盲目の呪い

みあき

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後編

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 本来なら近付くことさえ赦されない人の元へ通い、恋に落ちた。夢物語にいるような日々だった。
 その夢物語もお姫様のハッピーエンドで俺の気持ちと共に終わりを迎えたのだろう。
 我が国の王子の婚約者である公爵令嬢の呪いが解けた祝いのパーティーでは、彼女の姿を見るだけで辛かった。焦がれ過ぎて、彼女と一瞬目が合ったのではないかと錯覚するほどだった。
 それが今日、ウェディングドレスを着て王子の隣で幸せそうに笑う彼女を見ても、心が痛まなかった。まるで知らない人を見ているような感覚で、あんなにも愛していたのに、たった1ヶ月で想いが失せてしまう自分に嫌気が差した。
 まぁ、俺が何と思ったところで、終わったことは終わったのだ。新たな人生を歩む前のけじめとして、丁度よかったのだと考えるしかない。
 彼女と過ごした日々に想いを馳せながら、新しい我が家への帰路につく。
 彼女のことを思い出して愛しさが溢れてくるのも、もう側に居られないことの苦しさも変わらないのに、何故結婚式は平気だったのだろうか。
 町への移動馬車に乗り込もうとした時、道の先の森に人影が見えた。
 なんとなく近くへ行ってみると、疲れきった様子の女性が木に寄りかかって座っていた。
 声をかけ、話を聞いたところ、住まいも家族も失って、親戚や頼れる知人もおらず、途方にくれているということだった。町中では夜見知らぬ人に襲われるかもしれないと危惧して、森に隠れていたらしい。
「君の名前は?」
「ミ、ミーナと申します」
「行く宛がないなら俺の家に来る?もちろん、条件付きだけど」
「私、今は何も出来ませんけど、頑張って家事も覚えます。必要ならば、お仕事等も覚えますわ!」
「うん、協力し合おうね。それで条件なんだけど」
「はい」
「俺と夫婦になってほしいんだ」
「・・・え?・・・えっ!?」
 ミーナが顔を真っ赤にして慌てふためく姿は可愛くて、何故か彼女の影と重なった。
「よろしいのですか?」
「っていうか、これ、結構酷い条件だよ。財力もたいしてない平民が相手の弱みに漬け込んでいるんだからね。お手伝いさんでも」
「夫婦がいいです!」
 俺の言葉を遮るように、ミーナが声を上げた。意外な力強さに驚き固まる。
 すみません、と恥ずかしそうに謝るミーナがまた可愛くて、再び彼女の影と重なった。
「じゃあ、俺の名前はロベルト。これからよろしくね、ミーナ」
「はい、ロベルト様」
「様はやめようね」
「はい、ロベルトさん」
 かくして俺は、恋を失った日に、初対面で素性不明の女性と夫婦になった。
 奥さんと仲良く暮らしている様子があれば、変な気も起こさないだろうなんて思ってもらえて、王族から口封じのために命を狙われる可能性も低くなるのではないかという身勝手な理由があるのは、永遠に秘密だ。


 ミーナとの生活は、想像以上に幸せだった。
 家事は本当に頑張って覚えてくれて、すぐに分担して出来るようになった。
 商会の手伝いの仕事も、文字が始めから読めたおかげで、覚えるのが早く、確認等も丁寧で、頼もしい限りだった。
 商会の人々とも良好な関係を築いてくれているから、毎日安心して一緒に出勤出来る。
 互いを思いやって生活することが出来る日々は、とても心地好かった。
 何より、俺と一緒に居られることが嬉しいのだという、その表情や姿が本当に可愛くて堪らなかった。ミーナにとっては、俺が助けてもらった相手というのも大きいのだとは思う。
 そして、不思議なことに、ミーナの仕草や言葉遣いの一つ一つが彼女と重なり、ミーナを愛しく思えば思うほど、俺が本当に想っている相手が分からなくなり、ミーナへの罪悪感に苛まれていた。
 俺の想いに気付いているのか、ミーナも時々一人で寂しそうな表情をしている時があり、申し訳なさと不甲斐なさが募った。
 そんな憂いも、今日で終わりかもしれない。
『ロベルトさんは病気の私を何年も看病してくださったんです。私のお話相手にもなってくださり、私は少しずつロベルトさんへの恋心を募らせていきました。私の病気が治ったのは、ロベルトさんの愛の力なのです。お側に居たくて、総てを棄ててロベルトさんを追いかけてきました』
 同僚達がからかうために、俺が聞いているのを秘密にして、ミーナに馴れ初めを語らせた。もちろん、ミーナには実は俺も聞いていたというネタばらしも抜かりなく行われた。
 それから俺とミーナは互いに顔を真っ赤にして過ごしていた。同僚達に生暖かい目で見られ続けたのは、どうしようもなかった。
 そんなことはどうだっていいんだ。
 やっと帰宅した。今からやっとミーナと二人きりで話をすることが出来る。
「仕草とか、会話の感じとか、照れた時の反応とか、どれもこれもが似てる、似すぎてるとは思ってたんだ。似てるんじゃなくて、ミーナはシャルロット自身だったんだ」
「はい。隠していて申し訳ありません。信じていただけるか、受け入れていただけるか分かりませんでしたので」
「その心配は最もだから気にすることないよ。ねぇ、俺と一緒に居たくて追いかけてきたって本当?」
「はい。結婚式が始まる直前、魔女が私の前に現れたので、お願いしたのです。呪いを受けた私を本当に見舞いに来てくださっていた方の元へ導いてほしい、代わりに公爵令嬢の人生を差し上げるから、と。この身体は新しくいただいたものです」
「気付いていたんだね、王子じゃないって」
「始めから分かっておりました。話を合わせなければならないことも理解しておりましたので、気付かぬ振りをしていました」
 あの結婚式で見た公爵令嬢は本当に、俺の知らない人だったのか。
 地位も身分も名誉も家族も贅沢な暮らしも人々が羨む息を飲むような美貌も、総てを棄てて彼女は俺を選んでくれた。
 嬉しい。嬉しい。歓喜が胸に溢れていて、言葉に尽くせない。俺はただ一人をずっと心から愛し続けていたんだ。
「シャルロット、ううん、ミーナ、愛しているよ。どんな姿でも、どんな風に出会っても、俺は君に恋をするんだ」
「ロベルトさ、ロベルト、私も愛しています」
 ミーナを抱き締めて、憂いなく愛の言葉を伝える。ミーナも抱き締め返して、俺の想いに応えてくれた。
「本当はあの時も起きていましたけれど、これからは私がちゃんと起きている時に口付けをしてくださいね」
「起きてたんだね」
「はい」
 はにかむミーナの額に、瞼に、鼻に、頬に、口元にとキスを降らせていく。
 恥ずかしながらも、目を閉じて、次を期待しているミーナが可愛くて、そのまま唇にキスをした。
「これからもよろしくね」
「はい。夫婦で共に幸せになりましょうね」
 俺達はもう一度、強く深く抱き締めあった。
 本当に、奇跡のような幸せだ。
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