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18 少尉の敵
しおりを挟む小隊はいつもと変わらなかった。
違うのは厩でブルルンと鼻を鳴らしている馬の存在ぐらいで、皆夕食の準備のために火を起こし、囲み、鍋をかけていた。
ジョーは宿営地に着くなり少尉のテントに行ってしまった。夕食になってもジョーは戻らなかった。隣の第一や第三の鍋の周りも見たが、軍曹やヒッピー、モリソン伍長の姿も見えなかった。
少尉のテントから出て来たアレックスに、
「ジョーはまだ中なの?」
と訊いた。彼は頷いた。
「今、4人分の食事を届けた」と、彼は言った。
その晩、ヤヨイは第二歩哨時の当番だった。しばしシュラフでまどろんで、テントの外の気配でシュラフを抜け、マントを羽織って銃を取った。ハンスとガンジー、ジローはすでにイビキをかいていた。ジョーはまだ、戻っていなかった。
前の宿営地よりも標高が高いせいか、夜風が冷たかった。だが月は明るい。
少尉のテントの中でどんな会話が交わされているのだろう。なんとかして盗み聞き出来ないものだろうか。歩哨にかこつけて、テントに近づくことが出来れば・・・。いや、それはムリだ。歩哨は宿営地の四辺に沿って歩く。しかも常に対辺の相方と歩調を合わせねばヘンに思われる。かといって、今まさにミッションの重大局面を迎えていることは明らかなのだ。どうにかならないかな・・・。
あーだ、こーだ考えつつ、ともかくも指令所に行こうとすると、そこにジョーがいた。
驚いてはいけないとは思いつつも、動揺を抑えきれなかった。
「ジョー・・・。どうしたの?」
「歩哨、俺、代わるよ。銃を貸してくれ」
そしてジョーはこう続けた。
「少尉が呼んでる。テントに行ってくれ」
一陣の風が吹いた。
ジョーの顔には、明らかに戸惑いがあった。その戸惑いの色が、ヤヨイをさらに緊張させた。数刻前深く愛し合ったばかりだというのに。そのジョーはもう、ヤヨイの手の届かないようなところにいるような、そんな心細さを感じた。
よそよそしげなジョーに銃を預けた。
「じゃあ、行くね」
「うん・・・」
少尉のテントに向かった。幔幕の中に入る前に、息を整えた。
「少尉。・・・ヤヨイです」
「入れ」
幔幕をめくって中に入った。途端にムッとする淫靡な空気に包まれた。カンテラの薄明りの下、少尉は将校用の簡易ベッドの上に下着姿で横たわっていた。
鳶色の瞳が、ヤヨイを射た。
「ここに来い」
いまさら拒否も出来ない。ここはまだ、拒否するべきではない。
ヤヨイは、従った。
胸の動悸を抑えながら少尉の隣に座った。どうしてか、自分でも信じられないほどに昂奮しているのを知った。それが、彼女を欺いている後ろめたさによるものなのか、正体を知られないようにという不安からくるものなのか、つい先日少尉に愛でられた記憶を呼び覚まされたせいなのか。ヤヨイにもよく、わからなかった。
少尉の唇は官能的にヤヨイを奪った。タバコの味がした。
「憲兵隊の中に、あれほどに美しいギターを奏でる楽師がいたとはな。それとも、憲兵隊も人手不足なのか。楽師さえも徴募して取り締まりをさせていたのかな」
フッと笑った少尉の瞳は、でも笑ってはいなかった。
「お前がどこの誰か、そんなことは小さなことだ。お前はわたしの命を救ってくれた。もう、わたしの娘だ!
ヤヨイ・・・。わたしは、お前が好きだ。お前の力を、わたしにくれ、ヤヨイ・・・」
先に愛でられたのよりもはるかに激しく、愛された。
何度も頂に達し、ヤヨイもまた、少尉を愛した。男とのそれ、ジョーとのそれとは異なり、女同士のそれは際限がなかった。ゆえに、より深く、ヤヨイの心は愛でられ、愛撫され、耕され、潤い、また愛でられた。
もし、決定的な言葉が、証拠が挙がれば、自分は少尉を殺さなければならないのに。
それなのに、こんなにも求められ、愛されては、ムリだ。ただでさえ、神のような戦闘指揮を間近に見たばかりなのだ。こんなにも優秀で魅力的な人を殺すのは、ムリだ。
内心には不安がある。懐疑が、迷いがある。だがまだ、その時ではなかった。不安や懐疑や迷いを振り切るように、少尉を愛し、快楽に身を浸した。
女同士の嵐のような愛の交接を終えると、少尉は息を整えつつ、言った。
「わたしはお前の力が欲しいのだ、ヤヨイ。あのような技を持ったお前がそばにいてくれればこれほど頼もしいことはない。わたしのものになれ、ヤヨイ。わたしには、お前が必要なんだ。わたしと共に立ってくれ、ヤヨイ・・・」
20名もの屈強な男たちの上に君臨し、忠誠を捧げられ、崇拝の対象にさえなっていて彼らを意のままに動かす、女傑。その、少尉が・・・。これほどまでに自分を空しくしてまで自分に何かを求めている。こんな彼女を見るのは初めてかもしれない。
「教えてください、少尉。『立つ』とは、何のことなのですか?」
訊かずともわかっている。それを敢えて訊かねばならないのは苦しかった。だがヤヨイはその言質を欲していた。反乱の予兆を探るのが彼女の任務だったし、ヤヨイには理由が必要だった。少尉を殺す理由が。
長い時間。少尉は黙ったままヤヨイの瞳を見つめたまま、答えなかった。こんなにも他人と見つめ合ったのは、初めてのことだった。見つめられているだけで、とりこまれそうな畏れを感じる。
やがて少尉は口を開いた。
「ヤヨイ、馬に乗れるか」
ヤヨイを馬でどこかに遣わすつもりなのか。それとも馬でどこかにヤヨイを連れて行こうとしているのか、そして今のヤヨイの問いに対する答えを見せるつもりなのか。少尉がどこかに行こうとしているならば、是非ともついていかねば。ならば・・・。
「・・・子供のころ、父に当たる人が裕福な人で・・・。軍隊では騎兵だったそうです。その父に度々屋敷に呼ばれ、少しですが手ほどきを受けました」
少尉に抱かれたまま、彼女の胸の中でヤヨイは答えた。
平民で馬に乗ったことのある者は少ない。馬を飼うのは金がかかるからだ。でも特別な訓練を受けたなどとは言えない。訊かれたらそう答えるようにと指導を受けていた。
「・・・そうか。お前は騎兵の娘か。・・・やはりな」
と、少尉は言った。
「やはりな」が、額面通りのものか、ヤヨイへの疑いを確信したがゆえのものなのかはまだ、わからない。「カラテ」の達人にして馬も御せる。そんな小娘が金を稼ぎたいからとはいえ、野戦部隊よりもはるかに危険な偵察部隊を志願する。あまりにも出来過ぎの話だ。
これ以上少尉に密着し過ぎるのはあまりにも手の内を見せすぎる行為で危険過ぎた。だが、そこに入らねば任務は果たせない。
「では、明日、わたしに帯同しろ。お前に、全てを見せてやる」
汗の浮いた額の下の鳶色の瞳が美しく光った。その逃れがたい光に、震えた。
少尉は、もう何度も寄せた官能的な唇を再び押し付け、激しく吸った。ヤヨイの唇を捉え、再び情熱を送り込んできた。
「ヤヨイ・・・。お前にすべてを見せてやる。すべてを見て、わたしを選んでくれ。わたしと共に、立ってくれ!」
朝食もそこそこに、身支度を済ませた。
レギンスを穿きアンダーガーメントを着け、テュニカの上にはクロスした革帯。小銃を担い実弾も正規の50発以外に予備を携行した。ヘルメットを着け、ナイフも腰に挿した。
全て少尉の指示だった。
「完全武装を整えろ」、と。
胸の動悸を悟られぬようにと思いつつ、それを抑えきれずにいた。
すべてを見せると、少尉は言った。その上で、自分を選んでくれ、と。
それがウリル少将の言う「反乱計画」の全貌を意味するなら、任務のクライマックスも、帝国の防衛も、ひいてはヤヨイの運命も、全てはこの騎行にかかっている。
「ヤヨイ。気をつけてな」
ジョーの見送りを受けた。何も知らない愛しい彼の灰色の瞳を見つめた。
「うん」
切なさを振り切るようにしてテントを出た。
少尉も、アンダーガーメントを着けレギンスを穿きヘルメットも被った完全武装で現れた。
「準備はいいか?」
少尉は言った。
「はい」
留守を預かる軍曹に少尉は命じた。
「今日もパトロールは無しだ。近々他の部隊との合同演習を行うので、昨日到着した弾薬の点検と、演習用にグラナトヴェルファーの弾頭から信管を外したものを相当数用意しておけ」、と。
そして宿営地周辺だけの警戒を命じた。パトロールが主任務なのに、急に指示された「合同演習」にもいささかも動じることなく、軍曹は頷いた。
「Jawhol、少尉。お気をつけて」
昨夜の4人の会合。少尉と軍曹とヒッピー、それにジョーとの間ではすでに事を起こす話がついているのだろうか。だとするなら、唯一徴兵であるジョーを抱き込むために、少尉はジョーをどのように説得したのだろう。
「では行くぞ。ついてこい、ヤヨイ!」
はっ!
宿営地を出て馬に跨った少尉に続き、軍用道路を西に向かって疾駆した。
馬を駆り、少尉の後を駆けながら、ヤヨイは考えた。
「お前がどこの誰か、そんなことは小さなことだ」
と、レオン少尉は言った。
少尉はもう、あの憲兵少佐の正体に、ウリル少将に気付いたかもしれない。ウリル少将その人は知らなくても、それが新兵の待遇調査などという間抜けな用ではなく、少尉たちの密かな企てを探ろうとしてのものだと。そして、ヤヨイの正体に。おぼろげながらにせよ、気付いたかもしれない。
それでも彼女は「すべてを見せる」といった。すべてをヤヨイに見せ、その上で「わたしと共に立ってくれ。わたしに力をくれ。わたしを選んでくれ」と・・・。反乱への同調を求めてでもいるかのように。
その時が来たら・・・、自分は・・・。
ヤヨイはウリル少将の命令とレオン少尉との間で揺れている自分を意識せざるを得なかった。
だが、一つだけ確かな、明確な事実がある。
ウリル少将の言葉には未来がある。だがレオン少尉の言葉には、それがない。
ヤヨイには、帝国の将来を憂え、レオン少尉の義挙に殉じる気持ちは、なかった。市井の人々の中に戻り、研究をし、恋をして、できれば愛する男と共に人生を送りたい。
そのために必要なことを、するだけだ。そう思った。
通常の徒歩行軍で8時間かかる道のりも、騎走すれば1時間余り。先日まで自分たちがいた宿営地に向かうやと思われたが、ギャロップしていたのを緩め、トロットで右に折れ、森の中に入って行くこの道は、この小隊に来て2日目にパトロールした道だと思い出した。
やがて枝が張り出してくると馬を降りて曳いた。
「フフン! やるな、ヤヨイ!」
馬を降りた少尉はヤヨイを顧みて笑った。ヤヨイもまた、馬を降りた。
少尉はもう、辺りを警戒することなくずんずん手綱を曳いてゆく。例のアンブッシュして警戒しいるだろう兵たちに友軍の存在を知らせる呼び笛を吹くのも歩きながらだった。「38連隊のニシダだ!」
名乗るのも歩きながら。伏せていた25連隊の兵が立ちあがっても歩きながら「ご苦労」と言い、すでにそこまで伐採の終わっていた河原に出た。
馬の蹄を痛めぬように石ころだらけのところには出ず、切り倒した木の切り株や倒れた幹の間を歩き、作業する奴隷たちの間を縫って、あの工兵隊の司令部のある陣営地の前に出た。しかし、中には入らずに、陣営地の門を守る歩哨に同じように名乗りご苦労と前を通り過ぎ、陣営地をぐるりと迂回して、併設された護衛部隊の宿営地に向かった。
工兵隊の陣営地に寄り添うように設けられたそこは、多くのテントが並ぶだいぶ小ぶりのものだった。二個中隊だからその数は二十張り近くある。他の宿営地と同様に木の柵で囲まれ、ちゃんと歩哨も立っている。そこここのテントの間からは幾条かの煙が立ち上っていてオリーブ油の香ばしい香りが漂っていた。
兵たちのテュニカの袖には一本か二本の黒くて細い線が入っている。野戦部隊の兵だ。1本がヤヨイと同じ二等兵だ。2本が一等兵、3本が上等兵。4本が伍長。偵察部隊の兵にはこの線がない。
一本線の歩哨に敬礼を受けて名乗り、「馬に水を頼む」と言い、柵に手綱を括りつけた。「カンター中尉はいるか」
少尉が歩哨に尋ねていると、
「少尉どの!」
横合いから30がらみの軍曹がつかつかと歩み寄って来た。差し出された手を握って少尉は軍曹の肩を叩いた。
「エンリケ! 久しぶりだなあ。元気そうだ」
「少尉も」
「野戦部隊はつまらんだろうな」
「まったくです、少尉」
軍曹は大きく笑い、ヤヨイに視線を向けた。
「ああ。わたしの副官のヤヨイだ。見ての通り女だが、カラテの遣い手だ。素手で一瞬の内に3人の敵兵を斃した猛者だぞ。彼女一人で数人の屈強な護衛をつけているのと同じなのだ。下手に侮ると痛い目に遭うぞ」
「ご冗談でしょう・・・。本当ですか? 」
まさか、というように悪戯そうな笑みを浮かべたエンリケという軍曹に少尉はこう付け加えた。
「本当だ。わたしは彼女に危ういところを助けられ、命を救われた」
ヤヨイは敬礼抜きでバウした。軍曹は信じられないと言った顔でウンと頷いた。
「少尉、聞きましたよ。今年もやったのですね。それを聞いて悔しくてたまりませんでした。お側にいれば参加できたのに、と」
「耳が早いな。まあ、去年よりは規模が大きかったが、なんとか片付けた。ところでカンター中尉はいるか」
軍曹ははっと表情を改めた。
「・・・ご案内します」
彼の先導でテントの群れの奥に入って行った。
正規の2個中隊。6個小隊200名弱はさすがに大所帯だ。分隊ごとに鍋を囲んでいるのを見ながら歩いた。朝食の最中だったのだろう。宿営地はその人数を収容するには少し狭すぎるように感じた。
中には女性兵もいた。野戦部隊だから、どの部隊も平均して約4割ほどが女性になると訓練所でも教えられたのを思い出した。
歩兵用の宿営地の配置は野戦部隊でも同じで、中央から東西南北に走る構内の通路の中央にある指令所を案内された。テュニカのブーツを野戦用の机の上に上げて書類を見ている士官が目に留まった。
「中尉。レオン少尉がお見えになりました」
軍曹の声に顔を上げた士官もまた少尉を眩しそうに見つめた。
「Ave CAESAR!」
そして、彼に敬礼した少尉に、それよりもはるかに丁寧な答礼をした。二人の間に不思議なオーラのようなものが流れ合うのを感じた。
と、ヤヨイを顧みて掌を上げた彼に、先ほどの軍曹にしたのと同じ紹介をした。ヤヨイもまた敬礼をした。
「すごいな。信じられん。鬼に金棒ではないか」
「だろう。ヤヨイという名はマルティウスに通じるヤーパンの言葉だそうだ。我が小隊は常に軍神マルスに守られているのだ」
少尉が小声ながら敬語を使わないところを見ると、彼が士官学校での同期、なのだろうか。
「少し、歩くか」
中尉は少尉とヤヨイを促して先ほど入ってきたのと反対側の門から陣営地を出た。
宿営地の兵の目の届かないところまで来ると、中尉は振り返って少尉を抱きしめた。
「レオン!」
「マーク!」
二人はしばらく抱きしめ合い、お互いの肩を叩いて、抱擁は終わった。
マークと呼ばれたカンター中尉は先ほどのようにヤヨイに向けて掌を広げた。
この兵は大丈夫か。信用できるのか。
そんな風に見えるジェスチャーであることが、次の少尉の言葉で裏付けられた。
「新兵だが、同志だ。おとといの野蛮人の討伐で彼女はわたしの命を救ってくれた。彼女は大丈夫だ」
中尉は頷いた。
「決まったか」
と、彼は言った。
「それを伝えに来た」
と少尉は言った。
「21日、行動を起こす。支障がなければその日のうちにリンデマンのところに入るつもりだが、もしかすると一日二日遅れるかもしれん。監視哨で連絡を取り合うか、グラナトヴェルファーの砲声が合図だ」
「わかった」
「どのくらい、加わりそうか」
「せいぜい一個か、多くて二個小隊だろう。新兵や二年兵はほとんど落ち延びさせるつもりだ」
「充分だ。あとは合図があり次第、手筈通りにしてくれればいい」
「他には」
「ここからリンデマンのところまでの木が邪魔になるな。手の空いているものを動員して伐採させたほうがいい。出来れば両側500メートルほどは空白地帯を作りたいが・・・」
「できるだけ、やってみよう」
「ではな」
「成功を祈る」
そうしてまた、二人は抱き合い。硬く握手して別れた。
少尉は何も言わなかった。何も説明せず、何も釈明しなかった。
反乱の二文字だけはまだ出ていない。だが、その二文字を装飾する状況証拠はもう、充分であるような気がした。
最初にパトロールで通った森の中の道を馬を曳いて歩いた。
「なぜ工兵隊の陣地から西の宿営地までの木を伐採させるか。ヤヨイ、お前にわかるか」
陣地を出て初めて、少尉は口を開いた。
ヤヨイは黙っていた。それにはお構いなしに、少尉は続けた。
「陣地というものは単体で存在するより複数が連結している方が守りやすい。互いに死角を補い合えるからだ。こういう陣地形式を複合陣地、縦深陣地という。
仮に敵が西の陣営地を包囲しようとしたとする。それには、あの工兵隊の陣地が邪魔になる。陣営地を攻撃中に工兵隊の陣地から背後に野砲や擲弾筒弾を受ければどうしようもないだろう。そうなると攻める側は西の陣営地と工兵隊のそれを包む、より大きな包囲網を作ることを強いられる。包囲する側はより多くの兵力を投入せざるを得なくなるのだ。
しかも工兵隊の陣地の北は川で、この複合陣地を完全包囲することは困難だ。渡河して攻城陣地を作ることは可能だが、国境を越えて陣地を構築するとなれば北の蛮族に対する防御も講じねばならなくなる。さらに大きな兵力を腹背に同時に配置しなけらばならなくなる。
攻撃側が充分な兵力を集められればいいが、もし充分な兵力の集結が困難な場合、なるべく犠牲を出さず、できるだけ早く陣営地を無力化しようとするだろう。その場合、あの野蛮人との戦闘で我々がしたのと同じように周辺の森に火をかけて陣営地ごと煙に巻き、火で炙ろうとするかもしれない。木を切り倒すのはそれを予防するためだ。それに森が無ければ陣地間の連絡も容易く、包囲しようとする敵を視認しやすい」
「少尉。伺ってもいいですか」
「言ってみろ」
「少尉の言う、『敵』とは、なんですか」
少尉は答えなかった。
しばらく森を歩くと樹木の梢の向こうにジローが櫓を組んでいたあの監視哨のてっぺんが見えて来た。少尉はそのてっぺんを見上げながら、呟いた。
「帝国の防衛の根幹を揺るがし、国防をないがしろにする者が、すなわち、わたしの敵だ」
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