【新版】優しい狩人 【『軍神マルスの娘』と呼ばれた女 1】 ~第十三軍団第七旅団第三十八連隊独立偵察大隊第二中隊レオン小隊~

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12 威力偵察作戦開始!

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「これでお前はわたしと姉妹になった。同時に、わたしの娘になった。わたしを信じろ、ヤヨイ。わたしについてこい、ヤヨイ!」

 


 

 0400。

 まだ暗い中を起床した。顔の火照りがどうしようもないくらいに熱いままだった。

 いつものオートミールの鍋の食事の他にアレックス達奴隷が獲って来た鳥や鹿の肉を焼いて食べた。朝食にこうした獣の肉を食べるのは元々は青い肌の野蛮人の風習らしい。それがこの小隊の伝統になっているようだった。

「みんな、たくさん食って精を付けておけ。今日明日はパンだけで凌がねばならんからな」

 骨付きの肉に喰らいつきながら、葡萄酒の小樽を抱えて各分隊の鍋を回りながら、少尉は皆の士気を鼓舞していった。その大きな背中と逞しい太腿をみていると、作戦を前にして怖気て来る気持ちが薄れ、次第に闘志が湧いてきた。

「ヤヨイ。調子はどうだ。飲め」

 少尉がやってきてヤヨイの木の杯に赤い葡萄酒(ワイン)を注いだ。朝からこんなに酒を飲むのも初めてだった。

「これ以上飲むと酔ってしまいそうです」

「心配するな。酔いは気合に変わる。ジョー、ハンス、お前たちも飲め!」

 朝食後、全員でテントを畳み、荷車に積んだ。それが終わると全員で宿営地の中を清掃し、ヘルメットも着けた完全武装を整えて南の正門前に整列した。

 少尉のキビキビした大声が響き渡った。

「小隊、気を付けっ! 皇帝陛下に対し、敬礼っ!」

「Ave CAESAR!(敬愛なる皇帝陛下!)」

「Ave CAESAR!」

 小隊は三度唱和した。皆少尉の顔に注目した。

「では出発する。小隊! 第一分隊から、前へ!」

 0530。

 小隊は隊列を作って宿営地を出た。第一分隊、第二分隊と奴隷たちの引く貨車、そして第三分隊の順。宿営地のある台地を降りると南にまっすぐ伸びる道と東西にまっすぐ伸びる軍用道路の交差点にさしかかる。

 小隊は東に向かった。

 この道を途中小休止をして8時間ほど歩けば次の陣地である宿営地に着く。

 先頭はレオン・ニシダ少尉。そして、ヤヨイ。最後尾の第三分隊のさらに最後尾にチャン軍曹がいる。朝日が前方真っすぐ東から登りはじめ、ちょうど日の出に向かって行軍している小隊の皆の顔を照らした。どの顔もキラキラと輝き力が漲っている。光の加減か、そんなふうにヤヨイには見えた。

「ヤヨイ。お前の母はヤーパンの血統だそうだな」

「はい。そのように、聞きました」

「もう、貴族か」

「はい。多分」

「誉だな。そのような母を持つとは、羨ましい」

 昨夜の少尉との戯れ、そして今朝の葡萄酒がまだ効いていたが、それが次第に汗と共に流れ、沸々と沸きあがるものに変わりつつあった。全身闘志の塊のような少尉のそばに付き従って歩いているから、なおさらだった。

「ニシダという姓は珍しいだろう。わたしも母はドイツ系だが、父がヤーパン系らしい。ちょうどお前と反対だ。もしかすると、わたしとお前の先祖は遠い昔に繋がっていたかもしれんな」

 少尉も高揚しているのか、そんな雑談をしてきた。

 それにしても彼女は流石だ。人心収攬の術に長けている。少尉といると誰もが少尉に好感を持ち、力を与えられ、心服せざるを得なくなる。最前線に彼女のような指揮官がいるというだけで、一個大隊ほどの戦力になるのではないだろうかというような気がしてくる。

「お前といると本当の妹のような、娘のような気がしてきたぞ。ああ、そうだった。昨夜もう、お前はわたしの娘になったのだったな」

 また、顔が火照った。第一分隊の者に聞かれたろう。後ろを振り返ると、二三の顔にニヤニヤ笑いが浮かんでいた。カーッと顔が熱くなった。

「アーッハッハッハ」

 少尉が大きな口を開けて笑うと、すぐ後ろからも笑い声が上がった。ヤヨイは多くの笑い声に包まれて、もうこれ以上赤くなれないというほどに、紅潮を極めた。笑い声は朝の鳥たちの声と共に軍用道路の両脇の森の中に消えていった。


 

 0900。

「小隊、止まれ! 小休止」

 予定より早めに転進地点に到達した。

「ヒッピー、2名を率いて先行しろ。河原に出たら合図しろ」

「Jawhol(了解)!」

 後方からヒッピーの声が響き、彼と2人の兵の影が左手の森の中に入ってゆくのが見えた。

 兵や奴隷たちが道端に座って水筒の水を飲んでいると遠くから呼び笛が聞こえた。

「ヤヨイ。応じてやれ」

 ヤヨイは胸のポケットから呼び笛を取り出し「了解」の意味の吹き方で応じた。

「よし! 第一分隊、偽装(カムフラージュ)を排除し、先行! 小隊、前進! 」

 チャン軍曹を除いた4名の兵が早足に森に入ってゆく。すると道の脇の一画の枝が取り払われ、貨車が通れるだけの入り口が開いた。小隊はその隠されていた道に入って行った。

 四半時もしないうちに目の前に視界が開けた。目の前は広い河原。その向こうはやや川幅を狭くした河。河原の向こうから対岸までは200メートルはあるだろうか。パトロールした地点よりも上流のせいか流れがやや急になっていた。

 手前の河原にはすでに河と平行に防護柵が組まれていた。所々破損していたがまだ十分に使用に耐える。その柵の手前で小隊と荷車は止まった。

 0940。

「直ちに野営地構築に移る。チャン、第一分隊を指揮し、散開させて見張りに立て。第二第三は全員で構築にあたれ。終了後昼食を摂り前哨陣地構築を行う。かかれっ!」

 少尉の命令一下、小隊は休む間もなく行動に移った。

 予定地にある大きな石を撤去する者。荷車からテントを下ろし設営する者。工具を下ろして防護柵の破損個所を修復する者。皆、細かい命令を受けることもなく、慣れたように動き出した。少尉や軍曹の言葉は本当だったのだ。この小隊はもう何度も越境しての威力偵察を行ってきたのだということがそんな兵たちの行動を見てもわかった。

「ヤヨイ。来い」

 少尉は防護柵を通り抜けて囂々と流れる河の畔に立った。そして鬱蒼とした緑の対岸を見遥かした。

「あの正面よりやや西側に見える小高い丘がわかるか」

「はい」

「あの丘の上に前哨陣地を築く。今夕までに構築を終え、わたしとお前と第二分隊が一晩、あの丘の上の前哨陣地で夜を明かす。・・・怖いか」

「・・・はい」

「正直だな。怖くて当然だ。対岸は奴らの土地だ。あの森の中には恐らくすでに敵の監視兵がいる。こちらの到着に気づいて警戒しているはずだ。もしかするともう拠点へ増援を要請しているかもしれん。あんな小さな丘の上に籠城する我々など、数を頼んで一気に殲滅しようとしてくるだろう」

「では、すぐに総攻撃の準備を・・・」

「いいや。まだだ。仮に今奴らが増援を乞うてもそれが到着するのはたぶん今夜真夜中から明日の朝になる。

 戦闘ではまず敵の出鼻をくじいて敵の戦力の、損害を無視できないほど大きな部分を一挙に無力化する。そう、三分の一無力化すれば残りの三分の二の勢力は自ずと崩壊する。

 だから一斉攻撃をかけるのは増援部隊があの森の中に充満した時だ。過去の事例からの推測だが恐らく、千、ぐらいにはなるだろうな」

「1000対6名、ですか・・・」

「前哨陣地は総攻撃まで持ちこたえ、総攻撃を援護する。言わば前哨陣地は、エサだ。この作戦でもっとも危険な任務になる」

 少尉は腕組みして気力を充填しているかのように口を引き結んだ。

「最小の労力で、最大の効果を得る。いくさに限らん。事業を行う上での鉄則だ。よく覚えておけ」

 レオン小隊は奴隷まで入れてもたった20名。それが、前衛だけで1000名。一個連隊に相当する敵に勝てるのか。50倍の敵を相手にして。いくら武器で優越していると言っても、これは、無謀ではないのか。

 それなのに、全ての準備を終えてしまうと小隊の面々はいつものように硬いパンと配られたヤギの乳で昼食を済ませ、めいめい雑談したり武具のチェックをしたりして悠々としていた。

 ヤヨイは早々にヘルメットを被り、携帯する実弾の確認をした。ふいに肩を叩かれた。

「緊張してるな」

 ジョーは灰色の瞳を和ませてヤヨイを見つめた。

「大丈夫だ。絶対にお前を死なせない。そう約束した。約束は、必ず守る。俺を信じろ。少尉を信じろ」

 ヤヨイはジョーの手を握り、無言で頷いた。


 


 

 そして、時は来た。


 


 

「チャン! 第一、第三分隊! 援護、始めっ!」

 少尉の号令が響いた。

「第三分隊! グラナトヴェルファー(擲弾筒)、時限信管5秒にセット。打ち方、始めっ!」

 ブシュ、ブシュッ! ・・・。ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 腹にこたえる発射音を吐き出し三丁の擲弾筒が吼え、空気を切り裂くシュルシュルという音に続いて対岸の丘の上空で盛大に爆発するのが見え、やや遅れて巨大な破裂音の衝撃波が届いた。

 戦端は、開かれた。

 数分間、グラナトヴェルファーの咆哮が続いた後、少尉は叫んだ。

「ジョー、ジロー! 今だ。渡河開始せよ!」

「Jawhol!(了解)」

 銃を頭の上に掲げ、第二分隊の2人が河に足を踏み入れた。続いて第一分隊が2人のやや上流側に4名並びジョーたちと並んで川に入っていった。

 それに呼応して擲弾筒の炸裂が少しずつ遅れてきた。丘の上空ではなく、弾着と同時に炸裂するように時限信管の発火を遅延させたのだ。これで丘周辺の森の中の敵はダメージを避けての撤退を迫られる。加えてジョーたちに合わせて川に入った第一分隊の4名が敵の弓の射程ギリギリで止まり、腰の下まで河の水に浸かりながら森の中に探索射撃を始めた。ジョーたちを援護し、森の中に潜んでいる敵を牽制するためだ。

 そうしてジョーとジローの二人が対岸に取りついた。

「第三分隊! ロープ射出!」

 もう一丁のグラナトヴェルファーが発射された。それは弾体に細紐を結んでいた。シュルシュルと放物線を描き、丘の中腹に見事命中した。すぐにジョーとジローがそれに取りつく。援護射撃と擲弾筒の攻撃が一層激しさを増した。

 この時点ではまだ、敵の反撃はなかった。

「ほう。無暗に打ち返して来んな。敵も少しはホネのある奴らをそろえたと見える」

 ヤヨイの横で少尉がニヤリと笑った。

 もしかすると、対岸の森には敵はいないのではないか。

 我々の迫力に恐れをなして、全員奥地に逃げてしまったのではないのか。我々はただいたずらに誰もいない森の木々の枝や小動物たちに弾を打ち込んでいるだけではないのか。

 そんな希望的な想像をしてしまうほど、対岸は沈黙していた。

「ヤヨイ。敵が逃げてしまったなどと思うなよ。奴らは必ずいる。そう思って、気を抜かぬことだ」

 いったい少尉は人の心が読めるのだろうか。少しゾッとした。怖気る心を鼓舞した。

 対岸の2人が一生懸命細紐を手繰り寄せる。その紐の先は太いロープになっていた。渡河を支援する第三分隊が木箱から繰り出すロープはみるみる川面を這って対岸に渡ってゆく。ロープの先が対岸に行き着くと、ジョーが手にした小型のランチャーで岩にハーケンを打ち込んだ。ロープがそれに結わえられると、ジョーは手を挙げて合図した。第三の兵がピンとロープを張り、背後の大木の幹に結わえ付けられる。

「よし、行くぞ! ハンス、ガンジー、ヤヨイ、ついてこいっ!」

 少尉に続き、第二の3名がロープにつかまり河を渡る。

 先頭を行く少尉は水に濡らさぬよう片手で銃を揚げ、ロープを掴んでドンドン進む。ヤヨイはそれに遅れまいと冷たい水を蹴って身体を進める。背に機材を入れた木箱を背負ったガンジーとハンスが続く。

 と、ロープを伝う4人が河の中ほどに達した時、少尉のすぐ傍の水が跳ねた。

 石弓による、敵の最初の反撃だった。

 やはり、少尉の推測は正しかった。敵はこの河を渡河し南に、我が帝国領へ進出しようと拠点に集結していたのだ。

「怯むなっ! 対岸に着くまで気を抜くなっ! 岸はすぐそこだぞっ! 意地でも取りつけっ!」

 第三分隊の援護射撃はより一層激しさを増す。石弓が放たれた辺りに砲火が集中し、放物軌道を低くしたグラナトヴェルファーが数発炸裂してその破片は対岸で待つジョーの近くまで飛んだ。その効果か、反撃は間もなく沈黙した。

 少尉が対岸に上陸し、続けて残りの三名もみな岸に上がった。少尉は陣営地に向かって手を振った。それを合図に河の中で援護していた第一分隊は射撃をやめて元の岸に引き上げ、グラナトヴェルファーの目標が切り替わった。大型擲弾筒は直接丘の頂上を爆撃し始めた。

「さすがはピッピーだ。いい腕だな」

「でも、丘の上には敵はいませんよ」

 ヤヨイはヘルメットの庇を上げて言った。

「そうだ。敵はいない。ヒッピーは我々のためにタコツボを掘ってくれているのだ。上に行けばわかる」

 そうしている間に2本目のロープが撃ち込まれ、ジローがそれに取りつき、上半身をびしょびしょにして手繰り寄せ始めた。丘の東西にそれぞれジョーとガンジーが付き、丘を回り込んでくる敵を警戒する。ジローがロープをある程度巻き終わると、

「少尉!」

 と叫んだ。少尉は陣営地に向かって再び手を振った。擲弾筒の攻撃が一時、止んだ。

「よし、お前たち! 死ぬ気で登れ。上に着くまで気を抜くな。ついてこいっ!」

 少尉はまたも先頭に立って姿勢を低くし、丘を登り始めた。ヤヨイもまた少尉の大きなヒップを追って坂を上った。ヤヨイたちが丘を登り始めると擲弾筒の目標が丘の東西に変わった。次々に、しかもスレスレに弾着し破裂する擲弾筒弾に半ば耳をおかしくしながら、ひたすらに丘を登った。坂はグラナトヴェルファーにほじくり返されてかなりの荒れ地になっていた。土があちこちで飛び出しては窪み、砂地にブーツが埋まった。

 ガーンッ! 

 突然強烈な衝撃を受けて一瞬だが目の前が真っ白になってその場に転倒した。

 すぐにダーンッ、と銃声がして、

「ヤヨイッ! 大丈夫かッ」

 ジョーの声がした。

 目を開けると迷彩を施した少尉の顔があった。

「しっかりしろ。石弓がヘルメットに当たっただけだ。惰性だから問題ない」

 頬をペチペチ叩かれ、意識が戻って来たのを知った。軽い脳震盪だったのだろう。

「ヤヨイ、スマン。敵は倒した。ガンバレ。あと少しだ!」

 ジョーの声を聞いて、また這い上がる気力が湧いた。

「ガンバレ! あと少しで頂上だ。全員! 気力を振り絞れっ!」

 少尉の声が、肝に響いた。

 目の前の少尉の身体がフッといなくなった。そこを目掛けて身体を這いあげた。すると自分ももんどりうって転がり落ちた。落ちたところに、少尉がいた。

「な、言っただろう。ヒッピーは穴掘りの名人なんだ」

 そう言って彼女は笑った。

 次々にジョー、ガンジー、ハンス、ジロー、が穴に落ちてきて、第二の全員が無事丘の頂上に辿り着いた。

「損害報告!」

「損害ありません。全員、無事です!」

「発光信号!」

 ハンスが木箱からランチャーをを取り出して信号弾を装填し、空に向けて一発撃った。

 プシューッ!

 白雲を引いて信号弾が空を駆け上り、上空で炸裂した。

 途端にあれだけ鳴り喚いていた擲弾筒の攻撃が止み、銃声が消えた。

 レオン小隊の威力偵察作戦は、第二分隊による前哨陣地への到着を持ってその第一段階を成功裏に終えた。
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