SHOTA

MIKAN🍊

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14.ココロ穏やかに

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心穏やかにと優子は願った。
蒼白い顔をした月光が嵐の海空からホッと溜め息を漏らす様に姿を現し、そして輝き出すのを静かに待った。
大空のグラデーションは紅から黒、オレンジからグリーン、ブルーからイエローへと目まぐるしく変化を繰り返しやがて濃い紫色に変わった。

翔太は天窓に近づき下を覗いた。
「見て。優子ちゃん」
いったい此処に来てどのくらい時間が経ったのだろう。気がつくと翔太に手を引かれ自分もまた天窓の縁から下を覗き込んでいた。
「一階のロビーまで吹き抜けになってるんだ。あのクロスした辺りでよく客とぶつかったりするんだよ」
「忙しそう」
「ペパーミントルームというのがあってね」
「VIPルーム」
「そんな感じかな」
「今も誰か歌っているの」
「うん。ママさん達が弾けてるよ」
「翔太君、モテちゃったりするんじゃない」
「そうでもないよ。皆んな酔っ払ってるし」

翔太はお客の一人と写メを撮った事を思い出した。彼女はブログに載せるからと言っていた。
翔太の肩に手を回して撮影が終わると頬にキスをした。
「サイトを教えるから直アド交換してくれるかな」
「良いですよ」
一度メールを飛ばしてもらい無題で返信をした。
「こず恵さんていうんですか」
「そ。ブログではハンネを使っているわ。宜しくね」


「翔太君はお酒飲むの」優子が尋ねた。
「うん。まあ少し」
「未成年の癖に」
「酔っ払いは嫌いだよ」
「私も。大人は何故お酒を飲むのかしら」
「何でかな」
「忘れたい場面があるのね」
「嬉しい時も飲むみたいだよ」
「変なの」
空気が揺れた。空気が揺れると優子は自分の体が透けていく様に感じた。
そしてちょっとの間、時間が止まる。


翔太はメキシカンビールを飲みながらダーツBARのスツールに腰掛けていた。隣のエレクトロニックダーツの対戦をそれとなく眺めている。
「集中集中!」
「オーケー、オーケー」
大学生だろうか。男子だけのグループ。女子は見当たらない。皆んなお揃いのフード付きパーカーを着ている。
「係長しっかり!」
翔太も負けじとエールを送った。こちらは薄汚れたピンクのニッカボッカ。
「まかして!」
ポニーテールに作業衣の女が振り返り、威勢よく親指を突き立てる。こず恵とはまた別の女だ。
女が放った矢は緩やかな弧を描いてダーツボードのど真ん中に突き刺さった。

「やったあー!ブルよ!ダブルブル!」女が嬌声を上げた。
「スゲエ!二回連チャンすよ!」
「どうよ?」
女はピースサインを作って翔太にハイタッチした。
「最高だわ。やっぱりゼロワンが一番面白いわね。あ、ビールもう一杯おかわり!ライムもね!」
「飲み過ぎっすよ」
「これそんなにアルコール度数高くないから。乾杯!」
「またっすか。乾杯っす!」
「ありがとう。契約取れたの、藤間君のお陰よ」
「俺は何もしてないすから」
「いつも謙虚なのね」
女は翔太を見つめた。翔太は慌てて目を逸らした。


そしてまた時間が戻ってくる。
「さっきのハンカチ」翔太はボソリと呟いた。
「うん」
「お客さんの忘れ物なんだよ」
「勝手に持ち出して構わないの」
「何て言ったかな。そうだ、施設占有者に届けないと駄目なんだ」
「カラオケ屋さんの店長さん」
「でも持っていたかったんだ」
「どうして」
「その人の香りがしたから」
「Sさんの」優子は名前で呼ぶのを避けた。その方が話し易い。
「香りが無くなるまでと最初は思ったんだけど。香りがしなくなったら店長に届けようって。だけどいつの間にか手離せなくなってしまって」
「愛着というのよ」
「そうかな」
「その人、見た事あるの」
「あるよ。話した事はないんだ。たまに来るんだ。本当にたまに。ペパーミントルームに」
「渡さなかったの」
「いつも男の人と一緒だったから。渡すタイミングがなかったんだ」
「そうだね。ストーカーだと思われちゃってもね」
「一度殴られてるのを見た事がある」
「男の人に」
「うん。でも何も出来なかった。ただ見ているだけで」

その気持ちを想像して優子は辛くなった。
「出会った時に通じ合う気持ちってあるよね」
「そうかもね」
「私はあるわ」
「そういうのって説明つかないよね」
「縁というのかな。確定されずに彷徨っている場合の方が多いけど」
「何」
「ごめん。私にも解らない」

翔太は天窓に乗り出した。
「危ないわ」
「大丈夫だよ。何度も実験済みだから」

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