グッバイ・ラスト・サマー

MIKAN🍊

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2.ノープロブレム!

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薄明の海岸通りを1台の白いハイエースが走っている。
風は強く、生ぬるい。
空はどんよりと曇り、視界一面が鉛色で美しい景色など何処にもなかった。

鎌倉高校前から七里ヶ浜、稲村ヶ崎を通ってようやく材木座海水浴場までやって来た。
二人。
安西保子と篠原こず恵。
午前5時の海岸線。時折すれ違うワンボックスカーはサーフキャリアにボードを固定させて、江ノ島方面へ走り去ってゆく。
台風が接近しているせいか波は高く、浜に白波が次々に打ち寄せている。

「あそこに交番があるわ!」
「ダメもうムリ」
「あー行っちゃったあ」
「そんな急に言われても止めらんないわ。どこよ葉山って?」
「知ってるんじゃないの?」
「知らないわよ。鎌倉しか行った事ないわ」
「まあ大丈夫よ、たぶん。こっちで合ってるから」
「まったく呑気なんだから」
「どっちがよ」
保子はグローブボックスから地図を引っ張り出し進路を確認していた。さっきから5分おきにずっと同じ事を繰り返している。
地図通り来たはずなのに気がつくと小田原に向かっていた。まったく逆方向だ。
Uターンしてすでに2時間近く走っていた。

「ほんと珍しいわね、今どきナビのない車なんて」
それも出発してから何回も愚痴った事だった。
こず恵は窓を開けタバコに火をつけた。
派手な花柄のブラウスの襟が潮風にはためいた。
「旦那の仕事用の車だからね。言ったでしょう、私のはみんなが乗ってっちゃったのよ」
「はいはい、聞きました。あなたはパートが休めないのに旦那と子ども達はUSOに行っちゃったのよね」
「別に悔しくないわ。恐竜なんて興味ないもの。どうせ混んでるし。別荘の方がのんびり出来るわ。ね、ちゃんと地図を見てよ」
「わかってるわよ」
確かにこんな悪天候じゃ別荘にでも引きこもってゴロゴロしているしかない。

「またビール飲んでる!オシッコ休憩ばっかりしてるからちっとも着かないわ」
「いいじゃない。ほら見てカモメ!」
「どこどこ~?」
「あ、ちょっと!ちゃんと前見なさいよ!」
ハイエースはセンターラインを大きくはみ出してすぐまた本線に戻った。
助手席側の窓のすぐ外に崖が迫った。
「ちょっとー、殺す気?」
「あははは!大げさね~」

「ほら、合ってるわ!逗子海岸よ。次の交差点を右ね」
「了解~」
「まあ、泳いでる人がいるわ」
「サーファーよ。湘南だからね」
「この辺も湘南なの?」
「ハイ。しょうなんです」
「何よそれ」
「ね、ラジオかけて」
「ったく。オーディオも付いてないんだから」

FMラジオのチューニングを合わせると、切ないセレナーデが流れてきた。

波の音が恋の引き潮どきを静かに見つめている、そんな感じの物悲しい曲だった。
保子はカツラの事を思い出していた。
友達と葉山で遊んでくる、そうメールした。
返事が来たのは次の日だった。
「楽しんでおいで」
それだけ。たったその一言きり。
桂は家族と帰省中だった。私も負けてなるものかとこず恵の誘いに乗った。
けれどこうして女二人でドライブしていても普段と変わる事はあまりなかった。
来たからには楽しむしかほかないのだが、よりにもよって台風と重なるなんて。
保子は缶ビールをグビリとやった。
飲むしかないじゃない。

保子はスマホを取り出し履歴をチェックした。
「ちょっと貸して!」こず恵が横から素早くそれを奪う。
「何すんのよ!」
「何回も何回も見ても同じよ。未練がましいわね」
「違うわよ。家族から何か来てないかと思って…」
「忘れなさいよー。せっかくの旅なんだから」

こず恵は直線道路に差し掛かるとステアリングから両手を離し保子のスマホを操作し出した。
手放し運転だ。
「何やってんのよ!」
こず恵は電話番号を入力していた。
「保子、前見てて。あら、間違えた」
「ちょっと!危ないわよー!こず恵!ハンドル持ってよ!」
保子は慌ててハンドルを持つ。
「ノープロブレム!」
生きて帰れないかも知れない。保子は不安になった。


「あ、わたしィー!こず恵ェー!おはよう!ケイコォー!来たわぁ!来たわー!え、今どこ?ねえーったら!」

こず恵は大声で馬鹿話を始めた。

「ケイコー!聞こえる?あのねー!ミチ間違えちゃったの!もう少しかかるわ!」

こず恵の友達も良い迷惑だろうに。
保子は諦めてクシャクシャになった地図にもう一度目を落とした。

森戸海岸を過ぎ一色海岸沿い。
海はうねりが寄せ、相模湾に突き出た防波堤や手前の岩場、浅瀬では波が割れていた。
葉山御用邸前の信号を左折して横道に入る。
そこからまた1時間ほどグルグルと道に迷って、やっと目的地の近くまでやって来た。
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