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第四話 ぼくの姉、三葉(前編)
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いつもなら夕食が終わるとサッサと二階の部屋に上がってしまうみつ姉が、珍しくTVをダラ観していた。ジュータンに肘枕で長々と寝そべって片膝立てた膝の上にはチューハイのカンが載っている。
TVでやってたのはお笑い芸人が夏の浜辺でいちゃつくカップルに突撃レポートしている、実にくだらない番組なのだが、ぼくはと言えばキッチンで食後の洗い物をしながら時折チラ見してる程度だから音声しかわからない。
まだふた姉の赤いスポーツカーは帰って来てなくて、ひと姉は家に帰って来るなり、
「ジゴクだ、ジゴクだ!」
とか言いながら部屋に籠って髪を縛ってハチマキまでしてなにやら調べものに没頭していた。司法試験に合格したひと姉は、今どこだかの裁判所に毎日出勤して講習を受けている最中なのである。きっと宿題でも出たのだろう。さっき夜食のおにぎりを差し入れたばかりだ。ひと姉の大学受験と司法試験のころを思い出した。
で、みつ姉との二人だけの夕飯を食べ終わったのが今なのである。
これも珍しく、いつもはパンイチでいるみつ姉がちゃんとTシャツを着てショーパンまで履いていた。もっとも、ノーブラではある。ちっぱいだからブラジャー要らずだからなのだが、そんなことは口が裂けても言わない。命が惜しいからである。
武闘派ヤクザだったぼくの父がまだ幼少期にその才能を見出して最も目をかけ育て上げた格闘技愛好家。それがみつ姉なのだ。
3人の姉たちの中で一番小さくてスレンダーなのにカラテは2段の黒帯。中学以来昇段試験を受けていないので本当の実力は未知数で∞(無限大)。寝技が嫌いなので柔道はやらないが、カラテ以外にも合気道テコンドーなんでもござれ。その辺りを歩いてるチンピラはもちろん、相手が複数のモノホンヤクザでもぶちのめす猛者ときては命の危険を覚悟することなしに彼女に逆らうのは無謀というものである。
「ハイ、夏真っ盛りの浜辺に来ています。ウヒャー、ナイスバディーの水着ちゃんがイッパイです・・・。さっそく声をかけてみます。
そこのこんがりビキニのめちゃめちゃイケてるお姉さんたち!」
「え、あたしたち? きゃはははは」
「そう。今日は2人で来たの?」
「えー、うん。あと、それぞれのカレシと」
「おー、ダブルデートってやつですね」
「そうともいう」
「で、カレシさんたちはどちらに?」
「あっち。いまアイス買いに行ってるのォ」
「あー、あまりにも暑すぎるもんでねえ、砂も熱いし、ハートも熱いし、カラダも・・・。クーっ! たまらんな、おい!」
「ははは・・・」
「今日はこの後どんなご予定ですか?」
「えー、そこのホテルに部屋とってるんでェ・・・」
「おっとお、お部屋でも熱い夜を、というわけですね? 」
「あはは、まあ、そんなとこです」
「カレシさんとホテルに籠って・・・。クーっ! 」
「けっ! 夏休みだからって、ドイツもコイツも、サカりやがってくっそ・・・。ムカツク」
だったらそんな番組観なきゃいいのに、と誰もが思う。
断っておくが、我が姉たちはそろって美形揃いなのだ。みつ姉もそこそこに、美形である。その中でも一番スレンダー。長い黒髪。ふた姉ほどではないけれど長い手脚・・・。みつ姉だってナカナカなのである。
これでどーしてカレシができないのか。ふた姉ほどのムネはなくとも、世の中には微乳好きという奇特な男もいるのだから。
ハッキリ言っておこう。
致命的に性格が悪いのである。みつ姉は。
「ねえ、みつ姉。早めにオフロ入っちゃってよ」
洗い物を片付け終わってまだダラ観してる彼女に言った。
「タケル、あんた明日何か予定あんの?」
TVから目も離さず、ショーパンの小さなお尻をつまらなそうにポリポリ掻きつつ、みつ姉は言った。
「おべんきょう」
と、ぼくは答えた。
「チッ、だっせーヤツ」
どうして勉強がだっせーのかサッパリわからないが、ひと姉とふた姉と同じように、ぼくの通っている高校の先輩になれなかった人にだけは言われたくないと思った。だが、もちろん性格が悪いことと同様、口には出さない。命が惜しいからである。
TVの前のローテーブルの上を布巾掛けしようと両手を着こうとしたタイミングで、
「あー、ウゼェわっ!」
みつ姉がショーパンから伸びたその長い脚でドンッ、と座卓を蹴ったから手を着きそこなってテーブルに強かにアゴをぶつけた。
「あ、痛っ!」
これがひと姉やふた姉なら、
「大丈夫? タケル」
とか言って心配してくれる。が、みつ姉ときたらそのフリさえもしてくれないのだ。
「チッ! ・・・だっせー」
舌打ちしてとっとこ二階に上がって行った。
「ねえ、オフロ入ってよ。入んないなら先入っちゃうよっ!」
ぶつけたアゴを擦りながら二階に向かって呼び上げたけど・・・。
たぶん、そのまま寝ちゃうんだろうな。
家の戸締りをしながらしばらく待ってみたけど結局みつ姉は降りてこなかった。
で、仕方なく風呂に入って歯を磨き、コーヒーを淹れて、自分の部屋の机に向かった。
みつ姉が「だっせー」と言った勉強をするためである。
夏休み最初の模試の結果は散々だった。
「・・・なにコレ」
我が家の家長であるベンゴシのタマゴのひと姉はぼくの成績を見て絶句した。
例によってぱんつに胡坐をかき、サイズの小さすぎるブラのバンドから駄肉をハミださせたあられもない姿で一升瓶をドンっと畳に突き、酔いで据わりまくった目でぼくを睨んだ。湯飲み茶わんの冷酒をゴクゴク煽り、ウィーッと腕で口を払ったひと姉は、凄んだ。
「このヤマト家の長男が・・・。こんな成績でいいと思ってるのかああああああっ!」
まるで地鳴りと共に大噴火する富士山みたいだった。
まあ、酔っているときに模試の結果を出したぼくも悪かったけれど、あの一時間に及ぶクドクドの説教はサイアクの一語に尽きた。正座させられたまま、ぼくはただひたすらに嵐が過ぎ去るのを耐えた。
明らかに、あの野球部助っ人をした日々が影響していた。野球部顧問兼監督のオニヅカ先生にほだされてやり慣れないことをしたツケが回って来たのだ。人助けして叱られるなんて、こんなワリに合わないことはない。
「何が何でもコクリツに入ること。いいね? この夏休みで絶対に挽回しな。いいね? このまんまじゃ、お父さんに合わせる顔がないよッ!」
もう死んじゃった父親に顔を合わせることはまずないと思いますが・・・。と心の中で思っただけで、もちろん、口には出していない。出したら最後、一時間で済む説教が10時間に超増量すること請け合いなのである。今度模試の結果を出すときはひと姉が帰宅した直後に、素面の時にしようと大いに反省した。
そんなわけで、机に向かってカリカリハゲんでいたのだった。
やがて一区切りをつけたぼくは、寝ることにした。
ぼくは8時間タップリ寝るタイプだ。
高校生活をエンジョイしつつ勉学に励み、3人の無茶苦茶な姉たちのお世話をするためにもスタミナは不可欠。睡眠は大事なのである。もう一度歯を磨いて戸締りを確認し直し、布団を敷いて、寝た。
で、やっぱり、夢を見た。
しこたま𠮟られたひと姉の夢かと思ったら、違った。
ぼくはまだ幼稚園にも上がらないくらいの幼児で、みつ姉とケンカをしていた。
幼いころの記憶は父のも母のもあまりないから、たぶんぼく史上最も古い記憶になるはずだ。その頃のぼくはみつ姉を「みっちゃん」と呼び、しょっちゅうケンカをしていた、らしい。そして今とは違いむしろぼくの方がみつ姉をイジメていた、らしい。
ぼくは大人しく遊んでいた「みっちゃん」のお人形さんを取り上げた。
「うわ~ん! タケルがお人形さんとった~・・・」
みつ姉の鳴き声はすぐに母の知るところとなった。
「タケル、ダメじゃないのみっちゃんいぢめちゃ」
なんと、母の顔はふた姉だった。
「てめえ女を泣かすなんてなあ、20年早えぜ、タケル」
なんと、父の顔はひと姉だった。
すぐに反省したぼくは、仲直りのちゅうをしようと思った。
「ごめんね、みっちゃん。ちゅーしてあげるから泣かないで」
ぼくは涙にぬれたみつ姉の真っ赤なほっぺにちゅうをした。夢だからか、涙は全然しょっぱくなかった。今と同様単純な「みっちゃん」はすぐに泣き止んで笑った。
「みっちゃんもちゅうしてあげるぅ」
「みっちゃん」はぼくのよりも数段強力なちゅうを返して来た。
「チョッ、くるしいよ、みっちゃん」
「タケル、だいちゅきー! 」
「それに、ちょっとクサイかも・・・」
「だいちゅきタケル~」
仕方なく「みっちゃん」を抱きしめてちゅうをし返していて、目が覚めた。
ぼくは顔に押し付けられているみつ姉の裸足の足の裏にちゅうをしていた。
「おい、起きろ、コラ」
どうりでクサイわけだった。
「ああ、おはよう、みつ姉・・・」
長い髪を可愛くツインにして顔もそこそこに可愛い。それなのにちっぱいで足がクサくて性格が悪いみつ姉は、よせばいいのに大きくムネの空いたタンクトップにジャケット代わりの薄いシャツを着て、ぱんつが見えそうなほど思いっきり短いスカートを穿き腰に手を当てて仁王立ちしてぼくを見下ろしていた。弟から見てもギンギンにキアイが入っているのがわかる。
「出かけるから早く起きろっつってんだ、コラ」
「は? どこ行くの?」
「海だよ、海! 海水ぱんつとバスタオル用意しろ」
「でも、みつ姉のビキニはいつものたんすのひきだしに入れておいたよ、去年」
「あたしのじゃねえわ!」
まだ布団の中のぼくにまでツバが飛んできた。
「なんであたしが海水ぱんつ穿く? オマエのだっつーの!」
「ええっ?! ぼくも行くの?」
「あたりめーだろ? グズかテメーは! 早くしろ、カスッ!」
でも今日はゆうべ言ったように予備校の夏期講習に行こうと思ってたんだけど・・・。
当然のようにぼくの意思などはまるっきり無視で、話も聞こうとせず、サッサと麦わら帽子を冠って玄関に行こうとするみつ姉。
まいったな・・・。
きっと、アレだな。昨夜観てたTVにエイキョーされたな。相変わらず成長のない単純なアネだな。んなの友達と行けばいいのに。それか、カレシとか。ああ、そうだった。みつ姉カレシいないんだっけ・・・。
やれやれ、なんでぼくがアネのお守りなんか・・・。と思いながら支度をしていると、やっぱりヤツはやってきた。
「おはよー、タケル! 朝ごはん、ある~?」
2軒隣の、ワカバである。
コイツはしょっちゅうウチに来ては朝めしや晩飯をタカってゆくのである。人の事情も一切ソンタクなしに脳天気オーラバリバリ振りまかれると時としてアタマに来ることがある。
「だって、タケルんちのが美味しいんだもん!」
とか言って。
「・・・」
今もフリフリのついたレモン色のサマードレスに赤いリボンの着いた小さめの麦わら帽子を被ってシレっと玄関先に立っていた。とても楽しそうなのが、ジミにムカツク。
「でさ、朝ごはん食べたら図書館行こ。一緒にベンキョしよ?」
はは~ん・・・。
きっとひと姉の入れ知恵だな。ぼくの成績が落ちかかっているのでまずは環境づくりをと考えたに違いない。アタマのカタいベンゴシのタマゴの考えそうなことだ。
ともあれ、実の姉と海なんかに行ってもどおしようもないので渡りに船と、
「みつ姉。そおゆうことだからさ、海はまた今度・・・」
「グダグダ言ってんじゃねーよ、カス! ・・・行くぞ」
問答無用。
そんな感じがした。
「え、ちょっと・・・」
玄関前に取り残されるワカバの図。毎度同じような展開に、さすがにワカバが気の毒にはなった。で、まだ帰ってきてないふた姉はいいとして、何か一つ忘れているような気がしたが、それもいいとした。みつ姉に強引に手を引かれてしまっては、ぼくには他にどうしようもなかった。
第四話 ぼくの姉、三葉(後編)に続く
TVでやってたのはお笑い芸人が夏の浜辺でいちゃつくカップルに突撃レポートしている、実にくだらない番組なのだが、ぼくはと言えばキッチンで食後の洗い物をしながら時折チラ見してる程度だから音声しかわからない。
まだふた姉の赤いスポーツカーは帰って来てなくて、ひと姉は家に帰って来るなり、
「ジゴクだ、ジゴクだ!」
とか言いながら部屋に籠って髪を縛ってハチマキまでしてなにやら調べものに没頭していた。司法試験に合格したひと姉は、今どこだかの裁判所に毎日出勤して講習を受けている最中なのである。きっと宿題でも出たのだろう。さっき夜食のおにぎりを差し入れたばかりだ。ひと姉の大学受験と司法試験のころを思い出した。
で、みつ姉との二人だけの夕飯を食べ終わったのが今なのである。
これも珍しく、いつもはパンイチでいるみつ姉がちゃんとTシャツを着てショーパンまで履いていた。もっとも、ノーブラではある。ちっぱいだからブラジャー要らずだからなのだが、そんなことは口が裂けても言わない。命が惜しいからである。
武闘派ヤクザだったぼくの父がまだ幼少期にその才能を見出して最も目をかけ育て上げた格闘技愛好家。それがみつ姉なのだ。
3人の姉たちの中で一番小さくてスレンダーなのにカラテは2段の黒帯。中学以来昇段試験を受けていないので本当の実力は未知数で∞(無限大)。寝技が嫌いなので柔道はやらないが、カラテ以外にも合気道テコンドーなんでもござれ。その辺りを歩いてるチンピラはもちろん、相手が複数のモノホンヤクザでもぶちのめす猛者ときては命の危険を覚悟することなしに彼女に逆らうのは無謀というものである。
「ハイ、夏真っ盛りの浜辺に来ています。ウヒャー、ナイスバディーの水着ちゃんがイッパイです・・・。さっそく声をかけてみます。
そこのこんがりビキニのめちゃめちゃイケてるお姉さんたち!」
「え、あたしたち? きゃはははは」
「そう。今日は2人で来たの?」
「えー、うん。あと、それぞれのカレシと」
「おー、ダブルデートってやつですね」
「そうともいう」
「で、カレシさんたちはどちらに?」
「あっち。いまアイス買いに行ってるのォ」
「あー、あまりにも暑すぎるもんでねえ、砂も熱いし、ハートも熱いし、カラダも・・・。クーっ! たまらんな、おい!」
「ははは・・・」
「今日はこの後どんなご予定ですか?」
「えー、そこのホテルに部屋とってるんでェ・・・」
「おっとお、お部屋でも熱い夜を、というわけですね? 」
「あはは、まあ、そんなとこです」
「カレシさんとホテルに籠って・・・。クーっ! 」
「けっ! 夏休みだからって、ドイツもコイツも、サカりやがってくっそ・・・。ムカツク」
だったらそんな番組観なきゃいいのに、と誰もが思う。
断っておくが、我が姉たちはそろって美形揃いなのだ。みつ姉もそこそこに、美形である。その中でも一番スレンダー。長い黒髪。ふた姉ほどではないけれど長い手脚・・・。みつ姉だってナカナカなのである。
これでどーしてカレシができないのか。ふた姉ほどのムネはなくとも、世の中には微乳好きという奇特な男もいるのだから。
ハッキリ言っておこう。
致命的に性格が悪いのである。みつ姉は。
「ねえ、みつ姉。早めにオフロ入っちゃってよ」
洗い物を片付け終わってまだダラ観してる彼女に言った。
「タケル、あんた明日何か予定あんの?」
TVから目も離さず、ショーパンの小さなお尻をつまらなそうにポリポリ掻きつつ、みつ姉は言った。
「おべんきょう」
と、ぼくは答えた。
「チッ、だっせーヤツ」
どうして勉強がだっせーのかサッパリわからないが、ひと姉とふた姉と同じように、ぼくの通っている高校の先輩になれなかった人にだけは言われたくないと思った。だが、もちろん性格が悪いことと同様、口には出さない。命が惜しいからである。
TVの前のローテーブルの上を布巾掛けしようと両手を着こうとしたタイミングで、
「あー、ウゼェわっ!」
みつ姉がショーパンから伸びたその長い脚でドンッ、と座卓を蹴ったから手を着きそこなってテーブルに強かにアゴをぶつけた。
「あ、痛っ!」
これがひと姉やふた姉なら、
「大丈夫? タケル」
とか言って心配してくれる。が、みつ姉ときたらそのフリさえもしてくれないのだ。
「チッ! ・・・だっせー」
舌打ちしてとっとこ二階に上がって行った。
「ねえ、オフロ入ってよ。入んないなら先入っちゃうよっ!」
ぶつけたアゴを擦りながら二階に向かって呼び上げたけど・・・。
たぶん、そのまま寝ちゃうんだろうな。
家の戸締りをしながらしばらく待ってみたけど結局みつ姉は降りてこなかった。
で、仕方なく風呂に入って歯を磨き、コーヒーを淹れて、自分の部屋の机に向かった。
みつ姉が「だっせー」と言った勉強をするためである。
夏休み最初の模試の結果は散々だった。
「・・・なにコレ」
我が家の家長であるベンゴシのタマゴのひと姉はぼくの成績を見て絶句した。
例によってぱんつに胡坐をかき、サイズの小さすぎるブラのバンドから駄肉をハミださせたあられもない姿で一升瓶をドンっと畳に突き、酔いで据わりまくった目でぼくを睨んだ。湯飲み茶わんの冷酒をゴクゴク煽り、ウィーッと腕で口を払ったひと姉は、凄んだ。
「このヤマト家の長男が・・・。こんな成績でいいと思ってるのかああああああっ!」
まるで地鳴りと共に大噴火する富士山みたいだった。
まあ、酔っているときに模試の結果を出したぼくも悪かったけれど、あの一時間に及ぶクドクドの説教はサイアクの一語に尽きた。正座させられたまま、ぼくはただひたすらに嵐が過ぎ去るのを耐えた。
明らかに、あの野球部助っ人をした日々が影響していた。野球部顧問兼監督のオニヅカ先生にほだされてやり慣れないことをしたツケが回って来たのだ。人助けして叱られるなんて、こんなワリに合わないことはない。
「何が何でもコクリツに入ること。いいね? この夏休みで絶対に挽回しな。いいね? このまんまじゃ、お父さんに合わせる顔がないよッ!」
もう死んじゃった父親に顔を合わせることはまずないと思いますが・・・。と心の中で思っただけで、もちろん、口には出していない。出したら最後、一時間で済む説教が10時間に超増量すること請け合いなのである。今度模試の結果を出すときはひと姉が帰宅した直後に、素面の時にしようと大いに反省した。
そんなわけで、机に向かってカリカリハゲんでいたのだった。
やがて一区切りをつけたぼくは、寝ることにした。
ぼくは8時間タップリ寝るタイプだ。
高校生活をエンジョイしつつ勉学に励み、3人の無茶苦茶な姉たちのお世話をするためにもスタミナは不可欠。睡眠は大事なのである。もう一度歯を磨いて戸締りを確認し直し、布団を敷いて、寝た。
で、やっぱり、夢を見た。
しこたま𠮟られたひと姉の夢かと思ったら、違った。
ぼくはまだ幼稚園にも上がらないくらいの幼児で、みつ姉とケンカをしていた。
幼いころの記憶は父のも母のもあまりないから、たぶんぼく史上最も古い記憶になるはずだ。その頃のぼくはみつ姉を「みっちゃん」と呼び、しょっちゅうケンカをしていた、らしい。そして今とは違いむしろぼくの方がみつ姉をイジメていた、らしい。
ぼくは大人しく遊んでいた「みっちゃん」のお人形さんを取り上げた。
「うわ~ん! タケルがお人形さんとった~・・・」
みつ姉の鳴き声はすぐに母の知るところとなった。
「タケル、ダメじゃないのみっちゃんいぢめちゃ」
なんと、母の顔はふた姉だった。
「てめえ女を泣かすなんてなあ、20年早えぜ、タケル」
なんと、父の顔はひと姉だった。
すぐに反省したぼくは、仲直りのちゅうをしようと思った。
「ごめんね、みっちゃん。ちゅーしてあげるから泣かないで」
ぼくは涙にぬれたみつ姉の真っ赤なほっぺにちゅうをした。夢だからか、涙は全然しょっぱくなかった。今と同様単純な「みっちゃん」はすぐに泣き止んで笑った。
「みっちゃんもちゅうしてあげるぅ」
「みっちゃん」はぼくのよりも数段強力なちゅうを返して来た。
「チョッ、くるしいよ、みっちゃん」
「タケル、だいちゅきー! 」
「それに、ちょっとクサイかも・・・」
「だいちゅきタケル~」
仕方なく「みっちゃん」を抱きしめてちゅうをし返していて、目が覚めた。
ぼくは顔に押し付けられているみつ姉の裸足の足の裏にちゅうをしていた。
「おい、起きろ、コラ」
どうりでクサイわけだった。
「ああ、おはよう、みつ姉・・・」
長い髪を可愛くツインにして顔もそこそこに可愛い。それなのにちっぱいで足がクサくて性格が悪いみつ姉は、よせばいいのに大きくムネの空いたタンクトップにジャケット代わりの薄いシャツを着て、ぱんつが見えそうなほど思いっきり短いスカートを穿き腰に手を当てて仁王立ちしてぼくを見下ろしていた。弟から見てもギンギンにキアイが入っているのがわかる。
「出かけるから早く起きろっつってんだ、コラ」
「は? どこ行くの?」
「海だよ、海! 海水ぱんつとバスタオル用意しろ」
「でも、みつ姉のビキニはいつものたんすのひきだしに入れておいたよ、去年」
「あたしのじゃねえわ!」
まだ布団の中のぼくにまでツバが飛んできた。
「なんであたしが海水ぱんつ穿く? オマエのだっつーの!」
「ええっ?! ぼくも行くの?」
「あたりめーだろ? グズかテメーは! 早くしろ、カスッ!」
でも今日はゆうべ言ったように予備校の夏期講習に行こうと思ってたんだけど・・・。
当然のようにぼくの意思などはまるっきり無視で、話も聞こうとせず、サッサと麦わら帽子を冠って玄関に行こうとするみつ姉。
まいったな・・・。
きっと、アレだな。昨夜観てたTVにエイキョーされたな。相変わらず成長のない単純なアネだな。んなの友達と行けばいいのに。それか、カレシとか。ああ、そうだった。みつ姉カレシいないんだっけ・・・。
やれやれ、なんでぼくがアネのお守りなんか・・・。と思いながら支度をしていると、やっぱりヤツはやってきた。
「おはよー、タケル! 朝ごはん、ある~?」
2軒隣の、ワカバである。
コイツはしょっちゅうウチに来ては朝めしや晩飯をタカってゆくのである。人の事情も一切ソンタクなしに脳天気オーラバリバリ振りまかれると時としてアタマに来ることがある。
「だって、タケルんちのが美味しいんだもん!」
とか言って。
「・・・」
今もフリフリのついたレモン色のサマードレスに赤いリボンの着いた小さめの麦わら帽子を被ってシレっと玄関先に立っていた。とても楽しそうなのが、ジミにムカツク。
「でさ、朝ごはん食べたら図書館行こ。一緒にベンキョしよ?」
はは~ん・・・。
きっとひと姉の入れ知恵だな。ぼくの成績が落ちかかっているのでまずは環境づくりをと考えたに違いない。アタマのカタいベンゴシのタマゴの考えそうなことだ。
ともあれ、実の姉と海なんかに行ってもどおしようもないので渡りに船と、
「みつ姉。そおゆうことだからさ、海はまた今度・・・」
「グダグダ言ってんじゃねーよ、カス! ・・・行くぞ」
問答無用。
そんな感じがした。
「え、ちょっと・・・」
玄関前に取り残されるワカバの図。毎度同じような展開に、さすがにワカバが気の毒にはなった。で、まだ帰ってきてないふた姉はいいとして、何か一つ忘れているような気がしたが、それもいいとした。みつ姉に強引に手を引かれてしまっては、ぼくには他にどうしようもなかった。
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