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プロローグ
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全力で恋に打ち込んだという記憶が、島津にはなかった。
恋だけではない。何事に対しても島津は何処かで醒めていた。
何故そうなったのか、考えた時期もあった。
生まれつきそうなのだと今では諦めてもいた。
火事があったのは何時だったろう。何となく遠い昔の様だった。
島津はパソコンを開いてアクセス解析を調べた。意外な事は何もなかった。
一気に何かを思い付く時がある。そうでない時はブラブラと他のブログを当て所なく見て『歩く』。『歩く』のだ。サーフィンではなく、のんびりと自分のペースで。
同じ様な時間帯にアップして来るトピックス。
表題(タイトル)やハンドルネームでさらさらと冒頭の部分だけ読み逃げしていく。
顔文字や見た事もない記号や数字だけのハンドルネームは避けて、音の良い名前を知らずに選んでいた。
という事はタイトルやハンドルネームも大事だという事だった。
何事にも一心不乱に打ち込んだ事がない島津にとって、唯一時間を忘れて夢中になれるもの。
それが書くという単純な作業だった。
子どもの頃から書くのは得意だった。書くと誰かに必ず褒められた。
褒められると気分が良いからまた書く。その繰り返しで何十年も経った。
昔は当然紙に書いていた。
インターネットが普及してからは『書き込み』が主流になった。早くて便利だ。
根気が無く、気紛れだから書きたい時にしか書かない。
思い付いた事はジャンルを問わず何でも書いた。
言葉を編んでいる時間だけが、外界と自分を遮断してくれる。
ハッと気がつくと何時間も経過している、それが楽しい。
何処か知らない街を旅して来たような、心地好い疲労感。
そしてまた同じ日常に帰って来たという安堵感。
コインの表裏のような二つの世界を行ったり来たりしながら心のバランスを保っているのだ。
島津には野心というものがなかった。誰かに負けたくないとか、トップに立ちたいとか思った事が無い。
風のように生きていたい。そんな風に思えるのだった。
山を海を、野原を。溪谷や田舎道を。大都会のビルとビルの谷間を。外国の知らない街を。
花や鳥や魚達の間を音楽の様に吹き抜けていけたらそれで良い。
言葉は音楽だ。絶対音感が言葉の中にも在るとすれば、島津はその能力を持っていた。
味気ない記事の山を取り分けて光る言葉を何の気なしに探していると、時折ハートをくすぐる旋律に出会う。
『偽りのkiss』投稿者、パメラ。
「ふーん」
照れ臭そうに小説を書いていた。綺麗な写真を添えて。
内容を読むと照れ臭そうにしている割にしっかり書けていた。
島津は滅多にしない『イイね!』をした。
コメントはやめておいた。
まだ数ページしか読んでいないのだから、それは失礼だろうと思えた。
ネットで礼儀知らずと思われるのは嫌だった。
また機会があったら読んでみよう。何回か読んで打ち解けられそうに感じたら挨拶してみれば良い。
何か特別な事を望んでいるわけではないのだから。
天気は晴れたり曇ったりを繰り返していた。
梅雨が明ける前に仕上げてしまいたい記事が幾つかあった。
細かく計画したりはしない。頭の中にあった予定が大幅に遅れていた。
仕事の合間にやっているからアイデアが逃げてしまう事だってある。
何、別に急いではいないのさ。俺はただ暇潰しにコレをやっているのだからな。
下書きを取り出して読み直す。気に入ったものであれば10回以上は修正する。
最終チェックをして投稿ボタンを押した。
今度は何を描こうかな…
空は暗くなり、湿気の多い風が部屋に入って来る。
島津はキッチンに降りてタバコを吸った。
一雨来そうな夏の夕暮れだった。
恋だけではない。何事に対しても島津は何処かで醒めていた。
何故そうなったのか、考えた時期もあった。
生まれつきそうなのだと今では諦めてもいた。
火事があったのは何時だったろう。何となく遠い昔の様だった。
島津はパソコンを開いてアクセス解析を調べた。意外な事は何もなかった。
一気に何かを思い付く時がある。そうでない時はブラブラと他のブログを当て所なく見て『歩く』。『歩く』のだ。サーフィンではなく、のんびりと自分のペースで。
同じ様な時間帯にアップして来るトピックス。
表題(タイトル)やハンドルネームでさらさらと冒頭の部分だけ読み逃げしていく。
顔文字や見た事もない記号や数字だけのハンドルネームは避けて、音の良い名前を知らずに選んでいた。
という事はタイトルやハンドルネームも大事だという事だった。
何事にも一心不乱に打ち込んだ事がない島津にとって、唯一時間を忘れて夢中になれるもの。
それが書くという単純な作業だった。
子どもの頃から書くのは得意だった。書くと誰かに必ず褒められた。
褒められると気分が良いからまた書く。その繰り返しで何十年も経った。
昔は当然紙に書いていた。
インターネットが普及してからは『書き込み』が主流になった。早くて便利だ。
根気が無く、気紛れだから書きたい時にしか書かない。
思い付いた事はジャンルを問わず何でも書いた。
言葉を編んでいる時間だけが、外界と自分を遮断してくれる。
ハッと気がつくと何時間も経過している、それが楽しい。
何処か知らない街を旅して来たような、心地好い疲労感。
そしてまた同じ日常に帰って来たという安堵感。
コインの表裏のような二つの世界を行ったり来たりしながら心のバランスを保っているのだ。
島津には野心というものがなかった。誰かに負けたくないとか、トップに立ちたいとか思った事が無い。
風のように生きていたい。そんな風に思えるのだった。
山を海を、野原を。溪谷や田舎道を。大都会のビルとビルの谷間を。外国の知らない街を。
花や鳥や魚達の間を音楽の様に吹き抜けていけたらそれで良い。
言葉は音楽だ。絶対音感が言葉の中にも在るとすれば、島津はその能力を持っていた。
味気ない記事の山を取り分けて光る言葉を何の気なしに探していると、時折ハートをくすぐる旋律に出会う。
『偽りのkiss』投稿者、パメラ。
「ふーん」
照れ臭そうに小説を書いていた。綺麗な写真を添えて。
内容を読むと照れ臭そうにしている割にしっかり書けていた。
島津は滅多にしない『イイね!』をした。
コメントはやめておいた。
まだ数ページしか読んでいないのだから、それは失礼だろうと思えた。
ネットで礼儀知らずと思われるのは嫌だった。
また機会があったら読んでみよう。何回か読んで打ち解けられそうに感じたら挨拶してみれば良い。
何か特別な事を望んでいるわけではないのだから。
天気は晴れたり曇ったりを繰り返していた。
梅雨が明ける前に仕上げてしまいたい記事が幾つかあった。
細かく計画したりはしない。頭の中にあった予定が大幅に遅れていた。
仕事の合間にやっているからアイデアが逃げてしまう事だってある。
何、別に急いではいないのさ。俺はただ暇潰しにコレをやっているのだからな。
下書きを取り出して読み直す。気に入ったものであれば10回以上は修正する。
最終チェックをして投稿ボタンを押した。
今度は何を描こうかな…
空は暗くなり、湿気の多い風が部屋に入って来る。
島津はキッチンに降りてタバコを吸った。
一雨来そうな夏の夕暮れだった。
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