SHOTA

MIKAN🍊

文字の大きさ
上 下
12 / 46

12.男達の休日

しおりを挟む
前園煙火株式会社の製造部長、前園真也は珍しく栃木の自宅で妻と手作りの絵本制作に勤しんでいた。3才になる娘の誕生日プレゼントにするためだ。
休日を返上して親子でのんびり過ごすのも悪くない。
「そこの花火はもっと紅くした方が良い」
「そうかしら」
「そうとも。本職が言うんだから間違いない」
絵本を作ろうと言い出したのは小学校の教師をしている妻のアイデアだった。
慣れない手つきで真也はクレヨンを握り締めていた。

リビングには数々の花火競技会で賞をとった記念トロフィーや表彰状が所狭しと並んでいた。
花火師になって20年。結婚して18年。やっと授かった娘だった。
今年も夏がやって来る。娘は父が作った花火が夜空に打ち上がるのを楽しみにしていた。

「暑いな。ちょっと飲み物を用意してくるよ」
「お願いね。あなた」
真也は台所に行き冷蔵庫の前でふと立ち止まった。冷蔵庫にはマグネットのキーホルダーが貼り付けてある。娘が好きなキャラクターのキーホルダーだ。
そこから鍵の束を取ると妻には何も告げず勝手口からカーポートへ出た。
それからゆっくりエンジンをかけ人里離れた工場へと向かった。

深い山間の道。樹々は青々として時折覗く空は何処までも高い。
峠の横道に入ると進路は一段と細く険しくなった。樹木が生い茂り鬱蒼とした林が目の前に迫り来る。
車体を擦る枝葉のザッ、ザッという音が行き過ぎる。
突如道が開け、砂利を敷いた広大な空き地と工場が現れる。
真也は車を降り一つの倉庫の前に立つと、大きなカンヌキを止めた南京錠に鍵を差し込んだ。

ゴロゴロ、ゴロ…
両手を一杯に伸ばして鉄の扉を左右に開けた。
火薬の匂いが辺りに立ち込めた。


桜西消防署。
午前8時00分
担当業務引き継ぎ。

午前8時30分
交替、車両・資機材点検。

前日の当直勤務者との交替をした後、警防課の西園寺正義は万一の出動に備えて車両や資機材・個人装備品の点検を行った。
消防士には平日も休日もない。

署内は総務、警防、予防、通信の各部署に分かれている。西園寺は救助及び救急業務を担当していた。直接災害現場での活動を担当しているので点検には余念がなかった。
一人の隊員が敬礼をして挨拶をした。
「おはようございます。隊長」
「ああ、おはよう」
「消防司令、ご昇格おめでとうございます」
「馬鹿。消防司令補だ。司令補。しかもまだ先の話しだ」
「そうでありました。大変失礼致しました」
「俺はまだ現場でお前達の面倒を見なきゃならんからな」
「はい。宜しくお願いします」

「ところで」
西園寺消防士長は声を低くした。
「また脱走した奴がいるのか」
「根性のない奴でして」
「探したのか」
「一応探したであります」
「貴様ら。何をしたんだ」
「いえ、ちょっといつもの稽古をつけてやりました」
「内部告発というのは後が面倒なんだ。もう少し要領よくやれ」
「ご安心下さい」
「どういう意味だ」
「奴のケータイもiPadも水浸しにしてやりましたから。ツイッターに投稿なんて出来ません」
「お前ら」

労働組合がないのを良い事に署員によるパワハラは収まることがなかった。
消防本部に勤務する若い者の中には職務規定を無視してSNSに興じる連中がいると聞く。
教官経験もある西園寺には頭の痛い状況だった。
「俺は何も好き好んでイジメてるわけじゃないぞ。どんな過酷な現場でもへこたれない対応力を身につけさせてやってるだけだ。感謝しろ」
西園寺はトンガッていた自分の若い頃を思い出して口元を緩めた。
「あとで報告書を持ってこい。プリントアウトしたらデータは削除しておけ」
「了解」
「そいつが戻ったらしばらく車両整備をやらせる。もう稽古はつけんで良い」
「了解」

上司の命令には絶対服従。実火災の現場以上にハードな訓練の日々。
血気盛んな若い消防吏員が欲求不満に陥るのはわからないでもない。しかし…
とんだ火消しにならないと良いが。
そろそろ本物の火消しがしたいぜ。不謹慎にも西園寺正義はそんな事を思った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...