【新版】優しい狩人 【『軍神マルスの娘』と呼ばれた女 1】 ~第十三軍団第七旅団第三十八連隊独立偵察大隊第二中隊レオン小隊~

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14 威力偵察作戦後半戦開始

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 照明弾のランチャーを夜空に向かって高く向け、残る北と西方に打ち上げた。

 バンッ! バンッ! シュルルルル。シュルルルル。

 マグネシウムの爆ぜるパチパチという音がしん、と静まり返った真っ暗な森の上に響き、光がゆっくりと落ちてゆく。その白く眩い小さな陽の下に照らし出された光景は、身の毛もよだつものだった。

 敵は数百人の規模で北と東と西から一斉に丘の上を目指して這い上って来ていた。まるでアリの大軍のように見えた。

「ヤヨイ! 信号弾上げ!」

「Jawhol!」

 ドーン!

 照明弾よりもさらに上空にシュルシュルと飛翔した弾体が丘の真上で三度、ドン、ドン、ドン!と爆発し、大きな火球を作った。

 照明弾に照らし出された敵の総数は約一千余り。月は丁度丘の真上にあり、今しも厚い雲に隠れようとしていた。

「小銃! まだ撃つな。グラナトヴェルファー! 丘の下はまだ狙うな。村と森の中間を狙え。敵の退路を断って、死にもの狂いにさせろ。イヤでもこの丘を目指させるんだ。撃てェっ!」

 一丁の擲弾筒が村の方角に向かって火を噴いた。それは村の手前に落ち、大爆発して周囲の木々を焼いた。上がった炎が周囲を照らし、村から河に向かって、この丘に向かって続々と援軍が集まってきているのを照らし出した。

「こりゃあ、前回よりちと、手こずるかもしれんな」

 少尉は誰に言うともなく、一人、ぼやいた。

 シュルルルルルル、ドカーン! ドカーン!

 信号弾に呼応し、昼間照準を合わせておいた対岸からの迫撃砲が弾着し、北と東と西でそれぞれに炸裂した。

「小隊長!」

 銃を構えたジョーが発砲の許可を求めた。

「100メートルまで引き付けて、近いヤツから順番に、落ち着いて仕留めろ。各自、発砲して良し!」

 ヤヨイも銃を構えて北側の縁に取りつき、眼下を這い上ってくる敵を一発ずつ、眉間を狙って確実に仕留めて行った。撃っては槓桿を引き弾を送り込み、撃った。至近まで引き付けて、しかも打ち下ろしているから、弾は面白いように命中し、その度に敵の兵はギャッと声を上げ、転がり落ちていった。銃を撃つたびに反動で銃床が肩を打ち、肩に食い込む。その痛みと、自分の撃った相手が斃れて行くことに生理的な快感を覚えるのを拒否しきれなかったし、しなかった。そうしなければ、自分が殺される。捕まって、生きたまま皮を剥がれ、首を切られる! そう、念じ続けた。

 生まれて初めての戦争。実戦は都会のただの女子学生だったヤヨイを一瞬で野獣に、恐ろしい殺人鬼に変えた。

 照明弾が一定の間隔を置いて打ち上げられた。

 丘の頂上を目指す最初の一波は撃退した。

「報告!」

「12!」

「9」

「14」

「3」

 倒した敵兵の数だ。数だけなのは、誰も負傷していないことを指すのだろう。ヤヨイも、

「3!」

 と、声を上げた。

「まだ来るぞ。今度は石弓が飛んでくる。火矢が来るぞ。射手を見極めて優先的に撃て。今のうちに各自予備の弾薬を確保しておけ。ハンス! 弾薬の備蓄は?」

「まだ千発ほどあります!」

「念のため、あと一箱補充しておけ! ・・・意外に、展開が早いな」

 少尉が言い終わるのが早いか、火の玉が飛んできて穴の中に落ちた。少尉の予想通り火矢を放たれたのだった。ガンジーがすぐに雑布を手に飛び掛かって火を消した。

 石弓とは、巨大なボウガンだ。弓の有効射程距離はせいぜい40から50メートル。しかも打ち上げれば放物線の頂点になるので飛行速度は落ち、物理的な打撃力は小さい。しかし石弓は二人がかりで矢を装填する強力なものだから100~120メートルは有効に当たる。やはり打ち上げだから直接の打撃力は小さいが、火矢は火薬に引火すると厄介なので注意が必要だった。

 火矢は数本飛んできた。そのうちの二三本が消火に当たるガンジーのテュニカを焦がした。たちまちジョーとジローの二人の名射手が応戦し、石弓の攻撃はすぐに沈黙した。

 0330

 日の出まであと、1時間。

 敵兵の数はさらに勢いを増し、総兵力は当初見積もった二三千という数よりもさらに上回るかもしれない様相を帯びて来た。

 対岸の陣地からは間断なく迫撃砲弾が送られてきていたが、いかんせん、月明りだけのために弾着を制御できず、固定した一点のみを撃つしかない。それを迂回して進撃されると効果が期待できなくなっていた。

「少尉、敵は何故矢を射かけて来ないんでしょう」

「矢を射るには身体を起こさねばな。起こすと撃たれる。それに、矢というものは打ち上げても効果はない。それよりも一人でもここまで這い登って踊りこんでしまうほうがいいと思っているのだ。だがしょせん銃がなければ、銃には勝てん」

「数、ですか・・・」

「これは、自力で持ちこたえるしかないなあ・・・」

 少尉は言い、初めて自身で銃を構え、ハンスとガンジーにグラナトヴェルファーを専任させ、攻撃を続けた。

 ヤヨイは今夜もう何発目かになる照明弾を揚げると少尉の横に着き、銃を構えた。

「どうだ、ヤヨイ。血が騒がんか、んん? 」

 少尉はヤヨイを顧みてニヤ、と笑った。修羅場になればなるほど冷静になり、静かな昂奮を覚える。少尉という人はそういう人種なのだろう。立て続けに4、5人の敵兵を屠り、弾を装填して槓桿をジャキーンと引き、

「みんな、頑張れ! あと1時間で日の出だ。それまで、何としても持ちこたえるんだ!」

「おうっ!」

 皆の顔を見回し、士気の高さを確認する余裕も見せた。少尉はヤヨイを「軍神マルス」と持ち上げたが、彼女自身が軍神の化身だと思った。

 下から上がってくる人数が更に数を増した。

「ジョー! 北側面、グラナトヴェルファー水平射撃! 接地信管! ハンス、ガンジー、東西は手りゅう弾を用意! 出来次第、攻撃せよ! 死力を尽くせっ!」

「Jawhol!(了解)」

 もはや敵を引き付ける段階は過ぎた。敵は退路を脅かされ、当初のこちらの目論見通りに怒り狂い、何が何でも南への渡河を強行するつもりのように見受けられた。そのためにはこの丘の上の前哨陣地がどうにも邪魔だ。全兵力をこの小さな丘に振り向けたとしか思えないような重圧を感じた。

 通常は仰角を最大にあげ、放物線軌道で敵の頭上に爆裂弾をお見舞いする擲弾筒だが、ジョーはそれを直接水平射撃で眼下の目標に打ち下ろした。弾頭の切り替え摘みを操作すると炸裂装薬の一部を尾部からガスとして噴き出させる噴進弾になる。旧文明の軍隊では「バズーカ砲」と呼ばれていたものらしい。

「グラナトヴェルファー射撃するぞ! 後ろに立つな!」

 ジョーがタコツボの縁に砲身をやや下向きに横たえ、それを眼下に向けて発射した。

 ズバシューン!

 砲尾からガスが噴出し背後にいる者は衝撃で吹きとばされ、大火傷する。皆地面に伏せ、排気を避けた。

 横で弾着観測していたヤヨイの目に、強大な火力をまともに受けた敵兵が四五名まとめて串刺しになり、その下から這い上ってきている何人かを巻き添えにしながら激しく爆裂して四肢を四散させ丘の下に転がり落ち、そこに集まっていた敵兵を根こそぎ薙ぎ倒していったのを見た。続いて第二弾、第三弾で北側側面の敵はあらかた片付き、攻撃を小銃に切り替えた。本来放物線軌道で弾体を射出する擲弾筒を水平射撃にした場合の威力を、初めて間近で見た。失禁しそうなほどに戦慄した。それはヤヨイの生理的な快感をこれでもかと刺激した。ゾクゾクするような身震いするほどの、快楽。

 東と西では手りゅう弾が炸裂し、敵兵の身体が面白いように夜空に吹っ飛んだ。これもそれぞれ4~5発程度でなんとか撃退に成功した。

 さらに、次の波が襲って来ようとした時、やっと東の空が白んで、最初の曙光がヤヨイの目を射た。

 待ちに待った、朝が来た。小さな前哨陣地は、なんとか作戦通り、一晩を持ちこたえたのだ。

 対岸の擲弾筒が攻撃目標を変えて丘の東側の河岸沿いを爆撃し始めた時、

「これで、なんとか、終わるな・・・」

 少尉が小さく呟くのをヤヨイは聞いた。


 


 

 丘を這い上ってくる敵はもう、いなかった。自分たちが丘に拘っているうちに、正面の川沿いの森に帝国の本隊が上陸してくるのを知り、急遽それを迎え撃つべく布陣を変えたからだ。

 だが、手遅れだった。

 今まで丘を死守するために咆哮していた前哨陣地の擲弾筒は南岸からのそれと呼応して森の中に充満する敵の頭上に夥しく放たれ、炸裂した。そしてそれらの援護を受けて第一の全部と第三の半数の兵が渡河し、前哨陣地東側の北岸に渡河を終えた。

「ハンス、ガンジー! お前たちは陣地に残ってグラナトヴェルファーを用い、本隊を援護しろ。ジョー、ジロー、ヤヨイ! 丘を下りるぞ。ついてこいっ!」

 一晩籠城した前哨陣地のタコツボを出て、少尉と第二分隊の三人は丘を下り、下った。そこここに敵兵の死体が折り重なるようにして散乱していた。首無し。首だけ。腕無しや腕だけが土から生えているヤツ。まだ呻き声をあげる敵には丹念に弾を打ち込んでトドメを刺しながら。敵兵は皆手に諸刃の短い剣(グラディウス)を持ち、ある者は手斧を携えていた。朝の光に照らされた彼らの肌は青白さを通り過ぎて薄紫色に浮かび上がり、さながら死神の寝所であるかのようにひっそりとしていた。

 軍曹が予想した通り、昨日からの南風がさらに強くなって北に向かって吹いていた。

「チャン! 全員無事に渡河したか! 」

 曙光を背にした軍曹の黒い影を認めるや、少尉は破顔した。

「全員無事です! 」

「では、予定通り森に火を放てっ!」

「Jawhol!(ヤーボール、了解)」

 二人の兵が小樽を小脇に抱え手押しポンプを使って河沿いの森の際に揮発性の液体を撒いていった。辺りに揮発性の鼻をつく臭いが漂った。帝国の南の地方で採れる甘いイモから作るアルコールはもっぱら消毒用として、兵の外傷治療のために用いられているものだったが、それを兵器として使用する例をヤヨイは初めて見た。

 散布が終わるとともに火が放たれた。揮発性の液体は瞬時に発火してさながら火炎竜のようにアルコールを散布した痕を走り、折からの強い南風を受けて森を焼いていった。たちまちに濛々たる白い煙があがり兵たちの視界を奪ったが、丘の上と川向こうの陣地の大口径の迫撃砲が煙の向こうの森の終わる地点をめがけて連続して攻撃を加えた。森の中に充満していた敵兵は、こうして背後から襲い来る火と、逃げ込もうと思っていた村の手前で炸裂する迫撃砲弾の爆発とに挟撃され、逃げ場を失った。連続する爆発音に遮られて聞こえなかったが、煙に巻かれ背後から火に追われ連続爆発に行く手を遮られては、敵の多くは叫び声をあげながら大混乱に陥っているだろうと思われた。たった20名の小隊が、百倍近い敵を、森林火災という自然の援軍を使ってまでして撃退していた。いや、それはもう撃退ではなく、殲滅、虐殺に近かった。

「森の中はさぞ『アルゲリヒャーシュライ(阿鼻叫喚)』、だろうな・・・」

 今はあまり使われなくなった、古い言葉が少尉の口から洩れるのが聞こえた。

「錯乱した敵が逃げ場を求めて破れかぶれで飛び出してくるぞ! 小隊、気を抜くな。銃を構えて待機!」

 火が森の三分の一ほどを焼き尽くすと擲弾筒の攻撃を止め、少尉は突撃部隊を森だった場所の中央に集めた。河に張ったロープを使って二人がかりでシーソーのように押す式のポンプが運ばれてきて設置され、二人の兵が身体に巻き付けて来た綿のホースが延ばされ、森の中に放水が始まった。途端に水蒸気が上がりそれもまた南風に吹かれてまだ燃え盛る森の奥に流れて行った。森の中央には背の低い雑草しかない、貨車一台が楽に通れるほどの道が開けていた。恐らくは敵が切り拓いた道だったのだろう。村から森の中のこの道を通り、ここから河に出て対岸に渡ろうとしていたものと思われた。だが皮肉にもそれは敵である我が帝国軍の襲来を援ける道になってしまった。

 道の左右はまだ若干の火が燻ぶっていて輻射熱が大きかったが、比較的大木が少なく雑木ばかりの森はあっという間に燃え上がって落ちた。水が撒かれた中央部分の道を通ってまず少尉と第二分隊が進んだ。ブーツの底がまだ熱い。左右には逃げ場を失って煙に巻かれて倒れたのだろう、黒焦げになった敵兵の死体が無数に転がっていた。

「ヤヨイ。丘とここでどのくらいの戦果が上がったと思うか」

 少尉は銃を構え慎重に歩みを進めながらヤヨイに質した。

「・・・すみません。よく、わかりません」

「丘の周辺で500、この森で、ざっと300といったところだ。当初予定した三分の一の戦力はまず、奪ったとみていいだろうな。予想では森のほうが多いと思っていたが、今年の敵は去年のよりも、いささかホネがあったな」

 少尉は冷静に戦果を確認し、敵情を分析していた。

 濛々たる煙をまるで露払いのようにしながら、ついに森の終わる地点に来た。少尉はそこで止まり、煙に包まれた先の村があるであろう方向に耳を澄ませた。

「聞こえるか? 女子供の叫び声だ。敵は混乱している。こういう時は無暗に突っ込まず、静観することだ。混乱している敵は混乱するに任せるのが最上の策だ」

 と、少尉は言った。

「チャン! 2名を率いて右翼へ。ジョーは同じく左翼へ展開しろ。村を半包囲して煙が晴れるのを待て。北に逃げようとするやつらは深追いせず、逃がせ。向かってくる者だけを、確実に殺せ。・・・ヤヨイ、」

「はい」

「わたしとしたことが忘れていたが、河に引き返して対岸の野営地に信号を送れ」

 と、少尉は言った。

「なんと送りますか」

「『アレックスを連れて来い』と」
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