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第五話 ぼくの姉、一葉(中編)

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 ぼくの名前、「ヤマトタケル」の由来は、言わずと知れた「日本武尊(やまとたけるのみこと)」だ。あえて説明するまでもない、日本古代史の英雄である。

 父は天皇。子供も天皇。なぜか本人は天皇じゃなかったけれど、美少女のように美しい顔をしているクセに魔人のような怪力の持ち主。九州の熊襲(クマソ)というゴッツイ大男の夜盗の頭の館に女装して潜入し、美姫がやってきたと有頂天になってベッドに引き入れたクマソのブットイ腕を、ブチッと引き千切ってブッ殺してしまうほどの超人である。

 しかも全国各地の反逆者を軒並み成敗して回るついでに、6人も奥さんをこしらえてヨロシクやってもいた。ヒーローであり、マッチョのスーパースターであり、ジャ●ーズばりのモテモテのイケメンでヤリチン。

 それが「ヤマトタケル」というひとだったらしい。


 

 名付けてくれたのは父らしいが、由来を教えてくれたのはひと姉である。そんな由来を理解できる歳になったころには、すでに父も母もいなかったわけだけれど。

「お父さんはね、あんたが生まれた時、それは喜んだんだよ。だって、生まれてくるのがみんな女で、女で、女だったからね」

 自分と次女のふた姉、そして三女のみつ姉を指さしながら、ひと姉は言ってた。

「四番目のあんたにおちんちんがついてるのを見て大喜びしちゃってすっぽんぽんで町内一周しちゃったくらいなんだから!」

 ことあるごとにそんな話を聞いて育てば、姉たちがあられもない格好で家の中をウロウロしているのを小さいころから見せられていてもあまり違和感なく来てしまっているのも少しはわかっていただけるんじゃないかな、と思う。

 ちなみに。

 中学に入ると自分の名前の由来になった日本の神話を読んだりもしたのだが、日本の神話というものには、スケベな記述がけっこうある。

 イザナミという女神の「ドロドロになったところ」を「棒でかき混ぜ」たら国を産んだという国生み神話から始まって、火の神を産んだらあそこを火傷して死んだとか。

 アマテラスという太陽を司る女神様が怒って天の岩戸という洞窟に入って入口にフタをしてヒキコモリになっちゃった。太陽が隠されたので世の中はどーんと暗くなっちゃった。このままでは作物も育たないし、寒すぎてみんな死んじゃう。

 そこで、アメノウズメという女神様が一計を案じた。アマテラスが引きこもっちゃった洞窟のすぐそばで、自らストリップをして男衆からヤンヤの喝さいを浴びた。「何をしてるんだろう」。アマテラスは洞窟の外のそのあまりの楽し気な声が気になって気になって仕方なくなった。ついついフタを開けて外を覗いたところを連れ戻された、なんて。

 日本神話は、エロい。

「なるほど。3人の姉たちが脱ぐのが好きなのは父の遺伝かもしれないな・・・」

 いつしかぼくはそんな風に思うようになった。


 

 で、この21世紀の日本に棲むぼく、「ヤマトタケル」は、というと・・・。

 アメノウズメみたいにあられもない下着姿で酔っぱらってる姉たち。その前で小さくなって正座させられ、説教をたれられているのである。

 学校の成績が落ちると親からブチブチ文句垂れられるヤツは少なくないと思うが、ぼくの場合は姉たちからの説教になるのだ。

 ひと姉は「家族会議」と言ったが、なんのことはない。結局、「ぱんつ会」である。

 リビングの続きが仏壇のある和室。

 ついでに言えばその奥がぼくの部屋になる。

 リビングからぼくの部屋まで全部の襖を開けると、ぼくの2年C組全員で宴会も出来るぐらいの、ちょっとした大広間になる。その昔、ハデ好きのじいちゃんが組の若いもんを集めてここでしょっちゅうどんちゃん騒ぎをしていたと聞いた。

「ぱんつ会」がある度に、そうしたじいちゃんのDNAが姉たちの中に脈々と受け継がれているのを実感する。

 かろうじてサイズの小さすぎるブラこそしているものの、ぱんつ姿のひと姉はすでに酔眼を据わらせて片膝を立て、傍らに引き寄せた一升瓶から冷酒をトクトクと湯呑茶碗に注いで

「ぷはっ、うぃ~っ・・・」

 と、やってらっしゃる。ぼくを睨みつけながら、である。

 長時間の正座で脚がしびれるし、マジ心臓に悪いし、ビビる。

 みつ姉もぱんイチ。しかも、トップレス! ひんぬーのクセに・・・。

 胡坐かいた彼女の周りには空になったチューハイの空き缶がすでに2、3本転がってる。今また「ぷしっ!」とか言ってあなざわんを開け、ぐびぐびやり始めた。まだ未成年のクセに・・・。

「ぷっは~っ・・・。うめーわ。このつくねも美味いな。タケル、もっと持って来い!」

 この「家族会議」という名の体のいい飲み会。この「ぱんつ会」。

 これから吊し上げになろうとするぼくへの風当たりを少しでも和らげるべく、辛いのが好きなカラ党の姉たちの趣向に合わせて畳の上に置いたいくつかの酒の肴。

 唐辛子とニンニクとショーガをすって醤油とみりんと少々のお酒で作ったタレに一晩漬けた鳥の胸肉の唐揚げ。それに定番だけど野菜不足の姉たちのためにピーマンとひき肉のあんを少し多めにしたマーボー茄子。んで甘エビが安かったんで辛子マヨネーズ添え。それからイワシも安かったから梅肉を潰して甘煮。

 そうした皿のひとつ、「つくねの甘酢あんかけ唐辛子添え」がいたくみつ姉のお気に召したらしい。

 現代の「ヤマトタケル」は家事万能。厨房のウデでは誰にも負けない。


 

 しかし・・・。

 年頃の若い娘が、先祖代々の仏壇の前でこの醜態とは。じいちゃんやばあちゃん、父の遺影までもが見下ろしているというのに・・・。

 はあ・・・。

 しかたなく、ぼくは腰を浮かしかけた。

 と・・・。

 ぶばばばぼぼぼぼぼ・・・。

 静かな住宅街に重低音のハデなエンジン音が轟いた。

 がらららら。玄関の引き戸が開いた。

「ただいまあ・・・」

 ふた姉だ。

「なに、もう始めちゃってんのォ? タケル、あんたナニしたのよ」

 リビングにドサっと荷物を置いたふた姉は仏間に入って来て鳥の胸肉の唐揚げをつまみ食いした。

「まあ、大体はLINEで聞いたけどさ、でも肝心なのはどこの大学に行くかじゃなくて、タケルが将来ナニになりたいか、じゃないのォ?」

 国から給付金を貰ってるとはいえ、ひと姉はまだベンゴシではない。だから、高校を卒業してすぐにレースの世界に身を投じ、しかも露出は少ないがグラビアモデルもしてそこそこに稼いでいる。一切誰の力も借りずに立派に社会で生きているふた姉の言葉は、重かった。

「いいから! あんた待ってたんだから。とりあえずそこ座んな!

 ではふたちゃんが帰って来たのでこれより家族会議を・・・」

 有無を言わさず、間髪入れず、ひと姉は宣言した。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 」

 モグモグしてた唐揚げを呑み込み、さらにもう一つをつまむとふた姉は言った。

「これでも予定切り上げてめっちゃ急いで来たんだから。シャワーぐらい浴びさせてよね! 急に呼び出された身にもなってよ!」

「じゃ、待ってるからちゃっちゃと浴びて来ちゃいな!」

 一升瓶をドンっ! と床に突いてスゴむすでに酔眼のひと姉を尻目に、ふた姉はスレンダーながらばいーんというお尻をプリプリさせつつ、プンプン! パタパタと風呂場に消えた。

「おい、タケル! つくねマダー? それからチューハイもな! あくしろよグズかよテメーはよ!」

 みつ姉にとっては「家族会議」でもなんでもなく、ただの飲み会なのである。

 くっそ、まだ飲むのかよ!

 そう言いたいのをグッと堪えてキッチンに立とうとすると、また、

 がらららっ!

「おじゃましま~っすう・・・」

 玄関から脳天気でウザイ声が響いた。

 ・・・あいつだ。

 呼んでもいないのに度々我が家に来てはちゃっかり朝メシをたかり図々しくも夕メシを相伴に預かっちゃったりする2軒先に住んでいるぼくの幼馴染。

 ワカバである。

 幼稚園から小中高、と。なぜかいつもぼくのそばに纏わりついている、ウザさ満点の女だ。

 急いで玄関先に走った。この姉たちの醜態は絶対に家族外秘だ。いかに幼馴染と言えども見せるわけにはいかないからである。

「今ダメ! 帰れ」

「え~、なんでェ? めっちゃいい匂いするゥ! 今晩のおかず、なに?」

 キャミにハーフカットしたジーンズにサンダル。厚かましさ満点。モロ部屋着のまま。他人んちを完全に自分ちの別荘かなんかだと思ってる。しかも人の都合無視。人の話、まるで聞いちゃいねえし・・・。

 晩メシたかる気マンマンでやってきたらしいワカバがシレっと上がり込もうとするのをなんとか押しとどめた。

「とにかく! 今はダメッ! 取り込み中なんだから」

「ちっ! なによ、ケチ!」

 ブチブチ文句を言いつつも、ただならぬぼくの剣幕に気押されたのか、渋々再びサンダルをつっかけ直して出ていくウザイ幼馴染。少しホッとする。

 が、玄関を出て行こうとしつつ、ワカバはしつこく振り向いた。

「ね、あのさ明日の日曜日、夏期講習休みでしょ? 図書館行かない? 一緒に休み明けのテスト対策しよ?」

「わーった! 善処する。するからサッサと帰ってクソして寝ろ!」

「そんなに冷たくしなくてもいいのに・・・。わかったよ・・・。じゃ、おやすみ」

 がらがらがら・・・。

 寂しそーに玄関を出て行くワカバの背中に、少し申し訳ない気持ちには、なる。

 が・・・。

 がららららっ!

「タケル、でさー・・・」

「だーっ! だから帰れっつーの!」

 ワカバはいつもこうである。

 ぼくがウザい幼馴染を撃退している間に、シャワーを浴びてアタマにバスタオルを巻いたふた姉がTシャツ姿で仏間の「ぱんつ会」の輪の中に入ってた。我が家恒例の「ぱんつ会」だけに、下はやっぱりぱんつである。

 どっかーん! ばいーん! ・・・プリン!

 3つのももケツが、揃った。

 ぷしっ!

 ぱんイチで胡坐をかいたふた姉がチューハイのカンを開けた。

「じゃ、なんだかわかんないけど、カンパーイ!」

「じゃ、そゆことでェ、ふたちゃんがお風呂から上がったのでェ、これより家族会議を・・・」

 酔っぱらってはいるけど決して酒に飲まれることはない酒豪のひと姉。彼女が再び宣言しようとすると・・・、

 がらららっ!

 またまた玄関の引き戸が開いた。

 くそ! きっとまた、ワカバだ。

 だーっ、シツコイッ!

 厚かましい幼馴染がズカズカ侵入して来ないうちに!

 ぼくは再び立って玄関に走った。

「ワカバっ! お前、シツコイぞっ!」

 いい加減キレそうになりつつ、玄関先に出たぼくの血流は瞬間的に凍った。

「ごめんください」

「せ、先生!・・・」

 玄関の三和土に立っていたのはダークスーツをビシッとキメた、ぼくが通うブアイ高校の現国教師で生徒指導主任、野球部顧問兼監督、ホホ傷はないけど任侠オーラバリバリの我が校一のコワモテ教師、オニヅカ先生だった。

「忙しい時間に悪いな、ヤマト」


 


 

第五話 ぼくの姉、一葉(後編の上)に続く
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