悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき

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「アールグレイさん、お時間いいかしら?」
 図書館に向かう途中、極力関わりたくない人に声をかけられて、身体に少しの緊張が走る。
「こんにちは、ジンジャー王女。僕にどのような御用でしょうか?」
 ラプス様の母親違いの妹君。ただそれだけの肩書きで説明が済むならいいけど、王侯貴族の血縁関係というのは複雑であることが時にある。
「場所を変えてお話したいのだけれど」
「では、親衛隊を呼びますので、少々お待ちいただけますか?」
「貴方と二人がいいのよ」
「僕はラプサンス殿下の婚約者ですから、他の方と二人になるという提案は承服しかねます」
 僕の返事に王女が眉間にしわを寄せる。
「ダージリンとは二人きりになるのに?」
「ダージリン殿下は特別です。幼き頃から、ラプサンス殿下も了承されています」
 僕とリンの関係を批判するのは禁忌であることは、親しい人達の間では暗黙のルールになっている。ジンジャー王女は親しい人ではないと思えば仕方ない。
 ラプス様も僕も、リンと恋愛関係になることはないという認識があるから、昔から気にならないんだよね。
「聞き入れないなら、貴方の親衛隊員を傷付けると言ったら?」
「それは、脅しと捉えてよろしいですか?」
「好きにしたらいいわ」
 ジンジャー王女が不敵に微笑む。
 王女が今の発言を実行するかどうかは分からない。実行しないという確証が得られない限り、王女の申し出を断るのは不安が残る。
「場所は食堂の中庭のテラスに限ります。これ以上の譲歩はいたしかねます」 
「いいわよ。じゃあ、移動しましょう」
 指定したのは、ガラス張りになっていて、何か起きても、人の多い食堂からよく見える場所だ。
 テラスに着いて、王女の執事がお茶を用意してくれたけど、手をつけるのはやめておく。
「それで、お話したいこととは何でしょうか?」
「そんなにかしこまらなくていいのよ。ただ恋人の愚痴を聞いてほしいだけだから」
「恋人?」
「ええ、そうよ。私に恋人が居るのが不思議なのかしら?」
 ジンジャー王女は学園卒業後に南東の国へ嫁ぐことが決まっていて、その国からの賓客はここ10年は訪れていないはずなのに。
 ・・・何が出てくるか分からないし、下手に追及はせず、ただ話を聞くだけにしておこう。きっと僕一人で扱えるようなことじゃない。
 そもそも、愚痴を聞いてほしいなんて可愛らしい理由だけで、この王女が僕に話をしたいなんて言うことはあり得ない。絶対に裏がある。
「王女に恋人がいらっしゃったことを初めて伺ったというだけで驚いてしまいました。話を遮ってしまいましたね。続きをお聞かせください」
「そう、ならいいわ。初めて聞いたのは当然だもの。私達、周りに内緒でひっそりとお付き合いをしているのだから」
「なるほど。では、この話を伺って驚くのはきっと僕だけではありませんね」
「そうよ。だから、貴方が気にすることはないわ」
「分かりました」
 王太子方に報告だけは上げておこう。お付き合いがどの程度のものかによっては、国交に影響してしまう。
 静かにゆっくり呼吸をしながら笑顔を作って、警戒していることを悟られないようにと気を付ける。
 そんな僕を余所に、王女は優雅に紅茶を飲みながら話を続けた。
「たとえ知る人が居なくとも、私達はそれはそれは仲睦まじかったのよ。側にいるだけで胸が高鳴って、触れたところは指先だった熱くてたまらなくて。こんな情熱的な感情が自分にあるだなんて初めて知ったわ」
 うっとりとした様子でジンジャー王女は話す。あまりにも見慣れなてこなかった王女姿に、演技ということはないだろうか、なんて疑問がフッと沸いてくる。
「それなのに、最近の彼、とある令嬢に入れ込んでいるのよ。カフェリオ子爵令嬢、有名なようだから貴方も知ってるのではないかしら?」
「はい、存じています」
「彼ったら、私と過ごすよりも、その子と過ごす時間が長くなっているものだから、どういうつもりかと問い詰めたの」
 王女は、声は穏やかなまま、口元の微笑みも崩れていないけれど、目付きだけ薄っすらキツくなった。
「そしたら彼、恋には刺激が必要だと、私とただ過ごすだけではもう物足りないのだと言ったの」
「・・・どういう意味でしょうか?」
「恋がまだ叶っていない頃や想いが通じ合ったばかりの頃は、見つめ合うだけで、ほんの少し触れ合うだけで、相手の一挙手一投足全てに胸が高鳴り、喜びや不安に振り回される。それが恋の醍醐味であって、隣に居ることに慣れてしまった相手ではときめきを感じ得ず、ただつまらない時間が流れるだけだと言ったのよ」
 感情を抑えきれないのか、王女は苛立ったように話した。恋人の話は丸きり嘘というわけでもないのだろうか。
 王女の話を冷静に判断しなければと自分に言い聞かせる一方で、僕は心臓が冷えていくような心地がした。
「貴方もラプサンスと想いが通じ合って、最近は仲がいいみたいね。けれど、いずれ私と同じことが起きるわ。その日が訪れた時に、貴方が少しでも傷付かないようにと心配して話しておきたかったのよ」
「ご忠告されたかったのですね」
「ええ、そうよ」
 肯定しながら、ジンジャー王女が不快な笑みを見せる。なんて分かりやすい嘘だろう。隠す気もないみたいだ。
 善意なんて欠片もない。元々王女の中には、ラプス様達への悪意しか存在していない。僕は、彼女のターゲットにされた。もっとちゃんと警戒をしておくべきだった。
「お迎えが来たようね」
 王女の話は気にしてはいけないと頭では分かっているのに、どうしようもなく不安が溢れてくる。
「アルグ!!無事か!?」
 慌てた顔をされたラプス様が僕の元へと駆け付けてくださる。誰かが僕とジンジャー王女が二人で居ることをラプス様に伝えてくれたのだろう。
「相変わらず、乱雑な男ね」
 平静でなければ聞き取れないような小さな声で、王女が忌々しげにラプス様を睨みながら呟いた。
 嗚呼、本当に腹立たしい人だ。何の罪もないラプス様を憎み続けるこの王女が、僕はやっぱり嫌いだ。ラプス様を陥れるために、周囲の人間ばかりを攻撃する。
「どこも怪我はしていないか?」
 怪我はしていない。身体に傷は一つも出来ていない。
「失礼な男ね。ただお話をしていただけよ。この私を低能な野蛮人と一緒にしないでくれるかしら」
「あ、いや・・・ジンジャーに関わった知人が不幸に見舞われることが多いからつい」
「偶然が重なっただけでしょう?そんなことで私を悪人のように扱うなんてことが赦されると思わないことね」
 白々しい人だ。ラプス様が相手なら、強気に出れば勝てると思っているのが赦し難い。
「ラプス様、僕は大丈夫ですよ」
「そうか!なら、よかった」
「ちょっと」
「ジンジャー、俺とアルグはもう失礼する。行こう、アルグ」
「はい、ラプス様」
 差し出されたラプス様の手をとって、テラスから立ち去る。
 僕はちゃんと歩けているだろうか。足元が不安定な、一つでも踏み場を間違えれば崩れ落ちてしまいそうな心地がする。
「本当に何もされてないか?」
「何もされてないですよ」
 ごめんなさい、ラプス様。先程、僕は嘘をつきました。僕、全然大丈夫じゃないです。
 ジンジャー王女の話は僕を動揺させるためのものだ。真に受けてはいけない。分かってる。分かってるけど。
「ならいいんだが・・・このまま手を繋いでてもいいか?」
「・・・はい」
 ラプス様が僕を想ってくれる。僕に触れてくれる。それが嬉しくて堪らなくて、心が湧き立つ。
 側に居ることに、触れ合うことに慣れて、ときめきが薄れていく。きっと、そういう人も居る。けど、誰にでも当てはまる絶対的な心の変化じゃない。
 分かっているけど、でも、ラプス様と居て、初めは破裂しそうなほど激しく脈を打っていた心臓が、少しずつ落ち着いてきたのは確かだ。
 僕の心もいつか冷めてしまうのだろうか。こんなに、こんなに好きなのに。
 ラプス様は、ずっとこんな風に僕に笑いかけてくれるだろうか。
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