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第十七夜 あなたの鞭で痛めつけられたい -奴隷とは何か-
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紗和の眠るベッドを抜け出し、書斎に行った。どうしても寝付けなかった。
昔から気懸りがあると眠れなくなる。そして物事を深く、細かいところまで突き詰めて考え過ぎてしまう。結婚してからはそういうことは減ったが、二十代の初めのころまではそんな風にして朝を迎えてしまったことも度々あった。
気懸りとは、もちろん「正式な奴隷」の一件だ。
そもそも、こうした性愛での、SMにおいての奴隷とは、何なのだろうか。具体的に何をするのだろうか。
先生と出会って、キョーコのプレイを見、紗和と峰岸との関係を告白されるまで、譲治はこうしたいわゆる「変態性愛」の知識をほとんど持っていなかった。TVなどでカリカチュアライズされた、いわゆる「女王様とマゾのおっさん」的な、そうした一種コミカルな部分だけをクローズアップした知識しかもっていなかった。
文系ではあっても法学部だったし、学生時代にあまり小説も読まなかったので、「奴隷」と聞いて思い浮かべるのは、例えば労働関係法においての「奴隷的な労務情況の改善勧告」だとか、「古代ローマにおける奴隷と解放奴隷と一般市民との関係性」だとか、その言葉を聞いて真っ先に浮かぶイメージがそもそもかけ離れていた。紗和の告白のおかげで、自分の中の知らなかった「寝取られ」気質を知り、そこではじめて注目するようになった概念といってもよかった。
検索エンジンで「奴隷」と入力して出てくるのは、まずウィキペディア、次いで奴隷貿易、奴隷時代、古代ローマにおける奴隷のしつけ方、等々。「奴隷」の上に「性」をつけるとウィキペディア以外では、あのお隣の騒々しい国がかまびすしく騒ぐ例の一件とかがでてくる。
それでもページを繰るごとに徐々に目的のイメージに近いものが出てきて、そこで「奴隷契約書」というワードに行き当たり、それが譲治の目を惹いた。
奴隷契約書、などと・・・。ずいぶんたいそうな題をつけるものだなあと思った。
「第一条」
と、その「奴隷契約書」は謳っていた。
「奴隷は人間としての権利・自由を一切放棄し、ご主人様の所有物として全肉体を駆使してご主人様に肉体・精神的に生涯奉仕し仕えることを誓約いたします」
「この契約書が締結された日より、ご主人様は、わたしを性奴隷として所有し、ご主人様の精神的・性的な欲望・快感・快楽を充たすために使用する」
などと、出て来た。ほおー、おどろおどろしいな、と思った。他にも様々な文言が連ねてあった。
曰く、
「私は無機質の道具として人間としての、資格、権利等一切の人権を放棄し、思考・呼吸・飲食・排泄等一切の生物行為も御主人様の指示に従います」
生理的な現象も全てご主人様に従うということか。「さあ、息を吸え」と言われなければ息も吸わない、と。ほおー・・・。
四六時中ご主人様が付いていなければ、奴隷は窒息して死んでしまうだろうな、と思った。ご主人様はいつ仕事に出かけるのだろう。それとも自営業か? 他にも、
「主人の命令に対しては、異議を称えることなく絶対服従し絶対に背かない」とか、
「身の回りの世話から性処理に至るまで奉仕」とか、
「奴隷の餌は主人の残飯もしくはドックフードと水・主人の小水・風呂の残り湯のみとする。奴隷は与えられた餌を正座をし御礼を述べてから犬食いで食す」とか、
「奴隷は家では全裸で首輪着用」とか。
ふうむ・・・。
「生涯奉仕と奴隷である証として主人が準備した焼印を自らの手・意思で肉体に刻印」
「調教により奴隷に身体・精神的その他の問題が生じても主人は一切責を負わない」
「主人は年一回、性病の検査・子宮がん・乳がん検診の受診を受けさせる。主人は奴隷の便のチェック・不調などの問診・生理管理を怠らず行ない、必要に応じて浣腸」
などというものもある。
小水や大便などを迂闊に口に入れれば肝炎ウイルスや重篤な感染症に罹患する危険性が非常に高まると思うのだが、それに対する配慮はどうするのだろうか。検査を受けさせるのを文言で確認するくらいならやめればいいのに、などと考えてしまった。
さらに、
「奴隷の服装は、主人と共にある場合は清楚な下着にネグリジェ姿を基本とし、その他主人からの要望の衣装を着用し・・・」
「昼夜を問わずのセックスと調教プレイとオナニー披露、就寝前の口淫奉仕」
「奴隷は、性奴隷としての務めのない日も、常に主人の性奴隷であることを自覚する為、最低1日に1回は主人の性奴隷であること及び永遠の忠誠と絶対服従を、主人を思い浮かべながら、誓わなければならず、そしてその都度メール等で主人にその旨報告しなければならず・・・」
奴隷とは、かくも忙しいものだなあと思うし、その相手をするご主人様もまさに四六時中「サービス」精神旺盛でないと務まらないだろうなあ、と。いささかげんなりするのを禁じ得なかった。
「主人は調教時以外の時は奴隷に社会通念上の社会生活を営ませなければならない。ただし、乙の性器は所有物とみなし・・・」
「本契約に定めなき事項については、原則として主人と奴隷が協議・・・」
「ご主人様」は「奴隷」にとって「絶対者」「絶対不可侵」の存在のはず。なのに、「社会通念上の社会生活」を営なませ、さらに「奴隷」と「協議」とは・・・。
ふふ。矛盾が譲治の静かな笑いを誘った。
「主人が奴隷を売却、譲渡、破棄したときなど、主人は何時でも主人の独断で本契約を解除することができる一方、奴隷はいかなる理由をもっても本契約を解除することはできない」
「性処理よる妊娠時は私の責任において判断いたします。御主人様に認知および経済的援助は求めません。ピアッシングや豊胸手術、性器の拡大や伸張等、どうぞご自由に御主人様好みの肉体に改造してください。肉体的損傷を伴うことでも、御主人様が望まれるのなら奴隷は喜んでお受けいたします・・・」
「本権利は御主人様のご意志以外で奴隷の身分から解放されることは永久にございません」
「消えることのない傷跡が残るような懲罰を与えられても、奴隷は御主人の手で刻まれたものと心から感謝いたします。もし使役に不都合が生じてもかまわないと御主人様が判断されるのなら、たとえ手足を切断されようとも甘受いたします」
「奴隷は人間としての人格、身体の保全等の権利を自らの意志で放棄します」
本来、原則論でいうなら「ご主人様」と「奴隷」との間に契約などは成立しない。
かつて「奴隷貿易」という忌まわしい制度があった時代には、奴隷を巡る契約とはあくまでも奴隷を売る側と買う側との「売買契約」であり、買った側とすれば、買ってしまえばそれこそ奴隷の生殺与奪の権利を持っているのだから、奴隷との契約などは不必要でナンセンスなものなのだ。しかもこの場合は「奴隷」の側が「人格、身体の保全等の権利を自らの意志で放棄」と謳っているのだから、なおさらだ。
それに、「焼き印」だとか、「身体・精神的その他の問題が生じ」だとか、「人格、身体の保全等の権利を自らの意志で放棄」だとか、「手足を切断」などに至っては、もう、社会通念上の「契約」としては、成立し得ない。
民法第90条の規定にある。
「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」
この法律の要件は、ある法律行為の目的が、公の秩序又は善良の風俗に反する事項である場合は無効だということだ。例えば、誰それを殺す契約をAとBが交わしたとしても、その契約は法律上無効だということだ。
犯罪やそれに類する行為を勧誘したり、それに加担するもの。家族秩序や性道徳に反する愛人契約。芸娼妓契約などの個人の自由を極度に制限するもの。憲法に定める基本的価値、基本的人権に反するもの。相手の無知や窮状に乗じて暴利を得る行為、財産権行使の制限・・・。
それらは全て、契約締結時に両者の合意があったとしても、全て無効。法律的効力はないのだ。単なる自己満足、茶番、「おままごと」でしかない。
もし、「奴隷」の気が変わって、妊娠させられたことや、身体に傷をつけられたこと、身体を欠損させられたことを訴えられれば、どのような御大層な「奴隷契約書」を結ぼうとも、「ご主人様」はお縄となる。絶対不可侵の存在であらねばならないご主人様は訴追されるだろう。「傷害致傷」で済めばいいが、「殺人未遂」ならその罪は重い。
どこでどのような文言を発言しようと他人の勝手だが、これらを公のメディアにUPする知性はあまり高いとは言えないのではないかと、いささか気の毒に、同情する気分さえ持った。だが、その後に続く項目が譲治の目を惹いた。
「奴隷はご主人様を愉しませるためだけの存在です。口も膣も肛門もご存分にお使いください」
「奴隷はご主人様に悦んでいただけるよう、オ●ンコの締まりを良くするための訓練を欠かさず、アナルの拡張訓練も怠りません」
「奴隷はご主人様よりご奉仕の命令をいただきましたら、足指の先から肛門、お躰中くまなく舌を這わせた上でオチンポを口に含み、何時間でもご奉仕いたします」
「奴隷はご主人様からのご指示があり次第いつでも自慰に耽る浅ましい姿をご覧にいれます」
「奴隷に非がなくともご主人様の気の向かれるままに鞭打ってください。御主人様の気の趣くまま、奴隷の肉体に苦痛をお与えください・・・」
これは、契約ではない。
法廷でその正当性を主張する類のものではないのだ、と気づく。
ご主人様を愛する奴隷の「愛の宣言」であり、ご主人様と奴隷との「愛の約束」ともいうべきものなのだ、と。他の誰が何と言おうと、この二人の間には何人たりとも容喙することのできない「絆」があるのだ。先ほどまでの気の毒な思いが、次第に羨望を含んだ悔しさに変わってゆく。
自分と紗和の間にこれほどの絆があるだろうか。自分のためにその身体を投げ出してくれている愛する妻の、紗和のその熱い思いに、自分はどれほど応えられているのだろうか。
傍から見れば、自分は立派なヘンタイだ。自分が妻を悦ばせてやれないせいで、他の男に妻を差し出し、犯させ、それに昂奮している。紗和は譲治を嫉妬させ、譲治を喚起させるために、先生との情事を譲治の耳に吹き込む。
すべて、自分のため、だ。紗和のためではない。紗和は自分に愛してもらいたいだけなのに。
「奴隷はご主人様が他のご婦人とまぐわいされるあいだ、床に正座して待機いたします。ご主人様がお望みなら、性器の結合部分に舌を這わせます。いかなるご命令も甘受します。まぐわいを終えられましたら、お二人のオチンポ、オ●ンコを舌で舐め清め、ご婦人の膣に吐き出されたご主人様の精液を、ありがたく吸い取らせていただきます」
気が付くと、全裸の紗和が鞭打たれ、先生の逸物を舐めしゃぶり、先生の前で股を広げてオナニーに耽り、先生がキョーコと結合しているその下で結合部分を舐めている。そんな妄想に陥っていた。当然に譲治の一物は痛いほど勃起し、埒をあけたがっていた。
むしろ、自分のほうが奴隷ではないのか。
自分の妻が他の男とのセックスをしてきたのを知りながら、その痕跡を求めて妻の性器の匂いを嗅ぎ、それを舐めている自分のほうが奴隷なのではないか。ご主人様が他の女性とセックスを愉しんだ後、その女性の性器を舐め清めている奴隷と自分が重なって見えた。
自分は紗和に何をしてやれているだろうか。自分一人の力で紗和にしてやれることは、あるだろうか。それは、何だろうか。
自分を空しくし、自分の全てを愛するものに捧げようというこの奴隷たちのほうが、自分よりよほどパートナーに幸せを与えているのではないだろうか。
愛する妻が望むなら、紗和が先生の奴隷になりたいと望むなら、施術の間だけでも認めてやるのがせめてもの報いではないだろうか。そう。施術の間だけ、ならば。
スマートフォンのバイブが唸った。その先生からLINEが入っていた。一瞬だが自分の妄想がネットに感染してしまい先生に映像を見られたのかとナンセンスな想像をしてしまった。
「その後、いかがですか。そろそろ一度ご来院いただけますか。浅香さんの体調を把握しておきたいと思いますので」
心臓が、今にも飛び出しそうなくらいに高鳴っていた。
ベッドに戻り、深く寝入っている紗和の隣に身を横たえた。
なんとか動悸は治まったがもう一度深呼吸を繰り返した。すると紗和が寝がえりを打ち譲治の身体に覆い被さり静かにそっと抱きしめて来た。起こしたのかと思ったがそうではないらしかった。深いレムとレムの間の、僅かな浅い眠りの中にいるのだろう。暑くて上掛けを剥がしてしまうことがあるが、それと同じでベッドに戻ったばかりで冷えている譲治の身体が心地いいのだ。紗和の身体は、熱かった。少し寝汗もかいていた。愛する妻の微かな汗の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。鼓動がゆっくりと静まってゆくのを感じていた。額に浮いた汗で貼りついたおくれ毛をそっと戻してやった。紗和はふうーんと唇を突き出すように吐息して、また深い眠りへと入って行った。かわいい・・・。愛しさが溢れて来る。
それまでの紗和はどちらかというと寝相がいいほうだった。寝返りもおとなしく、こんなに大胆に抱きついて来るようなことはあまりなかった。寝相が悪いのは健康な証拠だと聞いたことがある。紗和は以前よりも明らかに健康になっている。
確かに、紗和はずっと美しくなった。肌も瑞々しくハリがあり、笑顔も増えた。まだ先生の施術を受けて三回目が終わったばかりだが、施術から帰ってくるたびに美しく輝いてゆくのが譲治にも如実に感じられていた。その度に妻への愛しさをつのらせてきた。
むしろ、先生の施術は紗和の方に必要だったのではないか。紗和は今、結婚以来自分を雁字搦めに縛り付けていたイバラのツタを一本、また一本と解き、自由を取り戻しているさなかにあるのではないのか。それほどまでに、知らないうちに自分は、紗和を追い込み縛り付けていたのではないのか。
紗和を縛るツタを全て取り除き、身体中に負ったイバラの棘による傷痕を癒すには、施術を続けるべきではないのか。施術の延長上に「奴隷」の一件があるならそれを受け入れる方が、少なくとも妻のためにはなるのではないのか。
しかし、それでもし紗和が先生の虜になり、あのキョーコのようになってしまったら、それが妻の、紗和の幸せだとしたら。その時は・・・。
譲治は背反する二つの命題、紗和への愛情と嫉妬に悩みつつ、次第に意識を薄れさせてゆき、眠りについた。
昔から気懸りがあると眠れなくなる。そして物事を深く、細かいところまで突き詰めて考え過ぎてしまう。結婚してからはそういうことは減ったが、二十代の初めのころまではそんな風にして朝を迎えてしまったことも度々あった。
気懸りとは、もちろん「正式な奴隷」の一件だ。
そもそも、こうした性愛での、SMにおいての奴隷とは、何なのだろうか。具体的に何をするのだろうか。
先生と出会って、キョーコのプレイを見、紗和と峰岸との関係を告白されるまで、譲治はこうしたいわゆる「変態性愛」の知識をほとんど持っていなかった。TVなどでカリカチュアライズされた、いわゆる「女王様とマゾのおっさん」的な、そうした一種コミカルな部分だけをクローズアップした知識しかもっていなかった。
文系ではあっても法学部だったし、学生時代にあまり小説も読まなかったので、「奴隷」と聞いて思い浮かべるのは、例えば労働関係法においての「奴隷的な労務情況の改善勧告」だとか、「古代ローマにおける奴隷と解放奴隷と一般市民との関係性」だとか、その言葉を聞いて真っ先に浮かぶイメージがそもそもかけ離れていた。紗和の告白のおかげで、自分の中の知らなかった「寝取られ」気質を知り、そこではじめて注目するようになった概念といってもよかった。
検索エンジンで「奴隷」と入力して出てくるのは、まずウィキペディア、次いで奴隷貿易、奴隷時代、古代ローマにおける奴隷のしつけ方、等々。「奴隷」の上に「性」をつけるとウィキペディア以外では、あのお隣の騒々しい国がかまびすしく騒ぐ例の一件とかがでてくる。
それでもページを繰るごとに徐々に目的のイメージに近いものが出てきて、そこで「奴隷契約書」というワードに行き当たり、それが譲治の目を惹いた。
奴隷契約書、などと・・・。ずいぶんたいそうな題をつけるものだなあと思った。
「第一条」
と、その「奴隷契約書」は謳っていた。
「奴隷は人間としての権利・自由を一切放棄し、ご主人様の所有物として全肉体を駆使してご主人様に肉体・精神的に生涯奉仕し仕えることを誓約いたします」
「この契約書が締結された日より、ご主人様は、わたしを性奴隷として所有し、ご主人様の精神的・性的な欲望・快感・快楽を充たすために使用する」
などと、出て来た。ほおー、おどろおどろしいな、と思った。他にも様々な文言が連ねてあった。
曰く、
「私は無機質の道具として人間としての、資格、権利等一切の人権を放棄し、思考・呼吸・飲食・排泄等一切の生物行為も御主人様の指示に従います」
生理的な現象も全てご主人様に従うということか。「さあ、息を吸え」と言われなければ息も吸わない、と。ほおー・・・。
四六時中ご主人様が付いていなければ、奴隷は窒息して死んでしまうだろうな、と思った。ご主人様はいつ仕事に出かけるのだろう。それとも自営業か? 他にも、
「主人の命令に対しては、異議を称えることなく絶対服従し絶対に背かない」とか、
「身の回りの世話から性処理に至るまで奉仕」とか、
「奴隷の餌は主人の残飯もしくはドックフードと水・主人の小水・風呂の残り湯のみとする。奴隷は与えられた餌を正座をし御礼を述べてから犬食いで食す」とか、
「奴隷は家では全裸で首輪着用」とか。
ふうむ・・・。
「生涯奉仕と奴隷である証として主人が準備した焼印を自らの手・意思で肉体に刻印」
「調教により奴隷に身体・精神的その他の問題が生じても主人は一切責を負わない」
「主人は年一回、性病の検査・子宮がん・乳がん検診の受診を受けさせる。主人は奴隷の便のチェック・不調などの問診・生理管理を怠らず行ない、必要に応じて浣腸」
などというものもある。
小水や大便などを迂闊に口に入れれば肝炎ウイルスや重篤な感染症に罹患する危険性が非常に高まると思うのだが、それに対する配慮はどうするのだろうか。検査を受けさせるのを文言で確認するくらいならやめればいいのに、などと考えてしまった。
さらに、
「奴隷の服装は、主人と共にある場合は清楚な下着にネグリジェ姿を基本とし、その他主人からの要望の衣装を着用し・・・」
「昼夜を問わずのセックスと調教プレイとオナニー披露、就寝前の口淫奉仕」
「奴隷は、性奴隷としての務めのない日も、常に主人の性奴隷であることを自覚する為、最低1日に1回は主人の性奴隷であること及び永遠の忠誠と絶対服従を、主人を思い浮かべながら、誓わなければならず、そしてその都度メール等で主人にその旨報告しなければならず・・・」
奴隷とは、かくも忙しいものだなあと思うし、その相手をするご主人様もまさに四六時中「サービス」精神旺盛でないと務まらないだろうなあ、と。いささかげんなりするのを禁じ得なかった。
「主人は調教時以外の時は奴隷に社会通念上の社会生活を営ませなければならない。ただし、乙の性器は所有物とみなし・・・」
「本契約に定めなき事項については、原則として主人と奴隷が協議・・・」
「ご主人様」は「奴隷」にとって「絶対者」「絶対不可侵」の存在のはず。なのに、「社会通念上の社会生活」を営なませ、さらに「奴隷」と「協議」とは・・・。
ふふ。矛盾が譲治の静かな笑いを誘った。
「主人が奴隷を売却、譲渡、破棄したときなど、主人は何時でも主人の独断で本契約を解除することができる一方、奴隷はいかなる理由をもっても本契約を解除することはできない」
「性処理よる妊娠時は私の責任において判断いたします。御主人様に認知および経済的援助は求めません。ピアッシングや豊胸手術、性器の拡大や伸張等、どうぞご自由に御主人様好みの肉体に改造してください。肉体的損傷を伴うことでも、御主人様が望まれるのなら奴隷は喜んでお受けいたします・・・」
「本権利は御主人様のご意志以外で奴隷の身分から解放されることは永久にございません」
「消えることのない傷跡が残るような懲罰を与えられても、奴隷は御主人の手で刻まれたものと心から感謝いたします。もし使役に不都合が生じてもかまわないと御主人様が判断されるのなら、たとえ手足を切断されようとも甘受いたします」
「奴隷は人間としての人格、身体の保全等の権利を自らの意志で放棄します」
本来、原則論でいうなら「ご主人様」と「奴隷」との間に契約などは成立しない。
かつて「奴隷貿易」という忌まわしい制度があった時代には、奴隷を巡る契約とはあくまでも奴隷を売る側と買う側との「売買契約」であり、買った側とすれば、買ってしまえばそれこそ奴隷の生殺与奪の権利を持っているのだから、奴隷との契約などは不必要でナンセンスなものなのだ。しかもこの場合は「奴隷」の側が「人格、身体の保全等の権利を自らの意志で放棄」と謳っているのだから、なおさらだ。
それに、「焼き印」だとか、「身体・精神的その他の問題が生じ」だとか、「人格、身体の保全等の権利を自らの意志で放棄」だとか、「手足を切断」などに至っては、もう、社会通念上の「契約」としては、成立し得ない。
民法第90条の規定にある。
「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」
この法律の要件は、ある法律行為の目的が、公の秩序又は善良の風俗に反する事項である場合は無効だということだ。例えば、誰それを殺す契約をAとBが交わしたとしても、その契約は法律上無効だということだ。
犯罪やそれに類する行為を勧誘したり、それに加担するもの。家族秩序や性道徳に反する愛人契約。芸娼妓契約などの個人の自由を極度に制限するもの。憲法に定める基本的価値、基本的人権に反するもの。相手の無知や窮状に乗じて暴利を得る行為、財産権行使の制限・・・。
それらは全て、契約締結時に両者の合意があったとしても、全て無効。法律的効力はないのだ。単なる自己満足、茶番、「おままごと」でしかない。
もし、「奴隷」の気が変わって、妊娠させられたことや、身体に傷をつけられたこと、身体を欠損させられたことを訴えられれば、どのような御大層な「奴隷契約書」を結ぼうとも、「ご主人様」はお縄となる。絶対不可侵の存在であらねばならないご主人様は訴追されるだろう。「傷害致傷」で済めばいいが、「殺人未遂」ならその罪は重い。
どこでどのような文言を発言しようと他人の勝手だが、これらを公のメディアにUPする知性はあまり高いとは言えないのではないかと、いささか気の毒に、同情する気分さえ持った。だが、その後に続く項目が譲治の目を惹いた。
「奴隷はご主人様を愉しませるためだけの存在です。口も膣も肛門もご存分にお使いください」
「奴隷はご主人様に悦んでいただけるよう、オ●ンコの締まりを良くするための訓練を欠かさず、アナルの拡張訓練も怠りません」
「奴隷はご主人様よりご奉仕の命令をいただきましたら、足指の先から肛門、お躰中くまなく舌を這わせた上でオチンポを口に含み、何時間でもご奉仕いたします」
「奴隷はご主人様からのご指示があり次第いつでも自慰に耽る浅ましい姿をご覧にいれます」
「奴隷に非がなくともご主人様の気の向かれるままに鞭打ってください。御主人様の気の趣くまま、奴隷の肉体に苦痛をお与えください・・・」
これは、契約ではない。
法廷でその正当性を主張する類のものではないのだ、と気づく。
ご主人様を愛する奴隷の「愛の宣言」であり、ご主人様と奴隷との「愛の約束」ともいうべきものなのだ、と。他の誰が何と言おうと、この二人の間には何人たりとも容喙することのできない「絆」があるのだ。先ほどまでの気の毒な思いが、次第に羨望を含んだ悔しさに変わってゆく。
自分と紗和の間にこれほどの絆があるだろうか。自分のためにその身体を投げ出してくれている愛する妻の、紗和のその熱い思いに、自分はどれほど応えられているのだろうか。
傍から見れば、自分は立派なヘンタイだ。自分が妻を悦ばせてやれないせいで、他の男に妻を差し出し、犯させ、それに昂奮している。紗和は譲治を嫉妬させ、譲治を喚起させるために、先生との情事を譲治の耳に吹き込む。
すべて、自分のため、だ。紗和のためではない。紗和は自分に愛してもらいたいだけなのに。
「奴隷はご主人様が他のご婦人とまぐわいされるあいだ、床に正座して待機いたします。ご主人様がお望みなら、性器の結合部分に舌を這わせます。いかなるご命令も甘受します。まぐわいを終えられましたら、お二人のオチンポ、オ●ンコを舌で舐め清め、ご婦人の膣に吐き出されたご主人様の精液を、ありがたく吸い取らせていただきます」
気が付くと、全裸の紗和が鞭打たれ、先生の逸物を舐めしゃぶり、先生の前で股を広げてオナニーに耽り、先生がキョーコと結合しているその下で結合部分を舐めている。そんな妄想に陥っていた。当然に譲治の一物は痛いほど勃起し、埒をあけたがっていた。
むしろ、自分のほうが奴隷ではないのか。
自分の妻が他の男とのセックスをしてきたのを知りながら、その痕跡を求めて妻の性器の匂いを嗅ぎ、それを舐めている自分のほうが奴隷なのではないか。ご主人様が他の女性とセックスを愉しんだ後、その女性の性器を舐め清めている奴隷と自分が重なって見えた。
自分は紗和に何をしてやれているだろうか。自分一人の力で紗和にしてやれることは、あるだろうか。それは、何だろうか。
自分を空しくし、自分の全てを愛するものに捧げようというこの奴隷たちのほうが、自分よりよほどパートナーに幸せを与えているのではないだろうか。
愛する妻が望むなら、紗和が先生の奴隷になりたいと望むなら、施術の間だけでも認めてやるのがせめてもの報いではないだろうか。そう。施術の間だけ、ならば。
スマートフォンのバイブが唸った。その先生からLINEが入っていた。一瞬だが自分の妄想がネットに感染してしまい先生に映像を見られたのかとナンセンスな想像をしてしまった。
「その後、いかがですか。そろそろ一度ご来院いただけますか。浅香さんの体調を把握しておきたいと思いますので」
心臓が、今にも飛び出しそうなくらいに高鳴っていた。
ベッドに戻り、深く寝入っている紗和の隣に身を横たえた。
なんとか動悸は治まったがもう一度深呼吸を繰り返した。すると紗和が寝がえりを打ち譲治の身体に覆い被さり静かにそっと抱きしめて来た。起こしたのかと思ったがそうではないらしかった。深いレムとレムの間の、僅かな浅い眠りの中にいるのだろう。暑くて上掛けを剥がしてしまうことがあるが、それと同じでベッドに戻ったばかりで冷えている譲治の身体が心地いいのだ。紗和の身体は、熱かった。少し寝汗もかいていた。愛する妻の微かな汗の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。鼓動がゆっくりと静まってゆくのを感じていた。額に浮いた汗で貼りついたおくれ毛をそっと戻してやった。紗和はふうーんと唇を突き出すように吐息して、また深い眠りへと入って行った。かわいい・・・。愛しさが溢れて来る。
それまでの紗和はどちらかというと寝相がいいほうだった。寝返りもおとなしく、こんなに大胆に抱きついて来るようなことはあまりなかった。寝相が悪いのは健康な証拠だと聞いたことがある。紗和は以前よりも明らかに健康になっている。
確かに、紗和はずっと美しくなった。肌も瑞々しくハリがあり、笑顔も増えた。まだ先生の施術を受けて三回目が終わったばかりだが、施術から帰ってくるたびに美しく輝いてゆくのが譲治にも如実に感じられていた。その度に妻への愛しさをつのらせてきた。
むしろ、先生の施術は紗和の方に必要だったのではないか。紗和は今、結婚以来自分を雁字搦めに縛り付けていたイバラのツタを一本、また一本と解き、自由を取り戻しているさなかにあるのではないのか。それほどまでに、知らないうちに自分は、紗和を追い込み縛り付けていたのではないのか。
紗和を縛るツタを全て取り除き、身体中に負ったイバラの棘による傷痕を癒すには、施術を続けるべきではないのか。施術の延長上に「奴隷」の一件があるならそれを受け入れる方が、少なくとも妻のためにはなるのではないのか。
しかし、それでもし紗和が先生の虜になり、あのキョーコのようになってしまったら、それが妻の、紗和の幸せだとしたら。その時は・・・。
譲治は背反する二つの命題、紗和への愛情と嫉妬に悩みつつ、次第に意識を薄れさせてゆき、眠りについた。
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