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エピローグ
第50話 勝利と再会と
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それは、触れただけで地面を溶かし、そこにどろどろの溶岩だまりを形成して、地下深くに潜っていく。
「お前、何をするつもりだ!」
「勝てる勝負はしない主義だ。また会ってもう少し強くなっていれば、考えてやってもいい。じゃあな、槍使い」
ニヤり、とエルフは悪い笑みを浮かべた。剣を鞘にしまうと、唖然としているフォンとバイゼルを尻目に、さっさと溶岩の穴へと身を翻してしまう。
待て、と叫び後を追いかけようとして、二人は噴き出してきた溶岩に呑み込まれそうになり、慌てて後ろに飛び退った。
◇
勇者と一対一で対決するようになったら虚無の世界へと引きずり込み、一気に最下層まで転移する。
これは最初の計画にして、重要な役割を担っていた。
王族に対して仲間たちが叛旗を翻すために、勇者アレクはなによりも邪魔な存在だった。
総合ギルドでこれまで偉業を成し遂げた冒険者が数多く集まっても、アレク一人がそこにいれば、全員を相手取って戦うことも可能だったからだ。
そのために、いち早くアレクを戦線から離脱させることが大事だった。
その役目を自ら買って出たのがキースだ。
因縁の対決。
なぜ自分を殺そうとしたのか、その真実を確かめなければならなかった。
◇
闇の中から、二つの人影が湧いて出る。
一はキース。一つはアレク。
彼らが互いに剣を持ち、揉み合いながら、闇から弾き飛ばされて、そこにいた。
「ヒュ……グッ、なんだ、息、がっ」
もつれ合って大地を転げ、突き飛ばされて大木の枝にぶつかる。
どうにか起き上がって呼吸を整えようとしたら、それはいきなりやってきた。
喉をこじ開け肺の奥深くに侵入した魔力の塊は、あっという間に勇者アレクを行動不能にする。
最下層の呪いともいうべき、濃厚な魔素を吸い込んだために引き起こる、副作用のようなものだった。
「落ち着いて息をするんだ。ゆっくりと慌てずに、体の中の魔力を一定に保つんだ。そうすればやがて楽になる」
「ぜはっ、ひ、ひゅぶっ……」
呼吸が声を伴わず音だけとなって吐き出される。
もしかしたら彼のレベルでは、この階層の呪いに打ち勝つことは無理かもしれない。
強力な魔力を一気に吸収したせいで、肉体が対応できずこのままでは末端組織から壊疽を始める可能性があった。
壊疽といっても、通常のそれではない。
砂のように細やかな粒子に細胞が変化してさらさらと流れ落ちてしまうそれのことだ。魔導医療では、これを砂粒化、などと呼んでいる。
「どうして俺のことを襲ったのか。その理由がまさか自分の世間体を保つためだった、なんてな。アレク」
名前を呼ばれて、勇者がビクッと反応する。
苦々しげに向けられたその姿勢には、凄まじい殺気が宿っていた。
「大勢の人々に希望をもたらす光として君は存在するべきなのに。妹と結婚するならどこまでもそれを追求して欲しかったら。だが、それも遅い。君には終わりの迎えが来たようだ」
「ふっ……!」
二人の影が蠢く。
ぐねぐねとうねうねと意思を持った生き物のように動いたそれは、やがて一人と一匹の姿を形取った。
黒狼セッカと、簡単に事情を知らされて連れてこられた、聖女オフィーリアだった。
「アレク!」
迷宮に降り立ち、開口一番。
彼女が口にした言葉は実の兄との再会でも、勇者と影使いの争いを止める声も、これまで王国がしてきたさまざまな過ちを悔やむ声でもなく。ただ、愛する男に向けて発した心配の声だった。
勇者に駆け寄った彼女が、その様子から砂粒化が起こっていると診断し、慌てて砂粒化を止める神聖魔法を発動させる。そんな男でも救うのか。キースは心のどこかで妹の行為に対して、軽く絶望を覚えた。
彼女の神聖魔法の効力があったのか、やがて勇者の呼吸が楽になる。
彼が瞳を閉じて深い眠りに落ちたところで、オフィーリアは胸に婚約者の頭を抱き、懇願した。
「お許しください。わたしの婚約者なのです。彼の罪は聖女たる私が償います。どうかお許しください。王国には、民には、彼が必要なのです。わたしにも……どうか」
ぎゅっと強く勇者の頭を抱き、彼女は瞳を伏せてそう言う。
今頃、地上世界では、反乱軍が成功を収めているだろう。
総合ギルドの罪も勇者の罪も暴かれるはず。そこには彼女、オフィーリアの関与したいくつかの犯罪を列挙されるはず。
そうまでして、好きな男を救いたいのか?
溢れる母性か、限りない慈愛か、それとも女としての性か。
「……黒い狼。本当にいたんだな」
キースは視線をセッカに向ける。
彼のことをダークエルフから簡単に聞いていた。
妹を守ってくれたことには感謝するが、兄である自分を通して助けてくれなかったのか。
文句の一つも言ってやりたい。しかし自分はまだ幼い子供では、もうないのだ。
大人になってしまった。過去のことについて文句を述べても何も始まらない。
「お願いしますどうか。お慈悲を。どうか!」
彼女は、俺のことを知っているのか?
なら、なぜ兄と呼んでくれない?
キースはそのことだけを不満に感じていた。
「お前、何をするつもりだ!」
「勝てる勝負はしない主義だ。また会ってもう少し強くなっていれば、考えてやってもいい。じゃあな、槍使い」
ニヤり、とエルフは悪い笑みを浮かべた。剣を鞘にしまうと、唖然としているフォンとバイゼルを尻目に、さっさと溶岩の穴へと身を翻してしまう。
待て、と叫び後を追いかけようとして、二人は噴き出してきた溶岩に呑み込まれそうになり、慌てて後ろに飛び退った。
◇
勇者と一対一で対決するようになったら虚無の世界へと引きずり込み、一気に最下層まで転移する。
これは最初の計画にして、重要な役割を担っていた。
王族に対して仲間たちが叛旗を翻すために、勇者アレクはなによりも邪魔な存在だった。
総合ギルドでこれまで偉業を成し遂げた冒険者が数多く集まっても、アレク一人がそこにいれば、全員を相手取って戦うことも可能だったからだ。
そのために、いち早くアレクを戦線から離脱させることが大事だった。
その役目を自ら買って出たのがキースだ。
因縁の対決。
なぜ自分を殺そうとしたのか、その真実を確かめなければならなかった。
◇
闇の中から、二つの人影が湧いて出る。
一はキース。一つはアレク。
彼らが互いに剣を持ち、揉み合いながら、闇から弾き飛ばされて、そこにいた。
「ヒュ……グッ、なんだ、息、がっ」
もつれ合って大地を転げ、突き飛ばされて大木の枝にぶつかる。
どうにか起き上がって呼吸を整えようとしたら、それはいきなりやってきた。
喉をこじ開け肺の奥深くに侵入した魔力の塊は、あっという間に勇者アレクを行動不能にする。
最下層の呪いともいうべき、濃厚な魔素を吸い込んだために引き起こる、副作用のようなものだった。
「落ち着いて息をするんだ。ゆっくりと慌てずに、体の中の魔力を一定に保つんだ。そうすればやがて楽になる」
「ぜはっ、ひ、ひゅぶっ……」
呼吸が声を伴わず音だけとなって吐き出される。
もしかしたら彼のレベルでは、この階層の呪いに打ち勝つことは無理かもしれない。
強力な魔力を一気に吸収したせいで、肉体が対応できずこのままでは末端組織から壊疽を始める可能性があった。
壊疽といっても、通常のそれではない。
砂のように細やかな粒子に細胞が変化してさらさらと流れ落ちてしまうそれのことだ。魔導医療では、これを砂粒化、などと呼んでいる。
「どうして俺のことを襲ったのか。その理由がまさか自分の世間体を保つためだった、なんてな。アレク」
名前を呼ばれて、勇者がビクッと反応する。
苦々しげに向けられたその姿勢には、凄まじい殺気が宿っていた。
「大勢の人々に希望をもたらす光として君は存在するべきなのに。妹と結婚するならどこまでもそれを追求して欲しかったら。だが、それも遅い。君には終わりの迎えが来たようだ」
「ふっ……!」
二人の影が蠢く。
ぐねぐねとうねうねと意思を持った生き物のように動いたそれは、やがて一人と一匹の姿を形取った。
黒狼セッカと、簡単に事情を知らされて連れてこられた、聖女オフィーリアだった。
「アレク!」
迷宮に降り立ち、開口一番。
彼女が口にした言葉は実の兄との再会でも、勇者と影使いの争いを止める声も、これまで王国がしてきたさまざまな過ちを悔やむ声でもなく。ただ、愛する男に向けて発した心配の声だった。
勇者に駆け寄った彼女が、その様子から砂粒化が起こっていると診断し、慌てて砂粒化を止める神聖魔法を発動させる。そんな男でも救うのか。キースは心のどこかで妹の行為に対して、軽く絶望を覚えた。
彼女の神聖魔法の効力があったのか、やがて勇者の呼吸が楽になる。
彼が瞳を閉じて深い眠りに落ちたところで、オフィーリアは胸に婚約者の頭を抱き、懇願した。
「お許しください。わたしの婚約者なのです。彼の罪は聖女たる私が償います。どうかお許しください。王国には、民には、彼が必要なのです。わたしにも……どうか」
ぎゅっと強く勇者の頭を抱き、彼女は瞳を伏せてそう言う。
今頃、地上世界では、反乱軍が成功を収めているだろう。
総合ギルドの罪も勇者の罪も暴かれるはず。そこには彼女、オフィーリアの関与したいくつかの犯罪を列挙されるはず。
そうまでして、好きな男を救いたいのか?
溢れる母性か、限りない慈愛か、それとも女としての性か。
「……黒い狼。本当にいたんだな」
キースは視線をセッカに向ける。
彼のことをダークエルフから簡単に聞いていた。
妹を守ってくれたことには感謝するが、兄である自分を通して助けてくれなかったのか。
文句の一つも言ってやりたい。しかし自分はまだ幼い子供では、もうないのだ。
大人になってしまった。過去のことについて文句を述べても何も始まらない。
「お願いしますどうか。お慈悲を。どうか!」
彼女は、俺のことを知っているのか?
なら、なぜ兄と呼んでくれない?
キースはそのことだけを不満に感じていた。
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