SHOTA

MIKAN🍊

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22.哀しみの反響定位(エコーロケーション)

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「幸せって何だろうね。翔太君」
手の甲で優子は唇の血を拭った。

「好きな人と一緒に居る事さ」
翔太は自信満々に答えた。

「そうかな… そうね」
「何なんだよ。イチイチ、イチイチよ」
「怒らないで」
「怒ってなんかないよ」

薄っすらと月の輪郭が見える、弓なりの細い月影が二人を照らす。
亡者達はニヤニヤ笑いながら優子を指差していた。眼窩は落ち窪み深い闇に閉ざされていた。
優子はいつの間にか一糸纏わぬ裸だった。

「自暴自棄にならないで」
優子は隠そうともしない。
「だけど、こんなのは嫌」

翔太は鼻をすすった。
「波長だろう、優子ちゃん。おいでよ。一つになろうよ」
「悲しいわ。翔太君」
煌めく涙が一筋。

「我慢していたんだねずっと。求めても良いんだよ。私で良かったら。生みの親に見捨てられ、信じていたお母さんに酷い事を言われて。やっと見つけた好きな人とも一緒に居られなかった。それほどの…、それ程の抱え切れないほどの、未練」
「やかましい。だからお前は重いんだよ」

「此の世は一つではない。翔太君、あなたは連続する何番目かの世界で死んだ。その強い想いがあなたを蘇らせた。こっちの世界にショートカットを作って歴史を書き換えようとしてる。それはルール違反だわ」
「優子ちゃんのお陰で何もかも思い出したよ。でもね、規制とかルールとかもうどうだって良いんだよ。俺の人生は何だったんだ。俺は此処でもう一度やり直すんだ。俺の人生を」

「その為なら何をしても良いの。此の世で暮らす人達を犠牲にして」
「こんな奴ら知るかよ。たいした苦労もせずに。俺の居た処に連れて行ってやるよ」
「慎ましく生きている人達よ。翔太君。あなたの憤りを強く感じるわ。その人達の生活を奪わないで。翔太君、意地悪な気持ちは似合わないよ」

翔太は優子を空中に持ち上げクルクル回した。古時計の針を逆さに回す様に。
チクタク、チクタク…

『らうどねす』の周辺にはおぞましい鉄塔が取り囲む様に居並んでいた。蒼白い電流を携えて。
蝙蝠達がせわしなく飛び交う。10万ヘルツの高周波を放ちながら。
蝙蝠が用いる反響定位(エコーロケーション)は微細な水面の振動を感知し、水中の魚を捕らえる。
愚か者達の宴が始まる。

「此の一帯はね。親父の会社が造成したんだよ。此のカラオケ屋の建っている場所は以前は火葬場だったんだ。昔は池や沼に囲まれた誰も寄り付かない場所さ。そんな所で何が歌だよ。笑っちゃうよ。だから此のタイミング、此のポイントを選んだんだ。あの人とやり直すには丁度良い隙間だったんだよ」
「そうだったのね。全て計算通り」
「俺自身忘れていたよ。此の世界の翔太がちょっぴり邪魔をするんだ」

優子は裸のまま逆さまに吊るされていた。
栗色の長い髪が箒の様に夜気を撫でていた。
翔太は時折眼を瞑っては眉間に皺を寄せた。

「時間を戻しているのね。あなたが探している人に会う為に。その人は園子さん。それともあなたの本当のお母さん。翔太君。此処はあなたの居る所じゃない。生きるべき人達を道連れにしてはいけないわ」

翔太は眼を開けた。
「あの人をずっと幸せにしてあげたかった。止まらない気持ち、止められないんだ。あの人のそばに居たい。温もりの手が届く処で」
翔太は歯ぎしりした。それはどっちの翔太だろうかと優子は思った。
元々此処にいた翔太なのか、あっちから来た翔太なのか。

「わかるよ、うん、わかる。でも止めて。私の翔太君のままで居させて」

「もう無理だよ」

「目覚めて。翔太君。運命ってあるのよ。それは変えられない。誰にもあなたにも。自覚して翔太君、お願い目覚めて」

「ありがとう。優子ちゃん。優子ちゃんも死んで」

鉄塔のてっぺんから亡者達が優子目掛けて飛び掛かった。

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