VR斗夢/SEASON.2 〜Stop fucking around〜 人がいない時にも定期的に水が流れます。

MIKAN🍊

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100.自分には自分が見えない

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降りしきる蝉しぐれの中。
無邪気に手を繋いで走り回ったあの頃。
沢清水の音をたどって山路を行くと雲と同じ高さの草原が広がっていた。
飛び散る汗も御構い無しで一緒に笑い転げたあの子は誰だったろう。
振り仰ぎ見た夏の大空は何処までも青く澄んでいた。
そんな幼い頃の記憶の1ページが斗夢の脳裏にふと浮かんでは消えた。

そこは三日月形に湾曲した小さな砂浜だった。

小さな入り江に面した砂浜に斗夢は打ち上げられていた。
真っ白な砂浜が三日月のように静かな渚を囲んでいた。

頬にチクチクと刺さる細かな砂を手で払うとそれは星の形をしていた。
斗夢は身体を起こしクラクラする頭で周囲を見回した。
何故自分がそこに居るのか。何が起こって何がこれから起ころうとしているのか、さっぱり見当がつかなかった。

裸足の足に着いた砂を小さな波が軽やかに洗い流していくのをただぼんやりと見ていた。

斗夢は何かを思い出して濡れた手の甲をひと舐めした。

「しょっぱ!」

それは紛れもなく海水だった。
ここは紛れもなく海なのだ。
立ち上がり自分の身体を再度確認した。

素っ裸。当然。
海だから。
いや、何が当然なのか。
身につけているのは白地に赤いデザインのブーメランパンツ一枚。
どちらかというとリゾート系スイム。
競泳水着かな。
生地はポリウレタンファイバーっぽい。

少し先に水色の屋根をした西欧風のあずまやが見えた。
反対側の磯の陰には見慣れない流線型の船体が浮かんでいた。

サクリ、サクリ…
一歩二歩と踏み出して磯の方へ向かって歩き出した。


「あら。あんな所に」

女は部屋の片付けをしていた。
ちょうど目を上げた時、窓からビーチに人が倒れているのを見つけた。

「寝ているのかしら」

見守っていると一度身体を起こしたけれどそれきりまた動こうとしない。
不安になりミュールを引っ掛けてターコイズカラーのビーチクルーザーに飛び乗った。
太めのバルーンタイヤに少々手荒に扱っても壊れない頑丈なフレーム。
スタッガードフレームのレディース向けクルーザーは先月買ったばかりのお気に入りだった。

ビーチに着くと岩の多い波打ち際に彼は居た。
どうやら目を覚ましてそこまで歩いたらしい。
華奢な体つき。
年は二十歳前後か。
日に焼けていない肌はここいらでは珍しい。

小さな水着は赤と白。照りつける太陽に似合うカラーリングだ。
とても可愛い。
近寄るとセクシーさが際立つビキニタイプのスイムウェアだとわかった。

「こんにちは」

女は鮮やかな白地に黒のドット柄のワンピース。
コール・ハーンのシルバーのミュール。

女が挨拶すると彼は一瞬驚いてバツが悪そうに頭を下げた。

「すいません」
「いいのよ。謝らなくったって」
「でも」
「こっちに来て。そこは岩場だから裸足じゃ危ないわ」

「これ。凄いですね」
「ああ、水上バイク。乗ってみる?」
「あ、いや」
「遠慮しなくて良いわ」

「あの」
「あ、私。龍宮寺です。龍宮寺カレン。丘の上のクリニックで働いているの。あなたは?」※

「僕は… 斗夢です。橘花斗夢」

「そう。斗夢クンね。何処から来たの?」

「それが… わからないんです」

カレンは斗夢をしばし見つめ、この気の毒な少年に最大限の敬意を払う事にした。
それがたとえ相手に伝わろうと伝わるまいと。

「大丈夫。自分には自分が見えないことを忘れるなっていうわ。できるのは鏡に映った姿に合わせることだけ。ジャック・リゴーの言葉よ※」

カレンは斗夢の手をとり二人は白い砂浜を歩き始めた。



【THE END】

VR斗夢/SEASON.2 ~Stop fucking around~ 人がいない時にも定期的に水が流れます。

__VR斗夢/SEASON.3に続く


※龍宮寺カレンは"愛のテクニシャン カレン"の主人公。

※ジャック・リゴーはフランス出身のシュールレアリズムの詩人。

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