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第29話 エピローグ/1978年2月14日

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まだ真新しい香りのする机に突っ伏して
僕はそのサラサラの表面を何度もさすっていた

落書きしよっかなー
どうしよっかなあ‥


身を起こし
窓の外を見下ろすと
芝生を積んだリヤカーと手押し車が放置してあった


小型のショベルカーの近くまで植栽工事は進んでいて

ちょうど
教室の真下で
ツツジの列は途絶えていた


校庭のすみに
忘れ去られたサッカーボールひとつ



教室の中には
僕以外まだ10人も来ていなかった


古い校舎から移ってきたばかりで
僕たち2年はみんな
浮足立っていた

新しいカゴに入れられた
小鳥みたいなものだ


建物の内部を探検しようと誘われて
早く登校したのに
当の本人はまだ現れない

この教室が
わからないのかな?
まさかな‥


時おりパサリパサリと
参考書のページをめくる音が
シンと冷えた
教室の空気を
小さく震わせた


ふーむ‥



僕は
ペンケースを出して
景気よくチャックを開けた

ジャッ!

勢いあまって
中身がこぼれ落ちた


カシャーン!

カラカラカラ…


何人かが
こちらを振り向く


はははは‥

ちびた消しゴムが
コロコロ転がって

斜め前の
女子の
椅子の下へ入っていった


うーむ‥



たしか
物差しが‥


ガサゴソ


ひっ!


カチンコチンの
コッペパンだった


たまげた‥

きっと3年が
残してったやつだ

まるで
小学生だな!



僕は
物差しを取り出し

椅子から
そっと
離れた


救出作戦開始!


僕の消しゴムは
女子が組んだ足元のすぐそばで
僕の救助を待っていた



今行くぞ!



ソオ~~ッと‥


「何しよん?」


お…お

「イヤあの…ケシが…」


「はい?」

女子はお尻の下を覗き込むと

上履きの先で
コロッ!と
僕の消しゴムを蹴り出した

おいっ!
その上履きで
トイレとか行ってんじゃないのか!

‥ったく!


「どーぞ」



「あ、アリガト」



僕は
消しゴムを
スリスリした

上履きの跡が
ついていた



席に戻り
新品のレポート用紙を
パン!と
机の上に置いた


ジロリ…


な、なんだよイチイチ‥


シャーペンを
もてあそびながら
タイトルを考える

このレポート用紙は
全教科兼用であり
詩集も兼ねていた

タイトルとは
レポートの表題のことだ


前回は
“流れ星”だった

流星のように
成績が落ちたから
では、ない



僕は
あと数日で17になる

南 沙織も
真っ青な年齢だ


“セブンティーン”

“セブンティーン・ブギ”


“いいな、いいな17才”


「あはは!」


ギロリ…


「あーコホン!」

朝は皆んな勉強ばっかりしている

そうだ‥

僕は
紙飛行機の絵を
描いてみた


お、良いじゃないか‥

“紙ヒコーキ”


うん
完ぺき!


僕は
最初のページを開き
罫線を撫でた


はじめの一行

それが大事だ



“気になるあの娘”


ちょっと照れ臭い



詩を作る時は
思ったままに

恥ずかしがるな


同じクラスの
園部から教わった


去年の秋だった

僕が
あることで
有名になった
その後すぐ

「お前には書ける」

そう言って
詩を勧めて来たのが
園部だった


僕は見本にと
彼のレポートを
見せてもらった


“愛しい女よ”

“熱き胸の内を見てくれ”

“お前が欲しい、誰よりも”


“その唇でオレを奪え”


僕は赤面し
ついでに爆笑した


「ぶひゃひゃひゃ!」

恥ずかしくて
書けるわけない

でも
ほんの少しだけど

園部が
羨ましくもあった


言い回しが
赤裸々であればあるほど
大胆不敵な
感じがした



ホントの気持ちと
向き合うって
どんなだろう‥


僕は
下手なりに
詩を書くようになり

そのうちに
字数を合わせて
韻を踏むことも覚えた


園部は不快げだった

「高杉、作るな」




勝手なことばかり言いやがって!



刹那を切り取り

言葉に言い換える

その難しさと
楽しさを知った



“君の名は、恋”

うひょー!


「池の中は、鯉」

「うわッ」


「また詩か?」


「よ、久坂」

久坂は
僕の横に立ち

ふわふわのパーマを
両手で整えた


「突き出すなよ」
僕は目の前の
久坂の股間の膨らみを
指ではじいた

ピン!

「アッツ!何しよんなら!変に思われようが!」

斜め前が
コロコロと笑う


「思われないよ」

「ったく!」

「のぞき見するからだ」


「ホラ」

久坂が紙袋から
雑誌を取り出した


「チャンピオンか?」

バサ!

「ロードショー?」

「トレイシー・ハイドの特集じゃ」
「3月号かあ」

「ジョディー・フォスターも出とんぞ、これ12才なんじゃろ?」
「らしいね」

「すげえ発育じゃ」

「僕はティータム・オニールの方がいいな」

「ベアーズか」
「うん」

「見たんじゃろ、オモロかったか?」

「あの映画な」
「おう」

「ル・マンと似てるんだよ」

「マックィーンのか」
「そ」

「どの辺が?」

「ん?まあ見てみりゃわかる」
「ふーん」

ル・マンや
ベアーズには
勝者は描かれていない

負けることにも
意義はあるのだ

生きるとは
そういうことらしい


僕には
どこか物足りない
ラストシーンだった


「ティータム・オニールはペーパームーンにも出てんだよ」
「ほうなんか」

「もし、東京行けたらの」
「うん?」

「東京行けたらの話しじゃが」
「おう」

「名画座ゆーて古い映画ばあやっとるとこがようけあるけん」

「おう」

「そこでそういう古い映画を好きなだけ見たいんじゃ」
「金かかろうが」

「安いんだよ、300円とか400円くらいかな」
「へえ~」


それが僕の
ちっぽけな夢なのだ



「行かないのか?探検」

「おー行こうで!忘れとったわい」 

「ガリ勉君達は早いのう」
「中には補習で一緒だったのもいるよ」

「留年すなよ?」
「するか!」

してたまるか‥


旧校舎から
ブラスバンドの
演奏が聞こてくる

ビートルズの
イエスタディだ


へったくそだなあ‥


廊下に出ると
久坂が
内ポケットから
写真を2枚広げてみせた

ババ抜きみたいに

「何?」

「昨日見つけたんじゃ」


1枚引いた

仮装行列の時の
写真だった


ティアラをつけた
ドレス姿の僕がいた

王子様はいない


「まだ持ってんのか」

「渡そう思てそんままじゃった」


残りの1枚を
手にとり
僕は立ち止まった


テントの中だ

バックの校庭は
強い陽射しのせいで
白っぽく見える

光線は
分厚いテント地を貫き
集まったみんなを
ほのかな朱色に染めていた

露出はピッタリで

偶然とはいえ、光りと影が
瞬間の熱気を
リアルに
浮かび上がらせていた


何人かの女子達に
ドレスの着付けをしてもらいながら

川神優子が
僕に口紅を塗っている決定的瞬間だった


僕はつい唇に手をやる


あの時‥

僕は何度注意されても
塗られたばかりの口紅を舐めてしまい
彼女達を困らせたっけ‥

女子達は
みんな体育着姿で

僕だけが
みんなより
やけに背が高い


砂埃と
白粉
オシロイ
の匂いまでもが
甦ってきそうな写真だ


「やるわ」と久坂

「いらんよ」

「もう終わったけんか?」


再び僕は
歩き始めた

「終わったも何も、始まってもないじゃないか」

「川神、こうして見ると可愛いのう」

「じゃあ、付き合うたらええ」


「頭ええんじゃろが、釣り合い取れんわ」

「それなら補習組から探せよ?」


「なあ高杉」
「ん?」

「なんで偏差値40台と70台が同じクラスにおるんじゃ?」

「知らん、悔しかったら勉強するんだな、僕は僕だから関係ない」

「3年に期待するかあー!」

「あ、それは無理だな、今度のクラス替え、頭良い奴と悪い奴もっと露骨に編成されるらしいぞ」

「ホンマにや?」
「西郷が言うとったわ」

「えげつないのう」

「君と同じ組にならんことを祈ってるよ、はははは!」


「選択教科決めたか?」

「そーだな~、生物と倫理でも取るかな」


「わいは化学と日本史にする」
「化学!本気か?」

「可笑しいか?」

「得意じゃったっけ?」


「ちょっとの…」

どうせまた
女絡みに違いない

ちょっと可愛い子がいるから
まあそんなところだ


校舎の中は
どこもかしこも
ピカピカで

新築の匂いが
まだ至る所に残っていた


やがて
明るいクリーム色の壁に
朝陽が差し込みはじめ

1階に着く頃には
パンケーキの香りでもしてきそうだった



階段の途中で
ふと久坂が足を止めた


渡り廊下の右端に
見慣れない小さな女子が2人
こちらを見て突っ立っていた


僕は気にせず
階段をそのまま降りた


トン

トン

トン…


「久坂あ…」



タタタタ!

おさげ髪の
ちびっこいセーラーが
駆けて来た


林檎のような
頬っぺただ


「高杉先輩ですか!」


「あ…(先輩?)ハ、ハイ…」

「こっち!はよう!」


水色のマフラーをした
もう一人のちびっ子が
照れ臭そうに
小走りして来た


ハアハア…

「あの…これ…」


小さな手に

小さな箱がひとつ


「僕に?」
「はい!」

綺麗な赤い箱だった

金色のハートが
くっついていた


タタタタタ!


「あ……」


行っちゃった‥



「オイ!高杉イー!」

「なんだこれ?」


「馬鹿じゃのー!チョコじゃ!」

「チョコ?」

「バレンタインのチョコじゃわ!」
「なんで僕にくれるわけ?」

「アハハー!やったのおー!高杉ー!」

「アレ1年だね?」


「名前聞いたんか?わはははー!」

「あ!忘れた!」

「わははははー!」


「何がそんなに可笑しいんだ?」

「だって、お前!オモロー!あはははー」


「そーか?…わは…わはははー」


「アーハッハッ!メッセージは!」

「ない!わははー!」


「アハハー!」


「ワハワハ!わははー!」

「イーヒッヒッ!」


「いつまでも笑うな!」

「すまんすまん…」



僕は
手のひらの上の
赤い箱を
もう1度見つめた


「高杉よう?」
「うん?」

「3年になったら、なんかエエことがありそうじゃの!」


「おう!ありそうじゃ!ありそうじゃ!久坂!」


「うははははー!」



2人の女子が
走り去った彼方から
セルリアンブルーの
風が吹いて来て

僕と久坂の横を
軽やかに通り抜けた


渡り廊下には
いつまでも
冬の木漏れ日が佇んでいた


いつまでも
いつまでも


僕んちの
殺風景な庭にフキノトウが生えたのは
それからしばらくしてのことである。






              □ 完 □


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