ドMのボクと史上最凶の姉たち

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第六話 ぼくの許嫁(いいなずけ)? (中編の上)

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「バカッ! ニブチン! ボクネンジン! いっぺん、シネば?! 」

 ワカバは急に怒り出した。

 なんで? ぼくが何した?

 ホントにコイツは、ヘンなヤツである。

「一年ぶりにパパが帰ってくるの! だから今度の土日一緒に温泉行こうって、も、ヤダ! ヘンタイ! タケルなんか、キライ! 大キライ! 」

 何が、「ヤダ」なのか。「ヘンタイ」と言われるには、ちょっと覚えがないわけではないけれど。「キライ」なら、話しかけなければいいのに。

もう、ワケワカメ、である。

「あのな・・・」

「タケルのバカッ!」

 そんなヒドい言葉を言い残し、ワカバは去っていった。

 ワケワカメ、二乗である。

 なんなんだ、いったい・・・。

 キツネにつままれる、という慣用句があるのを学んだが、キツネはあの手足でどうやってぼくの身体を摘まむのだろうと考えながら家政部の部室のドアを押した。

「ちゃーす・・・」

 モジモジしてたと思ったら急に怒りまくりだしたりして。

 まったくもって意味不明解析不能な幼馴染に翻弄されまくったぼくにとって、ここはやっぱりオアシスだった。

 夏が終わって大きなイベントもない家政部は、いつものようにそれぞれ好きなこと、つまり、レース刺繍をしたり、パッチワークしたり、子供の絵本を見ながらカラフルなフェルトで人形劇と紙芝居のあいの子のようなペープサートのキャラを作ってる子がいたり、料理本を見ながらレシピの研究にいそしむ子がいたり・・・。

 卒業したら大学の家政学科や保育士資格が取れる短大を目指してる子ばかりだからである。

 ほんわかした空気に包まれるぼく。

 も、和む~・・・。

 で、例によってやっぱりあのひとは寄ってきた。

「あ、ヤマトぉ~ん! ねえねえ!」

 ニイガタ先輩である。

 もう大学受験はすぐそこ。もう一人の3年生はすでに引退しているというのに、彼女はまだちょくちょく部室に来ていた。

 長い髪を緩めにツインにしてムネの前に垂らし、口角にほくろのあるぷっくりした唇を緩めに開いて、女子高生にしてはグラマラスな肢体をクネクネとさせてシナを作りながらぼくを手招きしていた。あいかわらずの、見るからにエッチな顔。

「ねええん? ヤマトぉん。今度ねえん、みんなで追い出しコンパしてくれるっていうのおん。今度の土曜日。ヤマトも来るでしょおん?」

 人差し指でぼくの学ランの胸をくるくるしながらくねくねして言われると、思わずつられて、

「そうなのぉん? 今度の土曜日ぃん? もちろん、いきま・・・」

 と、言いかけて、あ・・・、と。

 あら? さっきなんか、言われたような・・・。

「あ、えーと、ですね・・・」


 

 で、学校から帰る道を歩いていて、それは来た。

「あ、はい。もしもし?」

 見慣れない番号に誰だろうと思いながら出てみれば、

「やあ! タケルくんかい? しばらくだな!」

 なんと、ワカバのお父さんだった。

「今ナリタに着いてね。これから向かうんだけど、ワカバから聞いてるかい?」


 


 

「ただいまあ~」

 玄関に姉たちの靴は散乱していなかった。

 シーズン最後の遠征中のふた姉はいいとして、みつ姉もひと姉もまだみたいだった。

 とりあえず二階に上がって洗濯物を取り込み、夕飯の下ごしらえをし、風呂を洗いながら、ぼくはさっきの電話のことを反芻した。


 

「今度の土日、温泉に行かないか」

「え、でも、久しぶりの帰国ですよね。家族水入らずで・・・」

「タケルくんと話したいこともあるんだよ。行こうよ。ひとちゃんにはぼくも話しておくから・・・」


 

 ぼくは風呂場でスポンジを握りしめてボーっとしてたらしい。

 気づいたらすっぽんぽんのみつ姉が立ってた。

「テメ、いつまでそこにいんだよ! 早く出てけ、このスケベ! グズ! カスッ!」

 お尻を思いっきり蹴られて、追い出された。

 ふんっ! ちっぱいのクセに!

 いや、そんなことよりも、だ。


 

 どおしよう・・・。


 

 がらららっ!

「ただいまあああああってか! だああっ! この、クッソ疲れたわーっ!」

 ヒールをからんころんと脱ぎ散らかす音がしてドカドカとひと姉が帰ってきた。

「ハラ減っちゃった。メシ、まだ?」

 そう言ってキッチンに飛び込んで来たひと姉は駆けつけ一杯でまず冷蔵庫の缶ビールをグビグビぷっはー! した。

「あの、あのね、ひと姉」

「あ”? なに?」

 酔ってしまう前に言おうと思っていたけれど、なぜか気後れして言えなかった。

「・・・んん。何でもない」

 でも、やっぱりその電話はかかってきた。

 3人で夕食を摂っていると家の電話が鳴った。ぼくが出た。

「やあ! ひとちゃん、帰ってる?」

 ワカバんちのおじさんだ。

「今代わります」

 で、思いっきりよそ行きの、3オクターブくらい高い声で、ひと姉は応えていた。


 

 あらあ、どうもお! お久しぶりですぅ!

 きょうお帰りになったんですか。えコンゴ? そんな遠くから? まあ、丸二日も?! それはお疲れでしょう!

 ええ、元気ですお陰様で。・・・ええ。

 そんな、まだ駆け出しのペーペーですから! も、毎日四苦八苦ですよははははははははは!

 え、あ、そうなんですか。いいですね、家族水いら・・・、え? は、はい。はい。はい。あ、そうなんですか。それはどうも! タケルは知って、・・・あ、そうなんですね? あの子なんにも言わないので・・・。はい。はい。はい・・・。


 

 向かいのみつ姉がゴン、ぼくの脛を蹴ってきた。

「痛って―な、もう! なにするんだおおっ、イキナリぃ!」

「なんだよ、あの電話。ワカバの父ちゃん帰ってきたの?」

 サラダには目もくれず、肉じゃがのばら肉だけを摘まんでは、口に放り込んでるみつ姉。

「うん」

「それで? なんでお前の名前が出て来んだよ」

「うん・・・、いや、その・・・」


 

 わかりました。行かせますので。わざわざお誘いいただいてありがとうございます。・・・ええ! たまには弟にもイキヌキが必要ですし! じゃあ、また! ごめんくださいませー!

 がちゃ!

 ダイニングのみつ姉の隣に戻ってきたひと姉は、ふう、と一息つくと湯飲み茶わんの冷酒をグイっと煽り、こう言った。

「聞いたよ。行ってきな、タケル。一晩くらいどおってことないから」

「え、行くって?」

 箸をおいたみつ姉に、ひと姉は言った。

「ワカバのお父さんがね、温泉に連れてってくれるの、タケルを」

「ええっ?! なんで! なんでタケルばっか! それにメシとかどおするのさ!」

「あんたがやんな!」

「ええっ?! タケルが温泉行くのに、なんであたしが?! ヤダ! 絶対ヤダからっ!」

 すると、ひと姉はみつ姉のほっぺたを万力みたいにギューッと挟み込んだ。

「やかましい。家長に逆らうんじゃない! いつもタケルコキ使ってるんだから、たまにはあんたも協力すんの! わかったか!」

 そして、ひと姉はぼくにこう続けた。

「行っておいで、タケル。きっとおじさんはあんたを息子みたいに思ってるんだよ」

 いつになく優しいひと姉。それでぼくの中の「行かない理由」もなくなってしまった。


 


 

 で、問題の土曜日が来た。


 

「おはようございますー。お世話になりますー!」

 玄関を開けたぼくの前に出てきたのは、キンメダイよりも真っ赤な顔をした、ワカバだった。

「・・・おはよ、タケル」

 伏し目がちに、ワカバは言った。


 


 

         第六話 ぼくの許嫁? その3 温泉で に続く
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