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33.CEO
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数分後、ブルーのスーツを着た男は園子の部屋の玄関にいた。
見事な銀髪の物腰の柔らかな壮年の男だった。
「はじめまして。椎名さん」
園子はお辞儀をした。
「はじめまして。藤間さん」
また英会話みたいなやり取りをしてから園子は玄関に花でもあればよかったと悔いた。
「おあがり下さい。狭い所ですが」
園子の気遣いを軽く手で制して藤間氏は言った。
「申し遅れました。私はこういう者です」
そっと差し出された名刺にはこう記されていた。
『株式会社藤間建設・藤間グループ 取締役社長兼CEO 藤間俊一郎』
「藤間… あの藤間建設?」
園子は驚いた。
大手ゼネコンの藤間建設。翔太の父親は藤間建設の社長だというのか。
「あの、お茶でもどうぞ。いえ、粗茶ですけれど。宜しかったらどうぞ。本当に」
園子はもう黙っていようかと思った。
「いえ。それには及びません。余り時間がないのです。車を待たせていますのでお乗り頂けないでしょうか?」
「いえ、あの、そんな急に…」
急に言われても困る。いくら何でも。スカートはゴムだし。
俊一郎は穏やかな表情で園子を見つめていた。その微笑みには見覚えがある。
一呼吸おいて低音だけれど、何処か鈴の音を思わせるような爽やかな声で言った。
「椎名さん。翔太は、息子は今病院にいます。もう長くはないのです。息子はあなたに会いたがっています。ケンカが原因ではありません」
園子は混乱した。病院?長くない…?ケンカって?何?何の話をするの?胸の鼓動が突然高鳴った。
静まれ!弱っちい心臓!!
「ケンカの事は御存知ですか?」
「い、いいえ」
「仕事仲間に袋叩きに遭ったんです。警察沙汰になってしまいましてね。相手は本屋みたいな名前の男とその連れ達で。けれど息子は起訴までしたくないと。理由を聞くと、連中はきっと仕返しに来ると。大騒ぎにするといつかあなたも襲うだろうと。椎名さんの身を案じていました」
「そんな…」
そんな話は聞いてない。翔太からそんな話は。バイク事故の話なら聞いたけど…
「無抵抗のまま散々やられたようで。馬鹿な奴でしょう」
笑ってる?笑ってるの?なぜ?私は笑えない…ちっとも笑えないわ。
「その時にね頭もケガしましたから、精密検査をしたんです。たまたまガンが見つかりました。背中の内側です。痛がっていました。ケンカのせいだろうと本人も私もそう思っていたのです。その二日後に開腹手術をしたのですが、もう手の施しようがなかったのです」
ケンカに… 癌って…?この人は何の話をしているの?施しようがないって?そんなアハハ。ドラマみたい…
「ステージIVのスキルス性癌でした。悪性で急性のもっともタチの悪い癌。何の処置もせず縫合されました。おそらく意識も戻らないだろうと。ところが、奇跡的にあいつは、翔太は目を覚ましました。…大丈夫ですか?椎名さん?」
喉の奥で言葉がつかえ、震え、そしてうずくまっている。ここから何処にも出て行きたくないと。放っておいて欲しいって。
膝から下の感覚が遠のいてゆく。
時間が止まったようだった。それから目まぐるしい速さで後戻りして再び元の場所に戻ってきた時、相変わらず藤間俊一郎はそこに立っていた。
やがて園子は口を開いた。
「彼が私を?」
「待っています」
見事な銀髪の物腰の柔らかな壮年の男だった。
「はじめまして。椎名さん」
園子はお辞儀をした。
「はじめまして。藤間さん」
また英会話みたいなやり取りをしてから園子は玄関に花でもあればよかったと悔いた。
「おあがり下さい。狭い所ですが」
園子の気遣いを軽く手で制して藤間氏は言った。
「申し遅れました。私はこういう者です」
そっと差し出された名刺にはこう記されていた。
『株式会社藤間建設・藤間グループ 取締役社長兼CEO 藤間俊一郎』
「藤間… あの藤間建設?」
園子は驚いた。
大手ゼネコンの藤間建設。翔太の父親は藤間建設の社長だというのか。
「あの、お茶でもどうぞ。いえ、粗茶ですけれど。宜しかったらどうぞ。本当に」
園子はもう黙っていようかと思った。
「いえ。それには及びません。余り時間がないのです。車を待たせていますのでお乗り頂けないでしょうか?」
「いえ、あの、そんな急に…」
急に言われても困る。いくら何でも。スカートはゴムだし。
俊一郎は穏やかな表情で園子を見つめていた。その微笑みには見覚えがある。
一呼吸おいて低音だけれど、何処か鈴の音を思わせるような爽やかな声で言った。
「椎名さん。翔太は、息子は今病院にいます。もう長くはないのです。息子はあなたに会いたがっています。ケンカが原因ではありません」
園子は混乱した。病院?長くない…?ケンカって?何?何の話をするの?胸の鼓動が突然高鳴った。
静まれ!弱っちい心臓!!
「ケンカの事は御存知ですか?」
「い、いいえ」
「仕事仲間に袋叩きに遭ったんです。警察沙汰になってしまいましてね。相手は本屋みたいな名前の男とその連れ達で。けれど息子は起訴までしたくないと。理由を聞くと、連中はきっと仕返しに来ると。大騒ぎにするといつかあなたも襲うだろうと。椎名さんの身を案じていました」
「そんな…」
そんな話は聞いてない。翔太からそんな話は。バイク事故の話なら聞いたけど…
「無抵抗のまま散々やられたようで。馬鹿な奴でしょう」
笑ってる?笑ってるの?なぜ?私は笑えない…ちっとも笑えないわ。
「その時にね頭もケガしましたから、精密検査をしたんです。たまたまガンが見つかりました。背中の内側です。痛がっていました。ケンカのせいだろうと本人も私もそう思っていたのです。その二日後に開腹手術をしたのですが、もう手の施しようがなかったのです」
ケンカに… 癌って…?この人は何の話をしているの?施しようがないって?そんなアハハ。ドラマみたい…
「ステージIVのスキルス性癌でした。悪性で急性のもっともタチの悪い癌。何の処置もせず縫合されました。おそらく意識も戻らないだろうと。ところが、奇跡的にあいつは、翔太は目を覚ましました。…大丈夫ですか?椎名さん?」
喉の奥で言葉がつかえ、震え、そしてうずくまっている。ここから何処にも出て行きたくないと。放っておいて欲しいって。
膝から下の感覚が遠のいてゆく。
時間が止まったようだった。それから目まぐるしい速さで後戻りして再び元の場所に戻ってきた時、相変わらず藤間俊一郎はそこに立っていた。
やがて園子は口を開いた。
「彼が私を?」
「待っています」
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