【新版】優しい狩人 【『軍神マルスの娘』と呼ばれた女 1】 ~第十三軍団第七旅団第三十八連隊独立偵察大隊第二中隊レオン小隊~

take

文字の大きさ
上 下
23 / 34

23 ふたたび最前線へ

しおりを挟む

 リヨン中尉は汽車まで待たせていてくれていた。

 同じ汽車で第13軍団の司令部に赴こうとしていた貴族の元老院議員や各省庁から派遣される役人たちからは文句を言われた。

「たかが尉官ふぜいと下士官兵のために元老院議員を待たせるとは何たることだ。ウリル少将には厳重に抗議する。覚悟しておけ!」

 ヤヨイたちが乗車するのを待っていたように汽笛が鳴り、汽車は発車した。

 帝都に戻るときと同様、高官たちの無遠慮な悪意の眼差しを浴びながら夜風に髪を弄らせ続けた。

「気にするな、ヤヨイ」

 中尉は何故か笑っていた。

「でも、これできみもぼくと同じになったな」

 どういう意味か解りかねていると、彼は言った。

「ぼくの名前はシャルル・リヨン。きみと同じ、平民だ。だけどかつては名前と姓の間に『キャピュレット・ド』が入ってた。バカバカしくなってね、抜けたんだよ、貴族を」

 育ちの良さは感じていたからさして驚きはしなかったが、無口な彼の口からの突然の身の上話に少し、戸惑った。

「でも、わたしは貴族じゃありませんけど・・・」

「でも、親が馬鹿みたいに見えたんだろう? 違うのかい」

 高速を出しているためにガタガタ揺れる乗り心地の悪い客車でしばしの仮眠を取った。

 終点に着いたのは翌々日の日の出前だった。

 胸糞の悪くなる議員たちと別れ駅舎で陸軍の換え馬に乗って駅を出た頃、ようやく夜が明けた。

 38連隊の駐屯地に着いたのは、6月20日の昼前だった。レオン少尉の決起の日はもう明日に迫っていた。彼女が言葉通りに行動するなら、そうなる。

 司令部前のポールには13軍団旗の隣に西隣の戦線を担当する第15軍団旗と東隣りの第4軍団旗とが掲揚されていた。徒歩行軍の本隊はまだだったが、司令部要員が先行して馬で到着していた。厩の馬の数が一挙に二倍に増え、司令部の中の喧騒も増していた。この連隊司令部が反乱部隊討伐のための総司令部を兼ねることになるのだ。

 そして驚くことには国境に向かって東西に二本のケーブルが、通信用の高価な銅の裸線が伸びていたことだった。極力雑音を拾わぬように木の支柱で地面から浮かせてあった。反乱部隊鎮圧のためのウリル少将が万全の手配をしているのがわかった。


 

 彼は事情聴取の時と同じ落ち着いた風情で司令部のオフィスにいた。

「閣下、わたしを前線に戻してください」

 オフィスに入ったヤヨイのすぐ後ろにはリヨン中尉が控えていた。

「なぜ戻って来たのか。お前にはクィリナリスで待機するよう命じたはずだ」

「わたしには責任があります。まだ果たしていない任務を遂行しなければなりません」

「お前に与えた任は全て解いた。お前にはなんの責任もないし、咎もないし、ここにはお前の為すべきことは何もない」

「ここではわたしが一番レオン少尉を知っています!

 わたしにしか、少尉を斃すことは出来ません!」

 少将はニヤリと笑った。

「ずいぶんと、思い上がったものだな」

 と、彼は言った。

「どうしてそう思うようになったのだ」

「わたしが少尉を排除しなかったせいで、多くの兵たちが傷ついたり命を落とすのが、イヤなのです」

「しかし、イザとなればお前はまたためらってしまうかもしれない。その時はお前自身が命を落とすぞ。それでもいいというのか」

「・・・覚悟の上です」

「何故だ。このまま他の新兵達と同じ野戦部隊で徴兵を終えて大学に戻る方がよかろうに。お前の継父、あのパークという実業家の援助を受けられるかもしれんぞ。お前の母の夫だ。そのほうがトクではないか」

「あの人たちは・・・、わたしとは、違います」

「どう違う」

「わたしの帰るべき家は、あそこではありませんでした。軍隊がそうなのかは、わかりません。でも、少なくともわたしの力を必要としている人がそこにいるなら、わたしはそのために働きたいと・・・」

 ヤヨイが言い淀むと、ウリルはしばし瞑目した。そして立ち上がるとヤヨイを穏やかな黒い目でじっと見据えた。

「わかった」

 と、彼は言った。

「そこまで言うのならば、再びお前に任務を与える。

 ヴァインライヒ二等兵。38連隊独立偵察大隊付きとしてニシダ・リンデマン・カンターらによる反乱部隊討伐の任に付け。偵察大隊司令ポンテ中佐の直接指揮下に入り、彼の作戦に参加することを命ずる」

 ヤヨイは少将の下命に対し敬礼で応えた。

「ヴァインライヒ二等兵、独立偵察大隊付きとして反乱部隊討伐の任に就きます!」

「お前の補佐役としてリヨン中尉を派遣する。大隊司令部から離れて行動する際には彼が力になってくれるだろう。ただし、」

 なんだろう、と身構えたヤヨイに、ウリル少将はデスク越しに詰め寄った。

「反乱首謀者、特に士官の中でもレオン少尉だけは生かして捕らえろ。絶対に殺してはならん。

 何故か、わかるか」

「・・・裁判を受けさせるため、ですか」

「彼女を殉教者にしないため、だ」

「殉教者?」

 少将はデスクを回ってヤヨイの前に立った。

「今から三千年ほど前。古代ローマ帝国の辺境地にユダヤという土地があった。

 そこに生まれたある男が『自分は救世主だ』と言い始めた。ローマの許しも得ずに自分が作り上げた教えを布教し、その教えはあっという間に周囲の人々に広まった。

 ローマから派遣されたその地方の総督は彼を逮捕し裁判にかけて死刑にした。ローマ帝国と皇帝をないがしろにし、この世は唯一絶対の神のものであるという教えに危険なものを感じたからだ。ところが『救世主』を自称する男のその教えはその後ローマ全土に広まり、やがて古代世界をあまねく支配したローマは分裂し、滅びた。

 その『救世主』を自称する男、イエス・キリストを死刑にさえしなければ、その教えのシンボルである十字架を崇めることもなかっただろうし、教えは輝きを失い、広まることもなく、消えたことだろう」

 ウリル少将は静かに言い放った。

「わかるか、ヤヨイ。

 彼女は、レオンは、死のうとしている。現にお前に殺されようとした。だが、お前は殺さなかった。それで、よかったのだ、ヤヨイ。

 皇帝陛下もわたしも、彼女を殺さず、終身労役を課す処分を考えている。そうすれば彼女は伝説にはならず、彼女の教義は、死ぬ。わたしはお前の報告から、そう判断をしたのだ。

 大切なのは彼女を排除することではない。彼女の教義が陳腐なものであることを知らしめ、この世から葬り去ることなのだ!」

 ウリル少将はキッパリと言い切った。

「わかりました、閣下」

 レオン少尉を殺さなくていい。捕えればいい。

 そのことは、ヤヨイの胸につかえていたわだかまりを消し去った。

「・・・死ぬなよ、ヤヨイ」

 ウリル少将は不敵な笑みを浮かべた。

 偵察部隊用の、同意を示す小さなバウだけの敬礼で応え、ヤヨイは少将のオフィスを後にした。


 

 第二中隊の兵器保管所の伍長のところに行き、預けていた小銃と実包とを受け取った。

「預かってるのは2丁だな。2丁ともか」

「いいえ、伍長殿。銃床に『L』の刻印のあるものだけです」

 短冊の下に受け取りをサインして小銃を持ってゆこうとすると、待て、と止められた。

「貸してみろ」

 遊底を開いて窓に銃口を向けて中を覗いてから棚の実包を一発取って銃身に装填し試射台に固定した。

 ダァーン!

 丁度兵舎の長さいっぱいに設けてある弾道検査用の筒の向こう側を一本望遠鏡で見た伍長は、

「古いが、手入れの行き届いた、いい銃だ」

 そう言って銃身を握り、返してくれた。

「お前は新兵だろう。こんな古い銃、誰から譲り受けた」

「自分の、師匠からです」

 とヤヨイは答えた。


 

 的の紙を新しいのに替えておいてくれ。

 保管所の伍長からそう言われ、兵舎の反対側の西の端、食堂の壁に刺さっている枠を抜いた。木枠には的用の紙が貼ってあり試射した弾丸の穴が開いていた。穴は見事に的のど真ん中を貫通していた。


 

 再び完全武装を整えたヤヨイは厩に走った。すでにリヨン中尉が同じく完全武装で待っていた。

「では、行くか」

「はい」

 こうして二人は、揃って連隊駐屯地を出た。

 行く先は、レオン少尉を討伐する38連隊の独立偵察大隊司令部だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!― 栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。 それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。 月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

イリス=オリヴィエ戦記・外伝 ~アラン・フルーリーは兵士になった~(完結)

熊吉(モノカキグマ)
歴史・時代
 アラン・フルーリーは兵士になった。  軍服を着たいと思ったことなどなかったが、それが、彼の暮らす国、イリス=オリヴィエ連合王国での[義務]なのだから、仕方がない。  マグナ・テラ大陸の南側に突き出た半島部と、そこに連なる島々を国土として有する王国は、[連邦]と[帝国]という二大勢力に挟まれた永世中立国だった。  王国に暮らす人々には、誰かに押しつけたい思想も、誇示したい権威もない。  ただ、自分たちのありのままの姿で、平穏に暮らせればそれでよかった。  だから中立という立場を選び、連邦と帝国が度々、[大陸戦争]と呼ばれる大戦を引き起こしても、関わろうとはしなかった。  だが、一口に[中立]と言っても、それを維持することは簡単ではない。  連邦、あるいは帝国から、「我々に味方しないのであれば、お前も攻撃するぞ! 」と脅迫された時に、その恫喝を跳ねのけるだけの力が無ければならない。  だから、王国は国民皆兵を国是とし、徴兵制を施行している。  そこに暮らす人々はそれを、仕方のないことだと受け入れていた。  国力で圧倒的に勝る二大勢力に挟まれたこの国が中立を保ち、争いに巻き込まれないようにして平和を維持するためには、背伸びをしてでも干渉を拒否できるだけの備えを持たなければならなかったからだ。  アランは故郷での暮らしが好きだった。  牧歌的で、自然豊かな農村での暮らし。  家族と、愉快で愛らしい牧場の動物たち。  そこでの日々が性に合っていた。  軍隊生活は堅苦しくて、教官役の軍曹はしょっちゅう怒鳴り散らすし、早く元の生活に戻りたくて仕方がなかった。  だが、これも義務で、故郷の平穏を守るためなのだからと、受け入れた。  幸い、新しく配属になった分隊は悪くなかった。  そこの軍曹はおおらかな性格であまり怒鳴らなかったし、仲間たちもいい奴らだ。  この調子なら、後一年残っている兵役も無事に終えられるに違いない。  誕歴3698年、5月22日。  アランは、家に帰ったら母親が焼いてくれることになっているターキーの味わいを楽しみにしながら、兵役が終わる日を待ちわびていた。  これから王国と自身が直面することになる運命など、なにも知らないままに……。   ※本作の本編、「イリス=オリヴィエ戦記」は、カクヨム、小説家になろうにて掲載中です。長編であるためこちらに転載する予定は今のところありません。

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

風を翔る

ypaaaaaaa
歴史・時代
彼の大戦争から80年近くが経ち、ミニオタであった高萩蒼(たかはぎ あおい)はある戦闘機について興味本位で調べることになる。二式艦上戦闘機、またの名を風翔。調べていく過程で、当時の凄惨な戦争についても知り高萩は現状を深く考えていくことになる。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

処理中です...