ドMのボクと史上最凶の姉たち

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第一話 ぼくの3人の姉たち(後編)

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「尾行してそいつらのヤサ突き止めてやる!」

「ヤサ?」

 ヤサ、とは、サヤ。刀の鞘のことでそれが転じて人の住処を言う。用が済んだ刀が鞘に収まるように、人が家に帰るのを「ヤサに収まる」というヤクザ用語だ。古いヤクザ映画ばかり見ているからつい口調もヤクザっぽくなってしまうのだろう。

 だが、ぼくは一抹の危惧を抱いた。

 ひと姉が正式にベンゴシになった時、うっかりそのクセが出てしまわないか。

「被告人が被害者のヤサに押し入ったという検察官の主張は・・・」

 などと法廷でやってしまうと裁判官の心証は確実に悪くなりこそすれよくなることは絶対にないだろう。それを恐れた。

「でも、まあ、頑張ってね、ひと姉」

「何言ってんの!」

 ひと姉はぼくの頭を抱えてその豊満な胸にギュッと押し付けた。ヘッドロックというヤツだ。ぼくはコレに滅法ヨワい。

「ああっ!」

「あんたも来ンのよ。これは山戸家全員のモンダイなんだから!」

 こんな愉し・・・、いや、苦しいことをされればイヤでも協力せざるを得ないのである。


 

 日曜日。

 ひと姉とぼくはふた姉のクルマでみつ姉とその友達がイケメンと会うというファストフードの店に行った。

 店の前にクルマを停め、ひたすら待つ。

 運転席と助手席の姉たちはいいが、ぼくはシートの後ろのラゲージスペースに丸くなっていた。

「ツーシーターのクルマだからね。絶対アタマ出しちゃダメよ。お巡りに見つかるとキップ切られちゃうから!」

 動くなと言われると、余計に動きたくなるものである。しかも尿意も催して来た。

「ふた姉、ぼく、おしっこ行きたい」

「ガマンして! 漏らしたら許さないよ!」

 そ、そんな殺生なこと言われても・・・。

 そんな状況にもかかわらず、「お漏らししたら許さないよ!」とか言われて少しゾクゾクしてしまうぼくは、やっぱりヘンタイなのだろうか。

 ひと姉のスマホが鳴った。

 スピーカーからみつ姉の弾んだ声が響いた。

「イケメン、今降りてくよ。グリーンのシャツにジーンズの長髪のヤツ!

 マイコと見つめ合ってラブラブしててさ、こりゃこの後はラブホにお持ち帰りかあっ? って思ったらアッサリ一人で帰ってったよ。あたしもマイコと一緒に出る」

「りょーかい。あとはこっちに任せて家帰ってな。じゃあね、ご苦労さん」

「あ、来たよ。アイツじゃね?」

 ふた姉の指さす方向に、ファストフードの店からグリーンのシャツの男が出て来て流しのタクシーを捕まえるのが見えた。

「ふたちゃん!」

「あいよ~」

 青いスポーツカーはゆっくりと走り出した。

 ふた姉は2、3台置いて気づかれないようにさり気なく目標のタクシーを追尾してゆく。

「追い越すのは本職だけどさあ、ついてくのはねえ・・・。こりゃめっちゃストレス溜まりそー・・・」

「つべこべ言わない! 気づかれず、引き離されず、だよ?」

「はいはい」

 しかし、都心を離れたタクシーが次第にぼくらの街に近づいてゆくや、姉たちの横顔にも次第に不可解の色が浮かんで来た。

「・・・ウチらの街の方に行くね」

 ふた姉の独り言のなかの「ウチらの街」という言葉に、ぼくはふとゲンゴロウさんの言葉を想い出した。ぼくらの街の反対側にあるというコアラ組のことを、である。

「ひと姉。あのさ・・・」

「あ”? 」

 アニキ、エイジの奴がコアラ組の鉄砲玉に殺られやしたっ!

 何ッ!

 振り向いた高●健の形相のような顔をしたひと姉に、思わずぼくは怯んだ。

「・・・やっぱ、いいや」

「なによ! 言いたいことあんならサッサと言いな!」

「あのさ、昨日ゲンゴロウさんが来てね、ダイニングのテーブルの上に赤いバラの一輪差し・・・」

「タケル、今そんな話してる場合じゃねえっ!」

「あ、ごめんよ。ひと姉・・・」

 目が血走っている時のひと姉には逆らわない方が身のためだ。ぼくはすぐに引き下がった。

 西に向かう大きな街道を南に折れるとぼくらの街なのだが、タクシーはぼくの予感の通り左折して南に向かった。

「こりゃあ、もしかして・・・」

 やがてタクシーは住宅街の中の高い塀に囲まれた3階建ての城塞のような家の前に着けた。監視カメラが何台もある、異様なほど頑丈そうな門扉が開くと、イケメンは敷地の中に消えた。

「やっぱね。ウラはコアラ組じゃん。タケル、撮った?」

「バッチリ。でさ、ひと姉。あの、ゲンゴロウさんがね、言ってたよ」

「・・・何を?」

「最近コアラ組が新しいシノギ? 始めたらしい、って・・・」

「シノギ?」

 ひと姉みたいにヤクザ映画にハマっていないふた姉が首をかしげると、

「タケル! なんでそれもっと早く言わないのよっ!」

「言おうとしたじゃんかあ・・・。ああ、ふた姉お願い、コンビニでも公園でもいいからトイレあったら止めて! おしっこちびっちゃいそ・・・」


 

 家に帰ったぼくたち4姉弟はさっそくダイニングのテーブルを囲んで額を突き合わせた。

 テーブルの上にはみつ姉が貰って来た「♪たのしいたのしい旅行のしおり♬」などと題した紙がある。

「なになに? 海辺のビーチバレーと海水浴。楽しいバーベキュー大会をたっぷり楽しみ、ゆったり温泉に浸かったあとは楽しいビンゴゲーム大会もご用意してます、だあ? こどもの遠足かよ。イマドキこんな幼稚な内容で喜ぶ女いるのかね。しかも、一週間の開催日程で参加費たったの千円・・・。怪しさ満点だね」

 ふた姉の軽口に続いて腕組みしたひと姉が総括した。

「これでわかったよ。アイツらの目的はアタマのユルそうな女の子集めて人里離れた田舎に隔離、監禁して無理やりモノ買わせたり会員契約を結ばせたりすることだよ、きっと。一週間も拘束するのはクーリングオフ出来ないようにするためだろうね。法律が変わって18歳から親の承諾なしでクレジット契約できるようになったからね。男の子にモテたい、イケメンと夢のような時を過ごしたい。そういうアホな女の子をターゲットにしてテッテ的に食いものにする気ね」

「アタマのユルそうな子かあ・・・。たしかにマイコはユルいかもね!」

 と、みつ姉は言った。

 いや、引っかかってる時点であんたも十分ユルいと思うんだが・・・。

 もちろんそう思ったが、当然口に出してはいない。

「で、それいつなの?」

「明日」

「めっちゃ急じゃん!」

「間を置くと冷静になっちゃうからね。イケメンと一緒にドキドキワクワクの妄想が熱いうちにキメる。そういう作戦なのよ、きっと。・・・みつ!」

 ひと姉はアタマのユルい妹を睨んだ。

「あんたはそのマイコって子と一緒に行きな。あたしも行く。タケル、あんたもだよ」

「え、ボクも? だってこれ、女の子だけでしょ?」

「大丈夫♡」

「絶対、無理だって!」

「でもさ、」

 とふた姉が割って入った。

「一緒に行くのはいいんだけど、行ってどーすんの? コレがなんかのツミになるワケ?」

「そう、そこなんだよねー・・・」

 とひと姉はいった。

「例えば、消費者法でいうクーリングオフに応じないとか、商品の内容をよく説明せずに無理やり売買契約を結ばせるとかなら違法性がバッチリなんだけどねえ。いろいろグレーなんだよね・・・」

「どーすんの?」

「んー・・・。考え中・・・」

 

 

 そしてその翌日。

 結局ぼくも同行することになってしまった。

 青と白のストライプのゆったりしたサマードレス。それに長い髪のウィッグを着けて。しかもすね毛を剃られ、最悪なことには股間のモッコリを隠すためにサポーターパンツを三重に穿かされた。

「ねえひと姉これ痛いよォ、あそこがスルメになっちゃいそ」

「ガマン! でもあんた、ずいぶん立派な男の子になってたんだね。知らなかった♡」

 そういうひと姉は白のタンクトップに座ったら確実にぱんつが見えてしまいそうなほど短い黒のミニとオソロの黒いベスト。長い髪をおさげにして思いっきし若作りしてた。どう見ても7歳もサバ読むには無理がありすぎる。しかもサイズが合っていなくて無理やり大きなお尻を押し込んでいてスカートはぱっつんぱっつん! ふた姉ほどではないがムネの谷間が深く、それらのお色気で誤魔化す作戦と見た。よくやるな、ひと姉。

「ああん! それあたしのおキニのベストとミニなのにィ・・・」

「お前いつもあたしたちの服勝手に着てるじゃんか! ちょっとぐらいガマンしろ」

 最後にひと姉がぼくの顔にメイクを施した。

「カワイイ! こんなカワイイ『妹』ができるなんて思わなかったよ、タケル!」

 元々髭が薄いタイプだった。

 鏡の中のぼくは見事見知らぬ美少女にヘンシンしていた。うーむ。

 また新たなモノに目覚めてしまいそうなヨカンがした。

 

 ぼくとひと姉、そしてみつ姉は集合場所に向かった。

 お揃いの可愛いコアラのマークが付いた、まるで不似合いなキャップを被った運営スタッフと3人ほどのイケメンが乗った観光バスがやってきた。キャップのスタッフは恐らくはコアラ組の組員たちだろう。ぼくたちは他の15名ほどの参加者と一緒に乗り込んだ。

 バスのドアのところに名簿のバインダーを持った組員と思しきスタッフがいて乗り込む参加者の名前を確認していた。参加者の女の子が名前を告げると名簿をチェックし、参加費の千円を受け取る。

 そして、ぼくの番が来た。

「ヤマ、ダ、タケコです♡」

「ヤマダ、タケコちゃん。・・・えーと、名簿に名前がないねえ・・・」

 コアラのマークのキャップの下はモロイカツいヤクザ顔の男が訝し気にぼくの顔を覗き込んだ。

「とっ、とっ、友達に聞いて、面白そうかなって。飛び入りは、ダメですか?」

 心臓がバクバクしてきた。

「ふ~む、ま、いいでしょう」

 彼はぼくが差し出した千円を受け取り、ぼくは無事にバスに乗り込むことができた。

 ひと姉に至っては、もっとアザトかった。

「イシダ、サトミでえす、うふ♡」

 タンクトップのムネを両の二の腕で絞り、ワザと谷間を強調してコアラスタッフに魅せつけていた。

「イシダ、サトミちゃん。おお、そう言えば女優のイシ●ラサトミに似てるねえ!」

「うふ、よく言われますぅ♡」

 7歳もサバを読んだ挙句に、なんと大胆な・・・。こういうのを「神をも畏れぬ暴挙」と言うのだろう。

 でもまあ、とりあえずそんな風にしてぼくたちはバスに乗り込むことに成功し、バスは発車した。

 乗っているのはみんなみつ姉と同じ年頃の若い女の子ばかり。しかも全員がお顔が少々残念な子ばかりだった。その中ではぼくなんかむしろカワイイ方だと思った。

 みんな最初はムッツリしていたが、イケメンたちが気を遣って伝言ゲームやらイントロ当てゲームやら場を盛り上げ始めるや途端に笑顔で歓声を上げ始めた。

「なんかみんな、単純だね」

 ぼくは隣のひと姉に小声で言った。

「いかに常日頃男の子のチヤホヤに飢えてる子たちかってのがわかるわね。あんたもチョーシ合わせんのよ。バレないようにね」

 そう言ってイントロ当てゲームにハイ、ハイッと手を上げて参加してゆくひと姉。全く似合わないオサゲ髪の彼女でもそれなりに見えてくるから不思議なものである。

 ぼくは手鏡を出してそっと窓の外に出した。2、3台を間において、ちゃんと青いスポーツカーがついて来ていた。

 そうしてバスは海辺の鄙びた温泉街に着いた。

 出発までは暗い陰気な女の子たちに過ぎなかった参加者たちも、バスの中でイケメンたちに持ち上げられ浜辺でイケメンたちとのビーチバレーやボディーボード、スイカ割りに興じ、みんな黄色い声を上げまくって最高潮に盛り上がっていた。

「あれ、タケコちゃんは遊ばないの?」

 当然水着姿になれるはずもなく、つば広の麦わら帽子を深く被って浜辺のパラソルで見学していたぼくは、イケメンの一人に声を掛けられた。

「あ、タケコはあの日らしいの。放っておいてあげて」

 ひと姉が誤魔化してくれてなんとか助かった。彼女は黒いビキニがよく似合っていた、と言いたいところだが、ムネはともかく、お尻と太ももが大きすぎて太すぎて、周りの子たちに比べ明らかにヘビー級の貫禄があった。26で偏食や夜更かし運動不足と、不摂生なコトばかりやってるからこうなるのだ、と思った。

 その後バーベキュー大会でお腹を満たした後は旅館に引き上げて温泉に浸かり、豪華な船盛りを含む豪勢な夕食を取った後、

「夕食後はいよいよ本日のメインイベント。

『モテモテのリア充になって素晴らしい人生を送るためのきらめく100のメソッド』の書籍のご紹介とセミナー受講のための会員登録説明会を行います。みなさん、広間に集まって下さいね」

 コアラのキャップを被ったスタッフの言葉で、みんなゾロゾロと広間に向かった。

 おしっこしたくなったぼくはトイレに行った。

 だが、どうしても女子トイレに入る勇気がなくて、辺りをはばかりつつ男子のほうの個室に入った。そこでワンピースの裾をまくり上げてキツキツの、三重のサポーターパンツを下ろすのに手間取っていると、複数の男たちの声がトイレに入って来た。

 ぼくは気配を消した。

「あ~あ、こんでオレら終わりだよね」

「いや、説明会終了までだ」

「まだあのブスどものお守りやんのかよ、ウゼェ・・・」

 男たちのその声で今日のイケメンたちだとわかった。

「でもよ、一人連れてくりゃ1万、今日の日当5万。店に出てババアの相手するよりはいんじゃね?」

「ま、そりゃそうだ。特にウチの店なんか完全歩合制だからな。テキトーにブスの相手してりゃ銭になるんだからよ。ボロいよな、ガハハ・・・」

 日当? 店? ババアの相手?

 そうか! こいつらは組の人間じゃない。この日のために雇われたんだ。店でババアの相手、というからにはいつもは女の人を相手にする商売の奴らなのだろう。

 ぼくは密かに持ってきたビデオカメラを取り出し、録画ボタンを押した。

「まったくよ、ブスでバカとくりゃもう救いようがねえよな。だいたい一週間の拘束で参加費千円だけなんてフツーあるわきゃねえべ? あいつら、なんも疑ってねえんだもんよ」

「メシだってゴーカなのは今日だけらしいぜ。あとの6日間は3食とも納豆ご飯だけだってよ」

「契約書にハンコついたら後はどーでもいいもんな」

「さ、あと小一時間座ってりゃ仕事は終わりだ。頑張んべー」

「おお・・・」

 彼らが出て行ってしまうのを待って、ぼくもトイレを出た。


 

 広間に行くと、すでに説明会は始まっていた。

 一番後ろの席にいたひと姉の隣のパイプ椅子に座る。目の前の長机の上にはまたまたパンフレットが置いてあった。

 ぼくはトイレで聞いたことをメモにしてひと姉の前に滑らせた。メモに目を通した彼女は親指を立ててニヤ、と笑った。

 正面にホワイトボードがあり、スタッフの中で一番エラそうな男が、ドギツイ顔に無理に笑顔を浮かべて何やら喋っていた。

「みなさん、今日はいかがでしたか? 楽しかったですねえ! 

 そこでみなさん、ちょっと想像してみてください。

 もし、こんな日がずっと毎日続くとしたらどうですか? 素敵だと思いませんか?

 そして振り返ってみてください。昨日までのあなた方の毎日を。

 今日と比べていかがでしたか?

 昨日までの日々の方が楽しかったでしょうか」

 男が問いかけると、女の子たちはみな首を横にブンブン振った。

「わたしは神様じゃありません。ですからあなた方がこれからどのような人生を歩んで行かれるのかはわかりません。それを決めるのはあなた方です」

 そのイカツイヤクザ顔の男の傍らには、あの向かい合う睦まじい男と女の写真に♡が舞っているコラージュのチラシと同じ図柄が表紙になっている本が20冊ほど平積みされていた。その一冊を取り上げ、男は言った。

「みなさんが昨日までの退屈な毎日にサヨナラし、今日のような素晴らしいリア充な日々を送るための、

『モテモテのリア充になって素晴らしい人生を送るためのきらめく100のメソッド』

 今日なら定価10万のところを特別価格半額の5万円でお分けいたします!」

 すると、隣でひと姉が何やらブツブツと呟き始めた。

「霊感商法等に関する不安をあおる告知の付加(4条3項6号)

 事業者が、消費者に対し、霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、そのままでは消費者に重大な不利益を与える事態が生じる旨を示して消費者の不安をあおり、合理的な判断ができない心情(困惑)に陥った消費者に当該消費者契約を締結させた場合には、当該消費者は当該契約を取り消すことができる・・・」

 その呟きは意外に大きく、ホワイトボードの前で演説をしている男の耳にも届いたっぽかった。だが、男は咳ばらいを一つしただけでひと姉を無視して続けた。

「そしてなんと、今この『モテモテのリア充になって素晴らしい人生を送るためのきらめく100のメソッド』をお買い求めいただいた方にはもれなく、今日皆さんと一緒に活動したこのスタッフたちと合同の6泊7日『リア充生活ゲットセミナー』に引き続きご参加いただける特典もご用意いたしました。

 料金は本とセミナー合わせて月々たったの8千400円!」

「割賦販売法第三条。割賦販売業者は、割賦販売の方法により、指定商品若しくは指定権利を販売しようとするとき又は指定役務を提供しようとするときは、その相手方に対して、経済産業省令・内閣府令で定めるところにより、当該指定商品、当該指定権利又は当該指定役務に関する次の事項を示さなければならない。一 商品若しくは権利のその代金の全額を受領する場合の価格である現金販売価格又は役務の現金提供価格・・・。

 60回払い総額にすればしめて50万の大金になる。それを明示しないのは明らかに違法だわ!」

 つぶやきの最後らへんはもうつぶやきの域を超えてハッキリその広間にいる全員に聞えるほどの音量になっていた。

 これにはさすがのヤクザたちも腹に据えかねたらしく、

「あの、何かご質問がおありですか!」

 言葉こそ丁寧だったが、その態度はハッキリ威圧的になっていた。

「質問? 冗談でしょ。これは抗議です!」

 ひと姉は毅然として席を立った。

「みなさん!」

 バンッ! 

 激しく長机を叩いた。

「コイツらの正体は、関東コアラ組というれっきとしたヤクザ、暴力団です!

 みなさんがここで何かを購入したり契約したりすると暴力団の資金源になります。

 みなさん、騙されないでくださいっ!」

 そして昨日ぼくが撮ったイケメンがコアラ組の事務所に出入りする写真をプリントしたのを盛大にばらまいた。

 これには、その場の女の子たちだけでなく、スタッフに扮しているコアラの構成員たちも騒然となった。

 ホワイトボードを背にしていた一番エラそうなヤツはもう、威圧的を飛び越えてハッキリ攻撃的にひと姉を睨みつけていた。

「おうおう! 姉ちゃん。ずいぶんとアジなまねしてくれるじゃねえか」

「ほ~ら、本性現したね、このヤクザ!」

「何を言ってるんだかよくわからねえが、俺たちゃあ真っ当な仕事で正当な対価をもらってるだけでイ。誰にも後ろ指さされるいわれはねえんだよっ!」

「ふんっ! 笑わせてくれるわね」

「なんだと、このアマッ!」

「だいたいね、このサギ紛いのやり口の、いったいどこが真っ当だって言うの?

 今説明したでしょ?

 あんたたちがやってることは、消費者保護法第4条3項6号に抵触するのよ。

『合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、そのままでは消費者に重大な不利益を与える事態が生じる旨を示して消費者の不安をあおり、合理的な判断ができない心情(困惑)に陥った消費者に当該消費者契約を締結させ』る。

 そういう行為なのよ。こういう契約は消費者側が一方的に破棄できる。法律はそうなってんの!」

 そう言ってひと姉は長机の上にあった契約書をビリビリと破り捨てた。

「それに、この子たちはあんたたちと同じスタッフじゃないでしょ? 大方どっかのホストクラブから引っ張って来た売れないホストなんじゃないのォ? タケル!」

 ぼくはさっき録ったトイレの中の音声をボリューム最大で流した。

「でもよ、一人連れてくりゃ1万、今日の日当5万。店に出てババアの相手するよりはいんじゃね?」

「まったくよ、ブスでバカとくりゃもう救いようがねえよな。だいたい一週間の拘束で参加費千円だけなんてフツーあるわきゃねえべ? あいつら、なんも疑ってねえんだもんよ」

「メシだってゴーカなのは今日だけらしいぜ。あとの6日間は3食とも納豆ご飯だけだってよ」

 ひと姉はオサゲの先っぽをくるくる回しながら、言った。

「みなさん、聞いたでしょ? こいつらの正体。あんたたちに契約書を書かせたらすぐにバイバイドロンする人たちなの。

 そして契約書にサインしてハンコついたらクーリングオフさせないようにこのボロ旅館に一週間もカンヅメにする気なのよ。もちろん、あんなゴーカな食事なんてもうない。毎日3食とも納豆ご飯でね。しかもイケメンもいなくなってムサイおっさんしかいなくなる。それでもあなたたちはまだここに居たいの?」

 沈黙が長かった。

 が、女の子の一人がガタっと席を立つと次から次席を立って広間を出ていった。コアラの組員と思しきスタッフが止めようとしたが無駄だった。売れないホストたちも雲行きが怪しくなったのを察したのか、みんな逃げた。

 そして、誰もいなくなった。

 後に残ったのは山戸家の3姉弟とコアラ組のスタッフだけだった。

「・・・やってくれたな、おい。

 ここまでの準備にいったいいくらかけたと思ってやがるんだ。どう落とし前つけるつもりか、聞いてやろうじゃねえか、ああん?」

 一番エラそうなのがドスの利いた声でスゴんだ。

 しかし、ひと姉はそんなのどこ吹く風とでもいうように空とぼけていた。

「別にィ・・・。そんなの、知らないわ。さ、あたしたちも帰るわよ」

「おっと、そうは行くかい」

 手下らしい二人が広間の出口を塞いだ。

「こうなったらおめえたちのカラダで始末着けてもらおうかい」

「どうするっての?」

「決まってらあ! シャブ漬けにしてソープかシナの富裕層相手の遊び女にでもして売り飛ばすんだよ!」

「古! それに発想ダサ! そんなんだからこの程度の底の浅いシノギしかできないんだわ」

「何だとこのアマっ! 言わせておけばいい気になりやがって!

 おい、てめえら。かまうこたあねえ、やっちまえ」

 ぐえへっへっへ・・・。

 まだコアラのキャップを被ったままの手下二人が、下卑た笑い声をあげながらぼくたちに近づいた。

 そこにみつ姉が立ちはだかった。

「てめえも一味か。だがてめえみてえなひんぬーはお呼びじゃねえんだよ。どいてな」

 あ、言っちゃったし・・・。

 絶対に言ってはいけない一言を、コアラの下っ端は言った。ぼくだって面と向かってなんて一度も言ったことないのに。しーらね・・・。

「ちょっと、アンタ! 今なんて言った?」

 ツインテールのゴムを抜き去り、長い髪を掻き上げると、みつ姉はゆっくりと失礼な一言を吐いた男ににじり寄って行った。

「うるせえな! どいてろっつったら、すっこんでりゃいいんでェっ!」

 みつ姉に向かって伸びた男の腕がヒョイと掴まれアッという間に逆手に返されて、男の身体は面白いようにズダーンとひっくり返った。

「こっ、この小娘があっ!」

 もう一人の若い衆がみつ姉に掴みかかる前に彼女の回し蹴りが炸裂し、男の二の腕を激しく打った。ゴキッ、と鈍い音がした。たぶん、骨が折れたっぽい。

「ぐはああっ!・・・」

 4人姉弟の中で唯一、武闘派ヤクザであった父がまだ幼かった彼女の才能を見出し、最も目をかけ育て上げた格闘技愛好家。それがみつ姉なのだ。亡くなる間際まで父は自分の跡目はみつ姉に継がせようとまで考えていたらしい。

 人と競って負けるとめっちゃ悔しいらしくなんかの大会に出たことは一度もないけれど、段持ちであるカラテ以外にも合気道テコンドーなんでもござれの猛者である。だけど寝技が嫌いなので柔道だけはやらないらしい。

 だからぼくは心の中で思っていても絶対に彼女の悪口は口にしないのである。まだ死にたくないからである。

「タケル、カメラ回してるよね」

「うん、バッチリ」

「よし! 純然たる正当防衛。よっしゃ、みつ! 遠慮は要らないから存分に、死なない手度にやっちゃいな!」

「言われなくてもやっちゃうって!」

 そう言ってる間に最初に倒した男が起き上がって来たが、みつ姉にいとも簡単に足蹴にされて引き倒され、胸に残心されてた。

「ぐえっ!」

 たぶん、アバラが一本か二本は折れただろう。

 そして彼女は体を起こして最後に残ったラスボスに向かって行った。

「この、クソアマッ! 

 お前ら、いったい何もんだ?」

「アラ、言わなかったかしら」

 ひと姉は再びオサゲの先をくるくる回しながら、言った。

「あたしの父はヤマトイサム。そしてあたしは娘のヤマトヒトハ。

 父同様、あたしもカタギの衆をナンギさせるような、そんなチンケなシノギしかできないヤクザ崩れが許せないの」

 一番エラそうなのは、なんと小刀を、ダンビラを持っていた。

「あんた、そんなの持ってたの? 銃刀法違反も加わっちゃったね。こりゃ、確実に懲役喰らっちゃうわなー・・・」

「う、うるせえっ! てめえら、ぶっ殺してやるっ!」

 すでに男はアタマに血が上りまくって理性がぶっ飛んじゃってるようだった。

 猛然とみつ姉に襲い掛かってきたけれど、寸前にヒョイと身体を躱した彼女が、ポンとヤツの背中を蹴ってやったら気持ちがいいぐらいに長机を薙ぎ倒して壁際にすっ飛んで行き、見事にひっくり返ってノビた。

 ふぁおん、ふぁおん、ふぁおん・・・。

 その時丁度パトカーのフォーンと共にふた姉が広間に飛びこんできた。

「みんな、大丈夫? ケーサツ呼んできたよ!」

「ああ、ありがとふたちゃん。でも、もう終わっちゃったよ」


 


 


 

 それから・・・。


 

 コアラ組が新しくはじめたシノギは悉く失敗に終わり、組員も暴力団であることから実刑を免れず、組は甚大な損失を被ったらしい。いい気味だ。これで少しは亡き父の敵討ちになったと思う。

 しばらく経ってから我が家にコアラ組の組長と名乗る男が「お礼参り」に来た。背が低くて小太りで目つきの悪い、「いかにも」な男だった。

 だがもちろん、組全員を引き連れてカチ込みに来たのではない。

「この度はウチの若いモンが大変に世話になったそうですね。この礼はいずれシッカリさしてもらいますんで、そこんとこよろしく」

 わざわざ、捨て台詞を言いに来たのだった。黙って引き下がってちゃヤクザとしての沽券に係わるからだ、と、あとでひと姉が教えてくれた。

「あっそ。でも、そんな下らないコトいちいち覚えてられないけどね。盆暮の挨拶ならご遠慮しますから、お気遣いなく」

 ひと姉がそう言ってやったら、ペッと唾を吐いて帰って行った。何て失礼な奴だろう。

「ま、イマドキだしそこまでバカじゃなさそうだから滅多なことにはならないと思うけど、みんな気を抜かないようにね」

 と彼女は言った。

 そのひと姉だが。

 彼女は研修先の法律事務所から大目玉を喰らったらしい。

「修習生の身で事務所に無断で警察沙汰を引き起こした」

 というのがその理由らしい。そして、警察からも、

「シロートが余計なことしてくれちゃってさあ。あのコアラ組については以前から問題があったから内偵も入れていたのに。あんたらのおかげで全部ご破算。おじゃんになった。

 いったいどーしてくれるんだよ!」

 そういうクレームを貰ってしまったらしい。奇しくもあのコアラ組のエラそうなヤツと同じような物言いなのには思わず笑ってしまった。

 みつ姉の「仲のいい友達」たちには、半分には感謝されたけれど半分には嘆かれた。

「あんな楽しいひと時は生れて初めてだったのに・・・」

 と。

 


 

 そしてふたたび、ぱんつ会である。

 仏壇の前で、父の遺影を見上げながらぱんつ姿の娘たちが酒を飲む。

 もし父が生きていたらこの娘たちの行状を見て、何と言うのだろうか。

「ねえ、あたしたち、いいことしたんだよね」

「そりゃそうだよ! 60回払い総額50万。騙し盗られなくて済んだんだからさ」

「ま、少なくても悪いことはしてないよね」

「時間と労力使って、しかも一銭にもならなくて、しかも叱られたけどね」

「コアラの組長も完全にテキに回したしね」

「でもさ、やらないで悶々してるより、やってスカっとしたんだから、いいじゃん?」

「ま、世の中ってのは、そんなもんだよな・・・」

 例によって姉たちのグチには一切口は挟まない。

 末っ子のぼくは、この姉たちのためにせっせと酒とツマミを運ぶだけである。

 でも、それが、みょーに、嬉しいのだ。

 一番末っ子の弟として、この山戸家の「史上最凶」の、あ、もとい、「史上最強の姉たち」のために傅く日々は、悪くない。

 一銭も儲からない。全ての人を幸せにするわけでもない。

 それどころか、時に叱られたり怒られたりもすることがある。

 そんな、一見無益な、下らないことに夢中になってしまう姉たち。

 でも、そんな姉たちが、ぼくは、とても、好きなのだ。

「あ~あ、どっかにいい男いないかな」

「そーだね・・・」

「タケル、ちょっと来な」

 例によって、ぱんつ一丁にサイズの合わないブラジャー姿のひと姉は一升瓶をドンと脇に置くと、酔った目を据わらせつつ、ぼくを傍らに呼んだ。

 ぼくはおとなしく彼女のそばに行く。そして彼女のキョーレツなヘッドロックを受ける。

 ふた姉ほどには大きくないけれど、彼女のあったかいムネにアタマを押し付けられつつ、ぼくはこんなふうに説教される。

「タケル。あんたは山戸家の長男。ただ一人の男。あの世界一の漢(おとこ)、山戸イサムの、ただひとりの息子なんだからね」

 ひと姉の視線の先には仏壇に置かれた父の遺影がある。

 ぼくは、遺影でしか父を知らない。

「フツーの男じゃダメだよ。本当の漢(おとこ)になりな。いいね、タケル」

 酔っぱらったひと姉のヘッドロックを受けつつ、ぼくは、本当の漢とは何だろうと考える。

 そのひとときが、無常に好きなのだ。


 


 


 


 

               第一話 完
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