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しおりを挟む待ち合わせのカフェに課長はまだ来ていなかった。アポイントの時間にもまだ余裕があった。カフェラテを頼んで席に着くと自然にリフレインの続きをしてしまった。
駿君を失ったわたしは寂しかった。ずっと相手のいないおひとり様の不遇をかこってばかりの日々が続いた。それに加え「変な感じ」が次第に形を明確にしていき、度々わたしを襲った。寝転がって自分の足の指を舐めながら洞窟の周辺やぼんぼりを悪戯するようになり、彼方に逝ってしまうことを覚えた。何度も駿君を思いながらした。わたしの妄想の中で、駿君はわたしの足の指を舐めながらわたしのぼんぼりを悪戯し、わたしも駿君に同様のことをした。洞穴の壁を十分に潤ませ、彼の、まだ見ぬムスコさんを迎え入れた。
「駿君の入れて」
「気持ちいい。駿君の、気持ちいい」
そんないやらしい言葉を口に出すと余計に感じることも覚えた。
高校生になり、わたしは完全に今でいう「肉食系女子」予備軍になっていた。それを性欲としてハッキリと認識するようになった。だが肝心のパートナーには未だ恵まれずにいた。
チームは技術強化のために近隣の男子チームと度々練習試合をしたが、二人目の彼とはそんな中で知り合った。あえて名前は書かない。書く必要もないぐらいにそれはあっという間に始まって終わった。
彼はかつての駿君のような、どちらかというとハードワーカー的なボランチだった。顔は最高クラスに良く、チームをよくまとめていた。はっきり言って、一目惚れした。
彼を振り向かせるのにあらゆる手段を使った。ガチガチの硬派だったからでもあるが、そもそもわたしに全然興味を持ってくれなかったからだ。同じチームの仲間に頼んで彼とその周辺情報を収集し、合コンのようなものをセットしてもらい、ガチガチの硬派に気に入ってもらえるよう、わたしをサッカーを愛する一途で可憐な女の子であるかのように演出してもらった。彼の家とか学校周辺になるべく自然に偶然に見えるように出没を繰り返すというストーカー紛いのことまでした。
その甲斐あってか、どうにか彼から連絡先を入手し、なんとか初めてのデートに持ち込むことに成功した。ファストフードじゃなくて公園の散歩から始まり、カラオケじゃなくて動物園で象を見ることに耐えながら、彼の高尚なサッカーに対する熱い思いを聴き続けた。端正な横顔とがっしりした筋肉があったから、そのために頑張った。人生初めてのキスは夕暮れの味がした。
何度かのデートを経てようやくその日は訪れた。間違っても小学生で男の子と足の指を舐め合ったなんてことが露見しないように、立ち振る舞いには細心の注意を払った。しかし、肝心要のクライマックスを迎えるところでダメになった。ダメにしたのは、わたし自身だった。端的に言えば、控えめでおしとやかな女の子の演技に失敗したのだ。
偶然に同じ避暑地でのクラブ合宿の機会を利用し、周辺の小洒落たホテルを調べ上げ、しかもさり気なくその情報を彼の目につくようにし、半日だけあったクラブ同士の親睦会の時間を利用して抜け出し、富士の湖畔のそのホテルの一室で処女を失うという、我ながら後世にも語り継がれうる完璧な計画! の、はずだった。
キスをし、恥じらいつつ裸になり、いざベッドでその時を迎えたまさにその瞬間、興奮しきったわたしは、何度も妄想してきた駿君との淫らな行為そのままの強烈な要求を口走ってしまった。
「あなたのおちんちんが欲しい。早く入れて!」
彼のムスコさんは急速に萎え、復活することは無かった。何とか取り繕おうとしてみたけれど後の祭り。
「君がそんなひとだなんて思わなかったよ」
その一言を残して彼は部屋を出て行った。
しかし結果だけ言えば、わたしはその日のうちに処女を卒業した。むしゃくしゃして部屋の冷蔵庫にあったビールをヤケ飲みし、つまらないので湖の畔をふらふら散歩していたら、同じく夏合宿に来ていた何処かのイケメンでもなんでもない大学生にナンパされてした。ただ突っ込むだけでエロくもなんともなく違和感だけが残った。それ以来その湖には一度も行っていない。イケメンとも全く縁がなかった。イケメンなだけの奴なんてロクなもんじゃないと体を張って学んだわけだ。
残りの高校生活と大学生活はそのように粗雑に過ごした。父との約束でサッカーがモノにならなかったら普通の大学に入って普通に就職することになっていたからそうした。サッカーの夢が挫折したこともあり、大学で粗雑さにはさらに磨きがかかった。気まぐれに入ったフットサルのサークルの新歓コンパでさっそく体だけが目的の先輩と始めたのを皮切りに、数人ほどと関わった。味見レベルの男もいたし、一年以上付き合ったのもいたが、卒業するまで誰も足の指は舐めてくれなかった。カミングアウトは出来なかった。わたしの密かな願望に気付いてくれる男もいなかった。
在学中に迎えた父の死がわたしを少しだけ真人間に戻すきっかけを作ってくれた。
「佳苗、幸せになるんだぞ」
父の最後の言葉は肝に響いた。
それから真面目にいくつかの資格を取り、OBOGの話も聞き、多くの会社を訪問したが、自分の一番のウリは何かをトコトン考えた結果、今の会社を選んだ。やっぱりわたしの原点はどんなに手強い相手であって臆することなく果敢に突っ込み、体当たりしてでも必ずゴールをモノにする。これだけだと思った。小学生の頃、悲恋に終わった駿君との思い出がわたしをカスになることから救った。
そして、社会人になって初めて、わたしは運命の男に出会い、そして別れた。それまで自分のことを「ボク」とか「ジブン」と呼んでいたのを「わたし」と言えるようになったのは社会人になったことも勿論だが、その男に身も心も女にしてもらったからであることは疑いがない。出会って別れるまでの六年余りの月日には、それまでの時間に比べようがないほどの輝きと深みと重さがあった。
別れてからもう二年がたつ。
今は仕事以外ではきれいさっぱり、赤の他人だ。
その「赤の他人」がふいに目の前に立った。
「待たせたな。行くぞ」
課長はいつものように颯爽としていた。
大事なプレゼンの前なのに、何故かジュン、ときた。
その外資系の清涼飲料水の会社へのプレゼンは成功裏に終わった。外資だからなのかどうか知らんが、プレゼン後の質問が山ときた。が、課長はその全てに冷静に丁寧に対応してさらに好感度を上げていた。わたしならそこまでうまく対応できたかどうか、わからない。
わたしと課長は地下鉄の駅に向かって並んで歩いた。
「ありゃ絶対に獲れるな。これで三千万の扱いだ。うはははは。そーゆーことで前祝いにどこかで一杯やらないか、久しぶりに」
「あー。でも来週のプレゼンの準備もまだだし、イベント行かせた野島のヤツも気にかかるし。また今度にしませんか。じゃあ、わたし一度社に戻ります」
少し強引にその場を離れた。
ビルの角を曲がり、地下鉄の駅の手前でスマートフォンを取り出し、LINEした。音声通話の相手はすぐに出た。
「あー、石丸君。キミなア、少しぃ脇が甘いぞォ」
萩田部長の声色を真似してみた。課長、いや遼ちゃんは電話の向こうでフン、と鼻で笑った。
「バカヤロウ」
「大事だよ、遼ちゃん」
「・・・わかってるよ」
「わかってない!」
夕暮れの雑踏、あえて大きな声で叱るわたし。
「何のためにあんなに辛い思いしてまで別れたと思ってるの?」
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