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第三章 罪深いオフィーリア
第23話 暗黒神とエルフ
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「あーあ。まだ機嫌とらなきゃ」
「機嫌とらなければいけないほど、大事なものならもっと大事にしてやれ」
「生徒だからな。そういう仲じゃない」
「なるほど」
こくん、と肯くと、ライシャは数杯目の牛乳を飲み干した。
「で、俺の寝床に潜り込んだ本当の理由は? 俺のペットがそんなに寝心地いいわけないだろ……本当の事言えよ」
「匂いだ」
「匂い?」
「どんな匂いだよ? 懐かしいって故郷の香りとか?」
そうだ、とライシャはまたパンを頬張りながら、頷く。
また牛乳の入ったカップがおかわりで増えた。銅貨がどんどん溶けていく。
はあ……。匂いって何だ? キースは不審顔をやめないでいた。
「どうやって説明したものか。裸で寝たことについて、一応断っておくがお前に対して恋愛感情はないからな。肉体的な欲求もない」
「ならどうして裸になった」
「ダークエルフとはそういうものだ。いや最近の奴らは違うかもな。古い妖精はそうやって寝る」
「はあ? そんなに古くないだろう、まだ六十……」
年齢を口にしようとして、思いっきり睨まれたので、やめることにした。
ダークエルフは腕組みをすると難しい問題だ、とぼやくように言う。
何がどう難しいのか。
俺の今の現状の方がよほど難しいよ。
ため息を吐きたくなるのはキースの方だった。
「生まれてから長い間、国が戦争していた。物心ついたときから拳を握り、剣を取り、魔法唱えて、敵を殺してきた。すまんな、食事の席で汚い話題なってしまった」
「別にいいけどな。俺もそうやって生きてきた。ここではみんなそうだよ」
「似たようなものかもしれん、軍隊では男女の区別がない。寝る時も戦う時も食事をするときも風呂に入る時ですら同じ場所だ。だからそういったものに対して抵抗がない。裸を見られても特になんとも思わん」
「なるほど。軍隊経験が長いとそういうふうになるのか。いやないだろ」
「私はそうだったんだよ。懐かしい匂いがした」
「どういう匂い?」
「影の匂いだ。闇の匂い。闇を統べる暗黒神の匂い。そんなものがちょっと流れてきた。お前の影からな」
ぎょっとした。暗黒神? それは西の大陸で盛んに信仰されている宗教も神だった。一万年近い昔に活躍した神々だという。
昔の神話に出てくる古代神で、この南の大陸では特に聞くこともない神様だった。
「ここは東の大陸エベルング。太陽神の信仰が盛んな土地だぞ……?」
「私は星の神エクスローを信仰する西の大陸イデア出身だ。暗黒神ゲフェト信仰は南の大陸イリアデスだな」
「なら、そっちだって宗派が違うじゃないか。言ってることがめちゃくちゃだよもう」
「いやそうでもないのだ。私たちダークエルフは闇の妖精。そういえば意味は通じるだろう?」
「元々暗黒神の信徒、とか?」
「眷属、というべきか。まあ、そんなものだ。あのお方の懐かしい香りがなぜかお前からした。酔っぱらっていたこともあってついつい昔を思い出してしまってな。迷惑をかけたな、すまない」
迷惑って。
あられもない姿で迫られたら、どんな男だってあっという間に狼に変わるだろ。
狼。狼か……。
「狼」
「何? 狼は暗黒神の化身とも言われているが」
「いや。なんか昔黒くてでかい、犬みたいなやつが家にいたなあと思って」
「なんだ犬か」
「犬は犬なんだが、何というかこう……」
言葉でうまく言い表せない。
記憶の中のどこかにモヤがかかっていてはっきり思い出せないのだ。
ライシャは、面倒くさいと言い、手っ取り早く影を詠もうとする。キースが難色を示した時には、彼女の手は彼の陰に触れてしまっていた。
「ふうん。よくわからんな」
「失礼な奴だな、お前! そのプレートよこせよ。俺も腹減った! おい、ケリー!
プレートもう一枚追加だ!」
「命令しないで!」
炊事場の方からは、冷たい返事が飛んできて、キースは思わず肩をすくめたのだった。
食事を終えて、彼の部屋へと戻る。
後をついてきたダークエルフに、ケリーは宿帳を付けさせることを忘れなかった。
随分と長い名前だと、珍しがられながら、隣の部屋の鍵をもらったらしい。
彼女はそちらに荷物を移動させると、足早に彼の部屋へと戻ってきた。
「いいのか。高いホテルの方はどうするんだ」
「あっちの方は心配いらん。借りたままにしておいても大した金額ではない」
「どれだけ金持ちたんだよ……」
それで何を知りたいんだ?
キースの問い掛けに、ライシャはベッドに腰掛け両足を跳ねさせながら面白そうに答えた。
「私もちょっと地下に降りようかと思うんだ」
「それは悪くないと思うけど。俺はしばらく案内できないぞ。明後日から、勇者様達の案内が待っている」
「そんなに早くか。地下のどこかでもしかしたら会うかもしれないな」
いそいそと、長靴を脱ぎ、毛布の中に潜り込む彼女は、怪しい素振りを見せていた。
「寝るなよ」
「あっちの部屋も寒いんだ。ここも変わらない。暖を通るなら二人の方がいいだろう?」
「エルフなんだから精霊魔法でどうにかしろよ」
「気軽に精霊をこき使うと、怒られるのでな。ほら早く来い」
「……ったく!」
今度は服を着たまま二人して壁に身を寄せ合って、二つの毛布を共有し、暖をとる。
「機嫌とらなければいけないほど、大事なものならもっと大事にしてやれ」
「生徒だからな。そういう仲じゃない」
「なるほど」
こくん、と肯くと、ライシャは数杯目の牛乳を飲み干した。
「で、俺の寝床に潜り込んだ本当の理由は? 俺のペットがそんなに寝心地いいわけないだろ……本当の事言えよ」
「匂いだ」
「匂い?」
「どんな匂いだよ? 懐かしいって故郷の香りとか?」
そうだ、とライシャはまたパンを頬張りながら、頷く。
また牛乳の入ったカップがおかわりで増えた。銅貨がどんどん溶けていく。
はあ……。匂いって何だ? キースは不審顔をやめないでいた。
「どうやって説明したものか。裸で寝たことについて、一応断っておくがお前に対して恋愛感情はないからな。肉体的な欲求もない」
「ならどうして裸になった」
「ダークエルフとはそういうものだ。いや最近の奴らは違うかもな。古い妖精はそうやって寝る」
「はあ? そんなに古くないだろう、まだ六十……」
年齢を口にしようとして、思いっきり睨まれたので、やめることにした。
ダークエルフは腕組みをすると難しい問題だ、とぼやくように言う。
何がどう難しいのか。
俺の今の現状の方がよほど難しいよ。
ため息を吐きたくなるのはキースの方だった。
「生まれてから長い間、国が戦争していた。物心ついたときから拳を握り、剣を取り、魔法唱えて、敵を殺してきた。すまんな、食事の席で汚い話題なってしまった」
「別にいいけどな。俺もそうやって生きてきた。ここではみんなそうだよ」
「似たようなものかもしれん、軍隊では男女の区別がない。寝る時も戦う時も食事をするときも風呂に入る時ですら同じ場所だ。だからそういったものに対して抵抗がない。裸を見られても特になんとも思わん」
「なるほど。軍隊経験が長いとそういうふうになるのか。いやないだろ」
「私はそうだったんだよ。懐かしい匂いがした」
「どういう匂い?」
「影の匂いだ。闇の匂い。闇を統べる暗黒神の匂い。そんなものがちょっと流れてきた。お前の影からな」
ぎょっとした。暗黒神? それは西の大陸で盛んに信仰されている宗教も神だった。一万年近い昔に活躍した神々だという。
昔の神話に出てくる古代神で、この南の大陸では特に聞くこともない神様だった。
「ここは東の大陸エベルング。太陽神の信仰が盛んな土地だぞ……?」
「私は星の神エクスローを信仰する西の大陸イデア出身だ。暗黒神ゲフェト信仰は南の大陸イリアデスだな」
「なら、そっちだって宗派が違うじゃないか。言ってることがめちゃくちゃだよもう」
「いやそうでもないのだ。私たちダークエルフは闇の妖精。そういえば意味は通じるだろう?」
「元々暗黒神の信徒、とか?」
「眷属、というべきか。まあ、そんなものだ。あのお方の懐かしい香りがなぜかお前からした。酔っぱらっていたこともあってついつい昔を思い出してしまってな。迷惑をかけたな、すまない」
迷惑って。
あられもない姿で迫られたら、どんな男だってあっという間に狼に変わるだろ。
狼。狼か……。
「狼」
「何? 狼は暗黒神の化身とも言われているが」
「いや。なんか昔黒くてでかい、犬みたいなやつが家にいたなあと思って」
「なんだ犬か」
「犬は犬なんだが、何というかこう……」
言葉でうまく言い表せない。
記憶の中のどこかにモヤがかかっていてはっきり思い出せないのだ。
ライシャは、面倒くさいと言い、手っ取り早く影を詠もうとする。キースが難色を示した時には、彼女の手は彼の陰に触れてしまっていた。
「ふうん。よくわからんな」
「失礼な奴だな、お前! そのプレートよこせよ。俺も腹減った! おい、ケリー!
プレートもう一枚追加だ!」
「命令しないで!」
炊事場の方からは、冷たい返事が飛んできて、キースは思わず肩をすくめたのだった。
食事を終えて、彼の部屋へと戻る。
後をついてきたダークエルフに、ケリーは宿帳を付けさせることを忘れなかった。
随分と長い名前だと、珍しがられながら、隣の部屋の鍵をもらったらしい。
彼女はそちらに荷物を移動させると、足早に彼の部屋へと戻ってきた。
「いいのか。高いホテルの方はどうするんだ」
「あっちの方は心配いらん。借りたままにしておいても大した金額ではない」
「どれだけ金持ちたんだよ……」
それで何を知りたいんだ?
キースの問い掛けに、ライシャはベッドに腰掛け両足を跳ねさせながら面白そうに答えた。
「私もちょっと地下に降りようかと思うんだ」
「それは悪くないと思うけど。俺はしばらく案内できないぞ。明後日から、勇者様達の案内が待っている」
「そんなに早くか。地下のどこかでもしかしたら会うかもしれないな」
いそいそと、長靴を脱ぎ、毛布の中に潜り込む彼女は、怪しい素振りを見せていた。
「寝るなよ」
「あっちの部屋も寒いんだ。ここも変わらない。暖を通るなら二人の方がいいだろう?」
「エルフなんだから精霊魔法でどうにかしろよ」
「気軽に精霊をこき使うと、怒られるのでな。ほら早く来い」
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