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第六話 ぼくの許嫁(いいなずけ)? その5 湯津爪櫛
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仲居さんたちが部屋まで運んでくれた夕食は「超ゴーカ! 」の一語に尽きた。
いちいちメニューはあげないけどまさに「山海の珍味尽くし」~!!!
しかも!
夕ご飯の支度をしなくていい!
テーブルの配膳も、お代わりの給仕もしなくていい!
もちろん、食後の後片付けは言わずもがな、であるっ!
それどころか、
「タケル、たくさん食べるのよ! 」
「タケル、マグロよりアジとかのほうが好きだったよね! 」
チヒロさんもワカバも、いささかウザいほどになにくれとなくチヤホヤしてくれるのだ。
こんなの、何年振りかだ。
ありがたいんだけど、少し気味が悪いくらい。
で、おじさんも意外なほどにお酒のピッチが上がり超上機嫌で、
「キンシャサの街ってのはねえ・・・」
とか、
「ダバオって日本人にフレンドリーな街なんだよ! 」
とか、
「バンドゥーンって街は、ぼくの子どものころの日本に似ててねえ・・・」
とか、ぼくがイミフ、サッパリな話題ばっかり口にすると思ったら、くたっ、と前に折れ曲がって、
「ぐう・・・」
寝てしまった。
そのあと、なんやかんやで夕食はお開きになり、仲居さんたちが来てお膳が片づけられて布団が延べられ・・・。
ぼくはワカバのご一家と襖一枚隔てた隣の部屋に延べられた布団に寝ることになったみたいだ。
「じゃ、おやすみ、タケル」
意味深な視線を落としてワカバが襖を閉めた。
真っ暗。
目が慣れると、障子の外の明るさがすうっと浮かび上がってくる。
だめだ。
目が冴え切って、全然眠れない。
枕元に行灯があった。手を伸ばして灯りをつけ、さらに布団からからだを伸ばして旅行バッグの中のあのボロボロの絵本を取り出した。
スサノオとの結婚が決まっちゃうと、クシナダヒメはすぐにスサノオの神通力? かなんかでヘンシ~ンしちゃって、細かい歯が多く爪形をした竹製の櫛 (湯津爪櫛)に変えられちゃうんだよね。
櫛になったクシナダヒメはそのままスサノオの髪に挿しこまれて、ヤマタノオロチ退治に向かうことになった!
足名椎(あしなづち)・手名椎(てなづち)、クシナダ姫の父ちゃん母ちゃんに、スサノオは言った。
「あなたたちは、何度も繰り返して醸した強い酒を造り、また垣を作って廻らし、その垣に八つの門を作り、門ごとに八つの桟敷を作り、其の桟敷ごとに酒槽さかふねを置いて、槽ごとにその強い酒を満たして待ってなさい」
クシナダ姫の父ちゃん母ちゃんは言われたとおり、準備した。
すると!
あの八俣のおろちが、本当にやって来た!
おろちはすぐに、酒槽ごとにそれぞれの頭を垂らし入れて、その酒を飲んだ。そして酒を飲んで酔い、酔いつぶれて寝てしまった。
くしになったクシナダ姫を髪に差したスサノオは、十拳剣(とつかつるぎ)を抜いて酔いつぶれて正体不明になったおろちをずたずたに斬り裂く!
すると!
そのおろちの尾っぽを切った時に、トツカの剣の刃が欠けた。
あら? 剣の先で刺し裂いて見てみると、なんと都牟刈(つむがり)の大刀が出てきた。
なんじゃ、こりゃ?
実に不思議な物だな。
まてよ。これ差し上げたら姉君のお怒りも解けるかも、だな。
そこは狡からいスサノオ!
姉君の天照(アマテラス)大御神にツムガリの剣を献上した。
これが、草薙(くさなぎ)の大刀なのだ。
その後。
ヤマタノオロチ退治に成功したスサノオは、クシナダヒメを元のカワイイ姫の姿に戻してあげた。姫と共に住む場所を探して、須賀の地に宮殿を建てましたとさ。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を
愛するクシナダを得て愛の巣である宮殿も建ててゼッコーチョオー! な記念に、スサノオはそんな歌を詠んだらしい。
そうして、愛するクシナダ姫とともに、なかよく末永く暮らしましたとさ。
ちゃんちゃん!
「くしになってダンナさんと一緒に怪獣退治なんて、ステキだな・・・」
ん?
それ誰が言ったんだっけ?
ワカバ?
いや、ちがう。こんなの幼児の言葉じゃない。
あれは・・・。
あーっ、ダメだ! 余計眠れんくなっちゃった。
行燈を消し、静かにすー、と襖を開いた。ぐごー! がごー! おじさんのイビキがかなりキョーレツ。
そおーっと足音を忍び、ぼくはワカバ一家の寝てる部屋をパスして廊下に出た。
旅館のエントランスホールは少し寒かった。
ま、もう一回ひとっ風呂浸かればいいか。
浴衣の襟を寄せ、丹前の袂を引き寄せて腕組みを包み、ワカバと気のないピンポンをしたゲーセンコーナーの前を通った。
ちょっとだけ、卓球台を眺めた。非常口の灯りに照らされたそれは、ちょっとよそよそしい感じがした。
その先はフロントがある玄関。その手前に、日本庭園に面したラウンジがあってソファーがいくつか並んでいた。もちろん、誰もいない。
そのソファーの一つに腰かけ、珍しい古い木の格子の、少し曇りがちのガラス越しに、庭園の石灯籠に灯る明かりをぼんやりと眺めた。
なんだかわからない、モヤモヤがずっと続いていた。
おじさんも、ワカバも、なんか、どっか、おかしい。
「こんばんは・・・」
警備の人だろうか。旅館の法被をひっかけてはいるけど懐中電灯を下げた男の人がすたすた通りがかった。
「ども・・・」
というカンジにアタマだけ下げておいた。なにしろ、こんな立派な旅館にお泊りなんて、初めてである。夜中にラウンジにいる。さして珍しくはないだろうな、とは思うけれど。
もう一度庭の石灯籠に目をやったとき。
「あは。見つけた! 」
聴きなれた、そんな可愛らしい声のする方を振り向いた。
お風呂に入って夕食が終わってだいぶ経つから「湯上り」ってほどじゃないけど、チヒロさんの長い髪を解いた姿に初めて気づいた。
いや、夕食の時も目の前にいたのに、気付かなかった。
それほどに、今日一日の「なんだかわからない」感がずっとぼくを覆っていたのかもしれない。今、ワカバたちご一家と離れてやっとひとりになって、やっと、いつものぼくに帰って来て、ハッと気づいた。ぼくの3人の「史上最凶」の姉たちにはない、大人のおんなの「かほり」ってやつに。
泣く子も黙るぼくの姉たちが、唯一アタマが上がらない大人の女性。
それが、チヒロさんなのだ。
「お父さんのイビキ、久しぶりだったから、眠れなかったの。あんたが起きて出て行ったから、探しに来たのよ。話したいことがあったから。ここ、いい? 」
もちろん、ぼくに「否」という文字はない。
ふぁさっ、というカンジで、チヒロさんの大人のおんなの「かほり」が漂って来た。
「ごめんね、タケル。今日一日ずっとヘンな気持ちだったでしょ」
「え、何言ってんスか! 久しぶりに家事からカイホーされて充分楽しませてもらったっす! 露天風呂も夕食も、サイコーだったっス!」
チヒロさんは口に指を当てて、しぃーっ、をした。つい、コーフンしてしまったみたいだ。ぼくは慌てて口を閉じた。
「ううん。カオに書いてあったもん。何年あんたの幼馴染のウルサイおかーさんやってると思ってるの? 」
穏やかに笑う顔が庭からのぼんやりとした灯りに浮かんだ。
「おとうさんのこと、ゴメンナサイね。あのヒト、昔っからああなの。言葉足らず、ってか、カンジンのコト、言えないヒトなの。プロポーズの時だって、最初何が言いたいのかサッパリわかんなかったぐらいだったもの」
あれあれ。そんなことまで、ぼくなんかに?
そう思っていると、静かな笑いを収め、浴衣の裾を直したチヒロさんはぼくに向き直り、こう言った。
「まっすぐに言うわね。あのね、今回の旅行は、おとうさんのたっての願いだったの。どうしてもあんたに言わなきゃ、って」
「・・・ぼくに、ですか」
「あのね、おとうさんが言おうとしてたのはね、一人娘のワカバとあんたが将来結婚してくれないか、ってコトだったの。それがおとうさんの一番の望みなのよ」
アッサリ言われて、おじさんとワカバのいつにない不自然なタイドの、これが理由だったのだな、というコトはなんとなく理解はできた。
しかし同時に、これほどリアクションに困る言葉もないな、と。
だって・・・。
ぼくの顔には「困惑」の二文字が出ていたのだろうな。
「まあ、フツーはビックリするわよね。
あんたたちはまだ高校生。仮にもし将来そうなるにしても、これから大学に、そして仕事を得てからのことよね。それまでの間に、あんたはきっといろんな経験をすると思う。そして、人は変わるもの。そのころには、ワカバも今とは違う思いを持っているかもしれない。
だから、これは単なる親のエゴ。おとうさんと、わたしのね」
耳を澄ませば、庭園の外れにある露天に流れ込む源泉の湯音も、その向こうの眼下を流れる夜の渓流の水音も聞こえてきそうなほどだったろう。
でも、ぼくのムネはバクバクし過ぎてて、とても潺(せせらぎ)に聴き入るようなヨユーはなかった。
「だから、今は聞いておくだけにしておいて。それを意識する必要も、縛られる必要も、あんたにはないわ。こんなコト言った後で、無責任かもしれないけれどね」
も、黙ってるしかない。それしか、ぼくにはできなかった。
「でね、なんでおとうさんが今、そんな重たいことあんたに言いたかったか、だけどね。
もちろんそれは、ワカバの気持ちがわかってたから、というのが一つ。
年中家を空けて地球の裏側に行ったっきりみたいなひとだけど、一人娘の行く先を思う気持ちは、たぶん、わたしよりずっと強いの。
あんたたちがはだかんぼでビニールプールで遊んでたころからずっと、あの子にはあんたしか見えていないわ。
口には出さないけど、これでも母親だし、見てりゃわかるもの。あんな運動オンチの娘が、誰に言われることもなく剣道はじめたのはね、あんたを守りたかったから、だからなのよ」
「ええっ?! 」
腰が抜けるかと思った。
「ホントウよ。
だって、小学校で野球を始めるまで、あんたしょっちゅう近所の子に泣かされてたの、覚えてない? そのたびに、ワカバはいじめっ子からあんたを守ってたのよ」
まじか! ウソだろ? 全然覚えてない・・・。
「それまでは、ワカバのほうがカラダが大きかったからね。で、あんたが野球始めてだんだん大きくなってワカバを追い越しても、剣道はやめなかった。ヘタクソなのにね。器量も十人並みだし、アタマも大したことないけど、あの子には、そういう芯があるのよ。親バカかもしれないけどね。いつか必ず役に立つ、って。
だから、家の都合とはいえ、中学であんたが野球をやめちゃったときはずいぶん落ち込んだし、今年の夏あんたが野球部の助っ人を買って出た時は滅茶苦茶に張り切ってたの。苦手な料理も始めちゃってね。あんたにお弁当作ってやりたかったのね。本人は一切何も言わなかったけどね。
もう、ワカバはあんたの奥さんのつもりでいる。これだけは、確かね」
なんとなく、わかってはいた。
でも、改めて、しかもワカバの実の母親から言われるのは、重い・・・。
「おとうさんはね、そんな娘の気持ちを、知ってたの。それに、この機会を逃すと、またいつ言えるかどうか、わかんなかったんじゃないかな・・・。
でね、理由の二つ目なんだけど」
顔を上げた。
チヒロさんは、ひと姉やふた姉を叱ったり、みつ姉に手を挙げたりしたときの怖い顔じゃなくて、ひとりの女のひとの顔になってた。
なんというか、こう、「恋する女」的な。
それは、3人の姉たちの中ではひと姉の、初めてできたカレシに恋していた時の顔に、似ていた。
「それはね、おとうさんの、ある意味で、贖罪? みたいなものかもしれない」
「しょくざい? ですか・・・」
「そう」
その後に聞いたチヒロさんの言葉がもたらしたものは、その前のワカバの気持ちを聞いた時のとは比べ物にならないほど、ぼくを驚かせた。
まだ高校生だからそれを的確に表現できないんだけれど、さらにパワーアップした女の色気というか、情念の深さを、まるでオーラみたいにカラダ中から発しながら、チヒロさんは、言った。
「おとうさんはね、あんたのおとうさんに、イサムさんに悪いことをしたと思ってるの。今でもね」
「は? おじさんが、ぼくの、父に、ですか?・・・」
「わたしね、おとうさんと知り合う前、とっても好きだった人がいたの。
ヤマトイサム。
とっても好きだった。わたし、あんたのおとうさん、イサムさんが大好きだったの。死ぬほどね」
次の朝は気持ちよく晴れ上がった。
おじさんの二日酔いは重症で、温泉地からの帰りはチヒロさんが運転した。
おかげでおじさんは助手席でシートを倒し、ぼくはワカバと並んで後ろのシートに座る羽目になった。
おじさんがうーうー唸ってる代わりに、チヒロさんは饒舌だった。話題は主にぼくとワカバの小さいころの話。あんなことがあったね、こんなことがあったね。あんたたち覚えてる? そんなカンジ。
前夜、深夜のチヒロさんの告白が重すぎて、朝食も満足に喉を通らなかったぼくは、それでも気を遣って、
「え、そうでしたっけ? えへ! 」
とか、
「マジすか! いや忘れてたなあ、なあ、ワカバ! 」
とか、極力テンションキープに努めた。
で、問題のヤツはといえば。
まるでクルマに酔ったみたいにして、だけど顔を思いっきり真っ赤にして終始うつむいてた。
「どうした? 熱でもあんのか? 」
ふいにヤツのオデコに手を当てたりすると、
「ないっ! 熱なんか、ないって! 」
ビクッ! と体を震わせ、ムキになってた。
そういうところが、なんとも言えず、かわいいと思った。それは、初めての感情だった、と思う。
「ちょっと、寄り道してく? 」
と、チヒロさんが言った。
そこは神社だった。
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小さいころは地元のお祭りの度に近くの神社にはお参りしたし、その前は、ひと姉か誰かに連れられて参詣したような気もするけれど、こんなに立派な本格的なのはそれが初めてだったかもしれない。
うんうん唸ってるおじさんはクルマに残し、チヒロさんとぼくとワカバで参道を歩き本殿で二礼二拍手一礼。
「なに、お願いしたの? 」
ドラマとかだとこうした神社お参り恒例のセリフ。でも、そういうのは全くなかった。
それまで饒舌だったチヒロさんも、ワカバも、そしてぼくも。
黙ったままお祈りし、お賽銭を投げた。
でも、その後。
こんなのを見つけた。
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ぼくは、それを授かり、お収めした。
「これ」
それだけ言って、ワカバに渡した。そのときのヤツの、おどろいた顔!
そんなぼくたちを、チヒロさんは、穏やかな笑顔で、見守ってた。
ぼくだけ、家の前で降ろされた。
おじさんは明日の朝早い便で任地に戻るから今夜は空港近くのホテルに前泊なんだという。
わざわざ助手席を降りたおじさんは、ぼくの手をギュウッと握りしめ、二日酔いのちょっとサケ臭い、まだ赤い目で、言った。
「タケル君! ・・・ありがとう」
ぼくはただ、黙ってアタマを下げた。
後ろのシートのワカバの顔は見てない。ヤツは、ぼくがあげたお守りの湯津爪櫛(ゆつつまぐし)を握りしめ、ずっと俯いたままだったからだ。
そうして、チヒロさんの運転するクルマを見送り、玄関の格子戸を潜った。
一晩空けた我が家の惨状は容易に想像がつく。
だが、それよりもなによりも。
ぼくにはひと姉とふた姉に是非とも、どーしても問いたださねばならない、とても重要な案件があった。
「ただいま! 」
ぼくは、丹田に力を籠め、声を張り上げた。
第六話 ぼくの許嫁? 終わり
相模國総社 六所神社 〒259-0111 神奈川県中郡大磯町国府本郷935
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https://rokusho.jp/index.php/omamori-2/
刀剣ワールド 草薙剣
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爾かれ、速須佐之男命はやすさのをのみこと、乃すなはち湯津爪櫛ゆつつまぐしに其の童女をとめを取り成して、御みづらに刺さして、其の足名椎あしなづち・手名椎てなづちの神に告のりたまはく、「汝等いましたち、八塩折やしほをりの酒を釀かみ、且また垣を作り廻もとほし、其の垣に八つの門かどを作り、門毎ごとに八つのさずきを結ひ、其のさずき毎に酒船を置きて、船毎に其の八塩折の酒を盛りて待ちてよ」とのりたまひき。故かれ、告りたまへる隨ままにして、如此かく設まけ備へて待つ時に、其かの八俣やまたのをろち、信まことに言ひしが如ごと来つ。乃ち船毎に己おのもおのも頭かしらを垂入たれて、其の酒を飮みき。是ここに飮み醉ゑひて留まり伏し寝たり。爾すなはち速須佐之男命、其の御佩はかせる十拳剣とつかつるぎを抜きて、其の蛇をろちを切り散はふりたまひしかば、肥の河血に変なりて流れき。故、其の中の尾を切りたまふ時、御刀みはかしの刃毀かけき。怪しと思ほして、御刀の前さき以て刺し割きて見そなはししかば、都牟刈つむがりの大刀たち在り。故、此の大刀を取らして、異あやしき物と思ほして、天照大御神に白まをし上げたまひき。是こは草那芸くさなぎの大刀なり。
古事記・現代語訳と注釈~日本神話、神社、古代史、古語
湯津爪櫛となったクシナダヒメ、さずき、八塩折之酒
https://kojiki.ys-ray.com/1_7_4_kusanagi_1.html
いちいちメニューはあげないけどまさに「山海の珍味尽くし」~!!!
しかも!
夕ご飯の支度をしなくていい!
テーブルの配膳も、お代わりの給仕もしなくていい!
もちろん、食後の後片付けは言わずもがな、であるっ!
それどころか、
「タケル、たくさん食べるのよ! 」
「タケル、マグロよりアジとかのほうが好きだったよね! 」
チヒロさんもワカバも、いささかウザいほどになにくれとなくチヤホヤしてくれるのだ。
こんなの、何年振りかだ。
ありがたいんだけど、少し気味が悪いくらい。
で、おじさんも意外なほどにお酒のピッチが上がり超上機嫌で、
「キンシャサの街ってのはねえ・・・」
とか、
「ダバオって日本人にフレンドリーな街なんだよ! 」
とか、
「バンドゥーンって街は、ぼくの子どものころの日本に似ててねえ・・・」
とか、ぼくがイミフ、サッパリな話題ばっかり口にすると思ったら、くたっ、と前に折れ曲がって、
「ぐう・・・」
寝てしまった。
そのあと、なんやかんやで夕食はお開きになり、仲居さんたちが来てお膳が片づけられて布団が延べられ・・・。
ぼくはワカバのご一家と襖一枚隔てた隣の部屋に延べられた布団に寝ることになったみたいだ。
「じゃ、おやすみ、タケル」
意味深な視線を落としてワカバが襖を閉めた。
真っ暗。
目が慣れると、障子の外の明るさがすうっと浮かび上がってくる。
だめだ。
目が冴え切って、全然眠れない。
枕元に行灯があった。手を伸ばして灯りをつけ、さらに布団からからだを伸ばして旅行バッグの中のあのボロボロの絵本を取り出した。
スサノオとの結婚が決まっちゃうと、クシナダヒメはすぐにスサノオの神通力? かなんかでヘンシ~ンしちゃって、細かい歯が多く爪形をした竹製の櫛 (湯津爪櫛)に変えられちゃうんだよね。
櫛になったクシナダヒメはそのままスサノオの髪に挿しこまれて、ヤマタノオロチ退治に向かうことになった!
足名椎(あしなづち)・手名椎(てなづち)、クシナダ姫の父ちゃん母ちゃんに、スサノオは言った。
「あなたたちは、何度も繰り返して醸した強い酒を造り、また垣を作って廻らし、その垣に八つの門を作り、門ごとに八つの桟敷を作り、其の桟敷ごとに酒槽さかふねを置いて、槽ごとにその強い酒を満たして待ってなさい」
クシナダ姫の父ちゃん母ちゃんは言われたとおり、準備した。
すると!
あの八俣のおろちが、本当にやって来た!
おろちはすぐに、酒槽ごとにそれぞれの頭を垂らし入れて、その酒を飲んだ。そして酒を飲んで酔い、酔いつぶれて寝てしまった。
くしになったクシナダ姫を髪に差したスサノオは、十拳剣(とつかつるぎ)を抜いて酔いつぶれて正体不明になったおろちをずたずたに斬り裂く!
すると!
そのおろちの尾っぽを切った時に、トツカの剣の刃が欠けた。
あら? 剣の先で刺し裂いて見てみると、なんと都牟刈(つむがり)の大刀が出てきた。
なんじゃ、こりゃ?
実に不思議な物だな。
まてよ。これ差し上げたら姉君のお怒りも解けるかも、だな。
そこは狡からいスサノオ!
姉君の天照(アマテラス)大御神にツムガリの剣を献上した。
これが、草薙(くさなぎ)の大刀なのだ。
その後。
ヤマタノオロチ退治に成功したスサノオは、クシナダヒメを元のカワイイ姫の姿に戻してあげた。姫と共に住む場所を探して、須賀の地に宮殿を建てましたとさ。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を
愛するクシナダを得て愛の巣である宮殿も建ててゼッコーチョオー! な記念に、スサノオはそんな歌を詠んだらしい。
そうして、愛するクシナダ姫とともに、なかよく末永く暮らしましたとさ。
ちゃんちゃん!
「くしになってダンナさんと一緒に怪獣退治なんて、ステキだな・・・」
ん?
それ誰が言ったんだっけ?
ワカバ?
いや、ちがう。こんなの幼児の言葉じゃない。
あれは・・・。
あーっ、ダメだ! 余計眠れんくなっちゃった。
行燈を消し、静かにすー、と襖を開いた。ぐごー! がごー! おじさんのイビキがかなりキョーレツ。
そおーっと足音を忍び、ぼくはワカバ一家の寝てる部屋をパスして廊下に出た。
旅館のエントランスホールは少し寒かった。
ま、もう一回ひとっ風呂浸かればいいか。
浴衣の襟を寄せ、丹前の袂を引き寄せて腕組みを包み、ワカバと気のないピンポンをしたゲーセンコーナーの前を通った。
ちょっとだけ、卓球台を眺めた。非常口の灯りに照らされたそれは、ちょっとよそよそしい感じがした。
その先はフロントがある玄関。その手前に、日本庭園に面したラウンジがあってソファーがいくつか並んでいた。もちろん、誰もいない。
そのソファーの一つに腰かけ、珍しい古い木の格子の、少し曇りがちのガラス越しに、庭園の石灯籠に灯る明かりをぼんやりと眺めた。
なんだかわからない、モヤモヤがずっと続いていた。
おじさんも、ワカバも、なんか、どっか、おかしい。
「こんばんは・・・」
警備の人だろうか。旅館の法被をひっかけてはいるけど懐中電灯を下げた男の人がすたすた通りがかった。
「ども・・・」
というカンジにアタマだけ下げておいた。なにしろ、こんな立派な旅館にお泊りなんて、初めてである。夜中にラウンジにいる。さして珍しくはないだろうな、とは思うけれど。
もう一度庭の石灯籠に目をやったとき。
「あは。見つけた! 」
聴きなれた、そんな可愛らしい声のする方を振り向いた。
お風呂に入って夕食が終わってだいぶ経つから「湯上り」ってほどじゃないけど、チヒロさんの長い髪を解いた姿に初めて気づいた。
いや、夕食の時も目の前にいたのに、気付かなかった。
それほどに、今日一日の「なんだかわからない」感がずっとぼくを覆っていたのかもしれない。今、ワカバたちご一家と離れてやっとひとりになって、やっと、いつものぼくに帰って来て、ハッと気づいた。ぼくの3人の「史上最凶」の姉たちにはない、大人のおんなの「かほり」ってやつに。
泣く子も黙るぼくの姉たちが、唯一アタマが上がらない大人の女性。
それが、チヒロさんなのだ。
「お父さんのイビキ、久しぶりだったから、眠れなかったの。あんたが起きて出て行ったから、探しに来たのよ。話したいことがあったから。ここ、いい? 」
もちろん、ぼくに「否」という文字はない。
ふぁさっ、というカンジで、チヒロさんの大人のおんなの「かほり」が漂って来た。
「ごめんね、タケル。今日一日ずっとヘンな気持ちだったでしょ」
「え、何言ってんスか! 久しぶりに家事からカイホーされて充分楽しませてもらったっす! 露天風呂も夕食も、サイコーだったっス!」
チヒロさんは口に指を当てて、しぃーっ、をした。つい、コーフンしてしまったみたいだ。ぼくは慌てて口を閉じた。
「ううん。カオに書いてあったもん。何年あんたの幼馴染のウルサイおかーさんやってると思ってるの? 」
穏やかに笑う顔が庭からのぼんやりとした灯りに浮かんだ。
「おとうさんのこと、ゴメンナサイね。あのヒト、昔っからああなの。言葉足らず、ってか、カンジンのコト、言えないヒトなの。プロポーズの時だって、最初何が言いたいのかサッパリわかんなかったぐらいだったもの」
あれあれ。そんなことまで、ぼくなんかに?
そう思っていると、静かな笑いを収め、浴衣の裾を直したチヒロさんはぼくに向き直り、こう言った。
「まっすぐに言うわね。あのね、今回の旅行は、おとうさんのたっての願いだったの。どうしてもあんたに言わなきゃ、って」
「・・・ぼくに、ですか」
「あのね、おとうさんが言おうとしてたのはね、一人娘のワカバとあんたが将来結婚してくれないか、ってコトだったの。それがおとうさんの一番の望みなのよ」
アッサリ言われて、おじさんとワカバのいつにない不自然なタイドの、これが理由だったのだな、というコトはなんとなく理解はできた。
しかし同時に、これほどリアクションに困る言葉もないな、と。
だって・・・。
ぼくの顔には「困惑」の二文字が出ていたのだろうな。
「まあ、フツーはビックリするわよね。
あんたたちはまだ高校生。仮にもし将来そうなるにしても、これから大学に、そして仕事を得てからのことよね。それまでの間に、あんたはきっといろんな経験をすると思う。そして、人は変わるもの。そのころには、ワカバも今とは違う思いを持っているかもしれない。
だから、これは単なる親のエゴ。おとうさんと、わたしのね」
耳を澄ませば、庭園の外れにある露天に流れ込む源泉の湯音も、その向こうの眼下を流れる夜の渓流の水音も聞こえてきそうなほどだったろう。
でも、ぼくのムネはバクバクし過ぎてて、とても潺(せせらぎ)に聴き入るようなヨユーはなかった。
「だから、今は聞いておくだけにしておいて。それを意識する必要も、縛られる必要も、あんたにはないわ。こんなコト言った後で、無責任かもしれないけれどね」
も、黙ってるしかない。それしか、ぼくにはできなかった。
「でね、なんでおとうさんが今、そんな重たいことあんたに言いたかったか、だけどね。
もちろんそれは、ワカバの気持ちがわかってたから、というのが一つ。
年中家を空けて地球の裏側に行ったっきりみたいなひとだけど、一人娘の行く先を思う気持ちは、たぶん、わたしよりずっと強いの。
あんたたちがはだかんぼでビニールプールで遊んでたころからずっと、あの子にはあんたしか見えていないわ。
口には出さないけど、これでも母親だし、見てりゃわかるもの。あんな運動オンチの娘が、誰に言われることもなく剣道はじめたのはね、あんたを守りたかったから、だからなのよ」
「ええっ?! 」
腰が抜けるかと思った。
「ホントウよ。
だって、小学校で野球を始めるまで、あんたしょっちゅう近所の子に泣かされてたの、覚えてない? そのたびに、ワカバはいじめっ子からあんたを守ってたのよ」
まじか! ウソだろ? 全然覚えてない・・・。
「それまでは、ワカバのほうがカラダが大きかったからね。で、あんたが野球始めてだんだん大きくなってワカバを追い越しても、剣道はやめなかった。ヘタクソなのにね。器量も十人並みだし、アタマも大したことないけど、あの子には、そういう芯があるのよ。親バカかもしれないけどね。いつか必ず役に立つ、って。
だから、家の都合とはいえ、中学であんたが野球をやめちゃったときはずいぶん落ち込んだし、今年の夏あんたが野球部の助っ人を買って出た時は滅茶苦茶に張り切ってたの。苦手な料理も始めちゃってね。あんたにお弁当作ってやりたかったのね。本人は一切何も言わなかったけどね。
もう、ワカバはあんたの奥さんのつもりでいる。これだけは、確かね」
なんとなく、わかってはいた。
でも、改めて、しかもワカバの実の母親から言われるのは、重い・・・。
「おとうさんはね、そんな娘の気持ちを、知ってたの。それに、この機会を逃すと、またいつ言えるかどうか、わかんなかったんじゃないかな・・・。
でね、理由の二つ目なんだけど」
顔を上げた。
チヒロさんは、ひと姉やふた姉を叱ったり、みつ姉に手を挙げたりしたときの怖い顔じゃなくて、ひとりの女のひとの顔になってた。
なんというか、こう、「恋する女」的な。
それは、3人の姉たちの中ではひと姉の、初めてできたカレシに恋していた時の顔に、似ていた。
「それはね、おとうさんの、ある意味で、贖罪? みたいなものかもしれない」
「しょくざい? ですか・・・」
「そう」
その後に聞いたチヒロさんの言葉がもたらしたものは、その前のワカバの気持ちを聞いた時のとは比べ物にならないほど、ぼくを驚かせた。
まだ高校生だからそれを的確に表現できないんだけれど、さらにパワーアップした女の色気というか、情念の深さを、まるでオーラみたいにカラダ中から発しながら、チヒロさんは、言った。
「おとうさんはね、あんたのおとうさんに、イサムさんに悪いことをしたと思ってるの。今でもね」
「は? おじさんが、ぼくの、父に、ですか?・・・」
「わたしね、おとうさんと知り合う前、とっても好きだった人がいたの。
ヤマトイサム。
とっても好きだった。わたし、あんたのおとうさん、イサムさんが大好きだったの。死ぬほどね」
次の朝は気持ちよく晴れ上がった。
おじさんの二日酔いは重症で、温泉地からの帰りはチヒロさんが運転した。
おかげでおじさんは助手席でシートを倒し、ぼくはワカバと並んで後ろのシートに座る羽目になった。
おじさんがうーうー唸ってる代わりに、チヒロさんは饒舌だった。話題は主にぼくとワカバの小さいころの話。あんなことがあったね、こんなことがあったね。あんたたち覚えてる? そんなカンジ。
前夜、深夜のチヒロさんの告白が重すぎて、朝食も満足に喉を通らなかったぼくは、それでも気を遣って、
「え、そうでしたっけ? えへ! 」
とか、
「マジすか! いや忘れてたなあ、なあ、ワカバ! 」
とか、極力テンションキープに努めた。
で、問題のヤツはといえば。
まるでクルマに酔ったみたいにして、だけど顔を思いっきり真っ赤にして終始うつむいてた。
「どうした? 熱でもあんのか? 」
ふいにヤツのオデコに手を当てたりすると、
「ないっ! 熱なんか、ないって! 」
ビクッ! と体を震わせ、ムキになってた。
そういうところが、なんとも言えず、かわいいと思った。それは、初めての感情だった、と思う。
「ちょっと、寄り道してく? 」
と、チヒロさんが言った。
そこは神社だった。
[556120651/1725159269.jpg]
小さいころは地元のお祭りの度に近くの神社にはお参りしたし、その前は、ひと姉か誰かに連れられて参詣したような気もするけれど、こんなに立派な本格的なのはそれが初めてだったかもしれない。
うんうん唸ってるおじさんはクルマに残し、チヒロさんとぼくとワカバで参道を歩き本殿で二礼二拍手一礼。
「なに、お願いしたの? 」
ドラマとかだとこうした神社お参り恒例のセリフ。でも、そういうのは全くなかった。
それまで饒舌だったチヒロさんも、ワカバも、そしてぼくも。
黙ったままお祈りし、お賽銭を投げた。
でも、その後。
こんなのを見つけた。
[556120651/1725159255.jpg]
ぼくは、それを授かり、お収めした。
「これ」
それだけ言って、ワカバに渡した。そのときのヤツの、おどろいた顔!
そんなぼくたちを、チヒロさんは、穏やかな笑顔で、見守ってた。
ぼくだけ、家の前で降ろされた。
おじさんは明日の朝早い便で任地に戻るから今夜は空港近くのホテルに前泊なんだという。
わざわざ助手席を降りたおじさんは、ぼくの手をギュウッと握りしめ、二日酔いのちょっとサケ臭い、まだ赤い目で、言った。
「タケル君! ・・・ありがとう」
ぼくはただ、黙ってアタマを下げた。
後ろのシートのワカバの顔は見てない。ヤツは、ぼくがあげたお守りの湯津爪櫛(ゆつつまぐし)を握りしめ、ずっと俯いたままだったからだ。
そうして、チヒロさんの運転するクルマを見送り、玄関の格子戸を潜った。
一晩空けた我が家の惨状は容易に想像がつく。
だが、それよりもなによりも。
ぼくにはひと姉とふた姉に是非とも、どーしても問いたださねばならない、とても重要な案件があった。
「ただいま! 」
ぼくは、丹田に力を籠め、声を張り上げた。
第六話 ぼくの許嫁? 終わり
相模國総社 六所神社 〒259-0111 神奈川県中郡大磯町国府本郷935
Tel.0463-71-3737 Fax0463-71-1716
rokushojinja@mh.scn-net.ne.jp
https://rokusho.jp/
https://rokusho.jp/index.php/omamori-2/
刀剣ワールド 草薙剣
https://www.touken-world.jp/tips/56145/
爾かれ、速須佐之男命はやすさのをのみこと、乃すなはち湯津爪櫛ゆつつまぐしに其の童女をとめを取り成して、御みづらに刺さして、其の足名椎あしなづち・手名椎てなづちの神に告のりたまはく、「汝等いましたち、八塩折やしほをりの酒を釀かみ、且また垣を作り廻もとほし、其の垣に八つの門かどを作り、門毎ごとに八つのさずきを結ひ、其のさずき毎に酒船を置きて、船毎に其の八塩折の酒を盛りて待ちてよ」とのりたまひき。故かれ、告りたまへる隨ままにして、如此かく設まけ備へて待つ時に、其かの八俣やまたのをろち、信まことに言ひしが如ごと来つ。乃ち船毎に己おのもおのも頭かしらを垂入たれて、其の酒を飮みき。是ここに飮み醉ゑひて留まり伏し寝たり。爾すなはち速須佐之男命、其の御佩はかせる十拳剣とつかつるぎを抜きて、其の蛇をろちを切り散はふりたまひしかば、肥の河血に変なりて流れき。故、其の中の尾を切りたまふ時、御刀みはかしの刃毀かけき。怪しと思ほして、御刀の前さき以て刺し割きて見そなはししかば、都牟刈つむがりの大刀たち在り。故、此の大刀を取らして、異あやしき物と思ほして、天照大御神に白まをし上げたまひき。是こは草那芸くさなぎの大刀なり。
古事記・現代語訳と注釈~日本神話、神社、古代史、古語
湯津爪櫛となったクシナダヒメ、さずき、八塩折之酒
https://kojiki.ys-ray.com/1_7_4_kusanagi_1.html
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