ドMのボクと史上最凶の姉たち

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第五話 ぼくの姉、一葉(後編の上)

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「古事記」「日本書紀」のことをひっくるめて「記紀」というらしいけれど、「記紀」の記述が全て事実だと考えている古代史の研究者はまず、いない。

 あれは古代の人が読んでもわかるように、事実を神話の形に寓意化、寓話にしたものだという見方が定説なのだそうだ。

 そこからすれば、二十何代かまでの天皇もホントにいたのかどうか怪しく、もちろん、「ヤマトタケル」もホントにいたのかどうか、めっちゃ、怪しい。

 だいたい、フツーの人間がブットイ男の腕を引き千切ってぶっ殺したり、火攻めに遭って逆に火打石を打って迎え火を作って撃退したとかなんて有りえない。

 あれは古代大和朝廷の軍勢が地方を平定した行程、戦記の寓話化なのだと読めばいいらしい。


 

 そこからすれば、中学で野球を辞めて3年にもなるのに、地方大会の初戦敗退とはいえ、リリーフして2イニングも投げられたぼくのほうがよっぽど神話だし、神話以上の「奇跡」だ。自分で言うのも、ナンだけれど。

 同じことをもう一度ヤレ、と言われても、絶対にムリである。


 

「せ、先生!」

 玄関の三和土に立っていたのはダークスーツをビシッとキメた、ぼくが通うブアイ高校の現国教師で生徒指導主任、野球部顧問兼監督、ホホ傷はないけど任侠オーラバリバリの我が校一のコワモテ教師、オニヅカ先生だった。

「忙しい時間に悪いな、ヤマト」

 先生が来た理由は察しがついた。

 地方大会直前にケガで故障したエーススズキの代わりに急遽助っ人したぼくを、正式に野球部に引っ張り込もうというワケだ。

 それは、断ったのに・・・。

「あのですね、先生。あの話でしたらもうお断り・・・」

「オレはお前に話をしに来たんじゃない。お前のホゴシャに会いに来たんだ」

「へ?」

 そ、それは、今・・・。ちと、マズい。


 

 先生、今、姉たちは、ぱんつ会中ですのでご遠慮ください。


 

 もちろん、そんなコト言えるはずもなく、だけどぱんつ一丁の姉たちを見せられるはずもなく、兎にも角にも、まずはあられもない姿の姉たちをなんとかせねば!

「ち、ちょ、ちょっと待っててくださいっ!」

 アセりつつも、先生を三和土に待たせ「ぱんつ会」会場である仏間に取って返そうとすると・・・。

「あら、センセーどうもォ! お久しぶりですぅ。せんだってはウチのタケルがとォー・・・・・・・・・・・・・・・・・っても、お世話になりましたそうでェー・・・」

 玄関でのやり取りが聞こえたのに違いない。

 光の速さでその辺に脱ぎ散らかしてたスーツを着、バッグに常備しているデオドラントスプレーをこれでもか! と吹きかけ、ついでにマウスウォッシュをプシュプシュしてたちまちのうちに戦闘態勢を整えたっぽいひと姉が玄関に出て来た。

 なんという信じられない早業! さすが我が家の家長。

 一升瓶の1/3は飲んでるはずなのに。まるっきりのシラフみたいな滑らかな口調で、あいさつした。

 さすがヤマト家三姉妹一の酒豪! 酒は飲んでも飲まれない。ダテに毎朝のように遅刻ギリギリまで惰眠を貪っている彼女ではないな、と思った。

 だけど目は明らかに酔っているし猛烈な酒臭さはマウスウォッシュ程度ではどうしようもない。

 ひと姉は黙ってぼくに、ウムッ! とかぶりを振ったが、いささか冷や汗が出た。

「おう! しばらくだな。元気そうでなによりだ」


 

「とっ、とにかくっ、少々お待ちくださいっ!」

 まずはなによりも、ふた姉とみつ姉だ!

 ぼくは仏間に走った。

「あ”?」

「なに? 誰?」

「オニヅカ先生だよッ! 野球部の顧問の!」

 押し殺した声で、ぼくは残る2人の、あられもない姿の姉たちに説明した。

 ひと姉同様ぼくの高校のOGでもあるふた姉は、高校時代を思い出したのか舌を出して、「ヤッベー」

 とでもいうように肩を竦めた。高校時代、よほどニラまれたのだろう。

 一方のみつ姉はチューハイのカンを握りしめたまま眉を寄せ、

「ああん? あんだっつーだっ! チッ!」

 と舌打ちした。

 今にして思えば、みつ姉に学力が足りず、オニヅカ先生のいるぼくの高校に入れなかったのはある意味で幸運だったかもしれない。

 いや、そんなことはどうでもいいのだ!

 今から説得して二階の彼女たちの部屋に隔離するヨユーもない。

「うっせーわ! オニヅカだかなんだかシラネーけどさ、なんであたしがジブン家で逃げなくちゃいけねーんだよっ!」

 特にかなり酔っているみつ姉なんかはそう言ってオニヅカ先生に喰ってかかるにきまっている。そんな恐ろしいことは絶対に起こってはならない。

「あのね、お願いだから静かにしてて。なるべく早くお引き取り願うから。ね?!」

 とりあえず、ほとんどハダカ同然のふた姉とみつ姉のいる仏間との襖は閉じた。当たり前だ。こんな醜態を他人様に、特に鬼のオニヅカ先生に見せるわけにはいかない。

 リビングの長いローテーブルの端にダイニングから持ってきた椅子を据えそこにひと姉を座らせ、先生には反対側の端の一人用ソファーに座っていただくことにして、仕上げは部屋に充満した酒臭さをファ●リーズ飽和砲撃で殲滅し、アタフタしながらなんとか戦場を設定した。

 まるでボロ負けで9回完投した後のような、とてつもない疲労感に襲われながら、身体中からギトギトの冷や汗をかきつつ、ぼくは玄関に戻ろうとした。

 すると、

「汚い家ですがどおぞお・・・」

 ぼくが玄関に行くより先にひと姉が先生を案内してリビングに入って来た。

 わわわわわっ! 

 しかし、慌てるぼくをよそに、朗らかに笑いながら、鬼のオニヅカ先生はリビングに入って来た。

「聞いたぞ。司法試験に合格したそうだな。おめでとう。お前ならヤルと思っていた」

「こわ~い担任の薫陶があったからこそ、ですわ、センセー!」

 退学処分を受けたとはいえ一時は某旧帝国大学に籍を置いていたバリ秀才のひと姉。

 ソツなくかつての恩師をヨイショした。オニヅカ先生がひと姉の担任だったのはこの時初めて知った。

 作戦通り、先生を一人用のソファーにどっか、と据え、長いローテーブルの反対側にひと姉が座った。先生とひと姉は、対峙した。

 やたら古くてボロいけれどデカイ数寄屋造りのぼくの家は、ぱんイチで飲み会する女たちよりも任侠風味バリバリの男性のほうがよく似合う。

「じゃぼく、お茶でも淹れて来ま・・・」

「いや、いい。オレに構うな。とりあえずお前も座れ」

 ぼくは、長いローテーブルのちょうど真ん中に、お盆を抱いて座った。正直、生きた心地がしなかった。

「突然、悪かった。だがどうしてもヤマトの保護者であるお前に話があって来たんだ」

 先生は、ぼくにチラと視線を投げると、ひと姉に向かってそう切り出した。

 さっきまでサイズの合わないブラとぱんつ一丁でアグラをかき、日本酒をグビグビやってたとは思えない、楚々とした雰囲気でしっかり膝を合わせおすまししてるひと姉。

「単刀直入に言う。オレはどうしてもヤマトが、お前の弟であるタケルが欲しいんだ。タケルを我がブアイ高校野球部に迎えたいのだ。それをお願いしに来たんだ!」

 オニヅカ先生は、そう言って深々と頭を下げた。

 しーん・・・。

 古い柱時計がコチコチと時を刻む音だけが、リビングに響いた。

「もちろん、タケル本人には質した。誘った。野球部に来てくれんか、と。彼にはすでに断られた。やることがあると。

 しかしだな、ヤマト、ヒトハ! お前の弟の才能は、このまま黙って見過ごすにはあまりにも惜しいのだ! 惜し過ぎるのだ!

 中学でピッチャーで4番を打っていたのは聞いた。やむを得ず野球を辞めたというのも。

 フツーは3年もブランクが開けばまず、すぐに復帰するなどは無理だ。

 だが、タケルはやった。

 わずか一週間という短い時間で以前のカンを取り戻し、変化球も覚え、しかも直球は150キロ近い。さらにリリーフとはいえ2イニング半も投げた。フォアボールは1つだけ。奪った三振はなんと3つだ! 

 試合自体は惜しくもサヨナラ負けを喫して初戦敗退したが、内容はすこぶるいいものだったのだ! ちゃんとトレーニングしてスタミナさえつけていれば、タケルは間違いなく、抑えきれた。わが野球部は何十年かぶりで初戦を突破できたのだ!」

 ひと姉は身じろぎもせずに黙ってオニヅカ先生の話を聞いていた。

 先生は続けた。

「これがどれほどスゴイことか、わかるか、ヒトハ。

 左のスズキ。そして右のタケルが揃えば、来年こそわがブアイ高校野球部は初戦突破どころではない、もしかするとベスト4入りも出来るかもしれんのだ。

 そして、何よりもこれほどの才能を持ったタケルに、二度と来ない青春を完全燃焼させてやりたい! タケルの姉として、そうは思わんか、ヒトハ!」

 しーん・・・。

 依然、古い柱時計がコチコチと時を刻む音だけが、リビングに響き続けた。

 が。

 表情も変えず、変わらずにお行儀よく座っているひと姉。

 だが、ん?

 なんかヘンだぞ? ひと姉?

「・・・んがががー」

 なんと! 寝てるし! 

 我がブアイ高校一のコワモテ教師、泣く子も黙る生徒指導担当、鬼のオニヅカ先生の前で、なんという、大胆な!・・・。ひと姉が目を開けたまま熟睡できる特技を持っているのを、ぼくはこのとき、初めて知った。

「ちょっ、ひと姉!」

 アセッたぼくはひと姉の膝を叩いて起そうとしたが、

「いや、いい」

 先生にやんわりと止められた。

「・・・ゴホン! 」

 ヨユーなカンジで咳払いをした先生は、言った。

「ではこれで授業を終わる。日直!」

 すると、ひと姉は急に席を立って礼をしたではないか。

 眠ったまま席を立って起立礼が出来る人も、ぼくは初めて見た。

 高校生だったころの習慣が残っている。そんな風に見えた。

 で、ひと姉は、やっと、起きた。

 黙って先生を見つめていた彼女の、大酒飲んで赤みが差していた顔がさらにみるみる赤く染まった。やっちまった・・・。そんなカンジ。

 バイトして帰宅してすぐに机に向かって勉強ばかりしてたひと姉。いったいいつ寝るんだろうと不思議に思っていたが、この時、長い間のその疑問がやっと解けた。ぼくより10歳近く上の、ババ臭いぱんつを穿く姉だが、ちょっとカワイイと思ってしまった。

「相変わらずだな、ヒトハ」

 つっ立ったままのひと姉を見上げ、オニヅカ先生は言った。先生の方が一枚上手、というワケだった。

 と・・・。

 ガラっ!

 隣の仏間の襖が開いた。

「さっきも言ったけどさ、タケル! あんた次第だよっての!」

 Tシャツにぱんつ一丁。太腿むきだしのまんま。

 チューハイのカン片手。何かをモグモグしつつ、鳥の胸肉の唐揚げの皿を手にしたふた姉が、立っていた。


 


 

第五話 ぼくの姉、一葉(後編の下)に続く
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