ドMのボクと史上最凶の姉たち

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第五話 ぼくの姉、一葉(前編)

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 毎朝。

 洗濯機を回す前に、ぼくは下着の下洗いをする。

 姉たちのぱんつである。

 オエ、とくるのであまり細かくは書かないけれど、これがケッコウ、汚い。特にクロッチの部分の汚れがひどい。下洗いしてから洗濯機に入れないと、汚れが落ちなくなってしまうのである。

 普通の女の人はこんなものは自分でやると聞いた。お風呂に入るついでに手で揉み洗いしておいてくれれば、汚れ落ちがかなり違うし、そもそもぼくがこんなことする必要はないのだ。

 我が家の3人の姉たちは、そんなことは一切しない。つか、異性の兄弟であるぼくにヘーキで下着を洗わせ、ヘーキで汚い部屋を掃除させ、ヘーキでぱんイチ姿を晒すのである。

 少しは「恥」というものを知れよ! 

 そういう言葉を使ってもまだ飽き足らないような気はする。

 つか、辛うじて二番目の姉のふた姉だけはレーサーの仕事の傍らにグラビアモデルもしたりするのでちゃんとお風呂に入って寝る前のボディーケアをしてから寝るのだが、3番目のみつ姉も、一番上のひと姉も、家に帰って来るなり、

「メシ、ある?」

 台所に入ることもせず、テーブルの上に夕食が出ていればそれを何のとんじゃくもなしに掻きこみ、グビグビとお酒を飲んで、着ているものをその辺りに脱ぎ散らかし、お風呂にも入らずに、寝てしまうのである。

 ぼくだって、夏休みとはいえ勉強がある。予備校の夏期講習にも行ってる。他ならぬ我が家の家長であるひと姉から、

「このヤマト家の長男が・・・。こんな成績でいいと思ってんのか!

 何が何でもコクリツに入る。この夏休みで絶対に挽回しな。いいね? 

 わかったかああああああああああああああっ!」

 活火山の大爆発のような説経をされ、そう厳命されてるから、やむを得ないのである。


 

「えと、これはふた姉のだな。紺のTバック。んでこっちのピンクの紐パンはみつ姉のか。相変わらずハデなの穿いてんだな、カレシもいないちっぱいのクセして・・・」

 宵っ張りで朝寝坊。学校に行っている間と彼女たちが寝付いた深夜から朝にかけての短い間だけはズボラすぎる姉たちの悪口を存分に言うことができる。

「んで、このベージュのババ臭いのがひと姉のだな。まだ26なのに。女捨ててるな。なんだよ、縫い目ほつれてんじゃんか。乾いたら繕っとくか・・・」

 夏休みだから、ひと姉が仕事に出かけてしまえば時間は十分にある。

「男のくせに、女の下着なんか気にするんじゃない!」

 はあっ、あなたがそれを言いますか?

 だったら、下着の下洗いなんか弟にさせるなよっ!

 脱いだ物はそのへんにほっぽり出しておかずに洗濯籠入れろっ!

 毎晩ちゃんとお風呂に入ってから寝れっ!

 一週間も同じシーツに寝てるんじゃねーっつーんだよっ!

 んで、たまには自分で布団ぐらい干せっつーのっ!

 女のクセにパンイチで家の中ウロウロすんなっ!

 ぱんつ会はせめて月イチにしろっ!

 んで、一度でいいから自分で起きれっつーのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!

 そう、全力で叫ぶことも、姉たちが出かけてしまった夏休みの午前中なら可能なのである。だから、夏休みは楽しい。

 ちょっと歪んだ喜び方なのは、自覚している。


 


 

 夏休み最後の週末を控えた金曜の夜。

 風呂を沸かし、洗濯物を取り込んで畳み、夕飯の下ごしらえをしていると、みつ姉からLINE通話が入った。

「どしたの?」

「おい! 今夜はダチの家にお泊りするから」

 無断で外泊しないだけエラいと思ったから、

「えへ、カレシ?」

 と、ゴマを擂ってあげた。もちろん、そんなのいないのは海より深く知ってる。

「テメ、イヤミかこの野郎・・・。オンナのダチだよっ!」

 わかってるよ。でももし、「ともだちって、女の子?」とか訊こうものなら、

「テメ、今心の中で、『週末なのにカレシとデートの予定もないのかよ』とか思ったろ」

 とか怒るだろうし、何も言わなければ、

「どこに泊まるかぐらい訊けよコラ! これでも年頃のムスメなんだぞ、一応」

 と怒るだろう。

 まったく・・・。

 まずその歪んだ性格を直せ! 話はそれからだっ!

 そう、心の叫びを上げつつ、

「わかったよ、ごめんね。じゃ、気を付けてね。寝る前に歯、磨くんだよ」

「うっせーわ! 男のクセにイチイチちまちまウゼーんだよ、このクズッ!」

 ぶつ・・・。

 はあ・・・、・・・、・・・。

 でもこれでウルサイのが一人いない週末を迎えられる。

 そこはかとなく、シアワセ・・・。

 ふた姉は遠征だか撮影だかで週明けまで帰らない。だから今夜は一番上の姉でこの家の大黒柱、ひと姉と二人だけだ。

 で、それはそれで気が張る。

 

 去年、ひと姉は超難関の国家試験である司法試験に合格した。

 で、今は司法修習生として研修の日々を送っている。

 最初の10ヶ月間は、最高裁判所から指定された裁判所に一人一人が配属され、民事裁判、刑事裁判、検察、弁護講習なんかをそれぞれ2ヶ月ずつ受けるんだそうだ。まあ、医者のインターンみたいなものらしい。

 講習はケッコウキツいらしく、毎日帰って来るなりカバンやら何やら全部放り投げてリビングのカーペットに大の字になり、

「あ” あ” あ”ーーーっ・・・。づがれ”だー・・・」

 時にはスーツを着たまま寝てしまうこともある。

 ぼくだって学校がある。そういう日はなんとか起こして彼女の部屋まで連れてく。もう体格ではぼくのほうがはるかに大きいんだけど、ケツがデカいせいかひと姉は重い。肩を貸して階段を上るだけで息が切れそうになる。それに夜になるとデオドラントの魔法が切れるせいか、けっこう汗臭い。スーツがシワになっちゃうから脱がせてベッドに寝かせて上掛けをかけて、ふうっ・・・。ってなる。

 ちゃんとお風呂に入ってゆっくりお湯に浸かってからだをポカポカにして寝れば疲れも取れるのにな、と思ったりする。

 だけど、こういう夏休みみたいにヨユーがあるときはゴーインにお風呂場に連れてく。

「あ” あ” あ”ーーーっ・・・。ぎも”づえ” あ” あ”ーーーっ・・・」

 で、湯船の中で寝ちゃってないかどうか見に行って、案の定寝ちゃってるときは起こす。

「ダメだよひと姉! 風邪ひくよっ!」

 姉たちのぱんつ一丁での酒盛りの「ぱんつ会」もそうだけど、こんなことを毎日のようにやらされてるから、ぼくは我が家の姉たちのハダカなんて見飽きるほど見てる。


 

 夕食の下拵えを済ませ、ひと姉のババ臭いぱんつの縫い目の綻びをちまちま繕っていると大黒柱が帰って来た。

「ただいまー・・・」

 玄関先から疲れた声が忍んで来た。

「お帰り、ひと姉!」

 ぼくは急いでぱんつと裁縫道具を隠した。

「男のクセに女の下着なんかイジってるんじゃないっ!」

 絶対にそう言われるからだ。自分の下着の下洗いもせず、ましてや綻びの繕いなどは論外。ほつれたらほつれたでシレッとゴミ箱に捨ててしまうような姉たちに言われたくない。我が家の家計はキビシイのである。ぱんつ一枚といえども、大事に使ってもらわなくては。

 リビングに入って来たひと姉はぼくの顔を見るなりドサッとバッグを落とし、その場にへたり込んでアッラーの神に祈るみたいにして突っ伏してしまった。

「あ” あ” あ”ーーーっ・・・。づがれ”だー・・・」

 我が家の大黒柱であるひと姉のそんな姿を見ると、今日も大変だったんだなあ、って思う。

 しばらくそうしてたかと思ったら、彼女はヒクヒクと鼻を鳴らした。

「めっちゃいい匂いがするゥ・・・」

「今晩はブリの刺し身にカレイの煮つけとサバの味噌煮と太刀魚のマリネだよ」

 ひと姉の大きなお尻がピク、と動いた。

「まじ?」

 ひと姉は大の魚好き。獰猛な肉食獣のみつ姉がいない夜だから出来る献立。

「だからお風呂入っておいでよ。その間にできちゃうから」

「わかった。ありがと。なんか元気出た! いい弟持ってあたしゃしあわせだよ、ウン!」

 急に元気になったひと姉はサッと立ち上がるとトントン二階に上がって行った。

「そのスーツクリーニング出しちゃうから持って降りて来てね!」

「あいよ~」


 

「なにかあらあなにいまあでェ、まあっくらあやみよおォ・・・。すうじいのとおらあぬうことばあかありいィー・・・っててかああああああっ!・・・」

 ひと姉は昔の任侠もの、ギトギトに男臭いヤクザ映画が大好きで、まれに長風呂するとよくその主題歌をガナる。で、やっぱり今日も、風呂場からまるでゴキブリを石うすですりつぶすようなダミ声が響いてきた。だが、いつになく気持ちのよさそうな声ではある。よしよし。もう一押しかな。

 いつもは幾分食細目のひと姉ではあるのだが、その夜は好物の魚尽くしを気持ちよく平らげた。ぱんイチでTシャツを被っただけ。アタマにバスタオルを巻いたひと姉は風呂上がりの上気した頬を緩ませ、お銚子も進んでご満悦のご様子。

 よし。そろそろダメ押しかな。

「ひと姉。肩凝ってるんじゃないの? 久しぶりにマッサージしたげよか」

「おおっ! いいねえ。気が利くじゃん! やっぱ持つべきものは家事万能で気が利くいい弟だねェ・・・。あたしゃしあわせだよ、ウン!」


 

 司法修習生の研修最後の二か月間はダサイ●マにある司法研修所での研修になる。全国から集められた修習生はそこの寮に入って研修を受けるのだ。それが終わると晴れて裁判官なり検察官なり弁護士バッジを着けることができるらしい。

 夏休みが終わると、ひと姉は二か月いなくなる。

 だからどおしても今、「それ」を伝える必要があるのだ。だが、そのためには出来るだけいい気分にさせておく必要がある。

 久々の長風呂。しかも大好物の魚尽くしを心行くまで味わい、ご満悦MAX状態になったひと姉は、リビングのカーペットの上に敷いたヨガマットの上に俯せになった。

 ぼくはその傍らに膝をついて肩から順にマッサージを始めた。この間の砂浜でのみつ姉のサンオイル塗りといい、今といい。ぼくは結構ひんぱんに姉たちのマッサージをさせられていた。小さいころからやらされてるからもう慣れてるし、別に苦痛じゃない。

 しかし、いつもながら思うけれど、マジでデカいケツだな・・・。どっかーん! ってカンジ。

「あ” あ” あ”ーーーっ・・・。ぎも”づえ” あ” あ”ーーーっ・・・。ぎも”づえ”ずぎで、死”ぬ”ぅーーー・・・・」

 ひと姉のカラダはめっちゃコリコリに、凝っていた。肩から背中から二の腕から、全部。ベンゴシの研修って、よほどタイヘンなんだろうな、と思う。


 


 

「ええっ? マジ?」

 去年のこと。

 大学を中退してアルバイトしながら勉強していたひと姉があの難関の司法試験に合格したと聞いた時には耳を疑った。


 

 というのも、そもそも猛勉強の末にあの偏差値80越えの超難関某旧帝国大学の法学部に入学したひと姉が二年足らずでそこを除籍処分になったのも、在学中に出来た初のカレシにウワキされ怒りのあまりカレシのキンタマを蹴って女にしてしまったからである。

 経緯や理由はともかく、立派に傷害罪。

 当然だけど彼女はタイホされて留置場から拘置所。そのまま行けば裁判で有罪になって刑務所に入れられ「前科一犯」になるとこだった。

 でも、何故か相手の元カレシが告訴を取り下げ、慰謝料も請求されず、示談が成立した。だから、書類送検はされたけど、「不起訴」というヤツになり、ひと姉は天下晴れて無罪放免になったわけだ。

 シロートから見れば、そんな人が司法試験に合格したり、ましてや法律の専門家である検察官や裁判官やベンゴシなんかになれるはずがない! そう思うのが当たり前だ。

 でも、なれるんだな、これが。

 まず司法試験だけど、仮にひと姉が裁判で有罪になって執行猶予中だったりしても受験できるし、合格できる。で、執行猶予期間中はダメだけど、それが終われば司法修習生にもなれる。修習生は国家公務員とみなされるんだけど、国家公務員法第38条(国家公務員の欠格事由)にちゃんとそうゆー規定があるんだそうだ。

 さすがに検察官や裁判官という「官」はダメらしいんだけど、ベンゴ「士」にはなれるのだ。

 執行猶予期間が終われば刑の言渡しの効力はなくなり、欠格事由はなくなるってことだった。ましてやひと姉は不起訴になってるから大イバリだ。

 ちなみに実刑だとダメらしい。刑期を勤め上げて10年過ぎれば欠格事由はなくなるんだけど、地元の弁護士会に登録できないからだ。資格があっても弁護士として仕事が出来ないわけだ。こういう「弁護士資格はあっても弁護士として働けない」人はけっこういて、そういう人は一般の会社の法務部とかに勤めたり、法律とはまったくカンケーない仕事に就いたり、あるいは、ヤクザの顧問弁護士をしたりしてる。


 

「気持ちい? ひと姉」

「・・・」

「ひと姉?」

「んがががー」

 寝てるし・・・。

 きっとフロに入って大好物の魚尽くしで満腹になりついでにお酒も入った上、さらにぼくの全身揉み解し攻撃で陥落したんだな。

 でも、それではぼくが困るのである。

「ね、ひと姉! 最後フットケアしたげるから起きて!」

「んふふふっ・・・。グエっへっへっへ・・・」

 どんな夢を見てるのか知らんけど、なんつー声を出すんだろうか。

 まるでオヤジである。しかも、ヨダレまで垂らしてるし。

 ひと姉ラブの、亡くなった父のシャテーだったゲンゴロウさんには絶対に見せられない醜態だなこりゃ・・・。

 彼女のぶっといムチムチの太股をマッサージしながら、あらためてひと姉の全身をチェックした。

 またちょっと太ったな、と思う。Cは変わらず、アンダーは79か80ぐらいだな。ヒップはヨユーで100オーバー、かな・・・。

 ふた姉やみつ姉と違い、ひと姉は下着さえ自分で買って来ないのだ。で、仕方なくぼくが他の衣料品とかに紛れ込ませてし●むらとかで調達し、密かに彼女の部屋のタンスの中に忍ばせておくのである。どうして「密かに」かというと、それはもうお分かりのように、

「男のくせに、女の下着なんか気にするんじゃない!」

 ってなるからである。

 好きでやってるんじゃねーっつーの!

 万が一そーゆーシチュエーションになった時、ボロボロのぱんつ穿いてハジかくのはあんたでしょうに!

 つか、ぱんつはともかく、サイズの小さすぎるブラをしてると血行に悪いし、それだけ肩も凝るのだ。これでもネットで調べたのだ。それに、適性なサイズの下着を着た方がずっと見栄えも良くなる。ムネも大きく見える。肩も凝りにくくなるんだそうだ。それもネットで知った。

 ここまでしてくれる弟なんて、いないだろうに。

 でも・・・。

 ひと姉だって、最初からこんなじゃなかった。

 


 

「なあ、お前たち。人間てもなぁな、一本のスジさえありゃいいんだ。他にゃあ、何にも要らねえ。ただでさえ生き辛れえ渡世だが、そのスジさえ通ってりゃあ、あとはなんとでもならぁな・・・」


 

 スジ。筋道。

 事の道理。条理。ことわり。事柄の順序。順をおった手続き。物事の正しいあり方。本道。そんな意味であるのを、これもネットで知った。

 今わの際にあった父が病床の枕元にひと姉とふた姉を呼んで残した言葉だという。それはふた姉が教えてくれた。その時、ひと姉はまだ中学生。ふた姉なんか小学生だった。ぼくはといえばまだ小学生ですらなかった。物心と言うヤツも、なかった。

 世界で一番尊敬し頼りにしていた父が、この世から去ってゆく。人一倍責任感と正義感が強いひと姉。ベンゴシを志すのも「困っている人を助けたいから」だという。

 そんなひと姉は父の最後の言葉をどんな気持ちで聞いたのだろう。


 

 ぼくが物心ついてから。

 気が付けば、ひと姉はいつも働いて、勉強していた。

 今ではとても信じられないが、じいちゃんばあちゃんが相次いで死んじゃってからは朝早く起きて新聞配達し、夜はけっこう遅くまでファミレスとかでバイトしてた。それが終わって帰宅してからはすぐに机に向かって勉強。いったいいつ寝るんだろう。いつも彼女の体を心配していたのを思い出す。超難関大学にストレートで合格するまで、そんな日々が続いた。

 もちろん、友達と遊ぶことなんて全くなかったしましてやカレシの陰なんかこれっぽちもなかった。ふた姉ほどじゃないけど、世間一般の基準からいっても十分に美人なのに。

 そんなひと姉に初めてカレシさんが出来た時は、だからめっちゃ驚いた。

 彼女はビックリするぐらいにキレイになった。

 ぼくはまだ小学校の高学年ぐらいだったけれど、子供ながらに「女の人ってのは変わるもんなんだなあ」と思った。

 それだけに、初めてデキたカレシに裏切られたと知った時のひと姉の怒りは、ハンパじゃなかった。ウワキ男のキンタマを蹴ってタマを潰したと聞いた時は、さもありなむ、と思ったものだ。

 


 


 

 で、それからいろいろありすぎてんこ盛りで、ぼくが中学で野球をやめたあたりから司法試験の勉強に没頭し始め、それこそ寝食を忘れるほどにガムシャラに突っ走ってきたのだ。

 そんなこんなで今に至っている。

「そんなんじゃ、お父さんに合わせる顔がないよッ!」

 ことあるごとに、ひと姉はこう言ってぼくら姉弟を叱るけれど、ひと姉に対してはふた姉もぼくも、あれだけ傍若無人なみつ姉でさえも、絶対に逆らわない。

 彼女が疲れて還って来てお風呂にも入らずに着ているものを脱ぎ散らかしっ放しにして寝てしまっても、

「しょーがないなあ・・・」

 とフォローもするし、こうして時々マッサージしたげたりもするのである。


 

 ダイニングの椅子にひと姉を座らせ、彼女の足裏を入念に揉み解す。

「あ”ーっ・・・。そご・・・、ぎも”づえ”わ” あ”ーっ・・・」

 ヨダレが垂れるほどに気持ちよくしたげたあとは、ペディキュアで仕上げだ。

 ぼくにはまったく理解できない、こ難しい法律カンケーの雑誌を読みながら、ひと姉はめっちゃリラックスしてる。

 今だ。と、ぼくは仕掛けた。

「あのさー、ひと姉」

「んー・・・」

「来月になったら、ダサイ●マ行っちゃうでしょ?」

「んー・・・」

「その前にさー、面談来てくれないかなー、なんて」

「何のー・・・」

「予備校の」

「なんでー・・・」

「よくわかんないけど、今後の進路のことで」

 ここはあまり具体的に言わない方がいいのを、ぼくはケイケンで知っていた。一番大事なトコは思いっきりボヤかして、ぼくは言った。

「ま、他のヤツらもみんな受けてるんだけどね」

 と、カルめのウソまで吐いた。

「へえー・・・」

「でさ、明日の土曜日なんだけど、いい? 研修、休みでしょ?」

「いいよー・・・」

「じゃ、8時に出るから。7時に起こすからね」

「おお! わかったー・・・」


 

 よっしゃー!


 

 こうして、ぼくはまず作戦の第一段階を成功裏に終えた。

 あとは、明日の第二段階をクリアすればバッチリ。というところまでは漕ぎつけたわけだ。


 


 

 で、翌朝。

 前夜身も心もキレイにリフレッシュさせたひと姉はいつになくスッキリ起きてくれた。

 で、一緒に電車に乗ってぼくの通う予備校に向かった。

 グレーのスーツでビシっと、バッチシキメたひと姉は、いつになく上機嫌だった。ぼくはひと姉になるべく質問をさせないように、あんまキョーミないけど裁判所やベンゴシ事務所の様子などを話題にし続けた。

 で、予備校に着いた。

 事務局の男の人に連れられて面談室に入った。

「タケルの姉でございます。いつも弟がおせわになっております」

「どうも・・・」

 型どおりのあいさつの後、いよいよ第二段階が始まった。

「さっそくですが、これがヤマトくんの直前の模擬テストの結果と分析です」

 なんの前フリもなく、その事務の銀縁メガネ氏は冷たく切り出した。

「で、こちらか当校に入られた当初の志望校になるわけですが、率直に申し上げます。今のヤマトくんの成績では、この第一志望も、第二志望も、とうてい、ムリです」

 そう言って、事務局のメガネ氏はブリッジの辺りを指で押し上げ、おもむろに国公立大学の偏差値ランク一覧という書類を取り出し、ボールペンで指しながら、続けた。

「今のヤマトくんの場合、どうしても国公立大学を志望されるとすれば、理系にせよ文系にせよ、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと下がって、この辺り、」

 と偏差値50ぐらいのラインを指して、

「近隣ですといわゆる『駅弁大学』と言われるコレなら無理すれば、なんとか。コレ辺りなら絶対合格圏になりますね。北の果ての、ココ、とか、あるいは、南の島にある、ココ、とか・・・」


 

 ひゅー・・・・・・・・・・・。


 

 予備校の玄関を出るなり、真夏にもかかわらず冷たい秋風のような突風が肌を刺した。

 目の前のひと姉のスーツの肩は、ビミョーに震えていた。

 ぼくは思わず、尿意を覚えた。

「たー、けー、るーーーーーーーーーー・・・」

「・・・えへ」

 できるだけかわいく見えるように、無理に浮かべたぼくの作り笑いは、無情にも瞬間的に凍った。くるっと振り向いたひと姉の顔は、もはや般若を通り越して、悪鬼に変っていた。

「・・・なんで、黙ってた」

「・・・」

 目の前の活火山にはすでに地鳴りが起こっていた。そんな恐ろしいものを前にしては全ての言葉は意味を失う。

「なんで黙ってたんだって、訊いてるだろおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 ひェ・・・・・・・・・。

 そこは天下の往来である。人も車も行き交う、公道である。

 道行く人々が、時ならぬ不穏な状況に皆足を止め、ぼくたちを遠巻きにしているのが目尻に映った。

 ひと姉はぼくのTシャツの胸元を掴み、悪鬼の形相を鼻先に突きつけて、こう宣うた。

「帰ったら、家族会議だ! いいね?・・・返事はっ!」

「は、はひ・・・」

 今すぐ、どうしてもトイレに行かねばならない。と、ぼくは思った。


 


 


 

  第五話 ぼくの姉、一葉(中編)に続く
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