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キモオタ童貞、盗撮する
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次の日の夕方。
昨日レナが降りたバス停に先回りした。そこでバス停からだいぶ離れた壁際に凭れスマートフォンを見ながらレナが乗ったバスが来るのを待った。
今日は妄想は控えねばと思った。
だが仮に妄想していなくともレナと一緒に降りることは出来なかったのだから、再びこうして尾行せなばならなくなったのは妄想のせいではないのだが。要は自分の本務を忘れるなと戒めたのだ。しかし本来、彼の本務は勉強であって、同級生の女の子を密かに尾行することではないのだが。そこを彼は大きく履き違えていた。
バスが来た。
レナが、降りて来た。
ぷしゅう~っ!
ある程度レナが歩き去りバスのドアが閉まり動き出した。
彼は、後を尾行けた。
レナを追って路地を入り、100メートルは離れてしばらく歩くと、彼女の姿が一軒のこじんまりした家の中に消えた。この辺りの住宅地ではありふれた二階家だった。
「ただいま~。ヨウジィ? 帰ってるの?」
その声が閉まる玄関ドアの中に消えたのを通り過ぎながら聞いた。
弟がいるのか?
閉まったドアの前にしばし佇んでいると目の前にめっちゃ体格のいいイガグリ頭がヌッと現れた。
ひっ!
彼はそそくさとその場を歩み去った。
その巨漢がレナの消えたドアの中に消えたのも見届けた。
「ねえちゃん、帰ったの?」
ドアの向こうからそんな言葉が聞こえた。
あれが弟か・・・。
ラグビー部か、柔道部か。タイマンじゃ絶対に太刀打ちできんな。と、彼は思った。
彼女、家ではどんな感じなのだろう。
多少危険だったが、道に迷ったフリをして通りに面したブロック塀から家の中を窺った。
と。
頭の上からサッシ窓が開く音がして驚いて見上げた。彼女の声が聞こえて来た。
「お前さー! 早く帰ったんなら洗濯モノぐらい入れろ、アホ! しかも玄関のカギもしないで買い物なんか行くなっつーの! 殴るぞ、しまいには!」
彼女はベランダに干した洗濯物を怒りながら取り入れていた。
おっかねえ姉ちゃんだな、と思った。学校にいる時とは大違いだ。
だが、それに怯むほど彼はヤワではなかった。むしろそのギャップに、さらに萌えた。
「おい! 先に帰ったんだからお前がやれ! あ、ちょっと待て」
再びベランダに出て来たレナがやや小さめの物干しを掴んだ。
下着、しかも、パンツだ・・・。
憧れの彼女の下着、と思しきものを初めて見た。白や青のしましま。薄いピンクの可愛らしいのもあった。それらがデカくてゴツいトランクスと一緒だった。ベージュ色のババ臭いのもあった。一瞬の出来事だったが、そのあまりにも短い時間にそれだけの情報を得ることが、彼にはできた。特技と言ってもいいくらいのものだ。
アレはきっと母親のだな。彼はそう見当をつけた。あんなババ臭いのを、レナは穿かない。当然のように彼はそう思い込んだ。
残りの洗濯物は、さっきのイガグリ巨漢が出て来て取り入れていった。あんなゴツイのに、姉には従順なんだな。
「まさかとは思うけど、あんた姉ちゃんのぱんつ、イタズラしてないよね。最近行方不明が多いんだけど」
家の中から再び彼女のデカい声がした。
「し、知らねえよ。どっかに紛れてんじゃないの?」
ベランダで洗濯物を取り込む弟が答えていた。
「わかってると思うけど、もしイタズラしてたら、コロすからね」
彼女の声は、程よくドスが効いていた。
彼女のパンツか・・・。欲しいな。
あの弟はもしかしたら密かに彼女のパンツを盗んでいるのではないか?
そんな、どうでもいいことを気にしているうちに、またもや妄想に陥った。
彼女は彼の乳首をナメながら、彼のナニを、シゴいた。
「こんなカチカチにしちゃって・・・。気持ちいいの?」
ドスの利いた声で、彼の耳元に囁いた。
そしておもむろにパンツを脱ぎ、彼の鼻にあてた。
「どう? あたしの匂い・・・」
一瞬だけ妄想してしまった。彼は無防備にもズボンにテントを張っていた。
もう、いいだろう。辺りはすっかり暗くなっていた。
テントしているのを警官とかに見つかって職質されたりすると、非常にマズい。
すっかり陽の落ちた路地を、彼は足早に歩き去った。
ああ。彼女のパンツが欲しい・・・。
からん、ころん・・・。
またドアのカウベルが鳴った。
期待して見上げたものの、またしても客はレナではなかった。
スマートフォンを見た。約束の10時になるところだった。
遅いな・・・。
やっぱりキミはツミな女だ、レナ。
でもぼくはそんなキミを許すよ。だってキミは、ぼくの運命の女だから。
彼は、またしても何ら根拠のない意味不明の自信たっぷりでほくそ笑みを浮かべ、独り言ちた。そして三度、レナとの記憶の中に埋没していった。
「ユカー、あんたまた胸大きくなってない~?」
「そうなんだよー。最近育ってきてんのー。あー。この解放感。またするの、やだなー」
「ほーんとだ。デカイわ」
「いーな。少しちょうだい」
現実と妄想。
現実には叶わない、叶えられない夢。それを叶えようと努力する人がいる。そういう人を世間は賞賛する。
現実には叶わない、叶えられない夢を仮想現実と言う手段であたかも叶えられたかの如く錯覚させる技術というものもある。世間はこういう技術に金を使い、仮想現実を愉しむ。
現実には叶わない、叶えられない夢である。最初からそう断定して妄想するだけで満足する人もいる。世間の大多数がこれであり、妄想するだけなら決して誰も傷つかないし罪にはならない。
彼の場合は。
レナという女の子に恋をし、彼女とラブラブになって自分のものにしたい。
本来、その夢を現実にしようと思うなら、まず現実の「佐々木麗奈」という女の子の前に立つことだ。立って、まず相手と言葉を交わす。
どのような形でもいい。
最も単純な方法は、自己紹介して自分の想いを直球で相手に伝えることだ。
「俺、四組のカゲマノブオ。キミが好きだ。付き合ってくれよ」
キモオタ童貞のほとんどはこういう方法は取らないし、取れない。そんな方法が可能なのは、学園カーストの最上位の勉強も運動もできるイケメンのリア充だけだと思い込んでいる。いや、それまでの短い人生の間にそう思い込まされている。直球で告白し、玉砕した場合のことを考えると恐ろしくなり、できない。
そんなリスクを回避したければ、あるいは友達を介してとか、同性や異性の友達に紹介してもらうとかでもいい。それに何も最初からコクらなくたっていい。共通の話題や共通の趣味、共通の活動を通じて少しずつ相手との距離を縮めてゆく。実は世間の多くはこういう方法をとる。
「レナ、あのさ、こんどカラオケ行かね? メンツなんだけどさ男子入ってもいい? あのさ四組のカゲマってヤツなんだけどさ・・・」
残念ながらキモオタ童貞のほとんどがそんなありがたい友達を持っていない。
彼らの多くは自分の趣味嗜好を満足させる城の中に籠り、現実世界では同じ趣味嗜好を持つと思われる者、すなわち「キモオタ童貞同盟」ともいうべき同類たちでカタマルだけなのである。したがって現実はいっかな彼らの方に歩み寄ることはなく、彼らはいずれ「魔法使い」と呼ばれる生涯童貞、あるいは「生涯シロート童貞」の道を選ぶしかなくなるのである。
しかし、彼はレナを諦めきれなかった。
彼が自己の欲望を追及してゆくにしたがって、その「現実と妄想」二項の乖離はより大きく広がっていった。現実に立ち向かうのではなく、自己の妄想を補強するほうに労力を費やして行った当然の結果だった。そしてその妄想の強化のための努力は、ついに犯罪となるまでに肥大していった。
彼のPCには苦労して入手した動画があった。
女子テニス部の部室の中を映し出した映像。もちろん、盗撮だった。ここまでくるとれっきとした犯罪行為だ。
それはごく小さなカメラ、出力が小さくて遠くまではムリだが、ある帯域の電波を飛ばす発信機と受信機、そして発信側の電源さえあれば実現してしまう。そしてそれらは驚くほど安価に手に入るのだ。
彼はその軍資金をズボラなオカンのサイフから何回かに分けて少額ずつ盗んだ。自分の息子が財布からカネをくすね、女子のハダカを盗撮するために装備一式を買い求めたと知れば、オカンは絶対に怒りまくり、悲しむ。だが、そんな顧慮さえも欲望と妄想に目の眩んだ彼には、なかった。
盗撮装置を設置するために校舎裏の雑草ボーボーになった部室棟の破れかけのフェンスの位置とか、いつもサムターン錠を掛け忘れている女子ソフト部の用具置き場の窓の情報も手に入れていた。そこから侵入し隣り合った女子テニス部の部室に入れることも、ちゃんと調べ上げていた。
深夜よりド早朝のほうが何かと都合がいいことも調べていた。万一誰かに見つかっても、
「早朝ランニングっス。ビミョーにメタボってるもんで、えへへ」
そんな風に誤魔化せる。少なくとも彼はそう考えた。
全てはレナのハダカが見たいがためだった。
そしてそれは、結果的に上手く行ったのである。
夏休み真っ只中の深夜というよりもう、未明、早朝。
女子テニス部の部室への潜入に成功した彼は、暗闇の中で深呼吸した。女子のシャンプーやリンスやデオドラントの香りや甘い汗の匂いが充満している。実際にはそれほど匂う者でもないし、男子ほどではないが汗臭いことはあるのだが、妄想の権化と化している彼にはその「隠れたパヒューム」が感じられたのだ。
彼はしばし、萌えた。
気を取り直して赤いセロファンを被せた小さなフラッシュライトを点け暗い部室の中をぐるりと照らした。その佇まいは繰り返してきた彼の妄想を支えた、彼の「女子というものへの幻想」を少し、壊した。
部屋の両側の壁にはロッカーが並んでいて、その二つほどが扉が半開きだった。好奇心に駆られ、彼はそれを開いた。ハンガーが二つ掛かっていた。ライトを下に向けて行くと・・・。汚れたソックスが丸めて捨てられるように放置されていた。
取り上げてみた。
匂いを、嗅いだ。
「オエッ!」
フツーに、臭かった。彼は匂いフェチではなかった。
残念ながら、期待したパンツとかアンダースコートは、なかった。
もう一つの半開きも、いやこの際全部のロッカーをチェックして・・・。
そこで彼は現実に帰った。
こんなことをしている場合ではない。急がねば、陽が昇る。
リュックから古びた小さな段ボール箱を取り出し、一番隅のロッカーの上にさりげなく置いた。箱の中からコードを伸ばし、ロッカーの下にあるアウトレットに繋いだ。部室の造り、アウトレットの位置、ロッカーの高さ、配置。それらが男女ともどの部活も全く同じであることも調べていたから長さもピッタリ。段ボール箱同様に最も使い古した延長コードを家からくすねて来ていた。その「薄汚れ度合い」が目立たなさを演出する。
これで終わり。
あとは痕跡を残さぬように来たルートを戻って無事に学校の敷地の外に出た。そして、黎明の街路を若干肥満した身体を揺らせながら小走りに駆けていった。
そして、その日の夕方。
いつものようにカメラをぶら下げて校舎周辺を彷徨った。特に、運動部の部室棟のある辺りを重点的に。彼のカメラのレンズはその周辺の佇まいとか夕陽に照らされる校舎、練習に汗する生徒たちの息遣いなどに向けられていたが、彼の意識は全く別な方向に向いていた。カメラバッグの中には手に乗るほどの大きさの受信機とUSBケーブルで繋がれた彼のスマートフォンが入っていた。校舎の風景を撮るふりをして、今朝仕掛けたカメラからの電波を受信したのである。
「バイバイ。また明日ね」
部活を終えたテニス部の女子たちが校門に向かうころ。彼は既に校舎を出ていた。
小走りももどかしく、家に帰るのも待てず、歩きながらスマートフォンを取り出してイヤホンを着けた。盗撮機器と一緒にサイトからダウンロードした専用動画アプリを起動し、メモリーフォルダーに録画されているはずの動画ファイルを、見た。
心臓がバクバクした。
動画は鮮明に映っていた。
「ヤリィ!」
舗道の上で思わずガッツポーズを取った彼を、カートを引いたおばあさんが胡散臭げにジロジロと睨んで通り過ぎた。
気を取り直して、画面に戻った。
丁度練習を終えた女子たちが入ってきていた。
「ユカー、あんたまた胸大きくなってない~?」
音声もクリアに録れていた。
「そうなんだよー。最近育ってきてんのー。あー。この解放感。またするの、やだなー」
おおっ! これは1組のサカイ。めっちゃ巨乳ではないかね!
「ほーんとだ。・・・デカイわ」
「いーな。少しちょうだい」
これは5組のエンドー。なんと掌でサカイの巨乳を下からたっぷんたっぷんしているっ!
うはっ!
さすが、女子テニス部室!
やった! ぼくは、やり遂げたんだ!
辛うじて彼は勝利の雄たけびだけはガマンした。
・・・だが、待てよ。
肝心のレナが、ササキレナがいない。
何故だ・・・。
録画した映像をもう一度観たがどこにもレナは映っていなかった。
愚かな彼はあまりにも録画そのものに熱中し過ぎ、今日レナが部活を欠席したことを知らなかった。
仕方なく、多少ブスだが我慢して、今日の成果、モブ女の一人であるサカイの、白いスポーツブラからぷるんとまろび出た巨乳で、ヌイた。当然だが、ヌイた後、やっぱり彼は賢者になった。
昨日レナが降りたバス停に先回りした。そこでバス停からだいぶ離れた壁際に凭れスマートフォンを見ながらレナが乗ったバスが来るのを待った。
今日は妄想は控えねばと思った。
だが仮に妄想していなくともレナと一緒に降りることは出来なかったのだから、再びこうして尾行せなばならなくなったのは妄想のせいではないのだが。要は自分の本務を忘れるなと戒めたのだ。しかし本来、彼の本務は勉強であって、同級生の女の子を密かに尾行することではないのだが。そこを彼は大きく履き違えていた。
バスが来た。
レナが、降りて来た。
ぷしゅう~っ!
ある程度レナが歩き去りバスのドアが閉まり動き出した。
彼は、後を尾行けた。
レナを追って路地を入り、100メートルは離れてしばらく歩くと、彼女の姿が一軒のこじんまりした家の中に消えた。この辺りの住宅地ではありふれた二階家だった。
「ただいま~。ヨウジィ? 帰ってるの?」
その声が閉まる玄関ドアの中に消えたのを通り過ぎながら聞いた。
弟がいるのか?
閉まったドアの前にしばし佇んでいると目の前にめっちゃ体格のいいイガグリ頭がヌッと現れた。
ひっ!
彼はそそくさとその場を歩み去った。
その巨漢がレナの消えたドアの中に消えたのも見届けた。
「ねえちゃん、帰ったの?」
ドアの向こうからそんな言葉が聞こえた。
あれが弟か・・・。
ラグビー部か、柔道部か。タイマンじゃ絶対に太刀打ちできんな。と、彼は思った。
彼女、家ではどんな感じなのだろう。
多少危険だったが、道に迷ったフリをして通りに面したブロック塀から家の中を窺った。
と。
頭の上からサッシ窓が開く音がして驚いて見上げた。彼女の声が聞こえて来た。
「お前さー! 早く帰ったんなら洗濯モノぐらい入れろ、アホ! しかも玄関のカギもしないで買い物なんか行くなっつーの! 殴るぞ、しまいには!」
彼女はベランダに干した洗濯物を怒りながら取り入れていた。
おっかねえ姉ちゃんだな、と思った。学校にいる時とは大違いだ。
だが、それに怯むほど彼はヤワではなかった。むしろそのギャップに、さらに萌えた。
「おい! 先に帰ったんだからお前がやれ! あ、ちょっと待て」
再びベランダに出て来たレナがやや小さめの物干しを掴んだ。
下着、しかも、パンツだ・・・。
憧れの彼女の下着、と思しきものを初めて見た。白や青のしましま。薄いピンクの可愛らしいのもあった。それらがデカくてゴツいトランクスと一緒だった。ベージュ色のババ臭いのもあった。一瞬の出来事だったが、そのあまりにも短い時間にそれだけの情報を得ることが、彼にはできた。特技と言ってもいいくらいのものだ。
アレはきっと母親のだな。彼はそう見当をつけた。あんなババ臭いのを、レナは穿かない。当然のように彼はそう思い込んだ。
残りの洗濯物は、さっきのイガグリ巨漢が出て来て取り入れていった。あんなゴツイのに、姉には従順なんだな。
「まさかとは思うけど、あんた姉ちゃんのぱんつ、イタズラしてないよね。最近行方不明が多いんだけど」
家の中から再び彼女のデカい声がした。
「し、知らねえよ。どっかに紛れてんじゃないの?」
ベランダで洗濯物を取り込む弟が答えていた。
「わかってると思うけど、もしイタズラしてたら、コロすからね」
彼女の声は、程よくドスが効いていた。
彼女のパンツか・・・。欲しいな。
あの弟はもしかしたら密かに彼女のパンツを盗んでいるのではないか?
そんな、どうでもいいことを気にしているうちに、またもや妄想に陥った。
彼女は彼の乳首をナメながら、彼のナニを、シゴいた。
「こんなカチカチにしちゃって・・・。気持ちいいの?」
ドスの利いた声で、彼の耳元に囁いた。
そしておもむろにパンツを脱ぎ、彼の鼻にあてた。
「どう? あたしの匂い・・・」
一瞬だけ妄想してしまった。彼は無防備にもズボンにテントを張っていた。
もう、いいだろう。辺りはすっかり暗くなっていた。
テントしているのを警官とかに見つかって職質されたりすると、非常にマズい。
すっかり陽の落ちた路地を、彼は足早に歩き去った。
ああ。彼女のパンツが欲しい・・・。
からん、ころん・・・。
またドアのカウベルが鳴った。
期待して見上げたものの、またしても客はレナではなかった。
スマートフォンを見た。約束の10時になるところだった。
遅いな・・・。
やっぱりキミはツミな女だ、レナ。
でもぼくはそんなキミを許すよ。だってキミは、ぼくの運命の女だから。
彼は、またしても何ら根拠のない意味不明の自信たっぷりでほくそ笑みを浮かべ、独り言ちた。そして三度、レナとの記憶の中に埋没していった。
「ユカー、あんたまた胸大きくなってない~?」
「そうなんだよー。最近育ってきてんのー。あー。この解放感。またするの、やだなー」
「ほーんとだ。デカイわ」
「いーな。少しちょうだい」
現実と妄想。
現実には叶わない、叶えられない夢。それを叶えようと努力する人がいる。そういう人を世間は賞賛する。
現実には叶わない、叶えられない夢を仮想現実と言う手段であたかも叶えられたかの如く錯覚させる技術というものもある。世間はこういう技術に金を使い、仮想現実を愉しむ。
現実には叶わない、叶えられない夢である。最初からそう断定して妄想するだけで満足する人もいる。世間の大多数がこれであり、妄想するだけなら決して誰も傷つかないし罪にはならない。
彼の場合は。
レナという女の子に恋をし、彼女とラブラブになって自分のものにしたい。
本来、その夢を現実にしようと思うなら、まず現実の「佐々木麗奈」という女の子の前に立つことだ。立って、まず相手と言葉を交わす。
どのような形でもいい。
最も単純な方法は、自己紹介して自分の想いを直球で相手に伝えることだ。
「俺、四組のカゲマノブオ。キミが好きだ。付き合ってくれよ」
キモオタ童貞のほとんどはこういう方法は取らないし、取れない。そんな方法が可能なのは、学園カーストの最上位の勉強も運動もできるイケメンのリア充だけだと思い込んでいる。いや、それまでの短い人生の間にそう思い込まされている。直球で告白し、玉砕した場合のことを考えると恐ろしくなり、できない。
そんなリスクを回避したければ、あるいは友達を介してとか、同性や異性の友達に紹介してもらうとかでもいい。それに何も最初からコクらなくたっていい。共通の話題や共通の趣味、共通の活動を通じて少しずつ相手との距離を縮めてゆく。実は世間の多くはこういう方法をとる。
「レナ、あのさ、こんどカラオケ行かね? メンツなんだけどさ男子入ってもいい? あのさ四組のカゲマってヤツなんだけどさ・・・」
残念ながらキモオタ童貞のほとんどがそんなありがたい友達を持っていない。
彼らの多くは自分の趣味嗜好を満足させる城の中に籠り、現実世界では同じ趣味嗜好を持つと思われる者、すなわち「キモオタ童貞同盟」ともいうべき同類たちでカタマルだけなのである。したがって現実はいっかな彼らの方に歩み寄ることはなく、彼らはいずれ「魔法使い」と呼ばれる生涯童貞、あるいは「生涯シロート童貞」の道を選ぶしかなくなるのである。
しかし、彼はレナを諦めきれなかった。
彼が自己の欲望を追及してゆくにしたがって、その「現実と妄想」二項の乖離はより大きく広がっていった。現実に立ち向かうのではなく、自己の妄想を補強するほうに労力を費やして行った当然の結果だった。そしてその妄想の強化のための努力は、ついに犯罪となるまでに肥大していった。
彼のPCには苦労して入手した動画があった。
女子テニス部の部室の中を映し出した映像。もちろん、盗撮だった。ここまでくるとれっきとした犯罪行為だ。
それはごく小さなカメラ、出力が小さくて遠くまではムリだが、ある帯域の電波を飛ばす発信機と受信機、そして発信側の電源さえあれば実現してしまう。そしてそれらは驚くほど安価に手に入るのだ。
彼はその軍資金をズボラなオカンのサイフから何回かに分けて少額ずつ盗んだ。自分の息子が財布からカネをくすね、女子のハダカを盗撮するために装備一式を買い求めたと知れば、オカンは絶対に怒りまくり、悲しむ。だが、そんな顧慮さえも欲望と妄想に目の眩んだ彼には、なかった。
盗撮装置を設置するために校舎裏の雑草ボーボーになった部室棟の破れかけのフェンスの位置とか、いつもサムターン錠を掛け忘れている女子ソフト部の用具置き場の窓の情報も手に入れていた。そこから侵入し隣り合った女子テニス部の部室に入れることも、ちゃんと調べ上げていた。
深夜よりド早朝のほうが何かと都合がいいことも調べていた。万一誰かに見つかっても、
「早朝ランニングっス。ビミョーにメタボってるもんで、えへへ」
そんな風に誤魔化せる。少なくとも彼はそう考えた。
全てはレナのハダカが見たいがためだった。
そしてそれは、結果的に上手く行ったのである。
夏休み真っ只中の深夜というよりもう、未明、早朝。
女子テニス部の部室への潜入に成功した彼は、暗闇の中で深呼吸した。女子のシャンプーやリンスやデオドラントの香りや甘い汗の匂いが充満している。実際にはそれほど匂う者でもないし、男子ほどではないが汗臭いことはあるのだが、妄想の権化と化している彼にはその「隠れたパヒューム」が感じられたのだ。
彼はしばし、萌えた。
気を取り直して赤いセロファンを被せた小さなフラッシュライトを点け暗い部室の中をぐるりと照らした。その佇まいは繰り返してきた彼の妄想を支えた、彼の「女子というものへの幻想」を少し、壊した。
部屋の両側の壁にはロッカーが並んでいて、その二つほどが扉が半開きだった。好奇心に駆られ、彼はそれを開いた。ハンガーが二つ掛かっていた。ライトを下に向けて行くと・・・。汚れたソックスが丸めて捨てられるように放置されていた。
取り上げてみた。
匂いを、嗅いだ。
「オエッ!」
フツーに、臭かった。彼は匂いフェチではなかった。
残念ながら、期待したパンツとかアンダースコートは、なかった。
もう一つの半開きも、いやこの際全部のロッカーをチェックして・・・。
そこで彼は現実に帰った。
こんなことをしている場合ではない。急がねば、陽が昇る。
リュックから古びた小さな段ボール箱を取り出し、一番隅のロッカーの上にさりげなく置いた。箱の中からコードを伸ばし、ロッカーの下にあるアウトレットに繋いだ。部室の造り、アウトレットの位置、ロッカーの高さ、配置。それらが男女ともどの部活も全く同じであることも調べていたから長さもピッタリ。段ボール箱同様に最も使い古した延長コードを家からくすねて来ていた。その「薄汚れ度合い」が目立たなさを演出する。
これで終わり。
あとは痕跡を残さぬように来たルートを戻って無事に学校の敷地の外に出た。そして、黎明の街路を若干肥満した身体を揺らせながら小走りに駆けていった。
そして、その日の夕方。
いつものようにカメラをぶら下げて校舎周辺を彷徨った。特に、運動部の部室棟のある辺りを重点的に。彼のカメラのレンズはその周辺の佇まいとか夕陽に照らされる校舎、練習に汗する生徒たちの息遣いなどに向けられていたが、彼の意識は全く別な方向に向いていた。カメラバッグの中には手に乗るほどの大きさの受信機とUSBケーブルで繋がれた彼のスマートフォンが入っていた。校舎の風景を撮るふりをして、今朝仕掛けたカメラからの電波を受信したのである。
「バイバイ。また明日ね」
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小走りももどかしく、家に帰るのも待てず、歩きながらスマートフォンを取り出してイヤホンを着けた。盗撮機器と一緒にサイトからダウンロードした専用動画アプリを起動し、メモリーフォルダーに録画されているはずの動画ファイルを、見た。
心臓がバクバクした。
動画は鮮明に映っていた。
「ヤリィ!」
舗道の上で思わずガッツポーズを取った彼を、カートを引いたおばあさんが胡散臭げにジロジロと睨んで通り過ぎた。
気を取り直して、画面に戻った。
丁度練習を終えた女子たちが入ってきていた。
「ユカー、あんたまた胸大きくなってない~?」
音声もクリアに録れていた。
「そうなんだよー。最近育ってきてんのー。あー。この解放感。またするの、やだなー」
おおっ! これは1組のサカイ。めっちゃ巨乳ではないかね!
「ほーんとだ。・・・デカイわ」
「いーな。少しちょうだい」
これは5組のエンドー。なんと掌でサカイの巨乳を下からたっぷんたっぷんしているっ!
うはっ!
さすが、女子テニス部室!
やった! ぼくは、やり遂げたんだ!
辛うじて彼は勝利の雄たけびだけはガマンした。
・・・だが、待てよ。
肝心のレナが、ササキレナがいない。
何故だ・・・。
録画した映像をもう一度観たがどこにもレナは映っていなかった。
愚かな彼はあまりにも録画そのものに熱中し過ぎ、今日レナが部活を欠席したことを知らなかった。
仕方なく、多少ブスだが我慢して、今日の成果、モブ女の一人であるサカイの、白いスポーツブラからぷるんとまろび出た巨乳で、ヌイた。当然だが、ヌイた後、やっぱり彼は賢者になった。
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