ドMのボクと史上最凶の姉たち

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第六話 ぼくの許嫁? (中編の中)

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 古代日本史のスーパーヒーロー、日本武尊、ヤマトタケルには何人もの奥さんがいた。

 吉備穴戸武媛 (きびのあなとのたけひめ、大吉備建比売)

 弟橘媛 (おとたちばなひめ、弟橘比売命)

 山代之玖々麻毛理比売 (やましろのくくまもりひめ)

 布多遅比売 (ふたじひめ)

 宮簀媛 (みやずひめ、美夜受比売)という系譜には記されていないおくさんもいる。

 で、その筆頭。記紀、「古事記」と「日本書紀」に記された4人の奥さんのトップにくるのが、足仲彦天皇 (たらしなかつひこのすめらみこと、帯中津日子命)を産んだ人だ。後の第14代仲哀天皇になるひとなんだけど、そのお母さんの名前が、

 両道入姫皇女 (ふたじいりびめのひめみこ、布多遅能伊理毘売命)。





 当時はスマホも✕(旧ツイッター)もインスタもないから、どんな顔してた人なのかわからないけど、「古代世界のスーパーヒーロー」の奥さんだからさぞ美人だったんだろうと思う。だって、プロ野球とかJリーグのスター選手の奥さんってみんな美人じゃない? (単純)

 でも、ぼくにはこのヤマトタケルの奥さんたちがそのまんまヤマトタケルの「wife」だったとは思えない。

 どうしてもウチの3人のアネたちの顔を想像してしまうからだ。



 


 

  ぼくは、温泉地に向かう車の中にいた。

 天気はすこぶるいい!

 休日だけど、なぜか道も空き空き!

 後ろの座席にはチヒロさんと、ワカバ。そして、ぼくが助手席。で、運転してるのはもちろん、

「いやあ、日本の路は久々だけど、どこも舗装してるから走りやすいねえ! 気持ちいいよ! なあ、タケルくん! そう思わないか?! 」

 チヒロさんの旦那さん。ワカバのお父さんだ。

「そうですか・・・」

 ぼくは、少しキンチョー気味に応えた。

「発展途上の国だと舗装してない道が多いのよね」

 ワカバのお父さんはなにくれとなく話しかけてくれ、ときおりそれにチヒロさんが入って来て・・・。

 道中のクルマの中はそんなカンジだった。でも、やっぱり、ワカバは黙ったまま。ぼくのキンチョーはそのせいもあった。

 なんか、気まずいな・・・。

 なんでだろうな?

 右の後頭部にザクザク刺さる視線をなるべく感じないようにしつつ、表向き笑顔を保ち続けた。

 最凶の姉たちから解放される、このひととき!

 久々の温泉行きに連れて行って下さるわけだから、そのぐらいはどってコトないかな、と。

 そう思いこもうとしたんだけど、その「ザクザク」は宿に着いてひとまずひとっ風呂浴びようということになって露天の岩風呂にざっぷーん! するまで続いた。





 ・・・なんでなんかな?

 ぼく、なんかしたんだろうか。

 なんだかわからないけど、

 ここは別世界! 

 紅葉真っ盛りの山々。気の早い夕暮れが早くも頂に白い帽子を被った山々をオレンジ色に照らし、初冬の澄み切った空気が湯で火照った肌を冷やす。滔々と溢れる湯。はるか下の渓流を流れる水音。

 それに何よりも!

 炊事洗濯掃除家事全てまるでダメな、わけのわからない3人の姉たちがいない!

天国っ!

 ああ、気持ちいい・・・

「おお、気持ちよさそうだな。おおおお! いい景色だなあ・・・。

 やっぱり、日本はいいなあ! 」

 からだ全部がふにゃんと蕩けたころにかけ湯をしたおじさんが入ってきた。

「ああ、うわあああああっ・・・! サイコーだな、タケルくん! 

 うん! 日本は、いいっ! 断然に、いいっ! 」

 おじさんのあまりなカンドーに、ついつい顔もほころぶというものだ。

 あまりこういう温泉とかいうところに来たことはないけれど、TVの旅番組とかでタレントがワザとらしくリアクションしていたのを見たことぐらいしかない。でも、日ごろ会っていなかったとはいえ幼馴染のオヤである。身近な人の素直な感想はすうっと胸に入る。

「おじさんは今どこの国に行ってるんですか? そこは温泉とかないんですか? 」

 あまりなカンドーを目の当たりにすれば、つい訊いてみたくもなる。

「南の国さ。こんな四季の移ろいなんか微塵もないトコなんだ。夏と夏と雨と夏だけ」

 ふとおじさんがメガネをしてないのに気付く。

 あ、そう言えばメガネかけてたんだっけな・・・。

 うちのクラスにもいるし中学の時もいたけれど、いるんだかいないんだかわからない、授業とかで発言もしてるんだけど誰にも記憶されない、卒業写真を見て、

「あれ? こんなヤツ、いたっけ? 」

 そういうヤツ、いない?

 そんなヤツでも、ちゃんと生きてる。でも、生きてるのを人に認知されにくい。まったくのモブ。なんというか、「その他の人」という記号化してしまう人。

 おじさんは、例えて言えば、そういう人だ。

 何度も顔にバシャバシャ湯をかけて、おじさんは言った。

「夏にも雨は降るけどね。きまって夕方。昼間は海の上にいる黒い雲がいつのまにか真上に来る。そうするとバケツどころか、風呂桶をひっくり返したようなスコールが落ちてくる。どわ~っって! だから、そもそも傘がない。降る時間がわかってるからね。夕方は誰も通りを出歩かないんだ」

「でも、街のなかとか、水浸しになっちゃいません? 」

「側溝というか、ドブがね、深いんだ。優に大人の身長ぐらい深い。そういう深い側溝が街の至る所にある。だから、真っ暗の夜道酔っぱらってそぞろ歩きなんかできない。うっかりすると側溝に落ちて朝までそのまんま。ヘタすると夕方のスコールで海まで流されちゃう。はは! 面白いだろ! 」

「へえ・・・」

「湯船なんか誰も浸からないんだ。シャワーだけ。それも水! でも暑いし空気が乾いてるからそれで間に合っちゃうんだ。ぼくが行ってるのは、そういうところさ・・・。

 なあタケルくん、流しっこしようぜ! ぼくなあ、息子と一緒に風呂で流しっこするのが若いころからの夢だったんだ!」

「若いころから、ですか! 」

 おじさんはふっ、と笑って上がった。それでぼくもザっと上がった。

「おお! 意外に肩ガッチリしてるんだなあ。ワカバにきいたけど、野球部の助っ人したんだって? 」

「あは、ああ・・・。結局、一回戦で負けちゃったんですけど」

 おじさんに背中を流されながら、ぼくは答えた。

「小中とやってたからだな。そのまんま行けば、甲子園に出られたかもしれんなあ」

「・・・」

「あんなことさえなければなあ・・・」

「あ、あの、その、あんなことって、もしかして、ぼくの・・・」

「オシ! じゃ、ぼくのたのむよ! 」

 ザっと背中を流され、交替でおじさんの背中を流すことになった。なんか、はぐらかされたような気もするけど・・・。

 南の国に行っている、というわりには、おじさんには日焼けがなかった。そう言えばまだ、どういう仕事をしてるのかも訊いてなかったなあ・・・。

「カンゲキだよ、タケルくん! もしムスコがいれば、こんなカンジで毎晩背中流しっこできたんだなあ・・・」

 なんだか、やけに「ムスコ」にこだわるなあ、とは思った。けど、気にせずに旅館の泡立ちにくい薄いタオルにボディーソープをこれでもかとぷしゅぷしゅしておじさんの背中に塗りたくった。そしてゴシゴシ・・・。

「タケルくんは人当たりもいいから、友達もたくさんいるんだろうねえ・・・」

 友達? んなもん、いないっすよ。あの悪魔のようなアネたちのおかげで、付き合い悪ィゆわれるし・・・。

「それに、女の子にもモテまくりだろうねえ。野球部で臨時とはいえエースやったんだろう? 羨ましいなあ・・・」

 同じく! そんなヒマないっす! しかも、あの悪魔のようなアネたちのせいで女がみんなツノ生えてみえちゃいますっ!

 もちろん、そんなホンネなんか言わない。

「そんなことないっすよ! 」

 とケンソンしておくのがオトナの流儀!

「ぼくなんかさ、ちっともモテなくてさ、友達にもそういう『非モテ』っていうのかい? そういうヤツばっかでさ。あはは。こういうのを『類は友を呼ぶ』ってこういうのかなあ、なんてね」

「ホントすか? 」

 リアクションに困るネタに振るヒトだなあ、と思った。

「でね、よく友達のレンアイ相談? そういうのにも乗ってやったもんさ。中にはね、彼氏持ちの女の子好きになっちゃったヤツもいてね。アレにはほとほと困ったよ」

 へえ・・・。

 もしぼくらだったら、すぐに諦めちゃうけどな。昔はアツイな・・・。

「その女の子からはもちろん、断られた、って。でも、諦めきれなかったんだな。

 で、その相手の子が、条件を出した。

『将来子どもが生まれたら、・・・』」

 と、その時。

 ばしゃーっ!

 露天岩風呂の竹の垣根の向こうで大きな水音がした。

 ああ、隣は女湯か。

 もしかすると、チヒロさんとワカバかな。

 そんなことを思っていると、

「ふえええっくしょいっ! 」

 おじさんが、大きなくしゃみをした。

「おお、冷えちゃったな。もう一度温まって上がろう」

 不思議なことに、それまでなにとはなしに話しかけてきていたおじさんが、それからダマまってしまった。ニコニコ気持ちよさげに浸かってはいるんだけど、「ああ、ホントにいい湯だねえ」「泉質はなにかな」とか、当たり障りのないコトばかりで、さっきの話の続きはどこへやら。

「おじさんの友達の話」だから、ムリにぼくから催促するまでもないんだけど、どうして話をちょん切って黙っちゃったのか。むしろ、そっちのほうが気になってしまった。


 

 

 部屋に戻ると浴衣に丹前を着たチヒロさんがもう戻っていた。エプロンにサンダル突っかけたトコしか見たことがなかったから、その「女の色気」? みたいな魅力が立ち上っていてちょっとドキドキした。ひと姉みつ姉はもちろん、美人のふた姉にもない、大人の女の魅力、というヤツかな・・・。

「お部屋食なんだけど、まだちょっと早いみたいなの。ワカバとピンポンでもしてくれば? ひと試合終わるころにはごちそうが並んでるわ」

 

 それで、同じく浴衣に丹前を着たワカバと連れ立ってピンポンをしにいくことになった。

 ワカバはワカバで、チヒロさんには遠く及ばないものの、いつもの制服や道着の姿とは違う雰囲気を漂わせてはいた。

「そんじゃ、チョット行ってみる? 」

 すると、なんと、ワカバが、ぼくの手を握ってきた。

 目なんかめっちゃウルウルさせて。

 ぼくは、死ぬほど驚いた。


 


 


 

     第六話 ぼくの許嫁? (中編の下)に続く。
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