グッバイ・ラスト・サマー

MIKAN🍊

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10. 身も心もハイソって感じ

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雨がまた降り始めた。
せっかくさっきはお日様が顔を出したというのに。
「嫌んなっちゃうわね」
ハンドルを握る保子の表情は暗い。
「ノープロブレムよ!台風がいくつ来ようが関係ないわ」
こず恵は大きなお尻を保子の顔や肩にぶつけながら後部シートへ移動を開始した。

「ちょ、何やってるのよ!運転の邪魔じゃない!」
「着替えるのよ」
「なんでよ?」
「海風クリニックって会員制の超豪華ししぇちゅなのよ」
「ししぇちゅ?施設でしょう」
「ししぇちゅ」
「もういいわ。わかったわよ」
「馬鹿にしないで。こう見えても英検5級なのよ」
「小学生か!それに何処か英語なのよ」
「きゃははは!」
「ちょっと!お尻をどけてよ!デカ尻!」
「なんですって!ペチャパイ!」
「ふざけんな!見たのかよ!」

後ろで着替え終わったこず恵が再び前に移動してきた。

「結構面倒くさい人ねー」
「ウヒヒ~♪」
ランジェリー風なカシュクールレースのインナーにセクシーな白のオールインワン。
透け感が夏らしい。
仕上げにフリンジ付きの紺のトップスを羽織っていた。
こず恵はカタチから入る女なのだ。でもファッションセンスは良い。それは認める。
プロポーションも抜群だから悔しいけれどよく似合っていた。

保子は古い人気アニメのプリントTシャツにタイトなブルージーンズ。
「私とバランスが悪いわ」保子はボヤいた。
「仕方ないわ。あなたは運転手だもの。カッカッカッ!あ、誰かいる!」
それは保子にも見えていた。
どしゃ降りの雨の中をビキニを来た女がトボトボ歩いていた。
樹々の向こう側、林の奥にも道があるらしい。
傘も差さず頭からびしょ濡れだ。
保子はスピードを落とした。

「どうしたのかしら、あの人。海で泳いでて急に雨に降られちゃったのかな」
「乗せてあげる?」
「え、どうしてよ?」
「何だか悲惨な感じするよ。大変な目に遭ったみたい」
ファッションセンスばかりでなく、こず恵には時々、第六感シックスセンスがはたらく事があった。
「気のせいよ。クリニックの客かしら?それともスタッフかも。綺麗な顔してるわ」
「ほっとくの?」

仕方なく保子は車を止めた。窓を開けて大きな声で呼びかけた。
「こんにちは!そこの人!」
ピカッ!
ドーン!ゴロゴロ…
雷が鳴り声をかき消した。
「ダメだわ。遠すぎて聞こえない」
「レイプされたのかも」
「やめなさいよ。違うわよ」
「いなくなっちゃった。大丈夫かな」
「大丈夫よ。さあ行きましょう」
保子はハイエースのギアを入れた。


しばらく走ると崖の上に出た。
広大な敷地に雨が降りしきり、見渡す限りの海も今日ばかりは白く煙って見えた。
「素敵なところね。晴れたら絶景だわ」
こず恵はそれでもケータイで写メを撮りまくっていた。
「あんたも好きねえ」
こず恵は天然石ムーンストーンをあしらったフープイヤリングをせっせと付けた。
「気分をアゲなくちゃ!あなたはいいの?そんなスーパーのおばちゃんみたいな格好で?」
「悪かったわね!さあ着いたわ。ここが正面かしら?」

保子はゴルフ場の高級クラブハウスのような建物の前に車を寄せた。
ルームミラーで化粧を直しているとこず恵が耳を引っ張ってきた。
「痛い!何すんのよ」
「誰か出てきたわ。ほらほら!」
「引っ張るなや!」

銀髪でショートヘアの美女がニッコリと二人に微笑んでいた。
こず恵と保子が順に降りるのを待って女は軽く会釈をした。
女は鮮やかなブルーのバーバリーのスーツを着ていた。
大きく開いた胸元にはティファニーのスマイルペンダント。
ペンシルタイプのミニスカートからスラリと伸びた脚。
まるでヴォーグの表紙を飾るモデルの様だった。
「ようこそ。ケイコさんのお友達の方ですね」
そしてその微笑みは100万ドルの微笑。

「はい。安西です」
「私はこず恵。篠原こず恵です。ハンドルネームはワイルドリリーです」
「は?」保子は口をポカンと開けた。
何だそれ、さては緊張してるな…

「オホホ… ユニークな方ね。海風クリニックの理事長をしております、五徳アキラです。はじめまして、安西さん。ワイルドリリーさん。さ、お疲れでしょう。どうぞ中へ。お車はそのままで。後で駐車場へ運ばせておきます」
保子はハイエースのキーを女に手渡した。


エントランスに入ると巨大な水槽があった。
「見て見て!ジョーズよ!ジョーズかいるわ!ほら、やっぱりUSOよりこっちの方が良かったわ!本物のジョーズだもん!」
「USOですか?」美女が不思議そうな目をした。
吸い込まれそうな美しい目だ。
「あ、いえ。こちらの話しです」
こず恵の一家はこず恵一人を置き去りにしてUSOに出掛けてしまったのだ。
こず恵は「ジョーズ!ジョーズ!」と連呼しながら写メをしていた。
「すいませんね。あはは…」
銀髪の女は優しく口元を緩めた。

別荘の女主人ケイコも美貌の持ち主だった。
その美しさは花に例えるなら孤高のクロユリ。
深遠な魅力の中に不吉な輝きがあった。
それにひきかえ女理事長は優雅で気品に満ちた胡蝶蘭のようだった。
ゴージャスで見る者を圧倒する。
「ラウンジでおくつろぎになっていて下さい。間もなく部屋を案内させますので。また後ほど」
五徳アキラはいんぎんに挨拶してその場を去った。

「ハリウッド女優みたい!身も心も高級ハイソって感じ。どうやったらあんな風になるの?」
こず恵は溜め息をついた。
それから隣に立っている保子のアニメTシャツをやにわに見つめて、プッー!と吹き出した。

「やーねえ。お豆腐でも買いに来たの?」
「あのねー。エステと言ったのはあなたよ。エステにスーツやドレスで行く?普通?」

「ど根性ガエルのシャツじゃ行かないわ」
「そうね。はいはい。私が悪うございました」


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