悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき

文字の大きさ
上 下
18 / 20

18

しおりを挟む
 カフェリオ令嬢とやらの処遇が決まる前に、ジンジャーの婚約者のシュエグ王子が来国する日が来た。
 歓迎は王城でする。今度は必ずジンジャーを王城に連れ戻さないといけない。
 その前に、ジンジャーが自分には恋人がいると言う件を片付ける必要がある。そのために、温室にジンジャーとジンジャーが恋人だと言っているルイボス・レット伯爵令息を呼んだ。説得は俺とダージリンで試みる。
 ジンジャーはどこかピリピリしているが、レット令息はジンジャーの様子など意にも介さないように穏やかだ。
「今回話したい件について、単刀直入に言おう。君達二人の関係についてだ。もしも恋人関係にあるなら解消してもらいたい」
「理由は、ジンジャーには正式な婚約者がいるからということは理解してくれるね?」
 俺とダージリンの言葉に、ジンジャーは目付きを鋭くした一方で、レット令息は柔和な態度を崩さなかった。
「何で私が貴方達の言葉を聞き入れなければいけないの?」
「僕はかまいませんよ」
「なっ!?・・・やっ・・・・・・ルイボス、何で?」
 自身の答えと反対の反応を見せたレット令息に対して激昂しかけたジンジャーが、思い留まるように口をつぐみ、僅かな思案の後、レット令息に問いかけた。
 レット令息はジンジャーの表情の変化を気に留める素振りもなく、ただ静かに微笑み続けていた。
「もう色々とご存知だと思うので、正直に話します。僕は父の命令でジンジャー王女に近付きました。そして父は、ジンジャー王女を誘惑するよう僕に命じることを、第2妃から命じられています。報賞は前払いです」
「誘惑っていうのは、どの程度だ?」
「第2妃からは肉体関係を持つところまで求められました。不貞によるジンジャー王女の婚約破棄が目的です。実際の僕達は、そのような関係には一切いたっていないことを誓います」
 レット令息の告白に、ジンジャーは口元を固く結びながらも震えを止めることは出来ていなかった。
「ジンジャーはこのことを知っていたか?」
 ダージリンの質問に、ジンジャーは黙って睨んで答えた。激昂して否定しないとなると、知らされてはなかったが、薄々気付いてはいたくらいのところだろうか。
「命令に従い切らなかった理由は何だ?」
「異国の王族と婚約関係にあるジンジャー王女との不貞なんて国際問題になってしまいますから。僕が遊び人みたいな噂を聞きつけて第2妃は命じられたのかもしれませんが、そんな大事件を抱えきれる器は僕にはありません。それに・・・迷惑をかけたくはないので」
「レット令息が賢明な判断が出来る者でよかった」
 最後に笑顔がやや陰ったのは少々気になるが、彼の言い分は問題ない。恋多き令息という噂が彼には確かにあった。加えて、父親のレット伯爵は豪遊する者としても知れ渡っている。第2妃にとって都合のいい人間だったんだろう。まぁ、目論見は外れたようだが。
「本当はジンジャーも言われていたんだろ?第2妃から誰かと懇意になれと」
「王族として気高くあることを心情としている君が、進んで不貞を働こうとするとは考えにくい」
 ジンジャーはしばらく黙っていた。否定をするつもりはなさそうだ。
「私は王女だもの、触れ合うことを容易く許すはずがないでしょう?でも、優しくされて舞い上がって、それの何が悪いというの?」
 怒りか悲しみか、震えた声でジンジャーが話す。きっとジンジャー自身が思っているよりも切実に、彼女は温もりに飢えている。やはり、兄上達が言うように、ジンジャーを第2妃から引き離した方がよさそうだ。
「シュエグ王子には全て話してある。もうすぐ来国されるから、王子とゆっくりを話をして」
「そうやって私を厄介払いするのでしょう!?酷いわ!王族が政略結婚するのは当然のこととしても、老い先も短いご高齢の方の下に嫁がせるなんて酷いじゃない!」
「ん?」
「ジンジャー、何を言ってるんだ?」
「貴方達こそ何を急にとぼけているのよ!?」
 ジンジャーの口から誤った情報が聞こえた。まさか本気で誤解をしているのか?こんな状態を作れるのは、第2妃以外に挙げられない。ジンジャーが望むことのない、嘘の情報を刷り込んだのか。誤解をしていたから、ジンジャーはこんなことをしたということなのか?
「幾度文を贈っても返事をくれなかったのはそういうことなのか?それにしてもつれないとは思わぬか?」
 王族が集まって、容易く声をかけられないであろうこの場に、初めて聞く声が響いた。
 振り向くと、温室のドアの直ぐ側に、明らかに異国の顔立ちと装いをした男性が悠然と佇んでいた。
 男性は精悍な顔立ちで、若々しく活力に満ちている。
「まさか、シュエグ王子ですか?」
「嗚呼、そうじゃ」
「到着は3日後の予定では?それに、学園への訪問のご予定はなかったはず」
「はよ着いてしまってのう。ならば、せっかくじゃ。たとえつれなくとも婚約者に会いに行きたいとは思わぬか?」
「まぁ、それは同意しますが」
「先触れもなくすまぬな」
 多少古めかしくはあるが、我が国の言葉を流暢に話している。国交、むしろ婚約者のジンジャーのために学んでくれたのだろう。
 シュエグ王子は既知のように迷うことなくジンジャーに向かって歩いていく。
「初めてまして、婚約者殿。わしがお主の未来の夫のシュエグ・コウ・ティド・バーバオじゃ。ようやく会えて嬉しく思うぞ」
 柔らかく、それでいて爽やかに微笑んでシュエグ王子が挨拶したのに対して、ジンジャーの表情は驚きに満ちていた。
「う、嘘よ!私の婚約者はずっとご高齢の方だと聞いているわ!」
「確かにわしの方が歳上らしいが、一つしか違わぬぞ」
「私の婚約者が貴方のような方だなんて、お母様は一言も仰ってなかったわ!」
「やっぱりか・・・第2妃は君に嘘を教え込んだんだ。分かってるだろ、ジンジャー」
「っ・・・」
 第2妃がジンジャーに嘘を教えることはこれまでも度々あった。それらは娘を想ってのことではなく、いつも第2妃の都合によるものだった。そういうことに気付くことなく、能天気で居続けられたら、ジンジャーも幾分か幸せだったのだろうか。
 ジンジャーが押し黙って静かな一方で、慌ただしい足音が近付いて聞こえてきた。
「すみません、ラプス様!シュエグ王子が学園に来られた、と・・・もうこちらにいらしてたんですね」
「アルグ!俺に教えてくれるために急いで来てくれたのか?」
「そのつもりだったんですけど、遅かったみたいですね」
「何であれ、アルグの顔を見れて俺は嬉しいよ」
「あっ、ありがとうございます。僕もラプス様にお会い出来て嬉しいです」
 俺を見つめてキラキラと瞳を潤ませて頬を染めるアルグは、今日も感動的に可愛い。俺達の間に他の者が入る余地はないと、改めて確信する。
「親友が仲睦まじいのは私も嬉しいが、話が進まなくなるから今は控えてもらってもいいかな?」
「っ!あ、ラプス様、お部屋のご用意は出来ております」
「嗚呼、ありがとう。シュエグ王子、予定はズレましたが、せっかくこうしてジンジャーの元に来てくださったことですし、よろしければジンジャーと二人でゆっくりお話されるのはいかがでしょう?」
「おお、それは願ってもないことじゃ」
「ジンジャーはどうだ?」
「・・・もう、何でも構わないわ」
 もしかしたら本当はジンジャーには一人でゆっくり気持ちを整理する時間が必要なのかもしれないが、一人でいればまた第2妃の手のものに隙きをつかれる。シュエグ王子に側に居てもらって、手出し出来ない状況にしていた方が安全だ。幸い、それをシュエグ王子も望んでくれてる。
「ではアルグ、案内を頼む」
「かしこまりました。シュエグ王子、ジンジャー王女、お部屋へご案内します」
「感謝する。婚約者殿、参ろうか」
 シュエグ王子がジンジャーに手を差し伸べた。向ける表情は温かい。これまでのこちら側の無礼を受け止めてくれているようだ。
 シュエグ王子と目を合わせたジンジャーは、どこか泣きそうな様子で、無言のままシュエグ王子の手をとった。
 アルグとシュエグ王子とジンジャーが退室し、温室には俺とダージリンとレット令息が残った。
 シュエグ王子とジンジャーが会えたから解決、とはならないだろう。第2妃とレット伯爵がこの件に関して、既に金銭の受け渡しを行っている。令息は無理矢理巻き込まれたようだし、ただ命令を実行できなかったのではなく、何かしらの抜け道を用意した方がいいだろう。
「レット令息、君が個人的に依頼を受けて第2妃の命令を実行しなかった、ということにしよう」
「かしこまりました、ラプサンス殿下」
「それで・・・取引の条件として、君は何を望む?」
 自分から質問をしてすぐに後悔した。しかし、どうせどちらもが納得出来るものでないと、後々の言い訳として説得力がなくなってしまう。
 アルグが現れた瞬間に、彼の瞳に輝きが灯った。俺とアルグが話す様子を見て、彼は僅かに唇を噛み締めていた。アルグが去る後ろ姿をずっと彼は眺めていた。かつて、彼もアルグの親衛隊に所属していた。
「お金ならもちろんそれなりに用意出来る」
「いえ・・・金銭や物品は要りません」
「では、何が欲しい?」
 これ以上聞きたくないと思った俺の代わりに、ダージリンが再度レット令息に問いかけた。一瞬悪魔かと思った。
 レット令息は頬を染めて目線を下に迷わせながらしばらく言い淀んだ後、意を決したように口を開いた。
「アールグレイ様に花を贈らせてください」
 は、花を贈るだけか。よかった。よくはないが!
 やはりそうか。油断してた。アルグに懸想している者がいると聞くことが全くと言っていいほどないから、こんなこと想定すらしていなかった。
 そもそも、あれ程までに可愛いアルグに対して、誰も秘めたる想いを抱いていないということの方がおかしいというものだ。
 恐らく、アルグは王子である俺の婚約者だから、皆部を弁えていたのだろう。アルグの親衛隊は見事なまでに、恋愛感情なくアルグを慕っている者の集まりだからな。アルグに邪な感情を抱くのは赦されないというのが、暗黙の了解のようだ。
「その、俺としては気にしないということは全くないが、アルグに花を贈るかどうかは令息の意思の元行うことであって、俺が許可することではないだろう」
「アールグレイ様は僕みたいな者からの贈り物全てを断られています。ラプサンス殿下がいらっしゃるためだといつも仰られています」
「アルグ・・・!」
 嗚呼、愛しい愛しい俺のアルグ!俺も・・・アルグと想いが通じ合う前は何をしてたか思い出せないな。
 ダージリンは黙って頷いてる。その光景を何度も見てきたということか。
「ですから、ラプサンス殿下からアールグレイ様に事情をお伝えしていただき、受け取ってもらえるようお願いしていただけませんか?僕がアールグレイ様をお慕いしていることはもちろんお伝えしなくてかまいません。僕の口からも言いませんし、何より僕がお慕いしていると伝えてしまえば、アールグレイ様は何も受け取ってはくださらなくなると思いますので」
「では、どのように説明すればいい?」
「えっと、色々あって脱退することになってしまいましたが、僕がアールグレイ様の親衛隊に入っていた時に贈りたかった、というのはどうでしょうか?」
 無難なのか?若干拗らせてると感じる理由だと思うが。まぁ、レット令息がアルグへの想いを拗らせているようなのは間違いないか。
「レイは親衛隊を大事にしてるからな」
「彼はもう脱退したのだろ?・・・いや、アルグならそうだな」
「実際にお花をお渡しする時には、ラプサンス殿下も一緒にいらっしゃる時で大丈夫です」
「分かった。アルグには話しておく。これでもう、ジンジャーのことは気にせず過ごしてくれたらいい」
「ありがとうございます!よろしくお願いします」
 アルグに花を受け取ってもらえることに瞳を輝かせている他者を見ると、正直嫌だ。しかし、今回ばかりは仕方ない、と思わなければな。
「レット令息は何故アルグの親衛隊を辞めたんだ?アルグの親衛隊が出来てそんなに経たずに、多くの者が一斉に辞めていたが、令息もその一人だろう?」
「・・・あの時、親衛隊を辞めたのは全員、アールグレイ様に恋慕を抱いていた者です。アールグレイ様とラプサンス殿下の仲の妨げになるものは全て排除するという動きが親衛隊内で起こり、アールグレイ様に恋慕を抱いている隊員も排除対象になったのです。このことはアールグレイ様のお耳には入らないように、当時者の間で箝口令が敷かれています」
「あ・・・喋らせてすまなかった。今聞いたことは俺もダージリンも口外しない」
「レイが胸を痛めることになるのは嫌だものね」
 ずっと色々な者に気を遣わせていたのだと知り、少々気まずさを覚えながら、その場はお開きにした。
 後日、アルグに事情を説明して、レット令息からアルグに花を贈る場を設けた。アルグが好きだと分かったら受け取ってもらえないから言わないとは言っていたが・・・確かに言ってはいなかったが、表情が言ってるも同然だった!
 約束だから何も言わずにその場は耐え、夜にもやもやを払拭するようにアルグといちゃいちゃした。本当に可愛かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

聖女の兄で、すみません! その後の話

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』の番外編になります。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

処理中です...