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第27話 オネスティ
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友情って何だろう
もしそう聞かれたら
何と答えれば良い?
僕はその問いに明確に答える自信が未だない
社会に出てからも
たくさんの友達を作り
そしてたくさんの友達と別れた
友情は希望を与えてくれ
失望も与えてくれた
ある時は支え
支えられた
いれば楽しいし
いなければ寂しい
羨望があり嫉妬があった
期待があり裏切りも‥
優越感と劣等感のはざまで
友は味方であり敵でもあったのだ
真似したり
真似されたりしながら
僕たちは互いに吸収し合い成長していく
みんなどうしているんだろうか
今頃‥
僕は
同窓会というものに出たことがない
だから別れたら
たいていそれっきりだ
サヨナラと言わなければ
別れることにはならない
だから
「また明日」とか
「またいつか」
と言うようにしている
これが僕の処世なのだ
何も挨拶が出来ない時はどうするか
心の中で語りかけるしかない
そんな思いが
ある日オーバーフローしてしまう
溢れる思いだ
ロマンチックだが実はパニック状態
あの時僕はオーバーフローしたのだ
それを避けるためには
はけ口が必要だった
皮肉なもので
学校を辞めたとたん
友達が恋しくて仕様がなくなった
自由を手に入れたのは良いが
あの燃えるような情熱が
いっぺんに冷めてしまった
僕は心にポッカリ穴が空いたようになり
それはポッカコーヒーでは満たされなかった
腑抜けたように
晩秋にたたずみ
窓の外の景色が枯れてゆくのを
ただぼんやりと見送る日々を送っていた
僕は生命の源泉を失くしてしまったのだ
まあ
寒いというのもあったんだけど‥
京都は寒い
底冷えというやつだ
どこが?と言われても
“そこ”だ
妹はまだちゃんと高校に通っていたし
親父の仕事も順調そうだった
お母さんは
一般的なお母さんらしく振る舞っていたし
家族は揃って団欒を囲み
テレビを見ながらではあったが
笑いは絶えなかった
僕だけが憂鬱であった
皮肉である
広島と完全に交流が途切れたかと言えば
そうでもなく
たまに思い出したように
園部や久坂
そして広美から電話があった
話したことがない同級生からも
電話があった
当然女子である
せっかくモテているのに
不埒な欲望のかけらさえ湧いて来なかった
人生はうまくいかない
僕はまだ武市の言葉が
半分も咀しゃくできずにいた
「お前は高ゲタを履いて山の向こうを見ようとしているだけだ」
見てはいけないのだろうか
興味とは本来そういうものではないのか
知ることが間違っているというのか
僕にはそんな風にしか思えなかったのだ
けれど武市はそんなことは言っていない
転ぶから危ないぞ?
そう言ってくれていたのだ
だったらそう言ってくれりゃ良いのに‥
本好きは
言いまわしが回りくどくてわかりづらい時がある‥
それからも僕は何度も
山の向こうを覗こうとチャレンジし
その度にひっくり返った
小さなケガで済むこともあったし
瀕死の重傷を負うこともあった
自らのポリシーを守るために
やむを得ず火中の栗を拾いに行き
大ヤケドをしたり
またある時は
世のため人のためと
大儀を振りかざして権力に噛み付き大暴れする
当然の帰結として
出世レースからは置き去りになる
僕の場合は特にこの傾向が強かった
自分を犠牲にするとか
誰か他人のためになることを、などと
イノセントな動機で何かを企てたわけじゃない
流れている血が違う
僕は
正義の味方向きではなかった
僕は生まれて初めてパーマをかけた
家族たちの前でも
平気で煙草を吸うようになった
そのくらいが僕に許された精一杯の自己主張だったのだ
僕は近所の床屋さんに行き
「マーク・ボランみたいに」
と頼んだ
しかし完成したのは
ただのおばちゃんパーマだった
大失敗‥
パーマ液の臭さに涙があふれた
僕がいなかった間に母は雑種の犬を飼い
妹はシャム猫を飼っていた
犬の名前はイヴで
猫の名前はミルクだった
猫の名前に僕は愕然としたが
妹に名前の由来を聞くのは相手の思う壷のような気がして
黙っていることにした
たかが猫の名前くらいで
ヒートアップするなんて馬鹿げてるからね‥
(ふざけやがって)
母と妹
2人は一緒に家事をやり
見た目には仲睦まじくやっていた
母はイヴに惜しみない愛情を注ぎ
妹もミルクとよく語らって(?)いた
つまり
2人はそれでバランスを保っていたのだと思う
僕には出来ない芸当だ
あのやかましい男率いるサザンオールスターズは
2枚目のシングル
“気分しだいで責めないで”を出した
やっぱりコミックバンドだと確信した
我らがビリー・ジョエルは“ニューヨーク52番街”をリリースした
ある音楽雑誌によると
この年来日した海外アーティストはざっと次の通りになる
1月
カラパナ、ブロンディ、レインボー
2月
ボブ・ディラン、ボズ・スキャッグス、ELO
3月
ジミー・クリフ、キッス、フォリナー、チープトリック
4月
ライ・クーダー、ビリー・ジョエル、スコーピオンズ
6月
バン・ヘイレン
7月
ジューダス・プリースト
8月
スージー・クアトロ
9月
グラハム・パーカー&ルーモア
10月
ピーター・フランプトン
11月
ジャニス・イアン、エルビス・コステロ、ジェフ・ベック、ジェネシス
12月
デビッド・ボウイ
クロスオーバー系では
クルセイダース、チックコリア、リーリトナー
他に“悲しき願い”のサンタ・エスメラルダ
ソウル系では
スタイリスティックス、エモーションズ、ダイアナ・ロス
ブロンディはパンクとしては初めての来日バンドで
ヒット曲もまだなくコンサートは不評だった
こうして見ると
ウェスト・コーストからR&B
プログレからグラム、ハード・ロック
ニューウェーブからテクノそしてレゲエに至るまで
なかなか賑やかで豊富なバリエーションだったようだ
日本のミュージックシーンも負けてはいなかった
8月にはベストセラー“成りあがり”の矢沢永吉が“ゴールドラッシュ”を
サザンオールスターズは1stアルバム“熱い胸騒ぎ”を
9月にはCMソングで活躍していたゴダイゴが
話題のテレビ“西遊記”のテーマ曲“ガンダーラ”“モンキーマジック”をそれぞれリリースして大ヒットした
10月には
サディスティック・ミカ・バンドやはっぴーえんど出身の細野晴臣と高橋幸宏
スタジオミュージシャンの坂本龍一らがYMOを結成
「サウンドカーニバル」というFM東京の公開番組でデビューを果たし
11月には1stアルバム“イエロー・マジック・オーケストラ”を発売した
渋谷ジャンジャンにてダウン・タウン・ブキウギ・バンドのコンサートにも出演している
鮎川誠は新バンド、シーナ&ロケッツを結成
エルビス・コステロの来日公演でデビュー
同じく11月
南カリフォルニアに留学していた作新学院の元エース江川卓が急遽帰国
同月21日、野球協約の空白の一日を突いて巨人軍に入団、ファンの顰蹙をかった
新曲は
「まあ、冷静になりましょう!」(笑)
そして大晦日
浅草で
「ニューイヤー・ロック・フェスティバル」開催とある
出演は内田裕也
ダウンタウン・ブキウギ・バンド
クリエーション
柳ジョージ&レイニーウッド
桑名正博
またこの夏
日本テレビ系列の特別番組
「24時間テレビ・愛は地球を救う」にパーソナリティとして出演したピンクレディーは
紅白への出場を辞退
ちなみにこの画期的な番組の制作は
ザ・ピーナッツやとんねるずの名付け親でもあり
「11PM」の生みの親でもある名プロデューサー井原高忠が務めたとある
手掛けた番組は他に
「光子の窓」
「ゲバゲバ90分」
「スター誕生!」等
このチャリティ番組に寄せられた募金総額は11億9,000万円にのぼったというから驚きだ
ピンクレディー不在の紅白では
11月から国鉄の
「いい日旅立ち」キャンペーンが始まった山口百恵ちゃんが
「プレイバックPart2」を熱唱
だがこの時
NHKの“商品名は放送できない”というルールにのっとり
歌詞中の“真っ赤なポルシェ”を
“真っ赤なクルマ”と変えて唄う羽目になったのは有名な話し
消防車かッ!
緑イ~の中を~走り~抜けてくウ~
真っ赤な~消防車ア~♪
これじゃあ山火事、森林火災だ
NHKのやることは昔からわけがワカラナイ‥
つい勢いでテレビの話しまで出てしまったが
ともあれ音楽や映像が
僕たちにいろんなメッセージを届けてくれたのは事実だった
受け取る側の解釈は自由
さまざまな解釈をそれぞれが楽しんでいれば良かった
それで幸福感が得られることもある
今もそう
宇多田ヒカルや一青窈も良いし
コブクロやGReeeeNも良い
テレビで言えば
ちょっとオヤジ臭いが
“相棒”も良いし
東山紀之の“必殺・仕事人”も良い
作り手の切り口は違えどもメッセージはただひとつ
『頑張れ!前を向いて歩け』だ
一日一歩
3日で3歩
3歩さがってどこまで行くの?
それでも前向きになれない時には
ビリー・ジョエルが優しく歌ってくれる
「若死にするのは善人だけさ」
聖者と共に涙を流すより
僕は罪人と一緒に笑っていたい
その方がずっと愉快だもの
シスター?
若死にするのは善人だけなんだよ?
ってね‥
年が明け
1979年になった
僕はいろんなアルバイトを転々としながら
少しずつお金を貯めた
何をやっても身が入らないので
僕は1度広島に行ってみようと思い立った
親父は
行ってどうする、と不審そうだった
「みじめな思いをするだけじゃから止めとけ」
「しないよ別に、友達に会っときたいだけだから」
きちんとお別れをしていないことが
心残りだったのだ
それに‥
「就職はせんのか?」
「まだちょっとそういう気になれないんだ」
「それならそれでも今はええが…、ほうじゃな、区切りという意味でいっぺん行って来るのもええか知れんな」
「うん」
「後悔するぞ?」
「しないってば」
僕はカレンダーに印をつけた
「こんなこと聞いてもしょうがないが…」
「何?」
「斉藤さんとはどうなっとるんじゃ?」
「今1番大変な時だからね」
「ほうか」
「なるようにしかならないし」
「1人の女の子に決めるのはまだ早過ぎるわい」
「そうだね」
「これから先、いろんなタイプの人と出会えるけん、心配すんな」
「ははは、別に心配はしてないよ」
彼女とはもう終わったのだから‥
僕と広美の会話は
どんどん内容がなくなっていった
この時期彼女は本当に火だるまのようになって
勉強に打ち込んでいたし
僕の方はといえば
何をやったら良いのか見当もつかず
漠然と悩み暮らしていたのだから
話しの接点なんかないも同然だった
彼女から学校の様子を聞いても
僕は生返事を繰り返すだけ
「ねえ、聞いとるん?」
「うん、聞いてるよ」
「ほいでね…」
彼女をすごく遠くに感じ始めていた‥
「あ、それとね!」
「何?」
「倫理の毛利先生覚えちょる?」
「毛利…あー、うん社会のね」
「高杉君のこと言うとったよ」
「僕のこと?」
「うん、急に授業の前に」
「何を?」
まだそんな話しを‥
「あのね…、あいつは偉いって、君らの中にはきちんと目標持って自分の進路を決めた人もおるじゃろうけど、大半はたいした考えもなく皆が行くから私も行くみたいなレールに乗っかっとるだけじゃろゆーて」
「ふん」
「でね、詳しいことは本人じゃないけんよう知らんけど、親が敷いてくれたレールから外れて自分の道を探そうゆーのは、先生は立派じゃ思うって、ネ?すごーない?」
「違うと思う」
「え、どーして?」
「そんなヒーローみたいな言われ方しても」
「ええじゃない、理解してくれる人がおるんじゃから?他のクラスでもゆーとったらしいよ」
「だからさ」
「うん」
「何にもわかってないと思う」
「だから詳しいことは…」
「そうじゃなくて、僕は立派な事なんかしてないんだよ」
「素直じゃないわね、ホントに」
「素直なら辞めたりしないよ」
「そうね」
妹の聡美がそばに来て
メモを置いて行った
“熱中時代始まるよ”
「ね、電話代かかっちゃうよ?」
「うん、ほうじゃね、また電話するけん」
「わかった、じゃあ」
チン…
僕は心臓がバクバクしていた
偽っているのはもうヤメにしたい‥
狭い台所兼居間に戻ると
ブラウン管の中で
水谷豊扮する北野広大先生がPTA父兄に謝りたおしている所だった
それを子供達が教室の外で心配そうに見守っている
「北野くん!」
校長役の船越英二が登場して大岡越前ばりのお説教が始まる…
妹役の池上希実子が抜群に可愛い
聡美とはエライ違いだ‥
「なあに?」
「いや別に」
僕はホットオレンジをグイと飲み込んだ
夜中になっても
強い風が吹き止まなかった
雨戸がガタピシ鳴り
ひゅーひゅーとすき間風が入ってくる
春の嵐だ
皆が寝静まった頃
僕は斉藤広美の家へ電話をかけた
これはルール違反だ
「もしもし?」
「はい、どうしたの」
「うん、ちょっとね…怒った?」
「ううん」
「あのさ、広美さ」
「何?」
「誤解してると思うんだ、僕のこと」
「そうかしら」
「そうなんだよ」
「もう少しわかるように言って、アタシ馬鹿だから」
「ずっとよくわからなかったんだ、自分でも」
「何のこと?」
「でも…」
「どうしたのよ」
言うべきか
いや、言った方が良い‥
「高杉君?」
「あの…」
「うん」
「好きな人がいる」
「ふーん、そう…誰?」
「…………」
「あの人じゃろ」
「そう」
「なあーんか変じゃなあーて思とったんよ」
「そう?」
「手紙とかによう出てきとったし」
「…………」
「会うとるん?」
「いや、電話もしたことないよ、夏以降ね」
「わかったわ、ありがと」
「広美?」
「アナタってホントっに可哀相な人ね」
この“ホントっに”
って所は
一生僕の耳に残った
僕がその言葉の意味を考察してる間に
電話はコトリと切れた
僕は電話をかけ直さなかったし
彼女からかかって来ることも2度となかった
2月が過ぎ18になり
3月になった
土手の道には
よく見るとツクシが生えていた
あれからもう1年が経ったのだ
「パーマかけたんか、なんか大人っぽうなったの」
「そうか?」
僕は園部を見て笑った
「卒業式終わるまでどこで待っとる?」
「その辺で煙草でも吸ってるよ」
「終わったらどうするんじゃ?」
「久坂んちに行こう思う」
「ほうか、大丈夫なんか?」
「殺されはせんだろ、1回謝っとかんと」
「ほうじゃな、いつまでおる?」
「今日中に帰るゆーて来たから」
「わかった、時間出来たら電話せえや」
「おう」
「んじゃ、またの」
「バイよ」
僕は校舎や体育館が見下ろせる小高い丘に登った
グランドはしんとしていた
あの中で卒業式が行われているのだと思うと
とても妙な気がした
自分が実は2人いて
もう1人の僕はあそこで座っている‥
そんな感じだった
僕はGジャンの衿を立てた
やがて
建物から人影が出てくるのが見えた
どうしようかと迷ったが思い切って校舎に入った
何人か見知った教師とすれ違い
僕は軽く会釈して彼らをやり過ごした
3階に上がると
まだ廊下には誰もいず
僕は壁に寄り掛かるようにして
誰か出てくるのを待った
ガラガラと椅子を引く音がして
1番近い扉が開く
ひょっこりと真っ先に顔を出したのは
甲斐だった
「甲斐!」
「オオ!高杉イー!」
甲斐は僕にぶつかるような勢いで駆け寄って来た
「なーにしとんならあー!お前えー!」
大喜びである
「久しぶり」
「おー!なんじゃ!カッコつけよってからに!」
「卒業したんだな~」
「高杉イー!」
「なんだよ」
ガッと僕に抱きつく
「やめろよー!甲斐!…ヤメエーって…、甲斐!」
バッと離れた甲斐の目が赤かった
しかめっ面をして駄々っ子みたいに腕を振り回した
どした?甲斐?
「なんでじゃあ!お?」
え?
「なんでおまあ卒業せんかったんじゃあ!あ?」
甲斐‥
「見てみい!」
卒業証書の黒い筒をクルクル回す
「わしでも卒業出来たんやぞオ!なんでお前は卒業せんのならアー!おお?」
甲斐‥
「行こう、先ヤンとこ!」
「ヤだよ」
「エエから来い!卒業させちゃる!」
「はあ?」
「頼みゃあ何とかなる!来い!卒業しよ!な?」
「甲斐、いーよ」
「ようない!何とか卒業しようやあー高杉イー!」
人が集まってきた
「高杉イー!卒業しようやあー、のう?高杉…卒業しようやあ……」
「泣いてんのか?」
嘘だろ‥
「高杉イー、頼むけん…、一生のお願いじゃわ…高杉…、卒業しようなあ…一緒に…いっしょに…なあ…」
甲斐はその場にへたり込んだ
僕は甲斐のいかつい肩に触れた
甲斐はうつむいて震えていた
「甲斐?」
「高杉…なんでじゃ…なんで卒業せんのな…」
「スマン、甲斐、立ってくれ」
彼はフラフラと起き上がった
減量し過ぎた力石徹みたいに‥
「高杉…卒業せえよ…」
「もう無理だよ、甲斐」
「いっつも無理無理ってよお…」
「甲斐…」
甲斐は本気だったのだ
本気で僕を心配してくれていた
もし…
いや、よそう
僕は甲斐を馬鹿にしていた
彼のことを
なんもわかっちゃいなかった
甲斐はいつも本気だったのだ
僕はやっとそれに気がついた
甲斐の運転するケンメリで僕たちは
ドライブをした
バックシートには尾道連合
ケンメリの後ろにもハコスカと
サバンナが続いた
「カセットがついとらんのじゃわ、ラジオでええか?」
「かまわんよ」
「どうじゃ、やっぱり卒業した方が良かったろーが?」
「どうかな」
「ええに決まっとるわい」
「いつかそう思う日が来るかもな」
「絶対来るわい、バカじゃのう~」
「そうかもな」
「おい、高杉!あん時のこと聞かせてくれや」
「おう!そうじゃそうじゃ!」
後ろの2人がはしゃいだ
「ああ、あん時はのう…」
甲斐はショッポをくわえ
ステアリングを悠々と操作していた
もうさっきみたいに
取り乱してはいない
久坂の家にはあとで行くことにした
甲斐がいいと言うまで
僕は甲斐に付き合うことにしたのだ
後ろの2人が
後部席は狭いけん、はよ代わってくれと騒いだ
市内をぐるぐると回り
あちこちで大声を張り上げた
友達の家に何軒も寄り
その都度ビールで乾杯してるうちに
とっぷりと日が暮れた
「早いのう~」
「オモロかったよ、甲斐…ありがとの…」
「おう!」
いつもの甲斐が戻った
「学校でさ」
「おう」
「感動したよ」
「バーカ」
「ホンマありがと」
「おい」
「うん?」
「また来いよ?」
「来るよ」
「お前、嘘つきじゃけんな」
「そんなことないよ」
「まあエエわ」
「元気でな」
「高杉行くんか」
「元気でやれよ」
「またの、電話くれよ」
「電話番号じゃ」
「皆も元気で」
「おう」
「おお」
「ここでエエか?」
「いーよ、サンキュ」
「お、ほんじゃのう」
「バ~イ」
「バイよ~」
「必ず電話するけんなあー!」
「おおう!」
尾道
その駅前のロータリーで
霊柩車のようなホーンがひときわ高らかに鳴った
ファアアアーン!
僕は夕闇の雑踏を掻き分けてタクシー乗り場に並んだ
ポケットに新しいセブンスターがひとつ入っていた
甲斐め‥
「どちらまで?」
「あ、えーと…」
30分後
僕は久坂の部屋に居た
尾道の家は初めてでだった
「へえ、やっぱイイ部屋だなあ」
「ほうか?ちょっと狭いじゃろ」
久坂はスウェットの上下でくつろいでいた
「煙草は?」
「ほれ、灰皿、カーペットに灰落とすなよ?」
「ああ」
フゥー…‥
「なんか聴くか?」
ターンテーブルにレコードを載せながら
「よっこらしょっと…」
「久坂」
「おう高杉」
「いろいろ悪かった、許せんとは思うけど許してくれ」
「目茶苦茶じゃ」
「うん?」
「あん時は目茶苦茶じゃった」
「ゴメンな」
音楽が始まった
“バンド・オン・ザ・ラン”だった
「ゴメンで済んだら警察いらんど」
「どうすりゃいい?」
「殴らせろ」
「ほんまにか?何回?」
「1回でエエわい」
「しょーがねえな」
「本気でやるど?」
「いーよ、立つか?」
「おう」
僕たちは向かい合って立ち
僕は久坂の目を静かに見た
「やり返すか?」
「はは、それはない」
「歯を食いしばれ」
古いな‥こりゃ…
バツーンッ!
平手打ち?!
ガラ…
イッテええー
思いっきりヤリや‥
「何してんの!」
「お母ちゃん…」
「おばさん…」
「浩之!何してんの!アンタ!」
「おばさん!違います!僕が頼んだんです!」
「アンタらホンマに!まだ分かってないのん?」
「わかってます!すいません!」
僕は頭を下げた
「あーもうホンマにッ!…高杉君、大丈夫?」
「大丈夫です」
「お母ちゃんもう行ってえなあー」
「コーヒー持って来たんやないの!せやのに…」
「いただきます」
「元気なの?」
「はい、おばさん、あの時は本当にすいませんでした」
「ええよ、とはちょっと言えんけどな」
「反省します」
「しゃあないな…お父ちゃんまだ怒ってさかい」
「僕謝ります」
「アカンアカン!帰って来る前に行きなさい」
「でも…」
「悪いけどもう少しだけやで、エエね?」
「はい、スイマセン」
「ホラ!お母ちゃん、もう出てってーな!」
「はいはい、ほなオバチャン店があるから…ネ?高杉君?もう喧嘩したアカンよ?」
「しません、絶対に」
「浩之も!」
「せえへんて」
「後で店手伝いや」
「はーい」
ガラ…
「おばさんにも迷惑かけたな」
「親父がすごかったんじゃ、京都に文句言いに行くゆーてのう」
「いつか謝まらんとな」
「まあもう気にすな」
「大学受かったんじゃろ?良かったの」
「浪人しよ思とる」
「そうか」
「それはどーでもエエわい、なあ高杉よ」
「ん?」
「しつこいかも知れんけど」
「いいよ」
久坂はカーペットの毛をもてあそんでいた
「わしらよ、お前に甘すぎたんじゃ」
「甘い?」
「わしら、お前を止めにゃあいけんかったんじゃ」
「そうかな」
「ほうじゃ、それが友達ゆーもんじゃろ」
「それは君が考えたのか?」
「なんでじゃ?」
「なんか今までと違うからさ」
「そりゃあ変わるわい」
「そうか、頼もしいな」
「馬鹿にすなよ」
「してないよ、ただ自分の言葉で話してくれ」
「悪い予感がしたんじゃ」
「予感したもんは変えられないな、それは…」
「ヤメテくれ、また騙すつもりか?」
「騙す?誰に言われた?久坂?」
「わいの考えじゃ」
「違うだろ」
「でも、わいの考えでもある、お前みたいにゃうまく喋れんけどの!」
「それで?」
僕は少し腹が立った
久坂の意思を封じ込めた奴がいる‥
そいつと久坂は
これからも一緒に生きていかなきゃならない
久坂‥
本当にすまないことをした
「覚えとるか」
「何を」
「尾道大橋からよ?」
「その話し、好きだな?」
「またからかうんか?」
「ははは、スマン」
「ありゃあ、びっくりしたけんなー」
「ずいぶん昔のような気がするよ」
「お前のあのレポートな、わしらのクラスまで回って来とったんやぞ」
「そりゃ知らんかった」
「オモロかったなあ、アレ、わいのことも書いとったろが、コピーなんとかゆーて?」
「ははは!ニヤケ面のタレ目コピーか!」
「ふざけよってからに」
「誰が回したんだ?まったく」
「ストーリーになっとったろ、お前の組の?みんな笑うとったわい、先ヤンのマンガもソックリでの!」
「よう覚えとるの」
「ようあんなデタラメが書ける」
「デフォルメつーんだよ、デフォルメ」
「なんか知らんけど…、そのうちだんだん話しが危のうなって来て…の?」
「そうだったな」
「アレはホンマはどうなんじゃ?」
「ホンマとは?」
「川神にフラれたからか?デートに誘うたんじゃろ?あれも嘘か?」
「いや、誘ったよ」
「それで?」
「渋々OKしてくれた」
「そこは読んだ」
「あのレポートを読まれたのも本当だ」
「お前と川神がキスしとるマンガか!」
「アレは想像だよ、あんな程度のことで怒るなんて」
「フツーは怒るじゃろ、ははは!」
「誰が見せたんだか」
「それでデートがパアと?」
「そうだ」
「死ぬほどのことか?」
「いいや」
「物理の赤点は関係あったんか?」
「ねえよ、んなもん」
「お前がわからんようになっての…」
「人はワカランよ」
「なんのためじゃったんじゃ?」
「自分のためだろ」
「1時間めが終わったあとエライ騒ぎになった」
「大袈裟なんだよ、死ぬわけないだろ」
「みんな言うとった…、アイツ明日どのツラ下げて来るか楽しみじゃゆーて…ほしたらお前がズブ濡れで来て…」
「人間なんてそんなもんなんだよ」
「プールは冷とうなかったか?」
「冷たいさ、11月に浸かってみな?」
「馬鹿じゃのう」
「走ったんだよ、駅からプールまで、うははは!」
「心臓麻痺になるぞ」
「そーか!」
「信じられん」
「あん時の武市の顔ったら!見せてやりたかったよ」
「それも計算か!」
「当たり前だ、数学の担任じゃつまらん」
「ほおー」
「ギュウーって学生服を絞るとな、ボタボタッて水がこぼれてな…」
「うへえ~」
「アイツさ、真顔で高杉?どしたんなら?って目が点になっとった」
「ほで?」
「スイマセン、ちょっと転んじゃいまして」
「ほでほで?」
「誰も笑わなかった…、たった一人もだぞ?」
あの時
笑っていたのは
世界中で僕1人だったはずだ‥
「武市は?」
「ほうか…わかった、席つけ…って、ははは!」
「あの後、高杉は異常じゃゆー奴がおっての」
「異常はみんな同じだ、ほっときゃいーんだよ」
「あちこち言い触らしよったから、アッタマ来てのおー」
「そういう輩はクズなんだよ、自分ん1人じゃ何にも出来ない」
「気イ付いたらそいつの胸倉つかんどったわ…」
「一発くれてやりゃ良かったんだよ」
「尾道の奴らに止められてのう」
「良い仲間だよ」
「そう思うか?」
「ああ、そうだ、あいつらといる君は生き生きしてる」
「高杉」
「なんだ久坂」
「これでわしらは終わりか?」
「終わりなんかないよ」
僕は微笑んだ
「ホンマにか」
「ホンマじゃ」
「高杉、わし…堀江ん時…」
「ええんじゃ、言うな」
「高杉」
「おい、なんか記念にレコードくれよ?」
「お、おう、何がええ?バンド・オン・ザ・ランか?」
「それもええが…レット・イット・ビーくれんか?」
「ええぞ、まさにピッタリじゃ」
3回めか4回めの“ジェット”がかかっていた
「変えるか?」
「いーよ、そろそろ行かないとな」
久坂が部屋のドアを開けると
お好み焼きソースの良い匂いが2階まで漂ってきた
「浩之いー!まーだ?」
「ちょい送ってくるわ、そこまで!」
「はあーい、高杉君、頑張ってねえー!」
姿は見えず声だけがした
「おばさん!お邪魔しましたあー!」
「はあーい!ハイ、いらっしゃいませ~」
「また来まあーす!」
「来ないでえー!アハハ~!嘘よおーッ!あ、ハア~イ!」
外は寒かった
僕たちはバスを待った
「腹減ったろ?」
「大丈夫さ」
「冷えるのう」
「うん」
来て良かった‥
「お、来たぞ、駅前で降りるんじゃぞ?」
「わかっとるわい、アホか」
「久坂、握手」
「おう」
「じゃまたの」
「いつか会えるか?」
「そういう運命なら会える」
「高杉」
「久坂」
「いつかまた会おうの?」
久坂は今にも泣き出しそうな目をしていた
「そのうち会おう、もっと大人になって!」
「おう!」
キイイ~
プシュ!
僕はデッキに昇った
ドアが閉まる直前の
彼の顔を忘れない
久坂
たぶんもう会えないだろう‥
君には僕は
もう必要ない‥
そんな気がした
ドンドン!
「バイよ!久坂あー!」
「バイよおー!高杉いー!バイよおー!バイよおおお…」
こうして
僕の卒業式は終わった
ビリー・ジョエルも言ってる
誠実とは
なんと寂しい言葉だろうと
偽らずまともにぶつかれば傷つくこともある
でも
それもまた誠実さなのだ
僕が自分の内側におる時
そげに気にせんでええけんな?
僕はなんも求めとりゃせんのじゃ
ほいでも
誠実さが欲しい思たら
どこに求めたらええか
教えてくれんか?
頼りにしとるんは
お前だけなんじゃ
オネスティちゅうんは
なんとも寂しい言葉じゃのう…
みんなが
あんまりにも嘘っぽいからじゃ
オネスティちゅう言葉は
今じゃあ
ほとんど聞かれんのう
それこそ
お前に求めとるもんじゃったんやが…
もしそう聞かれたら
何と答えれば良い?
僕はその問いに明確に答える自信が未だない
社会に出てからも
たくさんの友達を作り
そしてたくさんの友達と別れた
友情は希望を与えてくれ
失望も与えてくれた
ある時は支え
支えられた
いれば楽しいし
いなければ寂しい
羨望があり嫉妬があった
期待があり裏切りも‥
優越感と劣等感のはざまで
友は味方であり敵でもあったのだ
真似したり
真似されたりしながら
僕たちは互いに吸収し合い成長していく
みんなどうしているんだろうか
今頃‥
僕は
同窓会というものに出たことがない
だから別れたら
たいていそれっきりだ
サヨナラと言わなければ
別れることにはならない
だから
「また明日」とか
「またいつか」
と言うようにしている
これが僕の処世なのだ
何も挨拶が出来ない時はどうするか
心の中で語りかけるしかない
そんな思いが
ある日オーバーフローしてしまう
溢れる思いだ
ロマンチックだが実はパニック状態
あの時僕はオーバーフローしたのだ
それを避けるためには
はけ口が必要だった
皮肉なもので
学校を辞めたとたん
友達が恋しくて仕様がなくなった
自由を手に入れたのは良いが
あの燃えるような情熱が
いっぺんに冷めてしまった
僕は心にポッカリ穴が空いたようになり
それはポッカコーヒーでは満たされなかった
腑抜けたように
晩秋にたたずみ
窓の外の景色が枯れてゆくのを
ただぼんやりと見送る日々を送っていた
僕は生命の源泉を失くしてしまったのだ
まあ
寒いというのもあったんだけど‥
京都は寒い
底冷えというやつだ
どこが?と言われても
“そこ”だ
妹はまだちゃんと高校に通っていたし
親父の仕事も順調そうだった
お母さんは
一般的なお母さんらしく振る舞っていたし
家族は揃って団欒を囲み
テレビを見ながらではあったが
笑いは絶えなかった
僕だけが憂鬱であった
皮肉である
広島と完全に交流が途切れたかと言えば
そうでもなく
たまに思い出したように
園部や久坂
そして広美から電話があった
話したことがない同級生からも
電話があった
当然女子である
せっかくモテているのに
不埒な欲望のかけらさえ湧いて来なかった
人生はうまくいかない
僕はまだ武市の言葉が
半分も咀しゃくできずにいた
「お前は高ゲタを履いて山の向こうを見ようとしているだけだ」
見てはいけないのだろうか
興味とは本来そういうものではないのか
知ることが間違っているというのか
僕にはそんな風にしか思えなかったのだ
けれど武市はそんなことは言っていない
転ぶから危ないぞ?
そう言ってくれていたのだ
だったらそう言ってくれりゃ良いのに‥
本好きは
言いまわしが回りくどくてわかりづらい時がある‥
それからも僕は何度も
山の向こうを覗こうとチャレンジし
その度にひっくり返った
小さなケガで済むこともあったし
瀕死の重傷を負うこともあった
自らのポリシーを守るために
やむを得ず火中の栗を拾いに行き
大ヤケドをしたり
またある時は
世のため人のためと
大儀を振りかざして権力に噛み付き大暴れする
当然の帰結として
出世レースからは置き去りになる
僕の場合は特にこの傾向が強かった
自分を犠牲にするとか
誰か他人のためになることを、などと
イノセントな動機で何かを企てたわけじゃない
流れている血が違う
僕は
正義の味方向きではなかった
僕は生まれて初めてパーマをかけた
家族たちの前でも
平気で煙草を吸うようになった
そのくらいが僕に許された精一杯の自己主張だったのだ
僕は近所の床屋さんに行き
「マーク・ボランみたいに」
と頼んだ
しかし完成したのは
ただのおばちゃんパーマだった
大失敗‥
パーマ液の臭さに涙があふれた
僕がいなかった間に母は雑種の犬を飼い
妹はシャム猫を飼っていた
犬の名前はイヴで
猫の名前はミルクだった
猫の名前に僕は愕然としたが
妹に名前の由来を聞くのは相手の思う壷のような気がして
黙っていることにした
たかが猫の名前くらいで
ヒートアップするなんて馬鹿げてるからね‥
(ふざけやがって)
母と妹
2人は一緒に家事をやり
見た目には仲睦まじくやっていた
母はイヴに惜しみない愛情を注ぎ
妹もミルクとよく語らって(?)いた
つまり
2人はそれでバランスを保っていたのだと思う
僕には出来ない芸当だ
あのやかましい男率いるサザンオールスターズは
2枚目のシングル
“気分しだいで責めないで”を出した
やっぱりコミックバンドだと確信した
我らがビリー・ジョエルは“ニューヨーク52番街”をリリースした
ある音楽雑誌によると
この年来日した海外アーティストはざっと次の通りになる
1月
カラパナ、ブロンディ、レインボー
2月
ボブ・ディラン、ボズ・スキャッグス、ELO
3月
ジミー・クリフ、キッス、フォリナー、チープトリック
4月
ライ・クーダー、ビリー・ジョエル、スコーピオンズ
6月
バン・ヘイレン
7月
ジューダス・プリースト
8月
スージー・クアトロ
9月
グラハム・パーカー&ルーモア
10月
ピーター・フランプトン
11月
ジャニス・イアン、エルビス・コステロ、ジェフ・ベック、ジェネシス
12月
デビッド・ボウイ
クロスオーバー系では
クルセイダース、チックコリア、リーリトナー
他に“悲しき願い”のサンタ・エスメラルダ
ソウル系では
スタイリスティックス、エモーションズ、ダイアナ・ロス
ブロンディはパンクとしては初めての来日バンドで
ヒット曲もまだなくコンサートは不評だった
こうして見ると
ウェスト・コーストからR&B
プログレからグラム、ハード・ロック
ニューウェーブからテクノそしてレゲエに至るまで
なかなか賑やかで豊富なバリエーションだったようだ
日本のミュージックシーンも負けてはいなかった
8月にはベストセラー“成りあがり”の矢沢永吉が“ゴールドラッシュ”を
サザンオールスターズは1stアルバム“熱い胸騒ぎ”を
9月にはCMソングで活躍していたゴダイゴが
話題のテレビ“西遊記”のテーマ曲“ガンダーラ”“モンキーマジック”をそれぞれリリースして大ヒットした
10月には
サディスティック・ミカ・バンドやはっぴーえんど出身の細野晴臣と高橋幸宏
スタジオミュージシャンの坂本龍一らがYMOを結成
「サウンドカーニバル」というFM東京の公開番組でデビューを果たし
11月には1stアルバム“イエロー・マジック・オーケストラ”を発売した
渋谷ジャンジャンにてダウン・タウン・ブキウギ・バンドのコンサートにも出演している
鮎川誠は新バンド、シーナ&ロケッツを結成
エルビス・コステロの来日公演でデビュー
同じく11月
南カリフォルニアに留学していた作新学院の元エース江川卓が急遽帰国
同月21日、野球協約の空白の一日を突いて巨人軍に入団、ファンの顰蹙をかった
新曲は
「まあ、冷静になりましょう!」(笑)
そして大晦日
浅草で
「ニューイヤー・ロック・フェスティバル」開催とある
出演は内田裕也
ダウンタウン・ブキウギ・バンド
クリエーション
柳ジョージ&レイニーウッド
桑名正博
またこの夏
日本テレビ系列の特別番組
「24時間テレビ・愛は地球を救う」にパーソナリティとして出演したピンクレディーは
紅白への出場を辞退
ちなみにこの画期的な番組の制作は
ザ・ピーナッツやとんねるずの名付け親でもあり
「11PM」の生みの親でもある名プロデューサー井原高忠が務めたとある
手掛けた番組は他に
「光子の窓」
「ゲバゲバ90分」
「スター誕生!」等
このチャリティ番組に寄せられた募金総額は11億9,000万円にのぼったというから驚きだ
ピンクレディー不在の紅白では
11月から国鉄の
「いい日旅立ち」キャンペーンが始まった山口百恵ちゃんが
「プレイバックPart2」を熱唱
だがこの時
NHKの“商品名は放送できない”というルールにのっとり
歌詞中の“真っ赤なポルシェ”を
“真っ赤なクルマ”と変えて唄う羽目になったのは有名な話し
消防車かッ!
緑イ~の中を~走り~抜けてくウ~
真っ赤な~消防車ア~♪
これじゃあ山火事、森林火災だ
NHKのやることは昔からわけがワカラナイ‥
つい勢いでテレビの話しまで出てしまったが
ともあれ音楽や映像が
僕たちにいろんなメッセージを届けてくれたのは事実だった
受け取る側の解釈は自由
さまざまな解釈をそれぞれが楽しんでいれば良かった
それで幸福感が得られることもある
今もそう
宇多田ヒカルや一青窈も良いし
コブクロやGReeeeNも良い
テレビで言えば
ちょっとオヤジ臭いが
“相棒”も良いし
東山紀之の“必殺・仕事人”も良い
作り手の切り口は違えどもメッセージはただひとつ
『頑張れ!前を向いて歩け』だ
一日一歩
3日で3歩
3歩さがってどこまで行くの?
それでも前向きになれない時には
ビリー・ジョエルが優しく歌ってくれる
「若死にするのは善人だけさ」
聖者と共に涙を流すより
僕は罪人と一緒に笑っていたい
その方がずっと愉快だもの
シスター?
若死にするのは善人だけなんだよ?
ってね‥
年が明け
1979年になった
僕はいろんなアルバイトを転々としながら
少しずつお金を貯めた
何をやっても身が入らないので
僕は1度広島に行ってみようと思い立った
親父は
行ってどうする、と不審そうだった
「みじめな思いをするだけじゃから止めとけ」
「しないよ別に、友達に会っときたいだけだから」
きちんとお別れをしていないことが
心残りだったのだ
それに‥
「就職はせんのか?」
「まだちょっとそういう気になれないんだ」
「それならそれでも今はええが…、ほうじゃな、区切りという意味でいっぺん行って来るのもええか知れんな」
「うん」
「後悔するぞ?」
「しないってば」
僕はカレンダーに印をつけた
「こんなこと聞いてもしょうがないが…」
「何?」
「斉藤さんとはどうなっとるんじゃ?」
「今1番大変な時だからね」
「ほうか」
「なるようにしかならないし」
「1人の女の子に決めるのはまだ早過ぎるわい」
「そうだね」
「これから先、いろんなタイプの人と出会えるけん、心配すんな」
「ははは、別に心配はしてないよ」
彼女とはもう終わったのだから‥
僕と広美の会話は
どんどん内容がなくなっていった
この時期彼女は本当に火だるまのようになって
勉強に打ち込んでいたし
僕の方はといえば
何をやったら良いのか見当もつかず
漠然と悩み暮らしていたのだから
話しの接点なんかないも同然だった
彼女から学校の様子を聞いても
僕は生返事を繰り返すだけ
「ねえ、聞いとるん?」
「うん、聞いてるよ」
「ほいでね…」
彼女をすごく遠くに感じ始めていた‥
「あ、それとね!」
「何?」
「倫理の毛利先生覚えちょる?」
「毛利…あー、うん社会のね」
「高杉君のこと言うとったよ」
「僕のこと?」
「うん、急に授業の前に」
「何を?」
まだそんな話しを‥
「あのね…、あいつは偉いって、君らの中にはきちんと目標持って自分の進路を決めた人もおるじゃろうけど、大半はたいした考えもなく皆が行くから私も行くみたいなレールに乗っかっとるだけじゃろゆーて」
「ふん」
「でね、詳しいことは本人じゃないけんよう知らんけど、親が敷いてくれたレールから外れて自分の道を探そうゆーのは、先生は立派じゃ思うって、ネ?すごーない?」
「違うと思う」
「え、どーして?」
「そんなヒーローみたいな言われ方しても」
「ええじゃない、理解してくれる人がおるんじゃから?他のクラスでもゆーとったらしいよ」
「だからさ」
「うん」
「何にもわかってないと思う」
「だから詳しいことは…」
「そうじゃなくて、僕は立派な事なんかしてないんだよ」
「素直じゃないわね、ホントに」
「素直なら辞めたりしないよ」
「そうね」
妹の聡美がそばに来て
メモを置いて行った
“熱中時代始まるよ”
「ね、電話代かかっちゃうよ?」
「うん、ほうじゃね、また電話するけん」
「わかった、じゃあ」
チン…
僕は心臓がバクバクしていた
偽っているのはもうヤメにしたい‥
狭い台所兼居間に戻ると
ブラウン管の中で
水谷豊扮する北野広大先生がPTA父兄に謝りたおしている所だった
それを子供達が教室の外で心配そうに見守っている
「北野くん!」
校長役の船越英二が登場して大岡越前ばりのお説教が始まる…
妹役の池上希実子が抜群に可愛い
聡美とはエライ違いだ‥
「なあに?」
「いや別に」
僕はホットオレンジをグイと飲み込んだ
夜中になっても
強い風が吹き止まなかった
雨戸がガタピシ鳴り
ひゅーひゅーとすき間風が入ってくる
春の嵐だ
皆が寝静まった頃
僕は斉藤広美の家へ電話をかけた
これはルール違反だ
「もしもし?」
「はい、どうしたの」
「うん、ちょっとね…怒った?」
「ううん」
「あのさ、広美さ」
「何?」
「誤解してると思うんだ、僕のこと」
「そうかしら」
「そうなんだよ」
「もう少しわかるように言って、アタシ馬鹿だから」
「ずっとよくわからなかったんだ、自分でも」
「何のこと?」
「でも…」
「どうしたのよ」
言うべきか
いや、言った方が良い‥
「高杉君?」
「あの…」
「うん」
「好きな人がいる」
「ふーん、そう…誰?」
「…………」
「あの人じゃろ」
「そう」
「なあーんか変じゃなあーて思とったんよ」
「そう?」
「手紙とかによう出てきとったし」
「…………」
「会うとるん?」
「いや、電話もしたことないよ、夏以降ね」
「わかったわ、ありがと」
「広美?」
「アナタってホントっに可哀相な人ね」
この“ホントっに”
って所は
一生僕の耳に残った
僕がその言葉の意味を考察してる間に
電話はコトリと切れた
僕は電話をかけ直さなかったし
彼女からかかって来ることも2度となかった
2月が過ぎ18になり
3月になった
土手の道には
よく見るとツクシが生えていた
あれからもう1年が経ったのだ
「パーマかけたんか、なんか大人っぽうなったの」
「そうか?」
僕は園部を見て笑った
「卒業式終わるまでどこで待っとる?」
「その辺で煙草でも吸ってるよ」
「終わったらどうするんじゃ?」
「久坂んちに行こう思う」
「ほうか、大丈夫なんか?」
「殺されはせんだろ、1回謝っとかんと」
「ほうじゃな、いつまでおる?」
「今日中に帰るゆーて来たから」
「わかった、時間出来たら電話せえや」
「おう」
「んじゃ、またの」
「バイよ」
僕は校舎や体育館が見下ろせる小高い丘に登った
グランドはしんとしていた
あの中で卒業式が行われているのだと思うと
とても妙な気がした
自分が実は2人いて
もう1人の僕はあそこで座っている‥
そんな感じだった
僕はGジャンの衿を立てた
やがて
建物から人影が出てくるのが見えた
どうしようかと迷ったが思い切って校舎に入った
何人か見知った教師とすれ違い
僕は軽く会釈して彼らをやり過ごした
3階に上がると
まだ廊下には誰もいず
僕は壁に寄り掛かるようにして
誰か出てくるのを待った
ガラガラと椅子を引く音がして
1番近い扉が開く
ひょっこりと真っ先に顔を出したのは
甲斐だった
「甲斐!」
「オオ!高杉イー!」
甲斐は僕にぶつかるような勢いで駆け寄って来た
「なーにしとんならあー!お前えー!」
大喜びである
「久しぶり」
「おー!なんじゃ!カッコつけよってからに!」
「卒業したんだな~」
「高杉イー!」
「なんだよ」
ガッと僕に抱きつく
「やめろよー!甲斐!…ヤメエーって…、甲斐!」
バッと離れた甲斐の目が赤かった
しかめっ面をして駄々っ子みたいに腕を振り回した
どした?甲斐?
「なんでじゃあ!お?」
え?
「なんでおまあ卒業せんかったんじゃあ!あ?」
甲斐‥
「見てみい!」
卒業証書の黒い筒をクルクル回す
「わしでも卒業出来たんやぞオ!なんでお前は卒業せんのならアー!おお?」
甲斐‥
「行こう、先ヤンとこ!」
「ヤだよ」
「エエから来い!卒業させちゃる!」
「はあ?」
「頼みゃあ何とかなる!来い!卒業しよ!な?」
「甲斐、いーよ」
「ようない!何とか卒業しようやあー高杉イー!」
人が集まってきた
「高杉イー!卒業しようやあー、のう?高杉…卒業しようやあ……」
「泣いてんのか?」
嘘だろ‥
「高杉イー、頼むけん…、一生のお願いじゃわ…高杉…、卒業しようなあ…一緒に…いっしょに…なあ…」
甲斐はその場にへたり込んだ
僕は甲斐のいかつい肩に触れた
甲斐はうつむいて震えていた
「甲斐?」
「高杉…なんでじゃ…なんで卒業せんのな…」
「スマン、甲斐、立ってくれ」
彼はフラフラと起き上がった
減量し過ぎた力石徹みたいに‥
「高杉…卒業せえよ…」
「もう無理だよ、甲斐」
「いっつも無理無理ってよお…」
「甲斐…」
甲斐は本気だったのだ
本気で僕を心配してくれていた
もし…
いや、よそう
僕は甲斐を馬鹿にしていた
彼のことを
なんもわかっちゃいなかった
甲斐はいつも本気だったのだ
僕はやっとそれに気がついた
甲斐の運転するケンメリで僕たちは
ドライブをした
バックシートには尾道連合
ケンメリの後ろにもハコスカと
サバンナが続いた
「カセットがついとらんのじゃわ、ラジオでええか?」
「かまわんよ」
「どうじゃ、やっぱり卒業した方が良かったろーが?」
「どうかな」
「ええに決まっとるわい」
「いつかそう思う日が来るかもな」
「絶対来るわい、バカじゃのう~」
「そうかもな」
「おい、高杉!あん時のこと聞かせてくれや」
「おう!そうじゃそうじゃ!」
後ろの2人がはしゃいだ
「ああ、あん時はのう…」
甲斐はショッポをくわえ
ステアリングを悠々と操作していた
もうさっきみたいに
取り乱してはいない
久坂の家にはあとで行くことにした
甲斐がいいと言うまで
僕は甲斐に付き合うことにしたのだ
後ろの2人が
後部席は狭いけん、はよ代わってくれと騒いだ
市内をぐるぐると回り
あちこちで大声を張り上げた
友達の家に何軒も寄り
その都度ビールで乾杯してるうちに
とっぷりと日が暮れた
「早いのう~」
「オモロかったよ、甲斐…ありがとの…」
「おう!」
いつもの甲斐が戻った
「学校でさ」
「おう」
「感動したよ」
「バーカ」
「ホンマありがと」
「おい」
「うん?」
「また来いよ?」
「来るよ」
「お前、嘘つきじゃけんな」
「そんなことないよ」
「まあエエわ」
「元気でな」
「高杉行くんか」
「元気でやれよ」
「またの、電話くれよ」
「電話番号じゃ」
「皆も元気で」
「おう」
「おお」
「ここでエエか?」
「いーよ、サンキュ」
「お、ほんじゃのう」
「バ~イ」
「バイよ~」
「必ず電話するけんなあー!」
「おおう!」
尾道
その駅前のロータリーで
霊柩車のようなホーンがひときわ高らかに鳴った
ファアアアーン!
僕は夕闇の雑踏を掻き分けてタクシー乗り場に並んだ
ポケットに新しいセブンスターがひとつ入っていた
甲斐め‥
「どちらまで?」
「あ、えーと…」
30分後
僕は久坂の部屋に居た
尾道の家は初めてでだった
「へえ、やっぱイイ部屋だなあ」
「ほうか?ちょっと狭いじゃろ」
久坂はスウェットの上下でくつろいでいた
「煙草は?」
「ほれ、灰皿、カーペットに灰落とすなよ?」
「ああ」
フゥー…‥
「なんか聴くか?」
ターンテーブルにレコードを載せながら
「よっこらしょっと…」
「久坂」
「おう高杉」
「いろいろ悪かった、許せんとは思うけど許してくれ」
「目茶苦茶じゃ」
「うん?」
「あん時は目茶苦茶じゃった」
「ゴメンな」
音楽が始まった
“バンド・オン・ザ・ラン”だった
「ゴメンで済んだら警察いらんど」
「どうすりゃいい?」
「殴らせろ」
「ほんまにか?何回?」
「1回でエエわい」
「しょーがねえな」
「本気でやるど?」
「いーよ、立つか?」
「おう」
僕たちは向かい合って立ち
僕は久坂の目を静かに見た
「やり返すか?」
「はは、それはない」
「歯を食いしばれ」
古いな‥こりゃ…
バツーンッ!
平手打ち?!
ガラ…
イッテええー
思いっきりヤリや‥
「何してんの!」
「お母ちゃん…」
「おばさん…」
「浩之!何してんの!アンタ!」
「おばさん!違います!僕が頼んだんです!」
「アンタらホンマに!まだ分かってないのん?」
「わかってます!すいません!」
僕は頭を下げた
「あーもうホンマにッ!…高杉君、大丈夫?」
「大丈夫です」
「お母ちゃんもう行ってえなあー」
「コーヒー持って来たんやないの!せやのに…」
「いただきます」
「元気なの?」
「はい、おばさん、あの時は本当にすいませんでした」
「ええよ、とはちょっと言えんけどな」
「反省します」
「しゃあないな…お父ちゃんまだ怒ってさかい」
「僕謝ります」
「アカンアカン!帰って来る前に行きなさい」
「でも…」
「悪いけどもう少しだけやで、エエね?」
「はい、スイマセン」
「ホラ!お母ちゃん、もう出てってーな!」
「はいはい、ほなオバチャン店があるから…ネ?高杉君?もう喧嘩したアカンよ?」
「しません、絶対に」
「浩之も!」
「せえへんて」
「後で店手伝いや」
「はーい」
ガラ…
「おばさんにも迷惑かけたな」
「親父がすごかったんじゃ、京都に文句言いに行くゆーてのう」
「いつか謝まらんとな」
「まあもう気にすな」
「大学受かったんじゃろ?良かったの」
「浪人しよ思とる」
「そうか」
「それはどーでもエエわい、なあ高杉よ」
「ん?」
「しつこいかも知れんけど」
「いいよ」
久坂はカーペットの毛をもてあそんでいた
「わしらよ、お前に甘すぎたんじゃ」
「甘い?」
「わしら、お前を止めにゃあいけんかったんじゃ」
「そうかな」
「ほうじゃ、それが友達ゆーもんじゃろ」
「それは君が考えたのか?」
「なんでじゃ?」
「なんか今までと違うからさ」
「そりゃあ変わるわい」
「そうか、頼もしいな」
「馬鹿にすなよ」
「してないよ、ただ自分の言葉で話してくれ」
「悪い予感がしたんじゃ」
「予感したもんは変えられないな、それは…」
「ヤメテくれ、また騙すつもりか?」
「騙す?誰に言われた?久坂?」
「わいの考えじゃ」
「違うだろ」
「でも、わいの考えでもある、お前みたいにゃうまく喋れんけどの!」
「それで?」
僕は少し腹が立った
久坂の意思を封じ込めた奴がいる‥
そいつと久坂は
これからも一緒に生きていかなきゃならない
久坂‥
本当にすまないことをした
「覚えとるか」
「何を」
「尾道大橋からよ?」
「その話し、好きだな?」
「またからかうんか?」
「ははは、スマン」
「ありゃあ、びっくりしたけんなー」
「ずいぶん昔のような気がするよ」
「お前のあのレポートな、わしらのクラスまで回って来とったんやぞ」
「そりゃ知らんかった」
「オモロかったなあ、アレ、わいのことも書いとったろが、コピーなんとかゆーて?」
「ははは!ニヤケ面のタレ目コピーか!」
「ふざけよってからに」
「誰が回したんだ?まったく」
「ストーリーになっとったろ、お前の組の?みんな笑うとったわい、先ヤンのマンガもソックリでの!」
「よう覚えとるの」
「ようあんなデタラメが書ける」
「デフォルメつーんだよ、デフォルメ」
「なんか知らんけど…、そのうちだんだん話しが危のうなって来て…の?」
「そうだったな」
「アレはホンマはどうなんじゃ?」
「ホンマとは?」
「川神にフラれたからか?デートに誘うたんじゃろ?あれも嘘か?」
「いや、誘ったよ」
「それで?」
「渋々OKしてくれた」
「そこは読んだ」
「あのレポートを読まれたのも本当だ」
「お前と川神がキスしとるマンガか!」
「アレは想像だよ、あんな程度のことで怒るなんて」
「フツーは怒るじゃろ、ははは!」
「誰が見せたんだか」
「それでデートがパアと?」
「そうだ」
「死ぬほどのことか?」
「いいや」
「物理の赤点は関係あったんか?」
「ねえよ、んなもん」
「お前がわからんようになっての…」
「人はワカランよ」
「なんのためじゃったんじゃ?」
「自分のためだろ」
「1時間めが終わったあとエライ騒ぎになった」
「大袈裟なんだよ、死ぬわけないだろ」
「みんな言うとった…、アイツ明日どのツラ下げて来るか楽しみじゃゆーて…ほしたらお前がズブ濡れで来て…」
「人間なんてそんなもんなんだよ」
「プールは冷とうなかったか?」
「冷たいさ、11月に浸かってみな?」
「馬鹿じゃのう」
「走ったんだよ、駅からプールまで、うははは!」
「心臓麻痺になるぞ」
「そーか!」
「信じられん」
「あん時の武市の顔ったら!見せてやりたかったよ」
「それも計算か!」
「当たり前だ、数学の担任じゃつまらん」
「ほおー」
「ギュウーって学生服を絞るとな、ボタボタッて水がこぼれてな…」
「うへえ~」
「アイツさ、真顔で高杉?どしたんなら?って目が点になっとった」
「ほで?」
「スイマセン、ちょっと転んじゃいまして」
「ほでほで?」
「誰も笑わなかった…、たった一人もだぞ?」
あの時
笑っていたのは
世界中で僕1人だったはずだ‥
「武市は?」
「ほうか…わかった、席つけ…って、ははは!」
「あの後、高杉は異常じゃゆー奴がおっての」
「異常はみんな同じだ、ほっときゃいーんだよ」
「あちこち言い触らしよったから、アッタマ来てのおー」
「そういう輩はクズなんだよ、自分ん1人じゃ何にも出来ない」
「気イ付いたらそいつの胸倉つかんどったわ…」
「一発くれてやりゃ良かったんだよ」
「尾道の奴らに止められてのう」
「良い仲間だよ」
「そう思うか?」
「ああ、そうだ、あいつらといる君は生き生きしてる」
「高杉」
「なんだ久坂」
「これでわしらは終わりか?」
「終わりなんかないよ」
僕は微笑んだ
「ホンマにか」
「ホンマじゃ」
「高杉、わし…堀江ん時…」
「ええんじゃ、言うな」
「高杉」
「おい、なんか記念にレコードくれよ?」
「お、おう、何がええ?バンド・オン・ザ・ランか?」
「それもええが…レット・イット・ビーくれんか?」
「ええぞ、まさにピッタリじゃ」
3回めか4回めの“ジェット”がかかっていた
「変えるか?」
「いーよ、そろそろ行かないとな」
久坂が部屋のドアを開けると
お好み焼きソースの良い匂いが2階まで漂ってきた
「浩之いー!まーだ?」
「ちょい送ってくるわ、そこまで!」
「はあーい、高杉君、頑張ってねえー!」
姿は見えず声だけがした
「おばさん!お邪魔しましたあー!」
「はあーい!ハイ、いらっしゃいませ~」
「また来まあーす!」
「来ないでえー!アハハ~!嘘よおーッ!あ、ハア~イ!」
外は寒かった
僕たちはバスを待った
「腹減ったろ?」
「大丈夫さ」
「冷えるのう」
「うん」
来て良かった‥
「お、来たぞ、駅前で降りるんじゃぞ?」
「わかっとるわい、アホか」
「久坂、握手」
「おう」
「じゃまたの」
「いつか会えるか?」
「そういう運命なら会える」
「高杉」
「久坂」
「いつかまた会おうの?」
久坂は今にも泣き出しそうな目をしていた
「そのうち会おう、もっと大人になって!」
「おう!」
キイイ~
プシュ!
僕はデッキに昇った
ドアが閉まる直前の
彼の顔を忘れない
久坂
たぶんもう会えないだろう‥
君には僕は
もう必要ない‥
そんな気がした
ドンドン!
「バイよ!久坂あー!」
「バイよおー!高杉いー!バイよおー!バイよおおお…」
こうして
僕の卒業式は終わった
ビリー・ジョエルも言ってる
誠実とは
なんと寂しい言葉だろうと
偽らずまともにぶつかれば傷つくこともある
でも
それもまた誠実さなのだ
僕が自分の内側におる時
そげに気にせんでええけんな?
僕はなんも求めとりゃせんのじゃ
ほいでも
誠実さが欲しい思たら
どこに求めたらええか
教えてくれんか?
頼りにしとるんは
お前だけなんじゃ
オネスティちゅうんは
なんとも寂しい言葉じゃのう…
みんなが
あんまりにも嘘っぽいからじゃ
オネスティちゅう言葉は
今じゃあ
ほとんど聞かれんのう
それこそ
お前に求めとるもんじゃったんやが…
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