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おけいこのはじまり

11 見られながらのメイク・ラブ

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 コースのマネージャーからプリントアウトしたタイムを貰った。スミレのベストが2分58秒。平均時速100キロ。対してこのコースのレコードはF1レースでのフォーミュラカーによる1分32秒。平均時速227、キロ・・・。

 うっひゃー! なんと奥の深い・・・。

「この車は最高300キロ出せるんだ。パワーバンドの上の方でシフトチェンジすればもっとスピードが出る。何も言わなかったが、お前シフトアップするのに気を取られ過ぎて、目いっぱい引っ張らなかったからそこまでいかなかったんだ。200キロぐらいなら4速で出る。それにクラッチはしっかりつなげ。そうしないとすぐクラッチパッド焼けちゃうぞ。でも、焦るな。初めてであれだけ走れりゃ、上等だ。帰り、運転してみるか?」

 と、サキさんは言ってくれた。

「寄るところって、どこ?」

「行けばわかる。そこで高速降りるぞ」

 スミレは左手でブリンカーを下げ、ランプを降りた。

「しつこいが、安全運転でな」

 スミレは赤い馬をゆっくりと御した。

 車は山に入って行く。夜道を、曲がりくねった道を何度も躱しながら、慎重にハンドルを捌いた。

 山の中腹の辺りに広く点々と家々の灯りが灯る一角があった。

「そこを入れ」

 サキさんに言われるまま、ヘッドライトに浮かび上がる、その雑木林の間の道に分け入り、細い砂利道をゆっくりと進んだ。車高が低いから心配だったが、よく整地されたわだちは低く、一度も腹をすることなく、車は二階建ての洋館の前に着いた。玄関前に張り出したアプローチに車を停めた。

「ここだ」

 とサキさんは言った。

 館からナポレオン時代の兵隊のような、ホテルのベルボーイのような、青い制服を着た若い男が出て来て、運転しているスミレに英語で話しかけた。

「Sir.Can I help you?」

 サキさんがそれに中国語で応えた。スミレには何を言っているのか全然わからない。

 ホテルではないのだろう。ホテルマンなら、そんな風には話しかけない。しかも女性にsir は使わない。Welcom ではなく、警戒し、拒否する風に、スミレには見えた。

「降りろ」

 とサキさんは言った。彼は一体何か国語喋れるのだろう。

 また何かサキさんが喋りかけ、彼の胸のポケットに何かを入れた。すると彼は赤い馬の運転席に着き、車を運転して何処かへ行ってしまった。

「給油してきてって頼んだ」

 とサキさんは言った。

 レーシングウェアのまま、スミレはサキさんに付いてその館に入った。

 二階まで吹き上がるホール。高い天井で古いシーリングファンがゆっくり回っている。国会の議場のような風格のある内装。年代物の豪奢なソファーが置かれたラウンジにバー。フロントのカウンターの中から、頭をテカテカに撫でつけた、丁寧ではあるが入館者を厳しくチェックする、ダークスーツの目が二人を出迎えた。

 サキさんが話しかけた。中国語で。広東語と北京語の区別があることまではスミレも知っている。

「うぉー、めいよー」

 テカテカ氏が言うと、サキさんはニコニコしながら何か言い、テカテカ氏が口をへの字に曲げて電話を取り上げ、二三事早口で何かを喋った。長い沈黙があり、彼はやっと愁眉を開いた。カウンターの奥を振り返り指笛を吹いてこっちへ来いというジェスチャーをした後、

「プリーズ」

 左手を上げ、スミレたちに奥へどうぞと言うように首を振った。

 カウンターの脇から出てきた、同じようにテカテカしたスーツの男の後を追って管理棟である本館を真っすぐ突き抜ける。高価そうな絨毯を踏みながら裏手のドアを押すと、かなりの間隔を置いて小さな家の灯りがはるか遠くの方まで続いていた。

「ここ、何なの」

 ところどころガス灯をイメージした街灯に照らされた自然石で舗装された小路を歩きながら、サキさんに訊いた。

「何だと思う?」

 彼は口角を引き上げて、微笑した。

 街灯に照らされた道を目で追う。点々と欧州の田舎の農家を思わせる統一された意匠の家が点在し、小川が流れているらしい、水音がする。

「別荘地?」

 子供の頃、無理やり連れて行かれた、地中海や、日本アルプスの山の中に雰囲気が似ていたからそう言った。

「んー、五十点、いや、七十五点、くらいかな」

 とサキさんは言った。

「ここが昔どういうところだったか、知ってるか」

 前を行くこの施設のスタッフのような男に聞こえるように、サキさんははっきりした口調で問いかけた。しかし、スミレには皆目見当もつかない。わからない。そう言った。

「ここはな、昔の軍隊の司令部と、その演習用の敷地だったところだ」

 かつてこの国が帝国と呼ばれていたころに建てられたという。敗戦後その所有者が何度も変わり、ついに解体されるという寸前に、ある華僑系のリゾートホテルグループが買い取った。そういう意味のことをサキさんは説明してくれたが、やっぱりスミレにはちんぷんかんぷんだった。

「昼間に来ればよかったんだがな。昼間は人目があり過ぎる。それでこの時間になった」

 そこまで言ったなら教えてくれればいいものを、それきりサキさんは黙ってしまった。

 やがて、あるレンガ造りの、蔦の這う小さな古城のような家の前まで来ると、スタッフの男は、ジャストモーメント、プリーズ、と言った。そしてスマートフォンを取り出して操作した。

 --警備、解除しました--

 無機質な女性の英語音声がどこかから聞こえた。

「うっかりこれを忘れて入ろうとすると、みんな飛んでくるというわけだ」

 サキさんは言った。

「理想的だな」

 そのくらいのセキュリティーなら、別に珍しくないのに。スミレは思った。

 スタッフの男がフラッシュライトを取り出し、カギを取り出し、ドアを開けた。中のスイッチを押したのだろう。玄関に門灯が灯り、エントランスが明るくなった。ホールにも灯りが点いた。

「プリーズ、カムイン」

 男に促され、スミレとサキさんは中に入った。

 外観もそうだが、中はもっと簡素そのものの作りだった。ワックスで磨きこまれてはいるものの、一様でない、所々ごつごつした継ぎ目は古い「カントリー」の古民家をリアルに再現している。築百年以上は経たないとこうはならないのではないか。わざわざ本物を現地から空輸してきたのか、それとも、そういう工夫を凝らして作られたのか。わざと、古風質素を演出している。つまり、凝っているのだ。それだけ、金がかかっているということだ。ファーニッシュト、というのか、リビングやキッチン、ベッドルームには最低限の家具がすでに置いてあった。

 こういうのが、理想的、なのだと、サキさんは言う。何が「理想的」なのか。スミレにはまだ、ちっともわからない。

 サキさんはさほど広くない家の中をあちこち見回し、方々の灯りを点けて回った。

「もう、ガスも通ってる。湯も出るぞ」

 すると、表に聴き慣れた車の音がしてエンジンが止まった。赤い馬が、さっきの衛兵のようなスタッフに運転されてここまで回されてきたのだ。家の中に入って来た衛兵はスタッフに二三事中国語で言い、テカテカ二号から何やら叱責されるような風で言いまくられていた。もっとも、中国語自体がはたからみるといつもケンカしているみたいに聞こえる。あんがい、叱責ではなかったのかも知れない。

 サキさんは衛兵からキーを受け取った。「しぇしぇ」ぐらいはスミレでもわかる。

 そしてスタッフの方を振り返り、また二三事言うと、彼は衛兵にまた二三事怒鳴りつけ、家を出て行こうとした。

 サキさんが何かを言って、スタッフの彼は入り口で立ち止まった。そして衛兵に何事かを耳打ちし、彼が二度頷いてスミレの方を、何やら意味ありげな表情で、見た。

 ドキッとした。

「今、彼に何を訊いたか教えてやろうか」

 サキさんは今度はスミレの耳に息を吹きかけるように、言った。

「え?」

 なんだか、ゾクゾクする。

「日本の女の子は好きか。それから、女の子の身体を洗うのは好きか、って訊いたんだ。お前、練習で、汗かいたろう。バスルーム、貸してもらえ。僕は今から支配人と話しをしてくる。彼に背中流してもらうといい。彼、日本の女の子は大好きだそうだ」

 サキさんがテカテカ二号と出て行ってしまうと、後に衛兵と二人きりになった。

 え、そういうこと?

 マジで?

 いまさっき会ったばかりの、この男の子と?

 エッチしろ、と?

 かあーッと顔が赤くなるのがわかる。

 衛兵君が帽子を脱いでスミレに近づき、頬に手を添えてきた。

 近くで見ると、めっちゃ、イケメン。

「OH・・・」

 その後何を言えばいいのか。そのようなことが書いてある英会話のテキストは、ない。

 彼は、キスが、とても上手かった。キスだけでスミレの警戒心を蕩けさせた。

 東洋人と言っても、いろいろだ。

 日本にいる中国人は、見た目はそれほど日本人と変わらないのに何故か遠目でもそれとわかってしまう。衛兵の彼にもそんな特徴があった。

 でも、日本に来て一人で働いている中国人が押しなべてそうであるように、彼にも日本人の男の子には無い、大胆さ不敵さというものが備わっていた。奥ゆかしさとか、恥じらいとか、遠慮とか。大体の日本の男が持っているそれが彼にはない。その替わりに、大胆さと、好奇心と、小さな用心深さがある。

 スミレはレーシングウェアのフロントのジッパーをゆっくりと下ろしていった。下には、ブラジャーだけだった。思い切って、日本語で話す。

「汗、いっぱいかいちゃったの」

 自分の言葉で、官能に火がつく。もう、ジッパーは下まで、下ろしきってしまう。

「洗ってくれるの? でも、これ、脱がないと、びしょびしょになっちゃうよ」

 彼の首のカラーのホックを外してあげる。すると彼は、猛然と服を脱ぎ始めた。その勢いにますますドキドキが嵩じる。

 そしてサニタリーに移る。お互いを素裸にし、もう一度唇を合わせた。彼のはすでにスミレの中に這入りたがっていることを全力でアピールしていた。

 でも、あえてそれを無視し、二人でシャワーを浴びるためにバスタブのある浴室に入る。何気なく、だ。長い髪を上げて留めるのを、彼が手伝ってくれる。

「女の子の髪扱うの、上手だね」

 二人一緒にあたたかい湯を浴びる。

 彼は中国語で何か言う。敢えて意味は問い返さない。ソープを塗した彼の手が背中から伸びて乳房を掬い乳首を転がせば、自ずと意味はわかる。そこでやっとお尻に当たるものを手にする。スミレもまたソープを手に取り、それを軽く握る。彼の吐息が耳に、首筋にかかる。ゾクゾクが襲ってくる。

 彼にとっては故郷に置いてきた恋人の代りの、夜勤中のちょっとした嬉しいハプニング。

 スミレにとっては恋しいサキさんの代りの、ちょっとしたラブアフェア。

 うまい具合に、釣合が取れている。

 お互いに利害が一致した相手同士だから、後はもう、何もいらない。

 キスが、挨拶から欲望を高めるツールに変わってゆく。唇ではなく舌で相手の舌をまさぐる。彼の指が股間に触れると、もう堪らなくなってしまった。バスタオルはなかったが、ベッドのシーツのストックはあった。ごわごわするそれを二人で一緒に纏いながら、剥き出しのマットレスのあるベッドルームに向かう。

 お互いのを愛撫し合い、彼もスミレも十分に準備ができ、受け入れる。

 若い彼はテクニックではなく情熱でスミレを責める。いつぞやのジャンキーよりも硬く、今まで相手にしてきた中年男たちよりもエネルギッシュに。サキさんのには遠く及ばないが、シチュエーションだけで十分に昂まれる。その瞬間に彼に抱きつき、唇を求める。すると、さらに奥を突かれる。思いがけない刺激に、一気に高みに押し上げられる。ピーンという緊張の後の弛緩の間に、形が変えられる。彼は意外にもいろいろな形を知っていて驚く。

「えっ、何、これ」

「Easy.Take it easy.Good so good!・・・」

 お互いに母国語でない分、気が楽だ。何を言っても変に思われない。

「such a rascal! あんた、Naughty! 」

 あまりにもヘンタイぽくて、余計感じる。そして伏せにされる。

 ものすごい勢いで出し入れされ、パンパンと音が鳴るほどに奥を突かれ、そこがぐちゅっ、ぐちゅっ、水音さえ立てている。もう一度絶頂を迎えそうなその時、サキさんがベッドルームに入って来た。

「Oh,・・・Mr・・・」

 スミレもびっくりしたが、衛兵の彼はもっと驚いたらしい。動きが止まった。でも、サキさんは中国語でまた何か言い、衛兵の彼はおずおずと出し入れを再開する。

「ええっ? ああ、どうして、やだ、ああっ」

「続けて。僕に構わないで。そのスミレの顔が見たくて、急いで話を終わらせてきたんだ。見せてくれなきゃ、急いだ甲斐がないじゃないか」

 そしてベッド際に椅子を寄せて座り、後ろから突かれているスミレの顔を覗き込むように身を屈めた。

「もっと感じろ、スミレ。いいよ。いい顔だ」

「やだ! 恥ず、か、過ぎ、お、ああっ、あああっ、いっ、いいっ・・・」

 言葉が途切れるほどに激しく突かれ、頭の後ろらへんがジーンと痺れ、背中から全身に電気が舞い飛び、それを冷静なサキさんの顔に見つめられ、変な昂り方をして、あっという間に絶頂し、それを数度繰り返し、衛兵の彼の熱いのをお尻に感じ、あまりの異常さにビクビクと痙攣までしてしまった。

「ああ、こんなの、こんなのってェ・・・」

「萌えたろ? 正直に言え。決めたぞ。お前の調教方針。これで徹底的にやってやる」

 それまで見たことのないような満面の笑顔で、サキさんは頷いた。


 
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