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第二十夜 あなたを差し出したい 門倉医師の治療 四回目
しおりを挟む梅雨入りが発表された。だが雨は降らず、蒸し暑い夜が幾晩も続いた。
暑さと日焼けを避けるため早朝と夜に分けてウォーキングを続けた。食事も野菜と果物中心に変え、リモートワークの合間に腹筋や腕立て伏せをし、有酸素運動を心掛けた。紗和もウォーキングを譲治につき合った後、
「わたし、もうひとっ走りしてくるから」
一人でジョギングしたりした。とにかく、妻は体力が向上した。
紗和は高校まで陸上で中距離をやっていたというから、元々スタミナには自信があったのだと思う。しかも、よく食べる。野菜中心に切り替えた譲治とは反対に肉を好むようになった。炭水化物もパン食が多かったのをご飯に切り替え、毎食大ぶりの椀に二杯はお代わりをした。それなのに、体形がまったく崩れない。
「すごいな、紗和は・・・」
「そお?」
蠱惑の瞳はそう言って笑った。
こんな、愛する妻、愛しい妻を奴隷に、性奴隷に差し出す。そんな大それたことを、譲治はしようとしていた。そのことを考えるだけで胸が苦しくなるが、同時に下半身がいやおうなしに反応し、勃起が痛いほど張りつめるのを自覚した。自分には必要なのだ。どうしても、必要なのだ。紗和が淫靡な調教を受け、その話をストーリーを聴き、昂奮し、奴隷となった紗和に足蹴にされる。それを考えただけで、たまらなくなる・・・。
一週間ぶりに素足の女医先生のクリニックに赴き、ようやく門倉医師の治療再開へのGOサインをもらった。
「心電図も脈も落ち着いてきましたし、まず心配ないでしょう。ウォーキングはお続けになった方がいいですね。でも、急激な運動をするときはウォームアップをしてからの方がいいと思いますよ」
「ウォームアップ・・・」
「例えば、ウォーキングする前に、体操するとか」
「あの、つかぬことをお伺いしますが・・・、」
「なんでしょう」
「門倉先生の患者さんはよくいらっしゃるんですか」
「ええ」
素足先生はあっさりと言った。
「おみえになりますよ」
「やはりわたしのような症状で?」
「心と身体は繋がってますからね。精神科で患者さんに昔の辛い記憶を思い出させたりするときは、体のあちこちに変調をきたす恐れをまず心配しますよね。
内科でも薬を処方するとき副作用を心配しますし、外科でオペレーションするときもやはり患者さんの体の負担を考慮します。作用には必ず反作用ってのがありますから、そこを配慮して治療を進めるのは、どの科も同じということでしょうねえ・・・」
先生は賢く一般論で応対した。
さっそく門倉先生にLINEを入れた。すぐに返事が来た。
「では施術を再開しましょう。奥様には私からご連絡しておきます」
奴隷の件は言わなかった。紗和に固く口止めされていたからだ。
「それはわたしへの施術に係わることだから。わたしから話すから、あなたは黙っていて」
洗濯済みの黒い六尺褌を畳みながら、紗和は穏やかだが固い意志を示した。その黒い布を大事そうに畳む紗和の白い手を見ているだけで、昂奮がやってきた。従わざるを寝なかった。すべて自分のためだと、自分のために、紗和は協力してくれているのだからと自重したのだ。
妻には家に戻ってから直接話した。が、もう先生からLINEが入っていたらしい。
「よかったわね。ウォーキングのおかげだね」
そう、紗和は笑ったが、ここ一週間の紗和との夜の方が少なくとも心には薬効があったような気がする。
毎晩のように紗和とまぐわった。挿入しての射精こそなかったが、口と手で紗和を散々にイカせた。特に、彼女に顔の上に立ってもらい、そのまましゃがんでもらった。両脚だけで踏ん張り、ヴァギナとクリトリスとアナルへの舌と指の攻撃に耐え、乳首を刺激されて悶える妻に昂奮した。そのあとは毎回足で男根をシゴいてもらった。射精は毎晩一回だけにとどめた。それもよかったと思う。
そして、譲治の食卓には特に亜鉛を多く含むスルメ、豚レバーとニラの炒め物、焼いたり揚げたりした牡蠣、チーズとアーモンドをふんだんにトッピングしたサラダ、高野豆腐とえんどう豆の煮物などが調理法を変え品を変えながら毎日並んだ。
「いっぱい精子が増えますように。ねっ?」
そして昨夜は、なんと強引に上に乗られた。
「お願い、・・・犯して」
譲治の身体に跨り、身体に覆い被さり、豊かな胸を押しつけ、耳元で囁かれた。男根に手を添え、扱かれ、先走りの液を丸め込むように亀頭を塗され、その熱く爛れて濡れそぼった蜜壺に導いた。中折れしてもいい。気にしないでいいと言いながら。
紗和の中は温かくヌルヌルに譲治を締めつけた。蕩けるような気持ちよさ。早漏になってしまってもいい。そのまま勢いで突っ走ってしまいたかった。
「わたしを気持ちよくしようと思わないで。もう充分気持ちよくなったから。あなたが気持ちよければいいから。・・・お願い、わたしを使って。ずっと、わたしの中にいて! 朝まで、わたしを離さないで!」
だが、結果はやはり中で萎れてしまい射精はできなかった。それでも紗和は物凄い力で譲治の男根を締め付け、いつまでも離さなかった。
「うれしい・・・。中にいてもらうだけでいいの。あなた、わたし、うれしいの・・・」
対面でお互いを抱きながら熱く深いキスを交わした。
もちろん、あのDVDも観た。何度も、二人で見た。
「紗和が先生から調教される。そしてぼくが紗和から責められる。それでぼくが昂奮するなら、いいじゃないか」
しかし、その一点だけは紗和が同意しないままになっていた。
そして、その日は来た。
「今夜、先生の所へ出掛けます。今夜は今までで一番遅くなると思います」
入念に足の指にペディキュアを施しながら、紗和は言った。どんな内容の施術になるのか、すでに連絡が来ているのだろう。軽い嫉妬の感情が蠢く。
彼女の口調は先生の施術が始まる前の清楚な貞淑なものに戻っていた。だがそれは意図してそうしているのだと気づいた。紗和の瞳の蠱惑の色が一層濃くなっていたからだ。その方が、気持ちを昂らせるのだろうと。そう解釈した。
「あなたにお願いがあります」
と、紗和は言った。
「帰ったら、先生にされたようにしてください。あのビデオのご主人様みたいに。命令口調で、わたしに強く命令してください。
わかってます。あなたは優しいから、そんなことはできないというでしょう。でも、出来るところまででいいから、そうしてください。わたしに、何をされたか訊いてください。わたしはされたことを全て話しますから・・・」
「・・・わかった。やってみる」
そう答えると、紗和はにっこりと笑った。
出がけに紗和にあの黒い褌を締めてやった。先生の指示だと言って。一人では締められないから、と。
これから他の男に抱かれ、縛られて凌辱を受けに行く妻に、その男の指示で黒い淫靡な褌を締めるのを手伝わされる。そんなあまりな屈辱を耐える夫はこの地球上に自分ぐらいだろう。素足先生に大丈夫とは言われたものの、またもや締めつけられるように胸が痛んだ。動悸が激しくなり、冷や汗が背中を伝った。
紺色の、背中が大きく開いたミニドレスに身を包み、紗和は短いドレスの裾をまくり上げて裸の尻を曝した。そして、黒い布の端を咥え思いきり噛み締める妻の顔が震えていた。
「お願いします・・・」
咥えたままだから、紗和は喋れない。背後の譲治を振り返り、そんな切なげな眼で、夫を見上げ、頷いた。あまりにも、淫靡すぎた。たちまち譲治の男根は張り裂けんばかりに勃起した。脚を肩幅に広げた紗和の股間に手を回したその刹那、紗和は咥えた布を放した。
「ちょっと待って。あれを・・・」
紗和はベッドの上のハンドバッグを手にした。中から、あの卑猥な黒いタマゴを取り出した。それをルージュを引いた唇に押し当て嘗め回した。そして唾を塗したそれを、自分の股間に、埋め込んだ。
「・・・ん、」
それから、股間から伸びるコードの先のコントローラーを持った。
「ごめんなさい。お願いします」
もう一度、あの切なげな眼を魅せた。
胸の苦しさに耐え、譲治は布を引き、それをくるくると捻じりはじめ、妻の白くて丸い尻に食い込ませた。
褌の装着が終わると、紗和はドレスの裾を直し、白い尻を隠した。
「言い忘れてましたが、一人でシゴいちゃダメですよ」
薄手の春色のジャケットを小脇に抱え玄関のドアを開ける前に、紗和はあの蠱惑な眼をして譲治を見据えた。
「先生から言われているでしょう。絶対それは守って下さいね」
心臓がドクン、と跳ねた。
「約束ですよ」
そう言って譲治の唇にルージュを付けた。紗和の刹那の甘い吐息を思いきり吸い込んだ。そして、妻は出て行った。
バタンと締まったドアを見つめた。静寂が、空疎がやって来た。
リモートの仕事などは手に着くわけがなかった。前に模したように、家中の掃除をしていつもは触れたことのない場所もウェスで磨いた。バスルームの天井のわずかなカビも、キッチンのグリル周りも重曹を使ってこびりついた汚れを浮かせ、ワイヤーブラシで擦った。換気扇の羽根もハウスクリーナーで汚れを落とし、カバーを新しいのに付け替えた。年末の大掃除並みの大仕事をがむしゃらにやり終えても、まだ六時半だった。
今夜は今までで一番遅くなる・・・。
帰宅はもしかすると九時、十時を回るかもしれない。
食欲などは湧かなかった。湧くわけがなかった。
最後にシーツを取り換えようと寝室に行った。ベッドのカバーを取り去り、ブランケットのカバーを外すと紗和の残り香が舞った。そのままカバーに顔を埋めて妻の香りを吸い込んだ。耐えられずにシーツの上に身を投げ出し、ピローに鼻を擦り付けた。
「紗和・・・」
気が狂いそうなほどの煩悶。なぜこんなにも妻が愛おしいのだろう。今夜のその悶えは先生の施術が始まって以来の重さを持っていた。
奴隷・・・。
その時間だけの、とはいえ、それは絶大な破壊力で譲治の心臓を締め付けた。股間はすでに掃除中からいきり立っていた。先生の指示だから、紗和と約束したから、そこには敢えて手を触れない。だが、あまりにも、残酷だ。
もう施術は、プレイは始まっているだろう。
二人はどんな言葉を交わしているのだろうか。前回の施術では先生は譲治のことに触れていたと、紗和は昂奮で悶えながら途切れ途切れに告白した。
「旦那が満足させてくれないから。昔の男に仕込まれ過ぎて、普通のセックスじゃ満足できないからじゃないのか。普通のセックスじゃ満足できない身体にされてしまったからじゃないのか。違うのか、んん?」
それはあくまでも施術の、プレイの中の話。スパイスだ。施術が終わればただの医者と患者に戻る。先生はそう言ったと、紗和は話していた。
だが・・・。
譲治の脳裏にはどうしてもあのキョーコの姿が浮かぶ。首輪をされて先生の剛直に貫かれて歓喜の、悦楽の声を上げ続けていた彼女の艶めかしい姿態が。
もしかすると先生は、妻を使って譲治をも管理し、支配下に置こうとしているのではないか。そんな訳もない妄想をしてしまう。あのキョーコの夫婦のように。妻は、紗和はそれを承知の上で、嬉々として、間接的に夫を支配下に置こうとしている先生に加担している。そんな風に思えてしまう。今まで自分に傅いてくれていた最愛の妻が、先生の指示の下とはいえ、徐々に夫である自分の上に立とうとしていることに、譲治は被虐の香りのする静かな昂奮さえ感じ始めていた。
どんなプレイをしているのか。もう、妻は、紗和は、あの譲治が手伝って身に着けた褌を解かれたのだろうか。あのオモチャのタマゴをヴァギナに入れたまま、素裸で、全裸で、首には赤い首輪を着けられているのだろうか。それとも、黒だろうか。
そう思ってしまうともうダメだった。そのことばかりが彼の頭を、思考を支配してしまった。
たまらずにAVセットに寄って電源を入れ、紗和と二人で何度も観た、『奴隷契約書』のDVDを観ようとリーダーをオープンするボタンを押した時だった。
ポケットのスマートフォンが震えた。着信は紗和からだった。すぐに繋いだ。
「・・・もしもし!、・・・紗和?・・・」
耳に当てたスマートフォンからは、愛する妻の、絶望的なほどの言葉が漏れ聞こえて来た。
「・・・ご主人様。わたくし、浅香紗和は今日から、この施術の時間に限り、ご主人様の奴隷として、人間としての権利・自由を一切放棄し、ご主人様の所有物として、ご主人様に肉体・精神的に奉仕し仕えることを誓います。
ご主人様の命令には、絶対服従し絶対に背きません。ご奉仕の命令をいただきましたら、足指の先から肛門、お身体全てくまなく舌を這わせた上でオチンポを口に含み、お望みのまま、何時間でもご奉仕いたします・・・」
心臓が止まりそうなほどの衝撃でスマートフォンを取り落とした。譲治はその場に蹲った。
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