【新版】優しい狩人 【『軍神マルスの娘』と呼ばれた女 1】 ~第十三軍団第七旅団第三十八連隊独立偵察大隊第二中隊レオン小隊~

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15 威力偵察作戦終了 戦闘後処理 やっちまった・・・

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 ヒッピーに伴われて河を渡って来たアレックスを出迎え、ヤヨイは敵の拠点のあった村に戻った。青い肌の奴隷は背が高く恐ろしく無口だったし、森の焼け跡のなかに散らばっているかつての同じ民族たちの黒焦げの死体を見ても眉一つ動かさなかった。

 それどころか、テュニカのポケットから干し肉を出してヤヨイにくれた。

「あ、ありがと・・・」

 青い肌の奴隷は白と赤の刺青の、ヤヨイと同じ青い目を向けて黙って頷いた。だが、さすがに焼死体の転がるなかを歩きながら干し肉を食べる気にはならなかった。

 アレックスを連れて村に戻ると、白い煙はあらかた晴れて村の中央の広場に数十人もの野蛮人たちが集められているのを見た。チャンやジョーたちが一つひとつ粗末な幔幕を点検し、隠れている者がいないかを捜索していた。

 広場までの通りの両側には火傷を負って逃げてきて力尽きた敵兵たちの死体が折り重なっていて、それらの中でまだ息のありそうな者には弾を打ち込んでトドメを刺しながら徐々に広場へ近づく少尉の背後に声を掛けた。

「少尉。アレックスを連れてきました」

「おお。ご苦労。アレックス、来い。通訳しろ」

 あまりな光景。

 アレックスが死体の散在する中を足早に少尉に歩み寄ってゆくのを半ばぼうっと傍観していた時だった。

 ほぼ同時に両側の死体の中から、三つの影が飛び出してアレックスと少尉に向かってゆくのを、ヤヨイは見た。

 迂闊だった・・・。

 無意識に身体が動いてしまっていた。

 まず、ヘルメットと銃を放り出してアレックスの右から襲い掛かる影に近づき右足を軸にして強烈な回し蹴りを首に叩き込んで頸椎を折り、即死させた。

 次にアレックスの左から剣を振り上げて来た敵の剣を蹴り飛ばしてその手首を折り、左の手刀でやはり頸椎を折り、即死させた。

 その後に少尉に襲い掛かろうとした、やや左前方の敵の背中に飛びついて押し倒し、首を引き起こして力任せに捻じ曲げ、やはり頸椎を折って即死させた。

 その間、たったの数秒。

 ヤヨイは、まるでつむじ風のように舞い、踊り、あっという間に三人の敵兵を斃した。

 全てが終わって立ち上がり、はっと、我に帰った。

 しまった! やってしまった・・・。

 少尉は、襲ってきた野蛮人ではなく、ヤヨイを見て目を丸くしていた。

「ヤヨイ・・・」

 周囲を見回すと、軍曹も、ジローも、他の兵も皆少尉と同じような目をしてヤヨイを見つめて呆然としていた。

 ジョーと目が合った。彼もまた、同じだった。無意識にヤヨイに向けていた銃を下ろし、呆然自失といった体で立ち尽くしていた。

 その中で唯一。アレックスだけが冷静に、今、その場で起こった出来事を把握していた。テュニカのポケットから再び干し肉を取り出し、

「スパシーボ」

 と言ってくれた。ありがとう、という北の野蛮人の言葉だった。

 受け取った干し肉を手にしてヤヨイが呆然としていると礼を言ってくれ、白と赤の刺青をした青い顔を綻ばせ、白い歯を見せた。アレックスが笑ったのを、ヤヨイは初めて見た。


 


 

 広場に集まって震えていたのは皆女と子供ばかりだった。

 ヤヨイは突入部隊のみんなに肩を抱かれたり抱きしめられたり、頬や唇に雨のようなキスを受けまくったりして、顔を真っ赤にして俯いて、突っ立っていた。

「みんな、第一線で数多くの実戦を経て来た戦士なのだ。だから、単純に強い戦士への憧憬と尊敬とそんな素晴らしい戦士と共にいる感動と感激を表現したかったのだ。強い戦士を抱きしめ、その力を分けてほしかったのだ」

 少尉もまた豊満な胸にヤヨイを掻き抱きながら、皆の心の内をそう解説してくれた。だが、呆然自失と小隊全員に犯されたかのような錯覚からまだ抜け切れず、意識を宙に彷徨わせていたのだった。

「ヤヨイ? ・・・ああ、まだダメか。お前はしばらく、使い物にならんな。ジョー、ヤヨイをそこの小屋の前にでも座らせて休ませてやれ」

 少尉の命を受け、ジョーに肩を抱かれて広場の傍の小屋の前の長椅子に座らされ、やっぱりキスを受けた。

「お前はやはり、マルティウスの化身だったな。ヤヨイ! スゴいぞ。俺はあんな技を初めて見た! ちくしょうっ! スゴい! スゴすぎるぞ、ヤヨイッ!」

 軍曹までもが、さっきキスしたばかりだというのに、またやって来ては、

「ヤヨイ! 頼む。もう一度抱かせてくれ!」

 そう言って華奢なヤヨイの身体をこれでもかというようにきつく抱きしめ、キスしていった。

 女子供は数十名はいただろうか。ハンスが外して持ってきたゴンドラ用のロープの左右に一人づつ手を括り、四、五名の子供はそれぞれ兵に抱き抱えられたりして河を渡ることになった。

 彼女たちはアレックスの通訳でこれから待ち受ける運命を知った。東の宿営地にともに移動した後少尉の尋問を受け、その後は奴隷として帝国の各地に売られてゆく。だが自分の子と引き離すことはしない。だが子が一定の年齢になれば帝国の命令で小学校の教育を受けさせ、それが終われば軍務に着くか労役をする。そこで認められれば奴隷の身分から解放され市民権を持つことができる。自分もかつては奴隷だったが来年は自由民になれる。そう言う意味のことを説明したとアレックスは教えてくれた。

 彼も当初は分隊付きの奴隷だった。途中から少尉がその権利を軍から買い取った。アレックスは少尉付きの奴隷だったのだ。年が明ければ奴隷の身分から解放され、解放奴隷として市民権を得ることが決まっていた。

 帝国はその版図の広大さに比べ人口が少ない。たとえ奴隷の身分でもある年数が過ぎ、主人が認めれば自由民になれるのだ。しかも選挙権までも与えられる。それもまた捕虜にした女たちに説明してやったという。

 アレックスは解放されても少尉の許で暮らしたいという。だから、主人である少尉と自分の命を救ってくれたヤヨイは、恩人だと・・・。

「この小隊にいる間、俺はヤヨイのしもべになる。なんなりと言ってくれ」

 と、アレックスは言った。


 


 

 一晩を攻略用の陣営地で過ごし、翌朝に本来の目的地である東の宿営地に向け出発することになった。

 女たちは子供たちと共に兵たちが木の幹を組んで作った即席の檻に入れられたが、負った傷は手厚く治療され、兵たちと同じ食事も与えられた。

 野蛮人どもの村を後にするとき、少尉は村に火をかけさせた。

「他の部族がまたぞろやってきてここに拠点を作るだろう。その時のやつらの家になるかも知れない施設を残してやる手はないからな」

 川向こうの木々が根こそぎ吹きとばされた、禿山のようになった丘が夕日に染まり、緑深かった森は消え、黒焦げになった焼け跡の向こう、村の残骸が夕日に照らされているのが見遥かせた。

「なぜお前はあのような技を持っているのを隠していたのだ」

 祝宴の準備をする兵たちの上げる派手な歓声を背中に聞きながら、ヤヨイは少尉に誘われ河原縁に立った。擲弾筒の爆音も小銃の銃声も消えた川面は再び静けさを取り戻しせせらぎを聴かせてくれていた。

「すみません。隠していたわけではありません、少尉。ただなんとなく知られるのが怖かったのです。知られると、自分の思いもよらないことをさせられそうで、それで・・・」

 それは、ウソ。

 ヤヨイはその技を買われて「アサシン」となり、レオン小隊にいるのだ。

「どこで、その技を学んだ」

「大学に入る前に、リセで。体育の教師があの技の師範だったのです」

 それは、本当。

 少尉にはその虚実がバレてしまうのだろうか、どうだろうか・・・。

 後は、沈黙・・・。

 バカロレアで昼寝のために受講した文学部の講座。そこで聞いた古典演劇のセリフが、何故か思い出された。あれは、シェークスピア?

「そうだったか・・・」

 と少尉は言った。

「だが、そのおかげでわたしもアレックスも命を拾った。借りが出来たな」

 少尉は笑った。

 めっちゃ、ホッとした。

 でも、それ以上その話を続けたくなかった。だから、話題を変えた。

「少尉。なぜあの女たちは逃げなかったのでしょうか」

 うむ。と少尉は頷いた。

「あの青い肌の野蛮人の民族は完全な男尊女卑の風習を持っている。女は皆、男の持ち物なのだ。逃げたのは皆男が生き残った家の女だ。戦死した男の持ち物だった女も、新たな男の持ち物になるのを受け入れた女は逃げ延びた。

 だが、男が死に、息子にも死なれた女はたとえ逃げ延びたところで住むに家なく、寄る辺もない身になる。戦死した者の財産はその部族の中で再分配されてしまうのでな。だから、右往左往するしかなく、結果、逃げ遅れたというわけなのだ」

 女子供を檻に入れたのは、彼女たちが脱走するのを防ぐためというよりは、彼女たちを守るためだと、少尉は言った。そして捕虜を入れた檻の前にヤヨイを招いた。

「いいか、ヤヨイ。お前はわたしと同じ女だから、お前だけには教えてやる。お前だけの胸に留めておけよ」

 そう前置きしたうえで説明してくれた。

「戦いを終え、鬼になって殺しまくり、惨たらしいものばかりを見たら、誰だって気が狂いそうになる。お前も、昂奮して滅多やたらに撃ちまくっただろう」

 確かに、冷静になった今は身に覚えがある。それに無意識にとはいえ、アレックスや少尉を助けようとしたためとはいえ、ヤヨイは一瞬のうちに3人も殺していた。

「戦場で人を殺すのは正しいし、昂奮する行為だ。またその昂奮を利用して恐ろしい敵に立ち向かわせねばいくさには勝てない。

 だがひとたびいくさが終われば昂奮は覚まさねばならない。兵たちにはまだ、その昂奮があるのだ。恐らく一週間は、消えないだろうな。それに、兵たちも男だからな。昂奮している時に身近に自由になる女がいれば襲いたくもなる。そういう兵たちからあの女たちを守ってやらねばならんのだ」

「可哀そうだから、ですか」

「それは、違う。明日になれば、お前にもわかる」

 怯える女たちの檻を前にして、少尉はそう、呟いた。


 


 

 その晩は大宴会になった。

 職業軍人である少尉と軍曹、それにヒッピーだけはほどほどに。あとのほとんどの徴兵された兵たちは文字通り飲みまくり、食いまくり、酔いまくった。葡萄酒ではなく、アレックス特製のあの強いウォトカは、溜まりに溜まった兵たちのストレスを発散させ、その傷ついた心を癒した。ハンスは頼まれもしないのに大声で歌を歌い続け、ジローは素っ裸で焚火の周りを踊りまくり、ある兵は裸で河に入ってなんと対岸まで何度も往復して泳ぎまくり、ガンジーは酔いつぶれて寝た。

 ヤヨイも、これでもかと飲まされた。

「もう飲めないっ! もう、無理っ! これ以上飲むと死んじゃうっっ!」

「なんのこれしき、軍神マルスはウワバミの子孫だというぞ。お前のお陰で勝ち取った勝利だ。神といえども民から捧げられた美酒は飲み干すのが礼儀だぞ」

「では俺はそのマルスのしもべだ。マルスに代わって飲み干してやろう」

 木の鉢に並々と注がれたウォトカをヤヨイから奪って飲み干してくれたジョーだったが、しかしゴクゴクと喉を鳴らして飲み干すや否や、それで彼もまた、酔いつぶれてぶっ倒れた。

「ジョー!」

 ヤヨイは自分も酔いでフラフラになりながらも彼に駆け寄り、膝の上に彼を抱いた。

「ああ・・・。女神がいる。俺は神の国へ来ちまったんだろうか」

 ヤヨイの膝枕の上で、ろれつの回らない口で、ジョーはそんなことを口走った。

「ヤヨイ。わたしのテントを貸してやる。ジョーを連れて行って寝かせて来い。別にすぐに戻らんでも、構わんぞ」

 兵たちの車座の中にいた少尉がニヤニヤしながらだがそんなことを言ってくれた。きっと野蛮人の村でのことに対する、彼女なりの感謝の気持ちなのだろうと、ありがたく好意を受け取ることにした。心の中で、彼女に礼を言った。

 兵たちも小隊長のそんな計らいに誰も異論を唱えたりはしなかった。異論を唱えたくても半数以上が既に出来上がりすぎていた。

 宴の座から早々に抜け出て河原縁でチビチビと葡萄酒を飲む軍曹とヒッピーにも頭を下げ、ヤヨイはジョーに肩を貸して少尉のテントに連れて行った。

 途中、急に河に向かって駆けだしたジョーを追った。河の畔に蹲り、胃の中の酒を吐き出しているジョーの背中を擦りながら、ヤヨイは礼を言った。

「ありがとう、ジョー・・・」

 途端に、戦闘中は抑え込んでいた気持ちがこみあがった。

「大好きよ、ジョー・・・。大好き・・・」

 気分を落ち着けた彼を少尉のテントに連れてゆき、将校だけに許された簡易ベッドの上に横たえた。

「ヤヨイ。お前はスゴいやつだったんだな・・・。でも、本当に、お前が無事でよかった」

 酔眼を瞬かせながらジョーが笑った。

「ジョーが守ってくれたからよ」

 彼の灰色の目が優しく和んだ。

「キスしてくれ、ヤヨイ」

 ヤヨイは静かに彼に覆い被さって口づけを捧げた。そして彼の上に跨った。

「ジョー、お願い。わたしを愛して。わたしを奪って。ずっと熱くて、堪らなかったの」

 そう、彼の耳に吹き込むと、愛しい男を情熱的に貪り始めた。自分もまたいくさの昂奮から覚めきれていないことを、ヤヨイは知った。


 


 
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