ぼくのともだち 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 番外編 その1】 北の野蛮人の息子、帝都に立つ

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最終回 エピローグ 「ぼくの名前は、ミハイルです!」

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 あれから10年近い時が流れた。


 


 

 つい、先日。

 あの渓流で一緒にお城を作り、一緒にタオのピアノを聴いた、おませで可愛いリタとクララが相次いで結婚したという知らせを奥様からの手紙で知った。

 ああ、あの子たちもいつの間にかそんな歳になっていたんだなあ、と急に懐かしい気持ちになった。

 クララの母でリタの姉であるコニー、コンスタンツェは、その後二度目の結婚にも失敗してしまい、三度目にようやく落ち着いて今に至っている。

「もうこれ以上は許しませんよ! 出戻ってきても家に入れませんからね!」

 奥様ももう相当なお歳になられたと思うが、未だに心配をさせられどおしの次女のお陰でおちおち歳も取ってられないわ。手紙でそうグチっていらしたのには笑ってしまった。

 ビッテンフェルト男爵は中将で陸軍を退役し、今は帝都を離れた農場で晴耕雨読、悠々自適の日々を送っておられるらしい。時折思い出したように農場で採れるオレンジを送ってくれる。

「良いのが出来たので送る。元気でやっておるか、ミハイル」

 箱にはいつもキアイの籠った手紙が添えられていて、ぼくは家族と共に美味しいオレンジを食べつつ、かくしゃくとした男爵を想像して頬を緩ませている。


 

 タオの音楽会で初めて会った皇帝陛下がお亡くなりになってだいぶ経つ。帝国の年号も新しくなり、今の陛下は「共和政の衣を纏った実質的な帝政」になってから八代目の皇帝になる。

 でも、ヤン閣下ではない。

 閣下は、思うところおありになったのか、御父上の崩御に伴って元老院議員も辞職し、軍籍からも身を引いて予備役となり、今は内閣府のすぐ近くのバカロレアで政治学の教鞭を執っていらっしゃる。

 そして、元老院の証言のために「個人授業」をしてくれたぼくの女神、マーサさんは、ヤン閣下の引退と同時になんと士官学校に入り、今は卒業して統合参謀本部に大尉として勤務し、貴族議員として元老院議員にもなっている。

 里に帰ってから、ぼくは年に数回ほど元老院での報告のために帝都に赴くことになったのだが、彼女とはその度に会っている。

 何年かぶりで再会を果たした時、カーキ色の軍服に身を包んだマーサさんは、金髪を靡かせた美しさにますます磨きがかかっていた。そしてぼくを見上げてこう言ったものだ。

「大きくなったわねー。ますますお父さんに似て来たわよ」と。

 きっと彼女は帝国初の女帝、「カイゼリン」になるに違いない。今からぼくは密かに予想しているのだが、果たしてどうなるだろうか。


 

 そしてぼくは、というと。


 

 一緒に来た10人の仲間のうちで一番最初にリセに入学したぼくだったのだが、みんなより一足早く、卒業を待たずして帰郷せねばならなくなってしまったのだ。

 ヤン閣下が予想した通り、ぼくのシビル族は周辺の北の諸部族から「裏切り者」扱いされ、ぼくがリセに学び始めたころからそうした諸部族との小競り合いが増えていた。

 あの元老院で批准された同盟の通り、ぼくの村の隣に帝国軍の前進基地が置かれ、帝国軍との協同作戦でその都度敵の襲撃を撃退してきていたのだが、その小さくない、しかも幾度にもわたる武力衝突の中で、尊敬し頼りにしていた一つ上の兄、ボリスが戦死したのだ。

 兄はまだ、肌も青く染めていなかった。ぼくが16、ボリスはまだ17になったばかりの年だった。

 父は帝都にいたぼくを呼び戻した。父もまた同じ戦闘で傷つき、もはや戦場で指揮を執ることが困難な身体になっていたのだ。

 悲しみに浸ってばかりも居られなかった。父を援けねば!

 そうしてぼくは北のシビルの里に帰って来た。今は族長補佐ともいうべき立場にいて、父を援けながら、やがて次々と戻って来たヨーゼフやゲオルギーやドミートリーたち、第一次の留学生たちと共に作物の品種改良に精をだし、帝国軍の軍事教練に汗をかき、子供たちに帝国語を教える日々の中にいる。


 


 

 四年前、ぼくは妻を娶った。

 名前をコンスタンツェという、父も母もドイツ系の、生粋の帝国女だ。

 あのビッテンフェルト家のコニーと同じ名を持つ彼女と出会ったのは、彼女がぼくの村に隣接する「第13軍団第38連隊所属独立第7中隊」の一小隊長として赴任してきてからだ。ぼくは里に戻って3年目の18歳。コンスタンツェは士官学校を卒業したばかりの20歳。ぼくよりふたつ年上の、「姉さん女房」というヤツである。

 赴任のあいさつでぼくの村に来た彼女が、

「第二小隊のコンスタンツェ・シュターデン少尉です!」

 と名乗ったとき、ぼくはビッテンフェルト家のバツ2のコニーを思い出し、失礼にもフッと鼻で笑ってしまったのだ。

「何がおかしいのよ」

 気が強くて男勝りなのはマーサさんに似ていて、おっぱいとお尻がデカいのは名前が同じなせいなのかなんとなくビッテンフェルト家のコニーを思い出させた。くすんだ金髪を肩までの短さに切っていて、向こう気の強そうな目と、ツンとした鼻が印象的な女の子だった。


 

 思えばそれが、馴れ初めというヤツになる。


 

 リセに入る前に男爵から教わったように、ぼくもある程度のケイケンはしていた。だから彼女のそんな向こう気の強さをヨユーで揶揄いつつも、ぼくらは徐々にお互いの距離を詰めていった。

 ぼくの村と帝国との同盟締結時から恒例となっていた、前進基地とシビル族の現況報告のために、コンスタンツェと度々帝都行きを共にする間に、いつの間にか「シュターデン少尉」が「コンスタンツェさん」になり、やがて「コニー」になって、男と女の関係になるのに半年かからなかった、と思う。

「ねえ、ミーシャ。あんたと結婚するのには条件があるわ」

 結婚の直前、コニーとの愛の確認行為の後に、彼女はこんなことを言った。

「どんな?」

「いくさに出て10人の敵を倒しても肌を青く染めないこと」

「・・・それだけ?」

「たくさん産んであげるから、奥さんはあたしだけにすること。ウワキ厳禁!」

「うん。・・・他には?」

「いくさに出ても、絶対に、死なないこと」

「・・・うん。約束するよ」

「最後にもう一つ」

「まだあるの?」

 やがて妻となる帝国女の、グラマーで柔らかくてまだ汗ばんでいる素肌の感触を愉しみつつ、ぼくは尋ねた。

 ぼくのヨメは、甘いキスとともに、こう言った。

「あたしより先に死んじゃダメ。あたしのほうが、2つ年上なんだから。わかった?  ミーシャ・・・」

 そんな風にして、ぼくは「いつもはツンツンしてるくせにぼくと二人きりになると急にデレデレしてくる可愛い」ニョーボというものを貰った。かつてのリタやクララのような可愛い子供も生まれ、家族が増え、今に至っている。


 


 


 

 この昔話も、そろそろ終わりに近づいた。

 そもそも。

 こんな長い昔話を始めたのは、つい先日帝都で久しぶりにぼくの大親友のタオに会ったからだ。


 

 元老院で、ぼくの妻となったコニーの後任として前進基地にやって来た新任の少尉と共に報告を済ませた後、立ち寄ったスブッラの街角で、偶然にも、そして幸運にも、

「第7回ナイエス・ローム交響楽団定期演奏会」のポスターを見た。

 ナイエス・ローム。

「新しきローマ」というのは、ぼくがまだリセにいたころに変った、帝国と帝都の名前だ。

 実はこの「国号変更問題」に絡んで帝国全土だけでなくまわりの国も震え上がらせた大事件があったんだけど、ぼくもタオもなんとか巻き込まれずに済んだ。

 で、この事件の解決に、またまたタオのお母さん、「マルスの娘」が活躍したんだけど、そのことはまた別の機会に。

 大事件が解決し、国名と都の名が新しくなったことを記念して帝都に交響楽団が設立されたんだけど、その首席ピアニストにタオが就任したことは手紙で知っていた。あの少年の日の約束通り、ぼくたちは今も手紙のやり取りを続けていて、お互いの近況を知らせ合っていた。

 ただ、タオは、帝都にいるのが年にふた月もない。帝国中を、時には遠く東のノールの首都や、帝国の保護国となって久しい西のドンの首都ピングーまで演奏旅行に出かけることもある。

 それに、ぼくはぼくで、年に3回か4回の元老院出張の時しか北の里の村を出られない。ぼくが不在中に周辺の部族たちの来襲があるのは避けたかったからだ。


 

 だから、そのポスターを見かけたときには、もしや神々の贈りものか、とさえ思ったほどだ。

 一緒に来た独立第7中隊の少尉と別れた後、ぼくは、スブッラと官庁街を隔てるフォルム街の一角を改装した公会堂へ出かけて行った。

 夜のしじまを破り、重厚なオーケストラの響きが石だらけの官庁街の壁に反響し、恐らくはタオのだろう、華麗なピアノの調べが、星の瞬きとともに帝都の夜空から舞い落ちて来ていた。

 公会堂の周りにいたキップ屋からチケットを買い、公会堂に入った。

 そこは屋根のない元老院の議場のような「すり鉢をタテに半分に切ったような」ところで、すり鉢の底のほうに舞台があり、そこにオーケストラがズラリと並んでいて、そのど真ん中に黒光りのする机のような、あの少年の日に皇宮で見たのと同じピアノが置いてあった。

 ピアノに向かって一心不乱に美しい音を奏でていたのは、黒い髪の東洋人の風貌を持った凛々しい青年。でもそれは紛れもなく、少年の日に共に小学校に通った良き友、タオの面影を残した姿だった。

「あははは。やってるなあ、タオ・・・」

 すり鉢の上らへんに立っていたぼくは、ふりむいた目の前のオーディエンスから、

「シィーッ!」

 と、叱られた。彼の熱烈なファンらしいその女性には、大変申し訳なかったと思う。

 彼が、タオが手が小さいのを嘆いていたのも、今ではもう懐かしい笑い話だ。彼は、まるで鬼神のようにピアノと一体になっていた。音楽の神ミューズのしもべ、というよりも、ミューズそのものが、そこにいた。

 その名前のわからない華麗なピアノ協奏曲が今夜のプログラム最後の曲だったらしく、鳴りやまない盛大な拍手の中一度舞台袖に引き上げたタオは、アンコールの求めに応じて再び現れた。再び盛大な拍手が帝都の、ナイエス・ロームの都の夜空に沸き起こり、広がった。

 アンコール曲はもちろん、あのラフマニノフだった。それならぼくにも名前がわかる。

 《10の前奏曲 作品23》第4番ニ長調、アンダンテ・カンタービレ。

 タオが名付けた「ふるさとの夕陽」だ。

 ぼくの心は瞬時に時空を飛び越え、あの少年の日の帝都の夏を感じていた。


 


 


 


 


 


 

 夏休みも半ばに差し掛かった7月の終わり、ぼくがリセ入学準備のため予習に忙殺されていた日の朝のことだ。


 

 ぼくがお世話になっていたビッテンフェルト家に朝の挨拶もそこそこに、息せき切ったタオが駆けこんで来た。

「ミーシャ! ちょっと来てくれる? おね・・・、お母さんが帰って来たんだよ!」

 ぼくの心は、とたんに高鳴った。

 タオの母。あの噂に高い、帝国軍人に与えられる最高の栄誉「アイゼネス・クロイツ」受章の女性将校。いつもタオから話だけは聞いていて、是非いつか会ってみたいものだと胸をときめかせていた、その女の人に会える!

「わかった、行こう!」

 ぼくとタオはライヒェンバッハ家に急いだ。

 ぼくたちがその瀟洒な貴族の屋敷に着いた時、彼女はアトリウムにいた。草花にじょうろで水遣りしているカーキ色の軍服の後姿。その華々しい武功と軍歴から想像していたのよりははるかに華奢な、その時まだ11歳だったぼくほどしかない小さな背丈と美しいブルネット。

「おねえちゃん! 前に話した、ともだちを連れて来たよ!」

 タオは自分のお母さんを未だに「おねえちゃん」と呼んでいた。

「お早うございます。初めまして」

 ぼくの声に振り向いた碧眼の美しさは、それから10年経った今でも鮮明に覚えている。ぼくは、言った。

「ぼくは、ミハイルです!

 ぼくは、タオのともだちです!」



 


 



 


 



 

                      了
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