道連れは可愛くて逞しい ~ミクとナツキの物語~

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09 like a Consummation

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 まだ紅葉前の日曜日。宿は簡単に取れた。

 六歳もサバを読むなんて犯罪だと思う。でも14と28では姉弟と言うにはあまりにも不自然過ぎた。14と22でも少し苦しさがあるのは否めない。

「いい? 間違えないでよ。あんたはハセベナツキ。あたしはハセベミク。単身赴任の父親に会いに姉弟で旅をしてる途中。学校にもちゃんと届を出してる。わかった? こういうとこの女将さんや仲居さんていうのは世間話しながらそういうとこ突っ込んで訊いてくるから。頼むわよ」

「・・・わかったよ」

 落胆する夏樹の肩を抱いて励まし、その宿の玄関でブーツを脱いだ。

 免許証とクレジットカードの更新が済んでおらず名前が旧姓のままだった。しかしつぶさに見られると歳をゴマかしたのがバレてしまう。だから見せるのは非常事態になった場合だけだ。宿帳に記入し、オートバイのキーを預け、夏樹にサドルバッグを持たせて部屋に案内してもらった。

 仲居さんだと思ったからお心づけを渡そうとしたら、女将さんだった。

「あいにく大浴場が改修中で。紅葉のシーズン前にしておこうとおもいましてね・・・。

それにこの通り人手が無くて、お食事も大広間になってしまいます。その代わり部屋付きのお風呂のお部屋ご用意しましたので・・・」

 願ってもない。ハイシーズンならペア一泊四万円はする部屋が半額で泊れる。

 女将がその部屋を出て行ってやっと、美玖は畳の上で四肢を伸ばした。

 夏樹は畳の上に美玖のオートバイについていたサイドバッグをドサッと下ろすと、自分もリュックを下ろし部屋の隅に膝を抱えて蹲った。

「ラッキーじゃないの。こんな部屋に泊まれるんだよ」

 気分を盛り上げようと、夏樹を励まそうとして言った言葉も空しく響いた。

 タンデムというのは運転する方には負担が大きい。美玖はあまり経験が無かった。こんなに長い距離を二人乗りしたのは初めてかもしれない。それに夏樹は中学生にしては体格もいい。二の腕と特に左手の手首にだるさがあった。背骨もバキバキだ。明日は筋肉痛かもしれない・・・。

「先にお風呂、入りなよ。少しは疲れ取れるよ」

 夏樹からは反応はなかった。無理もないと、美玖は思った。

 匍匐前進で彼ににじり寄り、膝を抱えている手を取った。美玖のと同じか少し大きいぐらいの、若干幼なさの残る顔の割に逞しい手。だがこの手の持ち主は今、打ちひしがれている。

「やるだけのことはやったじゃないの。それに出来るだけの手も打った。これからのことは明日考えよう、ね?」

 夏樹はやはり俯いたまま動かなかった。

 美玖は一つ溜息を吐いた。


 

 釣り堀はあった。彼の幼いころの記憶そのままに。ただし、オーナーは変わっていた。

「引っ越したんだ、去年、一昨年になるかなあ。体調崩して入院するからって。妹さんが来てたっけ。おお、あんたが息子さんかぁ。・・・いろいろ、あるんだろうねえ」

 それこそいろいろ察してくれたようで、あまり詮索をされなかったのはよかった。その人の好さそうな釣り堀の経営者からはいくつかの情報を得た。

 入院先までは知らないが、妹、つまり夏樹の母の父方の遠縁を頼って西の方に、関西のその先の瀬戸内海のほうに兄と二人で転居していったらしい。その際にこの釣り堀の権利を手放し、山荘を売却する手続きをしていったと。まだ買い手はついていないということだった。

 山荘に行ってみた。

 一階部分がレンガ造り、二階部分が木造板葺きの洋館。道路に面したカーポートにオートバイをとめ、そこから玄関までは所々雑草が飛び出している石を敷き詰めたアプローチが伸び、かつては広い芝生が広がっていたと思われる庭も半ば以上は雑草に覆われていた。一年どころか、もう何年も手入れがされていない。そんな印象を受けた。エントランスの鋳物製の格子戸は施錠されていた。夏樹はその格子戸にしがみついた。

「間違いない。ここだよ。ここがおじさんの家だ」

 そう言ったままあとは、絶句し立ち尽くしていた。

 無理もなかった。昔のおぼろげな記憶だけを頼りに、たった一人で家出してまで。やっと探し当て辿り着いたと思ったら、もう一年以上も前にいなくなっていたとは・・・。

 大人だって気落ちぐらいする。ましてや、まだ中学生だ。

 エントランスの格子戸の脇に不動産屋の看板があった。美玖はその番号と担当の名前を手帳に書き留めた。

 他にできることと言えば近所の家の聞き込みぐらいだが、権利を譲るほどの関係の釣り堀オーナーでさえ正確な転居先がわからないほどなのだ。望みは薄いがやらないよりはいいだろうと付近の農家を何軒か回った。それほどの付き合いでもなかった。体調を崩して妹さんが世話に来ていた。去年かその前の年ぐらいにどこかへ越していった・・・。皆一様にそう言った。釣り堀のオーナーからの情報を上回る新事実のようなものはなかった。

「先代はね、ここいらの山の地主さんだったんだよ。それもいまはどうなってるだかねえ・・・」

 この辺りで一番古株らしき老農夫はそう言って手拭いで顔を拭った。


 

「とにかく、あとは不動産屋で手掛かりを掴もう。町役場に行けば住民票の閲覧も出来るかもしれないしね。いずれにしても今日は日曜日だから、あとは明日だ。

 入らないなら、あたし先にお風呂貰うね。・・・家に電話、入れておきなよ。あたしのケータイ使っていいから」

 そう言うと美玖は窓際の一人掛けのソファーからスッと立ち上がり、バッグから着替えだろう、服とポーチを取り、浴衣を持って個室風呂の手前にある三畳ほどの板の間に入り半分だけ襖を締めた。

 夏樹はふと顔を上げた。

 半分開いた襖の間から湯気の上がる露天風呂の風呂桶が見える。

 その襖の隙間をサッとチェックのシャツが掠めた。

 美玖さんが服を脱いでいる。

 これから風呂に入るのだから、当たり前だ。ジーンズのベルトのバックルをがカチャカチャ言わせている。それも隙間を飛ぶのが見え、ドサッと落ちる。

 今、美玖は襖の向こうで下着姿になっている。

 思わず生唾を飲んだ。

 湯の跳ねる音。桶から湯が流される音。その音がなくなると、あとは源泉から湧き出る静かな水音と、湯殿の向こうの山々から聞こえる野鳥の声の他は静まり返った。

 美玖は今、裸なんだ。

(いててて・・・)

 気が付くとジーンズの股間がはちきれそうになっていて、滅茶苦茶痛かった。夏樹の分身が早く外に出せ、と喚いていた。

「さっさと電話しちゃいなさい。明日帰るって、親御さんにちゃんと言うのよ」

 湯船の中から催促された。

「しなきゃだめよ。大ごとになっちゃうからね」

 股間を抑えつつ、でも、それは出来ないと思っていた。せっかくここまで逃げ出して来たのに。何のために家を飛び出したか、わからなくなる。美玖は第三者だから通り一遍のことを言う。夏樹の家の特殊な雰囲気がわからないのだ。

 もうあの家には戻れないし、戻らない。絶対に!

「電話したら、入っておいで。背中流してあげるから」

 え?

 目の前に想像の美玖の裸身が艶めかしく動いた。股間が更に窮屈なジーンズを押し上げる。痛くて苦しくて、たまらない・・・。目の前にエサをぶら下げられた気分だ。

 どうしよう・・・。


 

 なんて柔らかなお湯だろう。

 昨夜野宿して強張った身体には素晴らしいごちそうだ。目の前の色づきはじめた山々の絶景も素晴らしい。全山真っ赤に紅葉したら絶景だろう。これならハイシーズン四万円は納得だ。谷川のせせらぎと慎ましやかな湯の音。それに山鳥のさえずり・・・。

 あのラブホテルの悪夢から一か月足らず。ずっとギスギスして強ばっていた心がゆっくりとほぐれてゆくようだ。溢れる湯の中で首を回し、肩を回し、足首を回し腕を伸び縮みさせてグーンと背伸びをして・・・。ふうーっと息を吐いた。

 来てよかった・・・。

 これからいろいろ面倒なことがあるだろう。実家、新しい勤め先を探す、家探し・・・。やらねばならないことは多々ある。だが、今は愉しもう。

 思いがけずに道連れが出来たが、彼はまだ幼い少年だ。それが心安かった。一緒にフロに入ろうだなんて、ちょっとイタズラが過ぎたかとは思う。だが大人の男はもういい。とにかく、しばらくはごめん被る。

 あの山荘からここまでの道。さらにギュッとしがみついて来た彼を可愛いと思ってしまった。大樹に抱くのに似た思いが生まれていた。自分は人の倫に外れてしまった女だ。彼の母親には比べるべくもないのだろうが、偶然の出会いで生まれたこの思いを、美玖は大事にしたかった。明日になれば彼を家まで送り届ける。それまでの束の間、彼が求めていた母親の代わりに、かりそめの母親の優しさでもいいなら与えてあげたい。それで少しは彼の心も慰められるだろう。それで少しは、自分の罪滅ぼしにもなるかもしれない。

 もしもし・・・。ああ、オレ、ナツキ・・・。ゴメン・・・。

 夏樹が電話している。ホッとした。

 それでいい。

 願わくばこの短い出会いが彼の人生にほんの僅かでも寄与することになればと願うばかりだ・・・。


 

「やっぱり・・・。やると思ったよ、アンタは・・・」

 奈美は最初の驚きが過ぎ去ると携帯を握り締めて自室のベッドに倒れ込んだ。

「で、おばさんには会えたの?」

 返事はなかった。

「ね、なんか言いなよ! 」

「・・・ダメだった・・・」

 電話の向こうで力なく肩を落としている。そんな夏樹の姿が目に浮かんだ。

「どういうこと?」

「詳しいことは帰ってから話す。だからそれまで待ってて、お父さん・・・」

「はあ? ・・・何言ってんの」

「今はショックで話せない。帰ってから話す。明日の、何時頃かわかんないけど」

「じゃ、今どこにいるの? これケータイだよね。誰の? どうすんの、これから? ねえ、ちゃんと答えて。心配したんだよ、これでも!」

「とにかく、明日帰る。親切な人と出会って・・・。すごいよくしてくれた。だから心配しないで、お父さん。じゃ、切るね」

「ねえ、なによ、お父さんて。ちょっと待って! おい! ナツキ! コラ! おい!・・・」

 電話は切れていた。

 アイツめ・・・。

 奈美は携帯のフリップを閉じた。

 何考えてるんだ。なんだ、『お父さん』って。しかも持っているはずのない携帯電話から。

 もしかして、誘拐? 犯人に大丈夫だって言えと言わされてるとか。

 でもそれなら自分にかけて来るのはおかしい。しかも、『お父さん』だし。

 アイツが、夏樹がこんなに優しく父親に語り掛けるはずがない。きっと何か理由があって父親にかけるフリをしている。きっとこの携帯を借りた相手がそばにいる。その相手に、父親に電話をしたフリをして見せている。その相手を、だましている・・・。

 あまりカン働きが冴えている方ではない奈美だったが、そう考えると自然だ。

 それに『明日帰る』という。

 どうしたいのか知らないが、それまでは夏樹の家にも何も言わず、待つほうがいいのだろう。

 それにしても、人の気も知らないで。夏樹のやつ! ・・・。

 カレシがいるなんて、ウソだ。

 ずっと夏樹が好きだった。

 好きだけど、年上だし、近所だし、幼馴染だし、今の関係が気に入ってるし、告白してしまってもしこの関係が壊れたらと思うとできなかった。でも、お互いにどんどん微妙な歳になってきた。お互いに相手を意識するようになってしまった。そんな「友達以上恋人未満」な、なんの進展も深みもない関係を維持しきれなくなっていた。特に、自分が。

 だから、年上の女としての体裁? そんなものを取り繕おうとしてカレシがいるなどと言ってしまったし、挙句あんなことをしてしまった。自分の股間を夏樹の顔に押し付けるなんて。しかもアレのせいで夏樹をイカせる前に、昂奮して軽くイッてしまったなんて・・・。

 家に帰ってから自分がしたことの恥ずかしさに赤面し身悶えしてしまったが、本当は、夏樹を受け入れたかった。彼の望み通り、自分が育てたあのチンコを、受け入れてやりたかった。

 今、彼が手の届かないところにいるのが耐えられないほど苦しい。

 会いたい。夏樹に、会いたい・・・。

 あの、バカ野郎!・・・。


 

 ホッとして携帯のフリップを閉じた。二日ぶりに奈美の声を聴いて安心したのか、さらに股間が疼いた。

 自分はヘンタイなのだろうか。母に会えなくて、今どこにいるかもわからなくなったというのに、目の前の恩人の裸を想像し、奈美の声を聴いて勃起しているなんて。自己嫌悪というのだな、これを。

「電話、終わった? 」

「・・・はい」

「じゃあ、おいで」

 美玖は酷なことをいう。

「恥ずかしいなら後でもいいよ」

 その一言が引っかかった。カチンときた。

 入ってやろうじゃないか。

 服を脱ぎ、旅館のタオルを取って堂々と入る、つもりだったが、ぱんつを脱ぐときにジーンズの制約のなくなったものがはちきれそうになっているのに気付き、前かがみのままでいた。

 襖の間からは半身だけ湯舟から出ている美玖の美しい裸身、後ろ姿が見えた。そこでまた、疼いた。

 が、思い切って湯殿に入った。タオルを巻いて堂々としたかったが、そこが膨らみ過ぎていてタオルを突き上げてしまう。手で隠したが隠しきれない。それで、両手でタオルを抑えて必然的に前かがみになった。湯舟の縁で前と後ろを洗おうと思い、木桶を取ろうとしたら、絞られた黒い布があった。

 美玖の下着だ。風呂のついでに、洗ったのだろう。黒というのが、強烈に思春期の男子を刺激した。また、疼いた。

 美玖に背中を向けて湯舟に入った。お湯が溢れた。すぐに首まで浸かった。意識してなるべく見ないようにした。

「キレイでしょ。これだけでも、来た甲斐があったじゃないの」

 自分を元気づけようとして言ってくれているのだとは思うが、正直、それどころではなかった。見まいとしても、目尻に入ってしまうのだ。

 デカい、おっぱいが。

 最後に女の裸を直接見たのはもうなん年も前の奈美のだが、たぶんそれよりは膨らんでいるだろう今の奈美よりも、デカい。たぶん、三倍はある・・・。

 また疼いた。

「ゆっくり浸かりなね。あたし先に流すから」

 ザッと湯から出る。湯面にさざ波が立つ。目は美しい山々の緑に向けられているが、そんなものはもうどうでもいい。意識は完全に背後の美玖の裸身に向いていた。ちょっとだけ、振り向いた。

 縊れた腰。量感のある真っ白な、お尻。

 成熟した、女の裸。

 まずい。とてつもなく、まずい・・・。


 

 泉質のせいなのか、あまり石鹸が泡立たない。

 なんとか元気づけてやりたいが、この年頃だとどういう話題がいいのか。スポーツか流行りの歌か。ビデオゲームか、学校のこと・・・。

 やはり家出というのはマズいだろう。話を聞く限り虐待と言っても精神的なもので物理的なものではないらしい。それにこのまま母親探しを続行するのはどうみても無理がある。

 それなら一度家に戻り、今の境遇を専門のカウンセラーなどに相談する手だってある。その間に母親の消息を調べる方法はあるだろう。このまま家を出たままでいても反社会的なものに関わったりする可能性が増す。それが彼にとって利益になることはないだろう。

 学校のことを訊いて、自然に家に戻らねばという気持ちを思い起こさせるのがいいのではないか。彼はこのまま母親を探したいのだろうが、少なくとも今の美玖には彼の思いを百パーセント叶えることは不可能だ。

 泡立たないタオルで脚をこすりながら、語り掛けた。

「ナツキは学校の部活、何やってるの? サッカー? それとも陸上かな。野球てことはないよね。ボーズじゃないし。でもアレかあ。今の子はボーズにはしないのかな。

 あ、もしかして、ブラスバンドとか。なんかそんな雰囲気あるもんね。

 ねえ。教えてよ。・・・聞いてる? ナツキ?」

 ふと振り返ると、夏樹が湯舟の中で俯き、湯の中に赤い鮮血を垂らしていた。
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