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おけいこのはじまり
09 アブラ君の受難
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サキさんが置いて行った紙袋の中には、手のひらサイズのピンク色をしたマッサージ器のようなものが入っていた。クリトリス吸引器だった。
当然、使った。
いささかコーフンしながら説明書を読んだ。
器具の頭の部分に突起があり、その先が窪んでいる。そこにクリトリスを収めるわけだ。なるほど。
すぐに下着を脱いだ。ガバっと脚を開いてラヴィアを開き、包皮を剥いて窪みをクリトリスに当て、嵌める。指で背中のスイッチを押す。
「ひっ!」
イキナリの刺激にビックリはしたが、うわあーっ、たまらない・・・。
たちまちに潤んでくるのがわかる。途中で愛液を掬い塗してもう一度、当て、嵌める。濡れているそれが、まるでクンニリングスされているように吸われ、振動する。あの、激しいサキさんのセックス、あの嵐のような責めの残滓が残った身体が再び燃える。
「ああ・・・いい・・・」
スミレはゆっくりと目を閉じた。舌で唇を舐める。病みつきになりそうな快感。顎を上げ、おとがいを曝し、その快感を貪るのに集中してしまう。そしてつい、壁が薄いのも忘れ、大きな嬌声を、あげてしまう。
「ああ、あああっ・・・く、ふうっ・・・」
身体が自分のものじゃなくなる。次から次に波のように刺激が、快感が全身を襲い、真っ白な境地へ・・・。
「ああっ!・・・あああっ・・・あ、ああーっ! ・・・い、イク・・・んん」
ドンドン。
ドアのガラスが振動でカタカタなる。
「どうしました?」
隣の、アブラ君だ。勝手にそう呼んだ。
余韻に浸る間もなく、意識が現実に戻る。しかし、弛緩し火照った身体はすぐには戻れない。
しらばっくれようか。しばし悩んで、今後のこともあるからと渋々立ち上がる。立つのが億劫だ。ドレスの裾を直し、ドアを開けた。
「はい・・・」
「悲鳴が、聞こえたんで・・・」
「だ、大丈夫です。どうもすいません」
「そうですか・・・」
自分はさぞ、蕩けた目をしているのに違いない。胸を抑え、ドアを閉めた。
料理の練習もした。しかし、何度やっても、失敗した。むしゃくしゃする度に、吸引器を使った。吸引器でオナニーする時間の方が、料理の練習よりも、長かった。
失敗作を処分するのに困り、隣のアブラ君を思い出した。自分に気がありそうだったから、断らないだろう。予想は当たり、彼は鍋や食器まで洗って返してくれた。
「ありがとう」
「いえ、・・・別に」
おどおどしていたので。面白がって手に触れてやると、彼は顔を赤くした。
しかし、何かにハマりこむとすぐに熱くなって調子に乗り過ぎるのは、スミレのいつもの悪いクセだった。
吸引の回を重ねる毎にスミレは次第に大胆になって行った。
あまりにも吸引器オナニーに夢中になりすぎ、つい妄想を激しくしてしまい、サキさんに強引に奪われるのを想像してしまった。
妄想の中で、スミレは全裸に剥かれ大きく脚を広げさせられ、そこを執拗に責められていた。
「サキさん! そんな、やめてっ。激し過ぎるっ! ああっ、許して、そんなにイジめちゃいやっ!」
しかも、最初は小声だったのに気が付けば大声で悶えまくってしまっていた。
「やめてっ! お願いっ! ああっ、ああああーっ!・・・あ、イグッ、うぎゃああああっ! ・・・んんんんんんっ!」
絶頂したら、突然にドアが飛んできたから驚いた。
「どうしたんですか!」
「きゃーっ!」
突然乱入してきたアブラ君にさらにびっくりしていると、あの運転手のスズキさんが彼の後ろから現れ、彼に何かをした。すると油君の身体がその場に頽れた。
素っ裸のまま、スミレはただ茫然とスズキさんを見上げていた。
「お怪我はございませんか?」
と彼は言った。
--被疑者 タナカシンジの供述書取得時の記録VTRから--
「ハイ。名前住所本籍と。学生、在籍中の大学、と。いいね。じゃあね。知ってること起こったことしたこと、全部ね、隠さずに話して下さい。まずね、被害者のタチバナスミレサン・・・」
「ボクには、ニジョウレイコさんと、言ってました」
「そうね。そのニジョウさんと初めて会った時から・・・」
「彼女がボクのアパートに、住んでるアパートの隣の部屋に越してきた日に初めて会いました。カギが・・・」
「カギ?」
「カギを開けるのを手伝いました」
「彼女が部屋を訪ねて来てお願いしたの?」
「違います。ボクから・・・。廊下を歩いてくる音がして、カギを開けようとする音がして、なかなか開かないみたいで・・・、それで・・・」
「聞こえてくる音で、そう判断したんだね、そのカギを開けるのに苦労してると。行って助けてやろうと。あくまでも、善意で・・・。そういうこと?」
「そうです。その時は・・・」
「その時は、か。それでその時彼女を見た。会った。会って、どう思ったの?」
「・・・フツーに、可愛いな、って」
「つまり、・・・惚れちゃったか? はは。恥ずかしくないよ、そんなの。男だからな。そういうこと?」
「・・・ハイ。・・・まあ」
「うん。・・・で、その日はそれから?」
「バイトしてたんで・・・夕方から夜だけ。近くのコンビニです。すぐに出かけました」
「うん。で、帰って来て、何時ごろかな? 」
「バイト終わりが十一時ですから、十一時ニ十分ぐらいだと思います。もう一週間ぐらい前なんで、あんまよく覚えてないですけど・・・」
「うん。それで、帰って来て、どうしたの? 彼女の部屋が気になったんじゃないの」
「ずっと、風呂入ってなかったんで、銭湯の時間が十二時なんで、すぐ風呂行こうと思って風呂道具持って出かけようとしたら・・・」
「うん」
「隣のカノジョの部屋から声が聞こえて・・・」
「どんな声?」
「・・・その・・・アノ声です」
「アノ声?」
「その、・・・エッチ系の」
「・・・それは普通の状態で? つまり普通に部屋で過ごしてまあ、外から帰ったわけだから? 着替えとか、明日の準備とか、いろいろあるよね。普通に生活してる状態で、聞こえたの?」
「・・・いえ。・・・違います。・・・壁に・・・」
「壁に?」
「・・・壁に、・・・耳当てて・・・」
「ああ。そうかそうか。惚れちゃったわけだからねえ。彼女が今何をしてるか、気になったんだよねえ。ウンウン。わかるよ。ぼくも男だしねえ、ウン。そのぐらいは男なら誰でもやるよ。犯罪には、ならんしねえ、そのぐらいじゃあ。・・・で、それから?」
「しばらく聞いてたら突然、ぎゃーって」
「叫び声が、聞こえたんだね」
「ハイ! すごい声でした」
「で、急いで隣の彼女の部屋に行ったんだ。心配になって、だよね」
「ハイ」
「でもねえ、他の部屋の人、誰もそれ聞いてないって言うんだ。そこがねえ、第一のポイントになっちゃうんだよなあ・・・。まあ、いいや。それで? 彼女の部屋のドアを叩いた。心配だったからだよねえ」
「刑事さん、信じてないスよね、ボクの話・・・」
「いや、そうじゃないよ。ほら、仕事柄ね、全ての情報をきちんと整合させないといけないしさ、だから、なんだよ。ウン。・・・それで、ドアを叩いたら、彼女は?」
「少し間があって、・・・出て来てくれました」
「彼女の様子、どうだったの?」
「フツーに、あ、こんばんは、って。フツーの雰囲気、ってか・・・。でも、服が・・・」
「服?」
「夕方見た白いワンピースだったんで、アレ?とは思いました。だって、十二時ですよ。フツー、ジャージとかパジャマとか・・・」
「ああ、そう。まあ、忙しかったのかもねぇ、着替える暇もなかったのかもねえ・・・」「顔が、・・・」
「顔?」
「顔が、めっちゃ、赤かったんです」
「ああ・・・」
「それから、それを機会に急速に彼女と距離が縮まったんだね、その、お互いの部屋を行き来するとか・・・」
「いえ、彼女がボクの部屋に来てくれたんです。二回ぐらい、ですけど」
「そう。彼女がねえ・・・。
あのね、タナカ君。何故彼女が最初『ニジョウレイコ』って名乗ってたか、わかるかい?」
「・・・いいえ、わかりません」
「彼女ね、可愛そうに、ずっと、ストーカー被害に遭ってたんだ。それでね、ご両親が彼女を自宅から遠ざけるためにあのアパートに移させたんだよ。偽名まで使わせてねえ」
「ええっ?」
「そうなんだ。だからね? 彼女が自分から君の部屋に行ったというのは、どうもねえ・・・」
「本当です! 彼女は、レイコさんは、作りすぎちゃったからって、二回も、僕の部屋にご飯持ってきてくれたんです。ドマズでしたけど」
「ドマズ?」
「めっちゃマズくて食える代物じゃなかったんです。でも。食いましたけど」
「そら、そうだよね。惚れちゃったんだからねえ・・・」
「・・・やっぱり、信じてないスね」
「うーん・・・。この際だから、彼女の証言を教えてあげようか。
最初はいい人だって、思ってたんだってさ、キミのことを。だけど、引っ越した初日に部屋に来たり、時々部屋に尋ねてきたりして、怖かったんだと。それで、その、犯行、って敢えて言うけどね、その日、突然彼、つまり、キミのことね。キミがドアを蹴破って部屋に乱入してきて、とっても、死ぬほど怖かったって。
ストーカー被害ってのはねえ、女性にとっては、とても、言葉にできないぐらいの、痛み、苦痛なんだよ? 僕たち男性には計り知れないぐらいにねえ。
そこは認めるだろう、彼女の部屋のドアを、蹴破った、のは・・・」
「確かに、それはそうですけど、二回も料理を届けてくれた、彼女が、誰かに乱暴されてるって、そう思ったら、どうしようもなかったんですよ! そこはわかってくださいよ! 刑事さん!」
「・・・そこは、だよねえ・・・でもね、そこ、なんだよなあ・・・」
「なにがですか」
「あのねえ、そのときアパートにいた人に聞き込みしたんだよ。ドア蹴破る音と彼女の悲鳴聞いたかってね。夜勤の人多いね、君のアパート。だから数人だったんだけども、みんなの証言がね、全部同じなんだよ。ドーン、ガシャーンって音の後にきゃー、って。悲鳴だったってねえ・・・」
「・・・」
「んー。何度も聞いて悪いけどもさ、そこ、大事なんだ。・・・本当に、悲鳴を聞いたから、駆け付けて、ドア、蹴ったの?・・・」
「本当です。信じて下さい、刑事さん!」
「・・・そうか。で、その時部屋には? 彼女と、他に誰かいたの?」
「いえ・・・。彼女一人だけでした。・・・裸でした」
「つまり、誰かに襲われたんじゃなかった、・・・だね?」
「・・・ハイ・・・」
「んー・・・。で、気付いたら、彼女の部屋でぶっ倒れてた、と・・・」
「いきなり後ろから突き飛ばされたかなんかされたんです。そっから、記憶、ないんです」
「んー・・・」
コンコン。
「おい、ちょっと」
「あ、ちょっと待っててね」
尋問していた刑事が尋問室の外に出る。
「この件、終わりだ。被害者が届け取り下げた」
「・・・やっぱりね。なんかあると思いましたけどね。証言した他の住人、みんなピッタリ言い方同じでしたし、その後すぐにみんな引っ越しちゃったし。おかしいなって思ってました。彼、たぶんシロですよ」
「あの弁護士も、ちょっと臭うしな。ま、しょせん親告罪だから。そういうことだ」
--VTR、終わり—
-------------------------------------------
「だからさ、悪かったって、謝ってるじゃないか」
サキさんはちょっとしょげながら、ステアリングを叩いて溜息をついた。
「あのな、マスターがスレイヴに謝るってのはフツー、ないんだぞ。ま、ボクにも反省すべき点はある。お前がアホ過ぎるのを計算してなかった。だいたいな、あんな壁の薄い部屋で僕に襲われるの妄想して大声張り上げるなんて・・・。フツーありえないだろ。しかも、自分から男の部屋に行くなんてさ」
「ネクラだったし、気があるみたいだったし、失敗作処理してもらうには、丁度いいかなって・・・」
車は陽の落ちかけたハイウェイを南に向かっていた。サキさんとお揃いの、紺のレーシングスーツを着て腕組みし、右側の、西の山に沈む夕陽を浴びている。
「わたしのどこが悪いって言うの?! 全部サキさんのせいじゃん! あんなの置いてかれたら使うにきまってるでしょ? 」
スミレは臆面もなく全てを他人のせいにした。
「もう、お料理修行は終わりね。無し! それから、せめてオートロック付きのガードマンのいるマンションにして。そしたら、許してあげる!」
「お前・・・ホントにスレイヴかよ・・・。僕の方がお前のスレイヴのような気がしてきた」
「ねえ、サキさん。あのスズキさんて、何者なの?」
「彼はね、実はスズキさんて名前じゃなくて、ミタライさんていう、ベンゴシなんだ」
当然、使った。
いささかコーフンしながら説明書を読んだ。
器具の頭の部分に突起があり、その先が窪んでいる。そこにクリトリスを収めるわけだ。なるほど。
すぐに下着を脱いだ。ガバっと脚を開いてラヴィアを開き、包皮を剥いて窪みをクリトリスに当て、嵌める。指で背中のスイッチを押す。
「ひっ!」
イキナリの刺激にビックリはしたが、うわあーっ、たまらない・・・。
たちまちに潤んでくるのがわかる。途中で愛液を掬い塗してもう一度、当て、嵌める。濡れているそれが、まるでクンニリングスされているように吸われ、振動する。あの、激しいサキさんのセックス、あの嵐のような責めの残滓が残った身体が再び燃える。
「ああ・・・いい・・・」
スミレはゆっくりと目を閉じた。舌で唇を舐める。病みつきになりそうな快感。顎を上げ、おとがいを曝し、その快感を貪るのに集中してしまう。そしてつい、壁が薄いのも忘れ、大きな嬌声を、あげてしまう。
「ああ、あああっ・・・く、ふうっ・・・」
身体が自分のものじゃなくなる。次から次に波のように刺激が、快感が全身を襲い、真っ白な境地へ・・・。
「ああっ!・・・あああっ・・・あ、ああーっ! ・・・い、イク・・・んん」
ドンドン。
ドアのガラスが振動でカタカタなる。
「どうしました?」
隣の、アブラ君だ。勝手にそう呼んだ。
余韻に浸る間もなく、意識が現実に戻る。しかし、弛緩し火照った身体はすぐには戻れない。
しらばっくれようか。しばし悩んで、今後のこともあるからと渋々立ち上がる。立つのが億劫だ。ドレスの裾を直し、ドアを開けた。
「はい・・・」
「悲鳴が、聞こえたんで・・・」
「だ、大丈夫です。どうもすいません」
「そうですか・・・」
自分はさぞ、蕩けた目をしているのに違いない。胸を抑え、ドアを閉めた。
料理の練習もした。しかし、何度やっても、失敗した。むしゃくしゃする度に、吸引器を使った。吸引器でオナニーする時間の方が、料理の練習よりも、長かった。
失敗作を処分するのに困り、隣のアブラ君を思い出した。自分に気がありそうだったから、断らないだろう。予想は当たり、彼は鍋や食器まで洗って返してくれた。
「ありがとう」
「いえ、・・・別に」
おどおどしていたので。面白がって手に触れてやると、彼は顔を赤くした。
しかし、何かにハマりこむとすぐに熱くなって調子に乗り過ぎるのは、スミレのいつもの悪いクセだった。
吸引の回を重ねる毎にスミレは次第に大胆になって行った。
あまりにも吸引器オナニーに夢中になりすぎ、つい妄想を激しくしてしまい、サキさんに強引に奪われるのを想像してしまった。
妄想の中で、スミレは全裸に剥かれ大きく脚を広げさせられ、そこを執拗に責められていた。
「サキさん! そんな、やめてっ。激し過ぎるっ! ああっ、許して、そんなにイジめちゃいやっ!」
しかも、最初は小声だったのに気が付けば大声で悶えまくってしまっていた。
「やめてっ! お願いっ! ああっ、ああああーっ!・・・あ、イグッ、うぎゃああああっ! ・・・んんんんんんっ!」
絶頂したら、突然にドアが飛んできたから驚いた。
「どうしたんですか!」
「きゃーっ!」
突然乱入してきたアブラ君にさらにびっくりしていると、あの運転手のスズキさんが彼の後ろから現れ、彼に何かをした。すると油君の身体がその場に頽れた。
素っ裸のまま、スミレはただ茫然とスズキさんを見上げていた。
「お怪我はございませんか?」
と彼は言った。
--被疑者 タナカシンジの供述書取得時の記録VTRから--
「ハイ。名前住所本籍と。学生、在籍中の大学、と。いいね。じゃあね。知ってること起こったことしたこと、全部ね、隠さずに話して下さい。まずね、被害者のタチバナスミレサン・・・」
「ボクには、ニジョウレイコさんと、言ってました」
「そうね。そのニジョウさんと初めて会った時から・・・」
「彼女がボクのアパートに、住んでるアパートの隣の部屋に越してきた日に初めて会いました。カギが・・・」
「カギ?」
「カギを開けるのを手伝いました」
「彼女が部屋を訪ねて来てお願いしたの?」
「違います。ボクから・・・。廊下を歩いてくる音がして、カギを開けようとする音がして、なかなか開かないみたいで・・・、それで・・・」
「聞こえてくる音で、そう判断したんだね、そのカギを開けるのに苦労してると。行って助けてやろうと。あくまでも、善意で・・・。そういうこと?」
「そうです。その時は・・・」
「その時は、か。それでその時彼女を見た。会った。会って、どう思ったの?」
「・・・フツーに、可愛いな、って」
「つまり、・・・惚れちゃったか? はは。恥ずかしくないよ、そんなの。男だからな。そういうこと?」
「・・・ハイ。・・・まあ」
「うん。・・・で、その日はそれから?」
「バイトしてたんで・・・夕方から夜だけ。近くのコンビニです。すぐに出かけました」
「うん。で、帰って来て、何時ごろかな? 」
「バイト終わりが十一時ですから、十一時ニ十分ぐらいだと思います。もう一週間ぐらい前なんで、あんまよく覚えてないですけど・・・」
「うん。それで、帰って来て、どうしたの? 彼女の部屋が気になったんじゃないの」
「ずっと、風呂入ってなかったんで、銭湯の時間が十二時なんで、すぐ風呂行こうと思って風呂道具持って出かけようとしたら・・・」
「うん」
「隣のカノジョの部屋から声が聞こえて・・・」
「どんな声?」
「・・・その・・・アノ声です」
「アノ声?」
「その、・・・エッチ系の」
「・・・それは普通の状態で? つまり普通に部屋で過ごしてまあ、外から帰ったわけだから? 着替えとか、明日の準備とか、いろいろあるよね。普通に生活してる状態で、聞こえたの?」
「・・・いえ。・・・違います。・・・壁に・・・」
「壁に?」
「・・・壁に、・・・耳当てて・・・」
「ああ。そうかそうか。惚れちゃったわけだからねえ。彼女が今何をしてるか、気になったんだよねえ。ウンウン。わかるよ。ぼくも男だしねえ、ウン。そのぐらいは男なら誰でもやるよ。犯罪には、ならんしねえ、そのぐらいじゃあ。・・・で、それから?」
「しばらく聞いてたら突然、ぎゃーって」
「叫び声が、聞こえたんだね」
「ハイ! すごい声でした」
「で、急いで隣の彼女の部屋に行ったんだ。心配になって、だよね」
「ハイ」
「でもねえ、他の部屋の人、誰もそれ聞いてないって言うんだ。そこがねえ、第一のポイントになっちゃうんだよなあ・・・。まあ、いいや。それで? 彼女の部屋のドアを叩いた。心配だったからだよねえ」
「刑事さん、信じてないスよね、ボクの話・・・」
「いや、そうじゃないよ。ほら、仕事柄ね、全ての情報をきちんと整合させないといけないしさ、だから、なんだよ。ウン。・・・それで、ドアを叩いたら、彼女は?」
「少し間があって、・・・出て来てくれました」
「彼女の様子、どうだったの?」
「フツーに、あ、こんばんは、って。フツーの雰囲気、ってか・・・。でも、服が・・・」
「服?」
「夕方見た白いワンピースだったんで、アレ?とは思いました。だって、十二時ですよ。フツー、ジャージとかパジャマとか・・・」
「ああ、そう。まあ、忙しかったのかもねぇ、着替える暇もなかったのかもねえ・・・」「顔が、・・・」
「顔?」
「顔が、めっちゃ、赤かったんです」
「ああ・・・」
「それから、それを機会に急速に彼女と距離が縮まったんだね、その、お互いの部屋を行き来するとか・・・」
「いえ、彼女がボクの部屋に来てくれたんです。二回ぐらい、ですけど」
「そう。彼女がねえ・・・。
あのね、タナカ君。何故彼女が最初『ニジョウレイコ』って名乗ってたか、わかるかい?」
「・・・いいえ、わかりません」
「彼女ね、可愛そうに、ずっと、ストーカー被害に遭ってたんだ。それでね、ご両親が彼女を自宅から遠ざけるためにあのアパートに移させたんだよ。偽名まで使わせてねえ」
「ええっ?」
「そうなんだ。だからね? 彼女が自分から君の部屋に行ったというのは、どうもねえ・・・」
「本当です! 彼女は、レイコさんは、作りすぎちゃったからって、二回も、僕の部屋にご飯持ってきてくれたんです。ドマズでしたけど」
「ドマズ?」
「めっちゃマズくて食える代物じゃなかったんです。でも。食いましたけど」
「そら、そうだよね。惚れちゃったんだからねえ・・・」
「・・・やっぱり、信じてないスね」
「うーん・・・。この際だから、彼女の証言を教えてあげようか。
最初はいい人だって、思ってたんだってさ、キミのことを。だけど、引っ越した初日に部屋に来たり、時々部屋に尋ねてきたりして、怖かったんだと。それで、その、犯行、って敢えて言うけどね、その日、突然彼、つまり、キミのことね。キミがドアを蹴破って部屋に乱入してきて、とっても、死ぬほど怖かったって。
ストーカー被害ってのはねえ、女性にとっては、とても、言葉にできないぐらいの、痛み、苦痛なんだよ? 僕たち男性には計り知れないぐらいにねえ。
そこは認めるだろう、彼女の部屋のドアを、蹴破った、のは・・・」
「確かに、それはそうですけど、二回も料理を届けてくれた、彼女が、誰かに乱暴されてるって、そう思ったら、どうしようもなかったんですよ! そこはわかってくださいよ! 刑事さん!」
「・・・そこは、だよねえ・・・でもね、そこ、なんだよなあ・・・」
「なにがですか」
「あのねえ、そのときアパートにいた人に聞き込みしたんだよ。ドア蹴破る音と彼女の悲鳴聞いたかってね。夜勤の人多いね、君のアパート。だから数人だったんだけども、みんなの証言がね、全部同じなんだよ。ドーン、ガシャーンって音の後にきゃー、って。悲鳴だったってねえ・・・」
「・・・」
「んー。何度も聞いて悪いけどもさ、そこ、大事なんだ。・・・本当に、悲鳴を聞いたから、駆け付けて、ドア、蹴ったの?・・・」
「本当です。信じて下さい、刑事さん!」
「・・・そうか。で、その時部屋には? 彼女と、他に誰かいたの?」
「いえ・・・。彼女一人だけでした。・・・裸でした」
「つまり、誰かに襲われたんじゃなかった、・・・だね?」
「・・・ハイ・・・」
「んー・・・。で、気付いたら、彼女の部屋でぶっ倒れてた、と・・・」
「いきなり後ろから突き飛ばされたかなんかされたんです。そっから、記憶、ないんです」
「んー・・・」
コンコン。
「おい、ちょっと」
「あ、ちょっと待っててね」
尋問していた刑事が尋問室の外に出る。
「この件、終わりだ。被害者が届け取り下げた」
「・・・やっぱりね。なんかあると思いましたけどね。証言した他の住人、みんなピッタリ言い方同じでしたし、その後すぐにみんな引っ越しちゃったし。おかしいなって思ってました。彼、たぶんシロですよ」
「あの弁護士も、ちょっと臭うしな。ま、しょせん親告罪だから。そういうことだ」
--VTR、終わり—
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「だからさ、悪かったって、謝ってるじゃないか」
サキさんはちょっとしょげながら、ステアリングを叩いて溜息をついた。
「あのな、マスターがスレイヴに謝るってのはフツー、ないんだぞ。ま、ボクにも反省すべき点はある。お前がアホ過ぎるのを計算してなかった。だいたいな、あんな壁の薄い部屋で僕に襲われるの妄想して大声張り上げるなんて・・・。フツーありえないだろ。しかも、自分から男の部屋に行くなんてさ」
「ネクラだったし、気があるみたいだったし、失敗作処理してもらうには、丁度いいかなって・・・」
車は陽の落ちかけたハイウェイを南に向かっていた。サキさんとお揃いの、紺のレーシングスーツを着て腕組みし、右側の、西の山に沈む夕陽を浴びている。
「わたしのどこが悪いって言うの?! 全部サキさんのせいじゃん! あんなの置いてかれたら使うにきまってるでしょ? 」
スミレは臆面もなく全てを他人のせいにした。
「もう、お料理修行は終わりね。無し! それから、せめてオートロック付きのガードマンのいるマンションにして。そしたら、許してあげる!」
「お前・・・ホントにスレイヴかよ・・・。僕の方がお前のスレイヴのような気がしてきた」
「ねえ、サキさん。あのスズキさんて、何者なの?」
「彼はね、実はスズキさんて名前じゃなくて、ミタライさんていう、ベンゴシなんだ」
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