グッバイ・ラスト・サマー

MIKAN🍊

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4.女はハリケーン

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「もしもーし!着いたわよー!」
こず恵が騒々しくケータイで誰かと話してる間、保子は足元に散らかった空き缶を潰してコンビニの袋に詰めていた。
パキッ! メキッ!クシャ!
何かしていないと漏れそうだ。
「オシッコがしたいわ。早く!」
「わかってるわ。待って、今門が開くから」
けれど待てど暮らせど門扉は開かない。
「ああ、もうダメ!」

その時木彫色のスライディングゲートがゆっくり開いた。
こず恵は急いで車を車庫に入れた。車庫には真っ赤なマセラティと数台の高級外車が並んでいた。
車を降りるとすぐモダンな和風造りの玄関ポーチが目に入った。
竹垣を配した日本庭園のようなアプローチ。踏み石はジャワ産の鉄平石だろうか。
大きな飛び石の周りには白玉砂利が敷き詰められている。黒い鉄平石とのコントラストが美しい。

保子はハッとした。銀行の上司と渉外活動をしていた頃、こんな屋敷を何度か訪ねた覚えがある。
「ここってさ… ヤクザの家じゃないの?」
「んー、そうかも。あはは…」
「あははって、あんた、友達の別荘じゃないの?」
ふいに気配を感じて二人は玄関ポーチに続く坂道を振り向いた。
いつの間にか、なだらかなスロープの途中に背の高い男が立っている。
ブルーのジャケットに白いパンツ。
歌舞伎役者を思わせる端正な顔立ち。

「どうぞ中にお入り下さい。ケイコ奥様がお待ちかねです」
よく通る声だった。
「すごいイケメンね。ちょい渋めでタイプだわ」
こず恵は胸元のボタンを一つ、いや二つ外した。
「やめなさいよ。オッパイ強調すんの」
「余計なお世話!それより保子、オシッコ大丈夫なの?」
「引っ込んじゃったわ」
そう言って素早くリップを引き直した。

「そう言えばさー、さっきさ、キャッチが入ってたわよ」と、こず恵。
慌ててスマホを確認すると伊吹 桂カツラからの着信だった。
「あー、マジ最悪だわー」


「さあ、どうぞ」
尹 朱峰ユンシュホウは二人の珍客を招き入れた。
ユンの仕事は"掃除屋"だ。人間を掃除する。
と言っても殺し屋ではない。訳アリの死体を綺麗さっぱり片付けるのだ。跡形もなく、何の証拠も残さず。
けれど普段はマリンルックが似合うナイスガイだ。

「気をつけて。朝、雨が降ったので滑りますよ」
こず恵と保子は御影石をヨチヨチ歩いて玄関ホールに入った。
「キャッ!」小さく叫んでこず恵はユンの腕に捕まった。なんかわざとらしい。
「大丈夫ですか。拭いておけばよかったですね。お手伝いが休暇を取っていまして」
「平気よね、こず恵。早く離しなさいよ、その手。失礼だわよ」
保子はムッとした。
「さ、お嬢さんもお手をどうぞ」
「あらどーも。でも一人で歩けますから。それにお嬢さんでもないし…、キャア!」
スッテーン!
保子は尻もちをついた。
逞しい腕がフワッと保子を引き起こした。
「す、すいません。ありがとうございます」
保子は真っ赤になった。

「ほら、行くわよ。おばさん!」こず恵が舌打ちする。

広々として落ち着いた玄関ホールだった。
正面にモダンな和風麻タペストリーが掛かっていた。その脇に小便小僧のブロンズ像。
「素敵ですわね」と保子。
「見て、保子!ションベン小僧よ!」
そう言っておチンチンに手をかざす。
「これオシッコするんですか?」
ちっさなおチンチンを摘んだりこすったり。
「あははは。愉快な方ですね。朝と晩一回しますよ。タイマー方式なんです」
「ちょっと聞いたァ?タイマーですって。保子もタイマー付けたらいいのに」
「なっ!? す、すいませんね。この人バカで。オホホ~」

「騒々しいわね。もうハリケーンが来たのかしら?」
マキシ丈のノースリーブワンピに着替えたケイコが微笑みながら現れた。
アースカラーのシックな色遣いが透き通るような白く長い腕を際立たせている。
「ケイコォ~~!」
二人は映画の中のワンシーンみたいにハグした。

「はじめまして。安西です。お世話になります」
「あ、そうそう。ケイコ。私のアホな親友、安西ヤスコを紹介するわ!」
「アホは余計だわよ!」
「ケイコです。楽しんで行ってね。私は出掛けるけど。といってもこの天気じゃ…ね」

「ケイコ奥様、私は車庫を片付けて参ります」
「わかったわ。また後で報告しなさい」
「かしこまりました」
マリンルックの男はクルリと背中を向けて歩き出した。
「あら、行っちゃうの~?」こず恵が寂しげに呟いた。
「ナニ言ってんのよ。あなたの遊び相手じゃないのよ」
「つまんな~い」
ユンが振り向いた。
「夕方になったら一緒に見ましょう。ションベン小僧」
「きゃあ~ 嬉しい♪」
「アホかいな」

ケイコもつられて笑った。
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