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秘書のおけいこ

51 スミレ、ブチ切れる

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 3年生だから、取得すべき単位はもう残すところ4分の1ほどになっていた。

 周りのコたちも同様で、しかも夏休みなのだから学校に来ることはない。来年になればクソ暑い中ダサダサのリクルートスーツで汗を流しながら街を這いずり回らねばならないのだ。今年の夏はのんびり優雅に楽しく過ごしたいに決まっている。

 プレイルームのレストランに行って優雅な昼食を取り、午後、ちょっとだけゼミに顔を出した。スミレのゼミの教授は物好きな人で、休みの日でも研究室に来てTVの取材に答えたり、ゼミ生のために就職先を斡旋したりしていたから、もしかしたらと思ったのだ。彼に相談したいことがあった。

 教授はいなかった。

 炎天下、図書館前の東屋の涼し気なベンチまでブラブラ歩いた。黄色いタンクトップにデニムのショートパンツ。赤いペディキュアの爪先を編み上げのサンダルにつっかけて黒いキャップを目深にかぶる。強烈な日差しと熱気は容赦なく身体を叩いた。

 スミレは、揺れていた。

 このままでは卒業も待たずに専任取締役にされ、サキさんともお別れ。

 それは、絶対、イヤ。

 では、ベンゴシになるしかない。法科大学院に進み司法試験を極めるか。それとも、サキさんの秘書の仕事のために卒業して、ミタライさんのもとで司法試験を極めるか・・・。

 昨年、まだ準備が不足しているのではというミタライさんの諫めも聞かず腕試しのつもりで受験した。予想通り、不合格だった。司法試験は甘くはなかった。

「わたくしは3回目で合格しました。一度の失敗でモチベーションを維持できないようでは難しいかもしれませんね」

 ミタライさんまでが、冷たい言い方をする。だから言ったじゃありませんかと言われるよりはマシだったが。

 そんな中の「おつかい」だった。

 東屋のベンチでやや涼しい風にキャップを脱ぐ。

 サキさんを取り巻く多くの情報に接する立場にスミレはいた。それらの言の葉の断片が示すのは一つしかない。

『この国があの赤い資本市議の国とこれ以上仲良くなるのは絶対に阻止せねばならない』だ。

 スミレが生まれる前まではあの赤い国もサキさんの雇い主のものだった。だが赤い国は賢い。徐々に雇い主の影響下を脱し、次第に本性を露わにし始めた。それで雇い主は歯噛みし、躍起になっているのだ。

 だから、サキさんは忙しいのだ。

 情報収集は終わった。サキさんは今、それを実現すべく作戦を練っている。

 だから、サキさんとも会えない。授業もない。

 そんな時は2回目の司法試験のために勉強をせねば・・・。

 でも、まるきりやる気が起きない。

 ああっ! むしゃくしゃするうっ!

 ブルブルと頭を振り、髪を掻き毟った。

 こんな時は赤い馬を思う存分駆るに限る。それほどまでに、赤い馬はもうスミレの血肉に近い存在になっている。

 前に非番だったユンと遊ぶのもいい。それから事務所に行って少し仕事をして来るか。

 スミレにとって、ユンはその程度の、ついでのような存在だった。とてもサキさんの代役は務まらない。でもハードな内容のセックスをしてくれるから、お茶菓子程度にはなるのだ。だから事務所の仕事のついで程度にちょうどいいのだ。


 

 それまでは近場のラブホテルを利用していた。

 ユンにLINEし、彼の部屋に行った。部屋に行くのは2度目だった。

 彼は事務所のある別荘地のふもとの市街にアパートを借りて住んでいた。赤い馬をメゾネットのアパートの前に駐めた。

 彼は給料の割にはいい所に住んでいる。

 前にヤンにもお給料を聞いたことがある。下品だが、彼の勤めるホテルグループの経営動向が知りたかったのだ。

 彼らのような「日本駐在員」の給料はヤンのころより上がっていた。日本の大卒の初任給よりはるかにいい。いいどころか、ユンの月給は同年代の日本人の平均のほぼ二倍あった。これだけでも、彼らが選りすぐりの優秀な人材であるのがわかる。

 それでも、メゾネットは贅沢なのではないかとスミレは思う。

 ヤンは安いアパートに甘んじて高給の半ば以上を貯金し、持ち帰った。それを元手にさらなるスキルアップや商売を始める元手にしたりしたと思う。

 しかしどうもユンは違うらしい。

(ボクは「イルボンナム」(日本人野郎)よりいい所に住みたい)

 いつだったか、カギカッコの中だけ母国語で、彼は言ったことがある。

 イルボンナムという言葉をスミレが知らないと思っていたのだろう。正直言って、ヤンには感じた尊敬の念は浮かばなかった。

 彼の部屋は前に来たときよりも汚くなっていた。

 脱ぎ捨てた服や下着やソックス。埃。なんだかわからない染み。そんなものでフローリングやカーペットが覆われていた。

 あまりの汚さに玄関先でスミレが立ち尽くしていると、

(何してる。抱いて欲しいならさっさと片付けろよ。これだから日本の女は・・・)

 このところの欲求不満もあり、一気に沸騰した。

「はああああ?」

 と、素で言った。

(あんた、何様? なんでわたしがあんたの部屋掃除しなきゃならないの? 冗談じゃないわ)

 そのまま回れ右して再びドアを開けた。背中に罵声を浴びた。

(料理もまともにできないくせに! 調子に乗るんじゃないよ、日本人のくせに!)

 これで、ブチ切れた。

 これだけは言わないようにしようと思っていたことを、盛大にぶちまけた。

(あのさ、あんたのボスに聞いてごらん。わたしが誰なのかを)

 スミレはドアを閉めた。


 

 赤い馬の手綱を取り、事務所に向かった。

 あんなバカだとは思わなかった。

 やはり人は付き合ってみなければ、わからない。プンプン怒りながら、多少、信号無視をして事務所に行った。

 いつもするように、まずパソコンをを出して各プレイルームの状況を確認し、掃除屋を頼もうとした。

 どうせ、今日のチェック作業は儀式に終わるだろう。

 サキさんは、スミレが必死でもらってきた、あの情報をもとに新たなミッションの計画を練るのに没頭しているはずなのだから。

 一番から順番にモニターをチェックする。3、4、6、ときて、7・・・。

 ナナ?

 なんで?

 ベッドの上で愛し合う裸の男女。

 女は、度々スミレがタップリ愛してイカせてあげている、あの、スケベなラン。

 そして、男の方は・・・

 間違いなく、愛するスミレの男・・・。

 なぜ、サキさんがそこにいる?

 なぜサキさんとランがそこにいるのだ?

 なぜ作戦を練るからと汗を流して危険な目に遭ってきたスミレを他所にしてきたサキさんがこの女と一緒にいるのだ!

 通常モニターに映るランの顔。ああいうのを男好きのする顔というのだろう。目鼻立ちがくっきりしていて目が丸っこくて大きくクリクリしている。スミレより一回り小さい華奢な体つきなのに、ランの身体はぷにぷにしていて触り心地がいい。その体を、ホテルのリネンサービスを流用しているシーツの下で、愛撫されて悦んでいる。

 サキさんがそのシーツを剥いだ。まるでスミレがここの監視を始めるのを待っていたかのようだった。

 全裸の二人の姿が露になる。あのぷにぷにの白い肌が少し紅潮している。もう一線した後なのかもしれない。

「やん・・・」

 そんな感じに、ランはそのぷにぷにの体を捩り、丸め、サキさんにすがった。彼のあの、禍々しい男根は大きく屹立している。

 彼はランの肩を押し戻し、再びぷにぷにが晒される。彼女の脚を広げて何事か彼女の耳に囁いている。陶酔したような彼女の手が自分の太腿に添えられ、逆手に抱え、サキさんの手が彼女のもう片方の脚を割り、引き開き、ランの股間は全開になる。薄い恥毛の下のクレヴァスが濡れて光っているのがモニター越しにはっきり見える。

「いやーん・・・」

 そんな感じに恥ずかしさに顔を歪めるラン。その彼女の耳にまた何事かを囁くサキさん。

「恥ずかしいよォ・・・」

「その割に、こんなに乳首が立ってる。昂奮してるんだろ。ほら、ここも、こんなに・・・。もう、びしょびしょじゃないか・・・」

 そんな睦言を口にしているかのような光景。

 自分にこんなに優しくやわらかな愛撫をしてくれたことがあっただろうか。

 思えば彼と初めて会ったその日のうちに、満天の星空の下の、山の中の駐車場で立ったままいきなり突っ込まれてそのままスレイヴにされたのだった。

 ランはスミレとは違う。ゆっくりじっくり。熟成の過程を丁寧に踏んで大事に大切にスレイヴにされてきたのをスミレは知っていた。

 スミレが開設したブログのSMチャットから始まってメール調教で羞恥を掘り起こし、実際に会ってそれをさらに高め、拘束して快感と結びつけ、それから縄へと。段階を追ってきちんと育てられたスレイヴ。

 あのチャットで、二人のLINEのやり取りで、この監視モニターで、スミレはそれをつぶさに見せつけられてきた。それでもずっと我慢してきた。

 自分はスレイヴをまとめる秘書なのだから。

 事務所のある別荘地のマネージャーにすら一目置かれる、サキさんの一の女なのだから。

 そして、彼の「正妻」なのだから、と。

 自惚れではなく、自覚を持って自らをそう位置付けてどんなに嫉妬に駆られても自制してきた。

 それが、すぅー・・・と、音もなく無くなってゆくのを感じていた。

 画面の中の二人は互いの舌を貪るような濃厚なキスを繰り返している。

 サキさんの手が彼女の手を取り自分の肉棒に添え扱かせている。彼の唇がうなじを、肩を、乳房を、乳首を這いまわり、彼女の口が彼の乳首を、腹筋の浮き出た引き締まった腹を降り、愛撫しているその男根に触れ、舐め、ついにはお互いの股間を舐めあい、二人の官能の呻きが画面を通じて耳朶を弄り始める。

 やがて堪えきれなくなったランが恨めし気に後ろを振り返り、サキさんはあのぷにぷにの身体を横たえ、そこにあてがい、這入ろうとし、彼女が痛いのか苦しいのか、逃れようとするのを肩を抱いて抑えつけ、ゆっくりと挿入れ始めると、ランはおとがいを仰け反らせて・・・。


 

 怒りとか呆れとか、そんな単純な感情はとうに過ぎていて・・・。

 ストレスゲージはもうレッドゾーンをはるかに振り切って、壊れてしまった。

 沸々と沸きあがるスミレのマグマはもう、どのような手段を用いても抑えきれないぐらいに沸騰していた。

 気が付いたら、赤い馬の手綱を握り締め、ムチを入れていた。
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