りだけを頼りに森の中に目を凝らした。

 道の真ん中ではなく端を歩いた。何かあればすぐに森の中に退避できるように。自分たちのブーツの靴音と森のざわめき、ときおりブルルンと鼻を鳴らす馬の蹄の音だけがしばらく続いた。

 やがて、アランが止まった。

 彼の右手が拳になり、右を差した。みんな一斉に森の中に身を隠し、草の中に伏せた。

 ヒュルルル・・・。

 グワーンっ!

 軍用道路のど真ん中で迫撃砲弾が炸裂した。飛んできたのは、信管のついた実弾だった。

 事実上、反乱部隊との戦闘が、始まった。

 中尉は信号弾を上げた。上空で3発の爆発が起き、リーズルの上げた照明弾が前方の道路の上を照らした。

「静かに!」

 耳を澄ますアランに添った。声を殺して、アランは叫んだ。

「いるぞ! 前方、2時の方向。・・・2人いる。近いぞ! 約、500メートル。迫撃砲を分解してる。ヤツら、こんな近くから撃ちやがって!」

「そいつらを捕捉する。リーズル、ついてきて!」

 ヤヨイは道路際を走り出し、リーズルがその後を追った。次いでアランと馬を曳いた中尉が続いた。

 先刻と違い、信号弾も照明弾も上げたから敵はこちらを察知している。道路の南側ではなく北側を走るなら、明るい軍用道路の向こうの暗闇だからシルエットにならず見つかりにくい。

 ヤヨイとリーズルは全速で走った。走りながら槓桿を引き、初弾を銃身に送り込んだ。

 ころ合いで止まって身を潜め、周囲を伺った。自分の上がった息とリーズルの息が交互に聞こえる他に、何か、気配が・・・。

 ・・・いた。

 森の中で影が動いていた。

 ヤヨイは指を二本立て、リーズルにその方角を指した。そして自分はこのまま東に向かい東から、リーズルは道路を横切って森の中を西から敵に近づくようにと身振りで指示した。

「わたしが声を上げるまで発砲しないで」

「わかった」

 二人はそこから東と南の方角に分かれ、それぞれ身を低くして走った。

 もう充分回り込んだというところで道路を横切りさっき見当をつけたあたりに目を凝らした。

 ・・・見つけた。

 上手い具合に月明りが木々の枝の隙間から射して敵の姿を照らし出してくれた。

 ヤヨイはゆっくりと彼らに近づき、下草の途切れるところまで来て腰を落とし、膝上に銃を構え、声を励まして叫んだ。

「武器を捨てて! 手を挙げて立って! あなたたちは包囲されてる。もう、逃げられないよ!」

 先ほどと同じ口上を伝え、反応を待った。相手は沈黙していた。

「これは演習じゃない。あなたたちは反乱部隊だ。返事がなければ抵抗する意志があると見なすよ! 容赦なく実弾攻撃する。死にたくなければ、返事しなさい! 武器を捨てて降伏しなさい!」

 暗闇の中で相手が動揺しているのがわかった。やはり呑気な演習名目で配置された兵なのだと思われた。

「リーズルっ! 威嚇射撃!」

 彼らの背後で閃光が煌めき、次いでダーンと銃声が聞こえるのと銃弾が木の幹を掠めるピチュンッという衝撃音がするのとがほぼ同時だった。

「待ってくれ! 撃つなっ! 武器は迫撃砲だけだ。小銃は持っていない!」

「三歩前に出て膝を着きなさい。早くっ!」

 彼らににじり寄りながら、相手が言う通りに膝を着いたのを見届け、

「アラン!」

 アランはヤヨイが叫ぶより早く彼らに近づいて銃を向け武装解除を確認していた。

 これで3人か・・・。

 ヤヨイが二人を拘束して尋問するために近寄ろうとした時だった。

 背後の東、遠く第四軍団の管轄の地区の方で大きな閃光と火炎が上がり、月明りよりも明るくヤヨイの背中を照らした。

 グワワワワーンッ! ドンッ、グワーンッ。

 数度の爆発の衝撃波が森を駆け抜け、眠っていた獣たちを脅かし辺りの木々を揺すぶった。

「アラン! まず、敵の武装解除を確認! 拘束してッ!」

 指示を与えてから、ヤヨイはゆっくりと後ろを振り返った。

 爆発で燃え上がった森の炎が、紅潮して独りごちるヤヨイの瞳と頬を照らし、さらに燃え上がらせた。

「ついにやりましたね、レオン少尉・・・」

 遠雷が宿営地で誘爆する弾薬の爆発音に重なって聞こえて来た。暗い西の空の底が鈍く光っていた。生暖かい夜風が嵐の到来を予感させた。


 
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