メモリーズ 〜遠い遠い昔、広島の遥か彼方で〜

MIKAN🍊

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第3話 レンゲ畑とエルシノア

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それから
数日が経った

人間というのは
案外強いもので

僕は
斉藤広美から浴びせられた心ない言葉のいくつかを
好意的に受け止めようとしていた


「アタシ、キライ」

これは
オカマが嫌いなのであって
断じて僕は
オカマではない


「知っとるよ、オタクら」

どうして知っていたのか
それは見ていたから

つまり興味があったからだと言える


「なんの用?」

これなんか
当然と言えばまったく当然の質問で
なんの不自然さもない


「どこが好きなん?」

いよいよ核心

(アタシも興味があるの)
(どこが好きなのか、教えてちょうだい)

(そうすればアタシも…)


「アタシもなんじゃ? わははは!」

西郷が豪快に笑った


「笑うな!アホが!だいたいお前のせいじゃろうが!いったいどうしてくれるんな!」


「ははは!すまん、すまん」

全然すまないという態度ではない

「すまんで済んだら、弁護士はいらんわい!」

「わかった、わかったけんそう怒るな」

「ぶち壊しにしてもうてから、何がおもろいんじゃ」

「わしはお前がいつまでたっても何にもせんから、助けてやろう思たんじゃが」

嘘をつくな!

「余計なお世話だ!助けるどころか、踏み付けとるじゃないか」

「まあ待て、あれはやり過ぎじゃったが、今度はもっと慎重にやろう」


「何をやるんじゃ!もう勘弁してくれ!」


「いや、あの女はお前に気があるわい」

「ほ、ほんまにか! どのへんがじゃ?」


「どのへん言われても…だいたい嫌いじゃったら、出て来んじゃろうが」

「ほうかのおー?」


なんだか怪しい
うまいこと
騙されてるような気がする‥


ところで僕たちは
名所探しの名人だった

町のいたる所に
小さな古墳や
数々の史跡があったが

学校帰りの僕たちは
そんな場所には目もくれず
自分たちだけの
秘密の名所に急いだ


“名所”の多くは
他人の土地であり
僕たちは
私道をずんずん進み

土地や山の所有者だけが
こっそり楽しんでいる
景色や風景
花や森や緑をひそかに享受した


ここもそのひとつ
サイクリングコースを外れて
道なき道を突き進むと
突如として
山の頂きに出る

丘陵と丘陵の間には
段々畑や棚田が見下ろせ

眼下には幼い頃
遠足で行った寺や
T製缶工場の広大な敷地がジオラマみたいにきちんと並んでいた


目の前に視界をさえぎるものはなく
(あっても西郷の背中くらい)

抜けるような青空に
白い綿雲が漂っていた

手を伸ばせば
届きそうだ


「しかし、オカマはきついのおー」

園部がくすくすと笑う


絶滅危惧種が
3人集まって
斉藤家襲撃の話題に
花が咲いた


「それにしても、なかなかええ所じゃのう」

「えかろうがー」

園部が
嬉しそうに答えるのは
ここを見つけたのが園部だからだ


3人は
1番眺めの良い場所を選んで
思い思いに地べたに腰を降ろした


制服のまま来たので
園部は
体育座りをして
ズボンの折り目ばかり気にしている

尻の下には
きれいにアイロンがけしたハンカチを敷いて

几帳面なことだ


西郷は
何も敷かずに
どっかとあぐらをかき

僕もそのまま
草の上に座った


僕たちの足元には
レンゲが一面に咲いていて

時折吹く風が
さくらんぼ色の小さな花を
優しく揺らした


突然カレーパンが食べたくなる‥

「キャンディーズの真似なんかしとるから、女に舐められるんじゃ」

「関係ないわい、しかもアレはピンクレディーじゃ」

「同じじゃ、アフォ~」


「全然ちがうわい、お前そんなことゆーとったら、ファンにリンチにされるぞ」

「誰じゃ?C大附属の奴らか?モンキーに乗った猿どもじゃろ」

「ノーティーダックスじゃ、好い加減なことばあ言うなや」


僕には
C大附属の友達がいるから聞き捨てならない

「あいつらが猿ならお前は案山子じゃ」


「案山子かあ、それもええのう」

「ほんま、こいつ適当じゃからな」

西郷が草をむしって
園部の方に投げつけたが

それは届かず
虚しく宙に散った


風が心地よい‥



僕は
腕を枕にして
仰向けになった


ちぎれた雲が
ひとつになって
また流れて行く


このまま
風になれたらいいのに‥


この時期
田んぼや畑には
菜の花やレンゲが
咲き乱れている


花には縁のない
僕たちだったが
他に行く当てもないし
今日はここで
時間を潰すことになりそうだ


西郷によると
田植え前の田畑にレンゲを植えるのは
土地を肥やすためで
鑑賞のためではないそうだ

彼の家は
兼業農家なので
その辺のことには詳しい

田んぼのあぜも
水路の周りも
紅紫色の小さな花で
埋めつくされていた

なんとも
美しい



どこからともなく
2匹の黄色い蝶がやって来て

僕たちの周囲を
おどけるように
飛び回った


「おい、あれUFOじゃないか」

「アホじゃのう」
と園部

西郷は真面目に探している
「どこじゃ?、飛行機じゃろ」


「違う違う、あそこじゃ!動いとろーが」

「わいには見えんわい」


「お前テレビの見過ぎじゃ」

「アダムスキーとか、チャイコフスキーとか?」

「バカ、よく見ろ!」


「気球か衛星じゃろ」

「違うわい、あーワカランよーになった…」


「最初からなんもなーわい」

「いや、たしかにUFOじゃった…」

「未確認なら何でもUFOじゃけんな」

「この辺飛んでも意味ないじゃろ」

意味か‥

「意味ならあるぞ」

「なんじゃ」


「夢があるわい」

「なんじゃ、また夢の話しか」
西郷が眼鏡を仕舞う

「宇宙人ておるんかの…」


「高杉、お前が宇宙人じゃが!はははっ!」

「言えとるのう、ははっ」

おちょくりやがって!


蝶々にまで馬鹿にされてるようだった

ひらひら~
ひらひら~

くるくると踊るように


「パピヨン」

「パピヨン?」


「蝶のことじゃ」 


「パピヨンゆー囚人がおっての、そいつが脱獄を繰り返すゆー話しじゃ」
「ほう」

「最後まで自由をあきらめない」
「それで?」

「実話なんじゃけど、その囚人が蝶の入れ墨をしとったけんパピヨンゆうんじゃ、パピヨンゆーのはフランス語で“蝶”なんじゃ」

「ふーん」
「ほお」


ひらひら~


「蝶々はええのう、自由で」
と園部

「お前も相当自由そうじゃがな」
と僕

「馬鹿言え、不自由じゃわい」

「どこがなら?」

「学校と親に拘束されとる」

「それは義務じゃろ、拘束とは言わんわい」


「義務は中学までじゃ、わいは中学で力尽きたわ、もう全てがだるーて、しょうがないんじゃ」

「それで身長も止まったわけじゃな、ははは」

「これはサッカーやっとったせいじゃ」

「そげなわけなかろーが」


ひらひら~ひらひら~

「K大、入れそうか」

「いけるじゃろ、あんな家 はよう出たいわい」


「立派な家じゃが」

「馬鹿ばっかりじゃ」

「下宿かあ」

「大阪までは通えんからのう」


「仕送りか」

「当たり前じゃ」


「親が払うんじゃろ」

「お前が払うてくれても ええぞ」


「結局、お坊ちゃんなんじゃのう」

「当たり前じゃ」


ひらひら~ひらひら~


小高い雑木林のそば
2台のエルシノアが
仲良く並んでいる

土が柔らかいので
そばまで持って来れない


西郷は
大の字になって寝てしまった
…振りかも知れない

この2人は
たいてい言い合いになるから
寝ててくれた方が都合が良い


「高杉、N大は行けそうか」

「倍率が高いけん、びっくりしたわい」


「ころころ変えん方がええぞ」

「これが最終じゃ、ランちゃんもおるけんな」

「今はおらんじゃないか」

「他にも有名人がおる」

「有名になりたいんか」

「なんかカッコええじゃないか」


「村田は、この町の出身じゃろが、ここカッコええか?」

「ああ、ロッテのな、シェーンならカッコ良かった」

「そらアメリカじゃ、広島出身なら拓郎、永ちゃん、世良正則がおるやんけ」


「あとは山口組か…」

ひらひら~


「東京行きたいのおー」
と僕

「大阪と似たようなもんじゃろ」

「なんでも一緒くたにする奴じゃな」

「めんど臭いんよ」


「東京はええぞ、原宿、渋谷」

「ごみごみしとるだけじゃが」


「ペニーレーンちゅうバーも、実際あるらしいぞ」

「拓郎のか、行ってみたいの」

園部は
吉田拓郎が好きで
そのせいなのかどうか髪型や風体が
なんとなく似ていた

「ペニーレーンでバーボンかあ」

「バーボンて知っとるんか?」


「バーボンのパパなら知っとるがな」

「天才一家か」


ひらひら~ひらりん~


「えーい!邪魔くさあーの!この蝶々はッ!」

「うはははー!」


「西郷はどこ志望しとんじゃ、YMCAか?それともハウスか?」

「わからんの、秘密主義じゃけんなー」


「うーん、よう寝たー」
西郷が巨体を起こして
首をゴキゴキ鳴らした

ポッケから
眼鏡を取り出して
キュッキュッと拭く


「わしがどこ行こうが、お前らに関係ないじゃろ」

「人のは聞いといて自分のは明かさずか」
と園部


「お前らが勝手に喋っとるんじゃろ」


やれやれ始まった‥

ひらひら~ひらひら~
ひらひら~

おや!3匹になったぞ
こりゃ可笑しい‥


「それより斉藤はどこ行くんかのう?」

忘れてた
斉藤広美はどこじゃろう‥


「頭ええのかな」と僕

「お前よりええじゃろ」
と園部

カチーン!


「英数はクラスで10番以内じゃ」
と西郷


何いー!うわあ~
聞きたくなかった‥


「そりゃスゴイのお!国立が狙えるじゃろう」

園部が
細い目をさらに細めて
感嘆の声を上げた

この話題は
もうやめにしたいな‥


「狙うだけなら、わしでも狙えるわ」
と西郷

「西郷?受験料が無駄じゃ」
「どうゆう意味なら?」

まあまあ‥


「なあ、西郷、なんで斉藤のことよう知っとるんじゃ」
と僕

「女子に聞いただけじゃ」
「女には興味ありません
みたいな顔して、結構女と平気で話しとるけんな」


園部くん、もうやめなさい‥

「わしはお前らみたいにエエ男じゃないけん、女どもは油断してなんでも喋るんよ」

「意識されとらんゆうことやなあー」


こらこら、園部‥

「どうせ男とは見なしとらんのじゃろう」

出た、西郷の被害妄想‥


「出たのおー、いじけ虫が」

園部くん
君が出したのだよ‥


「言うとくが、わしは女に興味もあるし 意識もしとる、高杉お前もじゃろが」

「まあの、しかしあんまり賢いのも困るな」

「自分より馬鹿でも平気か?」

「いやあ、それも程度問題じゃな」


「一緒に仲良く補習はイヤじゃろ」

イエス!それは
かなり恥ずかしい



「他に女子から何を聞いて来たんじゃ」

喧嘩はつまらないから
僕は話題を
自分自身に振る

僕って
健気でしょ?


「やっぱり興味あるんじゃのう」

ジョーズ‥いや
西郷が食いついた

「あるさ」
本音である


「あいつは不良じゃ」

不良?
不良って‥
ツッパリさん?

「見たらわかるわい」
と園部

チェーンとか
持ってたっけ?


「去年まで札付きじゃった」

今年は
良い子なのか‥

「仲がええのは、右京早苗と分倍河原じゃ」

「ええーっ!右京ちゅうとあの甲斐のオンナの右京か!」


「武闘派じゃの」
園部が
なぜかクスクス笑う

彼はツッパリが嫌いなのだった

まあ
ツッパリの方も
君のこと嫌いと思うよ‥


頭が良くて
不良なのか‥

カッコ良すぎるじゃないか!

まるで愛と誠みたいだ

ん?
待てよ‥

愛は不良だったっけ?


「愛と誠の世界じゃの」
園部が言う

て、テレパシーか!

どうせ心が通じるなら
斉藤広美と
通じ合いたい‥

僕はキョトンとした


「こないだ、うち来て弟のん読んどったろーが」

園部には弟がいる

何故か長男には
好い加減な奴が多い‥ 


思い出した

先週は園部んちで
マンガ三昧だった

「あー、ほじゃったかな」

「愛とオカマにならんようにせーよ」

いらんお世話だ‥


「お前ら、まだマンガ読みよるんか」
ジョーズが来た‥

「そうゆうお前は、まだ平凡パンチか?」

園部のカウンターパンチ


「おい園部、この前貸したペントハウス貸したまんまじゃがのお?」

ナニ!
僕は見てないぞ‥


園部には
人から借りたものを
いつまでも返さないという
悪い癖がある

あのエルシノアも
剣持から長いこと借りっ放しで
結局剣持が根負けして
園部に安く売ったのだ

剣持とは
陸上部のエースにして
成績は学年トップクラス
しかも
喧嘩っ早さでも
5本の指に入るというつわものだ


その月賦さえ
滞っているのだから
園部のルーズさは
ある意味あっぱれだった

僕も去年
太田裕美のベストを貸したきり
まだ帰って来ない

裕美チャン‥


僕と西郷はその点
貸し借りにはシビアだ

お金だったら
色を付けて返すくらいの
美学はある

園部には
自分のものと他人のものの区別がない

人間関係には
致命的な欠点でもある


この時点で
僕は園部を甘く見ていた


「高杉、最近、ナニ読んどる?」

形勢が不利になると判断したのか
園部はさらりと話題を変えた

相変わらず
良い天気だが
お日様は
だいぶ傾いて来た

ひらひらと
いつの間にか
蝶たちが舞い戻り

また僕たちの周りを
飛び回り始めた


「カミュじゃ」

「おもろいか」

「いや、ぜんぜん」


「じゃあ、なんで読むんじゃ、受験対策か」

「そげなひねくれた試験問題は出んじゃろよ」


「わしは太宰を読み始めた」
とジョー‥
いや、西郷

「あれは、まあまあ面白いの」
と偉そうに僕


「西郷は受験のためか」

「それ以外に小説なんぞ読む必要はない」


「現実的だな、園部は?」

「源氏鷄太」

企業や会社を舞台にした
小難しい内容の小説だ

「ややこしいもん読んどるなあ」
と僕

「ややこしくはない」


「やっぱりナンダカンダゆうて、親父さんの跡継ぐつもりなんじゃろ」

ジョーズ再び‥


「お前らには、わからんのよ」

「わかりとうもないの」

ひらひら~ひらひら~


「そろそろ、いぬるかあ」
西郷が立ち上がり
てかてかに光るズボンの尻を
パンパンとはたいた

うわっ
埃が‥



「園部、ペントハウスはくれてやるけん」

「まだ言うとるのか」
と園部

いやいや
返さない君が悪い‥

そうだ!

「僕の太田裕美は返してくれよ!」
あわてて付け足す


「あれえ~?借りとったかの?」

「ふざけんなよ」

「嘘じゃ嘘じゃ、帰り寄ってくか?」


「今日はエアチェックするけん駄目じゃ」

「何じゃ、また映画音楽か?」


僕は映画音楽が好きだ
洋画好きの親父から影響を受けた

むろん観るのも好きだ
けれど
しょっちゅう映画のテーマ曲ばかり
聴いてるわけじゃない


「アリスのコンサートを録るんじゃ」

「ああ!アリスか、谷村は面白いのう!」


「じゃろうが」

「録音してくれんか」


「ええけどテープは?」

「空いとるので構わん」


「構わんて、お前TDKしかないぞ」

「マクセルの46分にしてくれ」

「買って来いよ!じゃあ!」


「ほっときゃええんじゃ、そげな奴」
西郷があきれる

「高杉、ビージーズ聴くか?」

「メロディフェアの入っとるヤツか!借りる借りる!わあーい」


「次持って来るわい」

「お、サンキュー」


「おい園部」
と僕

「なんじゃ高杉?」

「夕日のガンマンのサントラ盤、貸してやろーか?」

「いらんわい、そげなもん」

「そげなもんじゃと?」

クリント・イーストウッドはカッコ良いぞ‥

ダーティハリーなんか
目じゃない

あいつはいずれ大物になる

そのうち
監督でもやって
アカデミー賞でも取るんじゃないだろうか‥‥


未来が見えたら
人生はつまらない


ひらひら~ ぴとっ!

「園部」
「なんじゃあ~」

「蝶々が背中に止まっとるぞ」


「つけてあるんじゃ、ワンポイントゆうじゃろうが」

アーノルドパーマーじゃあるまいし‥


「ソックタッチあるか?」
「ないよ!」


西郷はもう
バイクの横で
メットを被っている

やっと園部が
重い腰を上げると
止まっていた黄色い蝶が
ふっと飛び去った


「ああー、いんでしもうたわい」

「真っ直ぐ帰るんか?」


「わしはレコード屋寄ってく」
と西郷


「ほいじゃあ帰るかー、せっかくバイトの金が入ったんじゃがの」

「まーだバイトしとるんか?」

僕は驚いた

「夏休みにツーリングしたいけんなあー」


「どこ行くんじゃ?」

「北海道はでっかいどー」

「ええのおー、僕も行こうかのー」

「あかんあかん、1人旅じゃ」


「お前らあ、ほんま呑気じゃのお」

待ちくたびれた西郷が
バイクに跨がり
エルシノアを始動させた

キック1発!
ドゥルルン!


僕もアライを被り
よたよたとキックの準備をする
園部のケツに乗った

おっとっとっ…

「まだ乗るなやー!」
と園部

「スマンスマン、なんじゃ、足がつかんのかよ?」

「あほうが」
「押してやろうかあ?」

「黙っとれ!」


キック!

カススーン…

ハイ失敗

「ぶはははっ!日が暮れるぞ?」
「黙っとれっちゅうんじゃ」


再度ライダーキーック!

ドゥルルン!


「やっとかかったのー、ゼンマイ式かと思うたぞ」

西郷が笑う

「同じバイクじゃろうよ、アホか」
園部の切り返し


「園部の後ろは、ふらふらして怖いわい」

「高杉いー、歩いて帰るか?」


「だいたい地に足がついとらん」

「ついとるわい、つま先が!」

「そげな幅の広いズボンはいとるから…」


「バギーじゃ、バギー!」


さあ!
「ワイルドで行こうー!」 


どっしりした安定性を
見せつけるかのように

先頭を走る西郷のエルシノアが
僕らをぐんぐん引き離して行く

下り坂で
カーブは多いが
見通しの良いオフロードである

西郷はドライビングを楽しんでいるように見えた


「園部くーん!頑張ってえー!」

「馬鹿!笑かすな!バランスが崩れるじゃろーがあ!」

ヨロヨロヨロ~

「危なあーい!危なあーい!きゃああ~!」

「やっかましいーッ!」


どこまで行っても
レンゲ畑が
続いてるみたいだった


ふもとまで降りると
そこから先は
川沿いの道を一直線だ


河川敷には
菜の花がいっぱい咲いていた


沈む夕日に輝く
オレンジ色の空の下


田舎の一本道を疾走する
2台のエルシノアは

ちょっと
イージーライダーみたいでカッコ良かった



正直言って
僕はバイクには
あまり詳しくない

型番と呼ぶのが
適切なのかどうか
それすら
判然としないのだから


なので
これは余談になる


エルシノア125は
モトクロス仕様のバイクである

だから
ホンダには珍しい
2ストロークエンジンを搭載している

音がうるさいのは
そのせいだ

車高が高く
2人乗りにはまったくもって
不向きである

ケツが痛いのは
そのせいもある


チョッパースタイルのハーレーダビッドソンや
CBナナハンのように
スポーティな勇姿ではなかった

カマキリのように左右に長く迫り出したハンドル
巨大な前輪
キャラメルをまぶしたようなタイヤ

どちらかと言えば
不恰好でさえあった

けれど
この単車のお陰で
僕たちは
より速くより強く
結ばれたのは事実だ


エルシノアという
名前の由来は知らなかった

ただなんとなく
カッコ良い

そう思った


CB50も、モンキーも
ノーティーダックスも
ヤマハも、カワサキも

みんなカッコ良かった


みんなの心に
ある限り

それは
永遠に変わらないと思う



忘れるところだった

やっぱり
サイクロン号が
1番カッコ良い‥

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