道連れは可愛くて逞しい ~ミクとナツキの物語~

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第三部 つくす

37 a kept man

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 彼のことを美玖たち下級生は「モリオ先輩」と呼んでいた。名字は木本。同じ水泳部だけでなく同級生のほとんどから嫌われていたし、下級生からも警戒され嫌悪されていた。

 理由は性格の悪さ。下劣な人だと聞いた。どのように下劣で性格が悪いのか。具体的な事実を見たとか直接経験したわけではなかったが、とにかく彼にはいつも悪い噂が立っていた。同級生や下級生の女子を手あたり次第に口説く。他校の女子を連れて飲み屋街にいた。ラブホテルに入って行ったのを見た。女から金を巻き上げてパチンコやマージャンばかりしている、等々。

 恵まれた体格を持ち、タイムも悪くなかったのに練習に身を入れず、二年の終わりぐらいから部活に来なくなり、三年にもなると校外の悪い連中と付き合いだしたと噂が流れ、学校にも来なくなり、最終的に三年の冬ごろ、退学した。

 美玖が彼、木本と接点を持ったのはそんな彼の退学寸前の秋ごろのことだった。それは年頃の女子によくあるワルに憧れるとか、そういうものではなく、ほんの些細なありふれた偶然の産物だった。

 夏が終わると二年生は新人戦に向けた活動が活発になってゆく。美玖も気合を入れて臨んだのだが、ほんの少しのタイムの差で個人戦の代表に洩れた。それでも団体戦で活躍する道は残されていたのに、気持ちがささくれてしまった。

 付き合っていた夏樹に愚痴を聞いてもらい、慰めて欲しかった。しかし、彼もまたバスケット部のレギュラーとして地区大会を控え、毎日遅くまで体育館の煌々とした灯りの下で汗を流していた。

 その日美玖は部活を休んで家で私服に着替えゲームセンターに行った。

 猛烈にむしゃくしゃしていた。そこにあるマシンを手当たり次第に攻めまくっていたところに声を掛けられた。

「おう! ミクじゃねえか」

 木本だった。


 

 彼は話しが上手かった。最初に抱いた警戒感も薄れ、ビリヤードに連れて行かれ、大人の雰囲気に酔い、初めて飲まされた甘いカクテルに酔いつぶれた。

 気がついたら、知らない部屋に連れ込まれていた。

「何してるんですか!」

「脱がしてんだよ。見りゃわかんだろ」

 両手はバンザイでパイプベッドのヘッドにビニール紐で縛られ、すでにジーンズが脱がされて下着に手がかけられていた。もちろん、思いきり抵抗した。しかし、バタつかせた両脚の上に乗られ、下着を下ろされ、トレーナーを下のシャツごと捲り上げられると哀願した。

「やめてください! あたし付き合ってる人いるんです」

「そうか。オレにゃカンケーねえけどな」

 絶望的な言葉を吐かれ、目の前が暗くなった。

「水着着てるの見てたけどよォ、お前けっこームネでかいよな。毛も濃いし・・・。お前スケベだろ。どれ、味見してやっから」

 両脚を抱えられ、いきなりそこを舐められた。

 最初は気持ち悪さで吐きそうになった。

「しょっぺーな。・・・おい、ジタバタすんなって。初めてじゃねーんだろ。今に気持ちよくしてやっから。大人しくしてな」

 ブラをたくし上げられて乳房を揉みくちゃにされ乳首を摘ままれた。そんな強烈な愛撫の仕方は初めてで、さらに不快感がつのった。

 しかし、執拗に舌の愛撫を強制されているうちに、何かが変わっていた。何かが違ってきていた。あの夏樹との初体験から抱いていたセックスへの甘いイメージが薄れていって、美玖の身体の中にくすぶっていた何かを目覚めさせた。

 気づいたら、声が出ていた。

「んんああうっ、・・・はああうっ・・・」

「へへ。・・・感じてきたろ。どれ、締め付け具合、見てやるか」

 彼の指が無遠慮に中を荒らす。

「あうっ!・・・」

「おお・・・。やっぱ締めるな。・・・いい感じだぜ。そろそろ、挿入れるか・・・」

「それはダメっ、やめて! お願いです・・・、やああん!」

「うっせーよ。ここまで来て止められっかって。あきらめな」

 そして、それは一気に這入って来た。

「ぐは、・・・ああ、・・・んあ・・・」

 夏樹とは、次元が違った。丸きりの異物。それがこんなに大きな、そして深いところまでギチギチに這入りこまれ、美玖を悶絶寸前に追い込んだ。

「キツいか。・・・少し待ってやる。お前、なかなかいい身体してるな。締まりもスゲーいいわ。・・・どうだ。だんだん馴染んできたろ。ゆっくり、してやっからな」

「ああん、やめ、・・・っくああん!・・・っは、・・・あ、・・・スゴ、・・・んんっ」

 内臓をえぐられそうなほどだった。

「気持ちいいだろ、んん? 週一ぐらいなら、使ってやっから・・・。して欲しかったら来な」

 そう言いながら彼は動き出した。まったく知らなかった異次元の感覚。自分の中の未知の部分が彼の分身によって暴かれ、未体験の快感を刻まれてゆく。

「あっ、あっ、あっ、あっ、ああっ、あいっ、あっ、ああっ! はああっ!・・・」

 美玖は悶え、悶え狂った。

 それだけではなく、次第に身体が慣れてきて、積極的に彼のを迎え入れ、締め付け、彼の背中に脚を絡めつけさえしてしまった。ストロークが大きくなり、その度に発電され放電する快感が身体中を駆け巡った。

 美玖は木本とのセックスで絶頂を知った。初めてのそれは心の満たされない、身体だけの、冷たいものだった。だから、際限がなかった。より強く、深くを求めてしまった。

 最後には、声も出なくなった。身体の痺れと痙攣が収まらなかった。

「なんだ、もうイッタのかよ。やっぱお前、スケベだわ。最後らへん、めっちゃ締めてたもんな。気に入ったか? オレのセックス」

 ビニール紐が切られ、髪の毛が掴まれ・・・。たった今美玖をイヤというほど蹂躙した木本のものが目の前に突き付けられた。

「気持ちよかったろ。でも、オレまだなんだ。口でしろよ。またして欲しいんならな」


 


 

 おぞましい記憶が蘇った。

 その記憶の、最大のおぞましさの源が目の前に座った。

「しばらくだな。お前も元気そうだ。・・・そうでもねえか。こんなとこで会うぐらいだからな」

 全身黒のレザースーツ。黒のタートルネック。

「モリオ先輩」。木本は笑ってしまうぐらいにいかにもな格好でそこにいた。

 あの頃から鼻が大きくて、顎が盛り上がっていた。彼はその髭剃りあとの濃い顎で美玖が眺めていた通りを杓った。

「面接に来たのか。それとも終わってホッとしてんのか、あるいは不採用でガッカリ、とか。・・・まさかもう勤めてる? わけねえよな」

「・・・全部、見当違いもいいとこだけどね」

「おいおい。ずいぶん冷てェ言い方じゃねえか。もう昔のことになっちまったけど、オレのしゃぶってくれた仲だろ、ん?」

 思わずカッとなった。コップの水をぶっかけようかと思ったが、やめておいた。人生最大の汚点と無用にかかわり、さらに汚物に塗れることもないと。

「・・・あんたこそ、何してんの」

「人を待ってる。仕事なんでな」

「どんな? どうせロクなのじゃないんでしょ」

 どう見ても、こんな陽の高いうちに着て歩く格好ではない。まともな勤め人ではないだろう。それとも、この通りの店の一つも経営しているとか・・・。

「・・・まあな」

 経営者はないな、と思った。この男にはプライドというものがない。だからロクな仕事じゃないなどと言われても傷つかないのだ。平気な顔をしてヘラヘラしているのも、十年前とまったく変わらなかった。

「おっしゃる通り、ロクなもんじゃねえよ」

 ゴツい金の指輪をした指先がコツコツとテーブルを叩いた。その音にまでムカつきを覚えた。

 と、木本の目線が美玖の肩の向こうに反れた。彼は片手を上げて、おう、と言った。

「時間あるだろ。すぐ済むからよ。この後メシでも食おうぜ。こんな故郷離れてよお、しかも偶然、久々に会ったんだ。それぐらい、いいだろがよ、な?」

 美玖が返事をする前に木本は二つ離れたテーブルに移った。振り返ると、ピンク色でラメの入った超のつくミニワンピースに白いファーのついたハーフコート。ほとんど太腿丸出しの彼女は、ヒールを鳴らして駆け寄って来て座った。まだ若い。二十歳になったかどうかというその女は、席に着くなり白いポーチから封筒を出した。木本が中をあらためている。そこから何枚かを引き抜いて女に戻した。その間、女は肩までの脱色した髪をずっと触り続けていた。

 そういうことか。

「モリオ先輩」は十年前と同じように、女にタカって生活しているのだ。最低の、ゲス野郎だ。

 その「取引」が終わると彼は、もう行けとばかりに再び顎を杓る。女がゴネる。彼はさらに女にダメを押す。さらに女はゴネる。そしてすがろうとする。

 彼は席を立ち、こちらにやって来た。

「待たせたな。行くか」

 美玖は女の恨みがましい視線を感じながら席を立った。


 

 「モリオ先輩」の背中を追って色町を歩いた。

 血の涙が出そうなほど悔しくもおぞましいこの男。

 だがこの男について来たのは、あのコーヒーショップでの光景を見たからだ。もしあれを見なかったら、こんな汚物のような男とはとうに離れ、今頃CBに跨って帰路に着いていた。

 もしかしてこの男なら知っているかもしれない。夏樹の母のことを。

 それだけが、このおぞましい汚物についてゆく理由だった。

 歩いている間も木本は携帯電話を手放さなかった。声は聞こえなかったが、その様子から先ほどの女のような相手に次々と電話して指示するなり報告を受けるなりしているのだろうと察せられた。

 橋を渡って中の島を離れ、渡った先の、島とは対照的な古い街並みに入ってゆき、小汚い中華料理屋の暖簾をくぐった。

 ちょうど昼時で、店内は肉体労働者やヨレヨレのコートを着たサラリーマンで埋まっていた。木本はこの店で顔らしく、水を運んでいた中年の女性に二三事話しかけると店の奥の油染みたアルミのドアを押して奥に行った。美玖も仕方なく彼を追った。

 そこは店の裏の路地で、人ひとりがやっと通れるぐらいの、足元をドブネズミが走り抜けそうな汚くて暗いところだった。その路地で彼は立ち止まり、美玖の後ろに目を凝らした。

 美玖が戸惑っていると、

「尾行けられると困るんでな」

 路地を出て、しばらく通りを歩いた。流しのタクシーを捕まえようとしているのだろう。

「誰かに追われてるの?」

「わるい人」

 と彼は笑った。

「キモトさん。あたし、ご飯はいい。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。どこか落ち着いて話せるところないですか」

 彼は立ち止まった。そしてじっと美玖を見つめた。


 

 知ってるぞ、そのババア。

 と彼は言った。

「オレのヤサにリストがある。その中にあるはずだ」

 それはいつ頃の話か。直接客を斡旋したのか。本名では活動していないはずだ。なんという名前で仕事していたのか。

「モリオ先輩」は美玖の全ての質問を無視した。

 彼の言うことなど100パーセント信じてはいない。だが、この辺りでいかがわしいことをやっているなら、何かが得られるかもしれない。ただそれだけで、美玖は彼についていった。

 彼はただ姿の見えない追手を警戒していただけで、本当の彼の住居は中の島を挟んで反対側にあった。

 そこは雑居ビルの中の一室だった。

 ビルの外観も、中に入っているテナントも、彼の生い立ちと軌跡と心の中のように薄汚れていて胡散臭かった。一階は韓国人の経営する漬物屋。エレベーターの無い五階建ての四階。一階から四階まで真っすぐの階段をひたすら登った。二階は怪しげな健康食品を電話で勧誘するらしい会社のようで、数人の男女の大袈裟な勧誘文句が廊下の外にまで漏れ聞こえていた。三階はナントカ商会と看板だけは掲げていたがしんと静まり返っていて何を商う会社なのかわからない。

「いい運動になるだろ」

 この下卑た薄ら笑いさえなければちっとはマシなのにと思った。

 四階は個人の住居になっているのだろう。木本の部屋と、あともう一世帯があるらしい。

 木本は掛かって来た電話にぼそぼそ話し込みながらポケットのカギで灰色のペンキが塗られた鉄のドアを開け、美玖を招き入れた。

「・・・おい、テキトーに座っとけ。・・・あ、いやコッチの話。それとよ・・・」

 テキトーに。そう言われて部屋を見渡した。

 見渡すと言ってもあまりにも暗すぎる。と、木本が先に立って窓にかかっていたカーテンを開けた。それはカーテンではなく暗幕だった。サッと差し込んだあまりな外の明るさに美玖は眼を瞬いた。ついで照らし出された室内の、惨状ともいうべき状況に息を呑んだ。

 パイプベッドは起き抜けそのままで寝乱れていて、長い間掃除もしていないのがわかるくらいに床に埃がつもり、光の加減なのか靴の痕がわかるほどだった。ここは土足のままの部屋らしい。元はオフィスとして使用されていたのだろう。いちおう、トイレやシャワールームもあるようなのだが、部屋がこれでは中を覗きたくなる気は全く起こらなかった。

 そしてそれよりも問題なのは、ベッドの反対側のTVセット周りの醜悪な品々の散乱だった。黒い手枷や醜悪な男性器を模したバイブレーターや麻縄の類。「モリオ先輩」の忌まわしい素養は高校時代からだいぶ進歩しイノベーションを繰り返してきたのだと知った。

「ベッドの端にでも座ってろ。今ファイル探してやっから。・・・ああ、これか」

 彼はモニターの前にしゃがみこんでそれらを拾い集め、黒い箱の中に無造作に突っ込んでいった。あまり長居したくない部屋だった。とにかく、そのリストをチェックしたら逃げ出すに限る。

「別に今さら驚くもんでもねえだろう。お前だってあん時ゃ悦んでたじゃねえか。してェ、してェ、ってよォ・・・。ン?」

 嫌が応にもまたもおぞましい記憶が蘇る。思えば目の前のこの木本の、「モリオ先輩」の気安さは、あのころのバカな自分との間の記憶があるからなのだろう。

「・・・同じようなことしてるのね」

「いいトシして進歩ないね、ってか」

 ふふ、と木本は笑った。

「もしかしてお前、今もスキだろ? 結婚したって聞いてたけどよ、ダンナもそういう趣味なのか?」

 美玖は耳を覆った。

「うるさい! もうやめて!」

「やめて、・・・か。だけどな、これがオレのしごとなんでな・・・」
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