ハウスDr.園子

13.ホーハン

園子達の仕事はホーハンの営業だ。ホーハンとは訪問販売。住宅を訪問してリフォームを売り込む。
幹部を除いてあとは皆、請け負いの契約社員。給料は歩合制。
幹部とは各支社の所長、部長クラス。その他の所員は毎日決められたテリトリーを回って住宅を訪問しまくる。
先ずは挨拶。
「おはようございます！」「こんにちは！」大抵は門前払いか居留守を使われておしまい。
相手が返事をしてくれるか、話しかけてくれたら自己紹介。
「私○○と申します！近くで工事をしてましてご近所さんに挨拶をしてます！ちょっと宜しいですか！」

最初は雑談、世間話、天気の話。それから徐々にセールストークに移ってゆく。
リフォームは決して安い買い物ではないからおいそれとはいかない。
インターホンの向こうから住人を玄関先まで引きずり出し、コミュニケーションをとる所から始まる。
これが「叩く」という段階だ。チャイムをピンポンと鳴らして「お客」の警戒心という重い扉を開けさせる。

住人とのムードが良くなったところで何気なく「家の中を見せてもらえないか」と切り出す。
敷地の内に入り屋根を見上げたり外壁をさすったり叩いたり。
最初は「いやあ立派なお宅ですね！」などと褒めながら、やがてふと立ち止まり深刻な表情でこう呟く。
「こりゃあまずいなあ。水漏れしてるよ」と。

相手はギョッとする。
こちらのセールストークに身を乗り出してきたら「もう少しきちんと調査してあげようか？」と誘水を向ける。
調査させて下さいではない。相手の意志を動かすのだ。
お客が自らの意志で「家を診て欲しい」と言うまで粘る。お客に無理矢理言わせるのではない。
無理矢理言わせた物件はテッパンとは呼べない。
お客の心を揺すり続け、そして動かす。
最大限まで迷わせ不安がマックスに達したところで「診てあげても良いけど道具もないし。今日はもう時間がなくて無理だなあ」とやる。
それから間を置いて「ご主人はいつ居るの？」と付け加える。
いついつの何時頃なら、と相手は答える。
「ではその時にまた。あ、これ私の名刺です」と言って目の前で日時を記入して渡す。
名刺にはこう書いてある。
【 ハウスDr. 椎名園子 】と。

「お医者さんなんですか？」
「そうですね。家のお医者さんですよ」とニッコリ微笑む。
次回の訪問日と時間が決まれば、「アポ取り」完了だ。